アイナ・ジ・エンドの「歌」はなぜ、人々の心を惹きつけるのか──3人の評者がそれぞれの視点で語るクロス・レヴュー
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シンガーとしての新境地を魅せるBiSHのアイナ・ジ・エンド初のソロ・アルバム『THE END』。今回、OTOTOYでは宗像明将、今井智子、飯田仁一郎の3人のライターによる、アルバム『THE END』のクロス・レヴューを展開。3つの視点からアイナ・ジ・エンドの魅力をお伝えします。
初のソロ・アルバム『THE END』予約受付中。(歌詞ブックレット付き)
Text by 宗像明将
2018年に初めてリリースされたアイナ・ジ・エンドのソロ曲「きえないで」を聴いたとき、まるで1970年代のアメリカの女性シンガーソングライターのようだと感じたものだ。「きえないで」の編曲を手がけた亀田誠治をサウンド・プロデューサーに迎えたファースト・ソロ・アルバム『THE END』でも、その印象は変わることがない。アイナ・ジ・エンドというシンガーソングライターが、全曲の作詞作曲を手がけているアルバムだ。
ただ、亀田誠治をプロデューサーに迎えるという人選を3年前にしたことには、改めてうなってしまった。それは、たとえば「NaNa」のサウンドが、椎名林檎の1999年の『無罪モラトリアム』のサウンドを彷彿とさせるから……という表層的な理由にとどまらない。
『THE END』において描かれるのは、「私」と「あなた」や「貴方」、あるいは「君」との12篇の物語だ。自他の関係性を信じる、ときに素朴なほどの優しさには、どこか椎名林檎を連想してしまう。しかし、そんな印象論は、ひとまず脇に置いてもいい。
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アイナ・ジ・エンドは、自分と他者の関係性が抱える距離や、お互いの異質さから目を逸らさない。他者との関係性に向きあう姿勢は、楽曲はもちろんのこと、彼女の歌声とともに表現されていき、アルバム1枚を通じて普遍性の獲得へと向かっている。それは『THE END』というアルバム全体を鮮やかに貫いているトーンだ。さらに亀田誠治は、派手な装飾は避け、ディテールに凝ったサウンドによって、歌声に寄り添い続ける。アイナ・ジ・エンドと亀田誠治の組み合わせの真価を、私たちは『THE END』で初めて知ることになる。
初回生産限定盤のBlu-rayには、ライヴ映像やMVに加えて、約68分に及ぶドキュメンタリー「アイナのすべて」が収録されている。そこでアイナ・ジ・エンドは、自身が作る音楽について「自分の才能のなさから生まれた素朴」さがあると形容する。本当に才能がなかったとしたら、「金木犀」に「まぐわいの後の一刻」という鮮烈な言葉を刻み込めるだろうか。「金木犀」で「長所のない私です」とも歌うように、『THE END』の歌詞には自己否定的な言葉が多く登場する。メロディーに関しては、凝った構成や展開を志向することよりも、シンプルで美しいフレーズのリフレインを重視しており、それは本人が言う「素朴」に当たるだろう。しかし、「才能のなさ」とはまた別のレイヤーであるとも感じる。
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もう一点、『THE END』で特筆すべき点として、アイナ・ジ・エンドというヴォーカリストが見せる柔和さを挙げなくてはいけないだろう。彼女が、自身の声質をどうとらえているのかには興味があった。Music盤と初回生産限定盤には、過去のコラボレーション楽曲を集めた『AiNA WORKS』というCDが付属している。アイナ・ジ・エンドというヴォーカリストのいかし方は、はっきりいって混交玉石である。ハスキーな声で熱く歌いあげる楽曲が多い。それは彼女が周囲から期待されてきたものだ。そのなかでも、繊細さではSUGIZOの「光の涯 feat.アイナ・ジ・エンド」、激しさではSEXFRiENDの「Bacteria」が突出している。
そして、満を持しての『THE END』で、アイナ・ジ・エンドは、これまでBiSHでもコラボレーション楽曲でも聴かせたことがない新鮮な表情を見せる。先述のように多くの楽曲で歌声は柔和であり、特に友人の自殺未遂を経験して生まれたという「粧し込んだ日にかぎって」での歌声は、強く迫るものがある。
「アイナのすべて」のなかで、アイナ・ジ・エンドは『THE END』について自己採点で90点だと語り、残りの10点は自分のヴォーカルの問題だと述べている。しかし、『THE END』においてのアイナ・ジ・エンドは、これまで周囲から期待されてきたアイナ・ジ・エンド像を大胆なまでに封印している。弱点を自覚しつつも、しかしそれを埋めて余りある冒険に踏みだしたファースト・ソロ・アルバム。もう少し自分を肯定してあげてもいいんだよ、と伝えたくなるような作品なのだ。
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宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールド・ミュージックや民俗音楽について 執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。
