20年の経年変化による、いましか表現できない音を──tacica『AFTER GOLD』先行試聴会&公開インタヴュー
2025年で結成20周年を迎えるtacicaが、9枚目となるフル・アルバム『AFTER GOLD』を完成させた。OTOTOYでは、リリースに先駆けて〈tacica『AFTER GOLD』先行試聴会〉を2024年10月26日(土)に開催。併せて実施した公開インタヴューにはtacicaのふたりに加えてプロデューサーの野村陽一郎も登壇し、今作のテーマとなった“錆”についてや、〈TAGO STUDIO TAKASAKI〉でのレコーディング合宿についてなど、さまざまな角度から本作へと迫った。ここでは、当日の公開インタヴューを編集した記事と試聴会のレポートをお届けする。
少ない音数で力強く鳴らす最新アルバム
INTERVIEW : tacica
今作『AFTER GOLD』の制作におけるポイントは、音数を減らし、3人で音を合わせる息づかいや生々しい音の質感をできるだけそのまま落とし込むこと。tacicaの“いま”を高度にパッケージングした作品だ。タイトルの「AFTER GOLD」が意味するものは、不純物まじりの金が朽ちて纏った“錆”。結成から20年、雨の日も晴れの日も実直な姿で音を鳴らし続けたtacicaが育てた錆は、ほかの何にも変えがたい思慮深い色彩を放っている。
インタヴュー : 飯田仁一郎
文 : 石川幸穂
写真 : 大橋祐希
隙間に「何もない」というのは貴重な音
──今回の『AFTER GOLD』、音が本当にいいですね。
猪狩翔一(以下、猪狩):ありがとうございます。今回は早い段階から自分の理想とする音を固めて、その理想に近くなるように意識しました。それぞれの楽器が必要な分だけの音を責任を持って鳴らすような、説得力のある音を目指しました。
──今回はレコーディングのスタジオを変えたそうですね。
猪狩:『singularity』(2022年)と『YUGE』(2023年)は野村陽一郎さんのプライベート・スタジオで録ったんですけど、今回は3人同時に音を出してライヴに近い感じにしたかったので、高崎にある〈TAGO STUDIO TAKASAKI〉というスタジオで録りました。機材が多くて、環境の良さにびっくりしましたね。
野村陽一郎(以下、野村):マイクで拾った音を増幅させる、マイクプリアンプというものがあって、これが非常に重要なんです。TAGO STUDIOには希少価値が高いヴィンテージのマイクプリアンプが揃ってるんですよ。今回それで録れたのはとても大きいんじゃないかと思います。
──レコーディングは合宿だったそうですが。
猪狩:はい。2泊3日で。前の日の続きから話ができるので、集中を持続させることができましたね。主にリズムとギターのベーシックな部分を録りました。小西も中畑さん(中畑大樹、サポート・ドラマー)も、すごく練習してくれたんです。本当にみんなの努力でできたアルバムです。
──アンプはどういうものを使ったんですか?
猪狩:アンプにも個性があって、器用なものもあれば、不器用だけどひとつの用途においてものすごい力を発揮するものもあるんです。ライヴとレコーディングで使い分けていますね。今回のレコーディングではFenderのツイード・アンプ、「Deluxe Amp」をメインで使いました。1950年代製の、ニール・ヤングも使っているアンプです。
──ニール・ヤングのような音を出したかったんですか?
猪狩:ニール・ヤングはこのアンプをフル・ドライヴさせて箱が鳴いてるような音を出すけど、今回僕はそこじゃない音を使いたくて。前回OTOTOYでやった『YUGE』の試聴会のときにオヤイデ電気の方とお会いして、ギターとアンプを繋ぐシールドを貸してもらったんです。そのシールドが、僕のテレキャスターとツイード・アンプとの組み合わせがすごく良くて。なので前回の『YUGE』の試聴会があったから、『AFTER GOLD』はこの音で録ることができました。
──小西さんは今回のレコーディングはいかがでしたか?
小西悠太(以下、小西):僕はライヴと同じアンプを使いました。今回の作品では音の作り方をガラッと変えたんです。そもそも今回の制作はあまり音を重ねずに3人で成立するものを作るというのを猪狩から聞いていて。今までの自分のベースの音だったらちょっとパンチが弱いと思ったんですよね。で、今回レコーディングに入る前に僕の赤いベースが壊れてしまって。フレットをニッケルからステンレスに打ち変えたんです。ほかにもいろいろ中をいじってレコーディングに入ったら、音の立ち上がりが良くなってすごくハマったんですよ。
──野村さんのミックスではどういったことを意識しましたか?
野村:今回は録った音がすごく良かったので、加工はそんなにしてないんです。楽器のアンサンブルって重ねれば豪華になるし、ディテールを細かく表現できるんですけど、パートが増えれば増えるほどそれぞれの楽器が小さくなっていくんですよね。今回は音数を少なくするということで、それぞれのパート全員が1本で戦えるような、存在感のある強い音を出すことが大前提でした。でもこれは言うが易しですごく難しいんですよ。なんてことなく鳴らしたギターがいい音で、だけどそこにたどり着くのには鍛錬が必要で、一朝一夕ではいかないんですよね。お寿司に例えると、米に生魚を乗っけてるだけなのに味の振れ幅がすごいじゃないですか。それでいうと、tacicaは銀座久兵衛ですね(笑)。何もしてないと言えばそうなのに、何もしてないという技術の高さが根本にあります。
──音数を少なくするコンセプトは最初から決めていたんですか?
猪狩:アルバムの制作が始まったころに、札幌時代からライヴのPAをしてくれている人の家に遊びにいったんです。すごく整ったオーディオ設備でレコードを聴かせてもらったんですけど、音数が少なくて隙間だらけだったんです。その時に、人間って隙間があると隙間の情報を聴くんだなと感じたんです。「何もない」というのは貴重な音なんじゃないかと。
──なるほど。
猪狩:ですが、今回音数を少なくして重ねなかったのは、あくまで曲が活きる最良の方法を探した上での手段ですね。