Text by 今井智子
『THE END』の第一印象は、Holseyを連想させる少しスモーキーで虚無的なヴォーカルと切なげな楽曲、曇りなくポップなサウンドとのギャップの面白さだった。その後に資料を見て詞・曲を書き歌っているのがBiSHのアイナ・ジ・エンド、アレンジは亀田誠治と知って大いに納得したのだが、絶妙な組み合わせである。
BiSHでも楽曲を書き、他のアーティストとのコラボなども多いアイナ・ジ・エンドは想像以上に抽斗の多い人のようだ。遠慮がちに、だが鋭い視線で自分の心を覗き込み、冷ややかな痛みに震えながら言葉にしている。匂いや手触りからイマジネーションを広げてシンガーソングライターらしい内省にたどり着く過程が、聴く者をハッとさせて共感を呼ぶ。『THE END』は、あちこちに断片として現れていたそんな曲たちのイメージが、ここでひとつにまとまってアイナ・ジ・エンドという具象になったような感じだ。
今回アレンジを担当した亀田は数多のアーティストをプロデュースしてきているが、何よりも椎名林檎とデビュー当時から組んでクセの強い椎名の曲をポップ・フィールドに載せる手腕を発揮してきた。最近では故・津野米咲が率いた赤い公園を手がけ、独特な光と闇を持つ津野の楽曲に風の通り道をつけた。BiSHという独特な立ち位置のグループの一員であるアイナ・ジ・エンドとの組み合わせは、これらに次ぐ好取組ではないかと思う。
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初のソロ作と銘打ったからにはBiSHに書いて来た楽曲とは違う自分を記しているのだろう。”長所のない私です”と控えめに歌い出す「金木犀」は、アンディ・ウォーホルの「誰でも15分は有名人になれるだろう」との名言を思い出させる。有名人というと話が大きいが自分が輝ける時間と捉えたら、金木犀の香りで思い出すのは彼といることで輝いた15分かもしれない。「粧し込んだ日にかぎって」はそれは自分なりの15分を作り出そうとする片思いあるあるな歌だが、成就しなかったことで一層募る想いがストリングスに包まれ膨らんでいく。闇に霞む楽曲を透明なサウンドで包み込む亀田の手腕がのっけから光っている。
荒々しいバンドサウンドでシャウトする「虹」はタイトルと裏腹な闇を垣間見せ、ポスト・ロックな味わいの「ハロウ」の右利きの私が右手に持つ”ゼツボウ”を手放せない焦燥と絶望を巧みに表して、ポジティヴなパワーを感じさせるロック・チューン「Step byStep」とは表裏一体だ。ラテン風味も漂う「NaNa」は同名のコミックを連想したが、起伏に富んだ曲の展開とキレのいいアレンジにアイナ・ジ・エンドの楽曲に新たな可能性を感じさせる。
「きえないで」は失恋をピュアに歌った初々しさが、いかにも初めて書いた曲。歌い方も素直で少女の顔が見えてくるようだ。同じく素直な言葉が綴られた「日々」と並んで、アイナ・ジ・エンドのペルソナを身につける前の陰りのない彼女の言葉が、練り込まれたアレンジの演奏とともに響く。そうした曲を今の彼女が歌うことで生まれるギャップは、一回りして達観にも思えるから不思議だ。ピアノを使った演奏が多い本作で珍しくギターがメインのアレンジの「静的情夜」は、痛々しい歌詞を穏やかに歌うヴォーカルがなんとも言えないヴィジョンを生み出す。アイナ・ジ・エンドが抱える闇はどこまで深いのだろう。
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ドラマのために書き下ろした「死にたい夜にかぎって」は、”夢で逢えたら”との一言に思わず大瀧詠一へのオマージュを探したくなったがどうなのだろう。大瀧は夢で会えるまで眠り続けたいと夢に誘ったが、アイナ・ジ・エンドは”夢で逢えたら離さない”とその先を夢見る。1976年と2020年の夢はこんなにも違うと遠い目をしたくなるが、ゆったりしたアレンジにはレトロな美しさがあるし、続く「サボテンガール」の60年代風ポップ・テイストとともに亀田の遊び心が見えてくる。”生きてよ”とキュートに歌いかけるアイナ・ジ・エンドとともに走り出したくなるではないか。
BiSHのアイナ・ジ・エンドのイメージを受け継ぐ「金木犀」で幕を開け、いつのまにかそれをぶっちぎって光射す広野にたどり着く。ラストの「スイカ」が秀逸だ。吐き出されたスイカの種の気持ちをおもんばかるとは意外な視点だが、それは”居場所のない君”であり”長所のない私”と繋がり、ふわりと現実に戻っていく。居場所を探し続けるのが人生だ。その中で15分でも輝けたらいい。この50分弱の中に前述した15分が散りばめられている。
『THE END』とセットになっている『AINA WORKS』にはこれまでのコラボ楽曲が収められているが、そこではまた違った表情のアイナ・ジ・エンドが見えてくる。SUGIZOとの「光の涯」では澄んだ歌声を聴かせ、MONDO GROSSOとの「偽りのシンパシー」ではディーヴァばりの艶やかな歌で魅了する。Teddy Loidとのハードなヒップホップでは凄みさえ感じさせ、ダンサーらしい歯切れの良さが発揮されている。自分で書く曲や歌いたい曲とは違うのだろうが、こうした多面性が今後のソロに反映されたらと思うと楽しみが増える。この初ソロ作をスタートに、アイナ・ジ・エンドがどんなふうに進んでいくのか気になるところだ。
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今井智子
雑誌編集者を経て70年代末からフリーの音楽ライターに。主に邦楽ロックについて、音楽雑誌、新聞などに執筆。著書『Dreams to Remember 清志郎が教えてくれたこと』(飛鳥新社)。
Text by 飯田仁一郎
BiSHというグループの中でも、一際ボーカルとダンスが上手で、BiSHの振り付けのほぼ全てを担当するアイナ・ジ・エンドが、ファースト・ソロ・アルバム「THE END」を2月3日に発売する。サウンドプロデュースは亀田誠治。本作は、彼女の表現力の高さと亀田の丁寧なプロデュースが相成り、J-POPのアルバムとしてとても素晴らしいものになっている。本作は普段ロック色の強いBiSHを聴き慣れている人からすると、刺激の薄さに最初は戸惑うかもしれない。でもぜひ2周目の再生ボタンを押してみてほしい。このアルバムは彼女が亀田によって素っ裸にされ、そこからもがいてもがいて必死に創りあげた彼女そのままを記録したアルバムであることに気づかされるだろう。
彼女はとても歌が上手く、声はとてもハスキーで特徴的。当然他のアーティストとのコラボや客演の誘いが多い。CDの初回生産限定盤にはそのコラボの数々が収録されているのでぜひ聴いてほしいのだが、やっぱりBiSHのアイナ・ジ・エンドが一番彼女らしいと思ってしまう。なぜならオーディションにも立ち会った松隈ケンタが、長い年月をかけて彼女の特徴を理解し、その上でBiSHの楽曲は創られているのだから当然ではある。けれど今作では、全く別の方法でその松隈という壁をぶち破ることに亀田は成功した。その方法は、インタビューで彼女が「「好きにやって」と言われたんで前よりも自分自身に向き合って、できるだけ自分のことも信じようと思って歌っていました」と語ったように、好きにやらせることで自身に向きあわせることだった。
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BiSHの初期に悩んでいた自分自身を綴った「金木犀」、小松菜奈への愛をひたすら語る「NaNa」、友人が飛び降りた苦しさを書いた「粧し込んだ日にかぎって」、平日一生懸命働いて週末を楽しみに過ごす清掃員に向けての「STEP by STEP」、私の感性は死んでないと気づく「スイカ」... 全曲、彼女の思いや実体験が綴られている。そしてそれらを表現するということと彼女は向き合い、ささやくように、絞りだすように、そして割れんばかりの声量で表現仕切った歌声と歌詞は、彼女の生の魅力とともに音源に刻み込まれた。だからこそ、本作は聴けば聴くほど、歌詞を理解すればするほど魅力的になっていく驚異のスルメ・アルバムとなっているのだ。
優しく、メンバー思いで、ファン思いで、でもとても不器用でそれを上手く伝えることのできないBiSHでよく見るアイナ・ジ・エンド。彼女と出会ったオーディションでは、なぜかゾンビの振り付けをして審査員にドンびかれていたし、BiSHの初期には家でお酒を飲みながらすっ裸で踊りを考えていたとか... そんなインタビューで聞かせてくれたステージ上だけではない普段のチャーミングな姿も本作を聴きながら思い出される。さらには、ファースト・ソロ・アルバムのタイトル「THE END」からは、終わること、終わらせることはとても勇気のいることだけど、終わりは始まり、勇気を出して前に進もうと宣言する彼女の強さも垣間見ることができる。このいつも前を向き、そして上を向いて努力しメンバーを引っ張る姿も、実はBiSHで見ることのできる彼女の素顔だ。
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「サボテンガール」は、一番のお気に入りだ。軽快なリズムに乗って、「生きてよ My girl friend」と歌う。「彼氏がいなくて死にそう」と言う恋愛依存症の友達に「いや、女友達も別に悪くないよ」と伝えてあげたいのだという。このような女性の視点で書かれている歌詞は、多くの女性のリスナーが共感し、勇気をもらったり、同じように笑ったり泣いたりできる可能性をもっている。だからこそ本作は、より多くの女性リスナーに届いてほしいと願う。
WACK代表の渡辺淳之介は、「長く歌うためにはシンガーソングライターにならないといけない」と彼女にアドバイスをしたそうだ。それはアイドル=偶像という場所から、シンガーソングライターとしてあなた自身を好きになってもらうべきだという渡辺からの強いメッセージで、本作で彼女は見事に、偶像ではない彼女自身を好きになってもらう土壌を創り上げた。楽曲は、借り物ではなくいかにその人自身が伝わるかがとても重要で、そこを徹底し、そして彼女の人としての魅力を信じた亀田のプロデュース力はやはり素晴らしいと言わざるを得ない。
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飯田仁一郎
パンク・バンドLimited Express (has gone?)のギター・ボーカル。BOROFESTAの主催者。ototoyの取締役。JUNK Lab Recordsのレーベル・オーナー。ライターやイベント・オーガナイズも多数。
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