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やけのはらのニュー・アルバム『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』の曲だけしかなかった未完成版と今回届いた完成版で、その感想は逆転してしまった。流れも風景もなにもなかった未完成版は、たった1ヶ月の間に、植本一子が映し出したジャケットと同じように、京王線代田橋の夕暮れそのものとなった。この作品を聞いているだけで、沢山の人間の息づかいが聞こえてくる。ライブ・ハウスの階段か... クラブ終わりの朝方か... はたまた、眠りこけた始発電車か... もう出合って5年以上になるけれど、やっと完成したやけのはらの1st album! これは、毎週末に現場でDJを行い、ヤングサンズでもライブを行った、彼の軌跡。おめでとう。超弩級の完成度だ。
インタビュー & 文 : JJ(Limited Express(has gone?)
やけのはら インタビュー
——『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』は、どんな制作環境で行われたの? Twitter見ていると大変そうだったけど。
やけのはら : まず、春ぐらいからイベントとかの出演を減らして、通常の音源やリミックスの仕事も減らして、今回のアルバムの作業をする時間を確保しました。去年からだんだんそういうモードになってきて、それでも4、5月ぐらいまでは人とご飯を食べる余裕もあったんだけど... 最後の一ヶ月は自己自宅監禁状態で、自己蟹工船状態でした(笑)。基本的に自宅で作業してるので、起きてすぐ立ち上げたままのパソコンにまた向かって作業して、限界になったらそのまま寝るみたいな。
——その最後の一ヶ月っていうのは具体的に何を?
やけのはら : 一つ一つの音の響き方から、この音は必要かそうじゃないのかっていう、細かい所の多種多様な音の吟味をしたりとか、まあ色々ですけど。普通だったらミックス・エンジニアがやる様なことなんですが、自分でやることによって、すぐ引き返せるっていう利点もあって。その場ですぐ録り直したり、MIDIのデータを調整したりとか。
——ミックスも自身で?
やけのはら : 基本的にリミックスやコンピは、自分で2ミックス納品までやっていたので、アルバムも自分でやろうかなって思って。最初は勉強の意味も込めて相性合うエンジニアさんを見つけようかとも思ったんですけど、時も流れ、もう自分でやった方が早いなって。でも、よく考えたら今までは1曲か2曲だったわけで、何日か徹夜を続ければ終わったんです。やってみたら、アルバムの分量をなめてたっていうか... いくら山を越えても次から次へ山があって終わらないんですよね。今まで25mしか泳いだことがなかった人が、行けるかもって10kmの遠泳をしたみたいな感じで(笑)。
——MIX CDとかよりも、時間はかかるもの?
やけのはら : 全然かかりますよ。ああいうのは作業よりも仕込みの時間の方がかかりますね。その前段階の曲決めだとか、曲を聞いて色々吟味する時間。でも日々DJをやってる中で、自然にできてくるものだから、実作業って意味ではそんなに時間はかからないんです。
——このアルバムで、一番苦労した部分は?
やけのはら : 自分の中で納得できるレベルっていうのがあって、一応そのレベルに達したと思ったんで出すことができたんですけど、その一定までに持ってく作業はしんどかったですね。本当はもっと色々作り込みたかったんですけど。あと自分がまとめ役だから、総合指揮をとりながらも、メインのラップも自分の声っていう所の自己と自己の分裂の戦いというか(笑)。歌ってる時は楽しくていいんですけど、自分の声を後から聞いて、もっとこの部分をうまく歌えてればなとか、客観的に判断する対象が自分っていうのがキツかったですね。ラップの人が自分でラップして、自分でエンジニアもするって普通ないですからね。仮に自分が5オクターブのジャズ・ミュージシャンで、どんな状況でも歌は芯になるんだって言えれば、一発で上手くいくんだろうけど、自分はそうじゃなくて音楽の色んな部分を面白くしていくっていう戦い方しかできないですしね。音楽でこれだって言える確固たるものなんて自分には無いと思ってるから、色んな手ごまを使って曲を作っていく感じです。
——ソロって、DJやヤング・サウンズのようなバンドとは全然違うもの?
やけのはら : う〜ん。難しいっすね。直接的な面では違うと思うけど…全然違う訳ではないというか。DJの場合はお客さんとのコミュニケーションだと思ってて、ヤングサウンズの場合は一緒にやってる人とのコミュニケーションが重要って感じがしますね。自分の一番メンタル的なベースはDJですけど。ずっとDJをやってるから、この曲の後にこの曲が流れたほうが良いとか、この曲はもっと短い方がいいとか、全体のいい流れを作るようなことは得意なつもりなんです。
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「まぁいっか」っと気楽にやりたい
——こんなにじっくりとやけ君の歌詞を聞いたことはなかったんだけど、とても前向きだなぁと。
やけのはら : 聞いて気が滅入る歌詞より、聞いて気持ちが楽しくなるとか元気が出るとかっていう歌詞を書くようには意識してますね。明日あいつをぶん殴ってやるって気持ちを助長するよりも、明日が楽しい一日でありますようにみたいな気持ちになる音楽を作りたいって思ってて。単純な話、性格だと思ってて、自分はジメジメするよりも「まぁいっか」と気楽にやりたいと思ってるんで。
——その歌詞には、メッセージってあるの?
やけのはら : いわゆる具体的にこうしろみたいな強い思いみたいなものは無いんですけど、自分メインで自分の声でラップしてる以上、自分の成分は空っぽにはできないわけだし、その成分を聞き所にしなければいけないとは認識しています。性格的には、「俺が俺が」ってよりDJをやってお客さんとコミュニケーションをとったりする方が合ってるんで、ソロの方が自分中心だけどイレギュラーな意識ですけど。
——キミドリのカバー「自己嫌悪」をやろうと思ったのは?
やけのはら : キミドリの歌詞には一人称が少ないんですよ。ヒップ・ホップの人では珍しくて、自分でカバーしても成り立つ曲だった。リアル・タイムでライブを観たことはないんですけど、音源はリアル・タイムで聞いてて、昔から好きでしたしね。
——キミドリやECDは先輩にあたるよね。今ではクボタタケシにしろECDにしろ共演することが多いと思うけど、やはり学ぶ部分は多い?
やけのはら : 十代の頃はリスナーとして聞いてたわけだし、先輩にあたるけど、学ぶことねぇ… う〜ん…。石田(ECD)さんは毎年リリースしてるじゃないですか。そういうの見ると「いいな、おれもやりたいな」って思うけど、全然出来ないから、学べてるのかどうか分からないですね。でも常に石田さんがどんなアルバムを出して、どんなことをしてるのかは気にしてるし、クボタさんの色々な活動も刺激になっています。
——アルバムにも参加した七尾旅人さんやドリアンさんは同世代ですが、共感できる部分は多い?
やけのはら : 旅人君に関しては、最初に、取材の対談で話し込んだ時に、今まで人と共感できなかったレアなポイントを初めて共感できた人だなとは思いました。ドリアンは共感するとかって感じではないですね。彼の作る音楽は勿論好きだけど、彼とは性格も出来る事も違うタイプで、それが逆に、一緒にやる時にバランスが良いかなとは思いますね。
——最近リリースがあったアーティストの中でも、やけ君と七尾さんだけ、他とは違う方角を見ている印象を持ってて...
やけのはら : 旅人君のアルバムを聞いて、やっぱり通じるポイントがあるなとは自分でも思いました。それが何なのかは分からないんだけど…。解明してくださいよ(笑)
——今時の音を意識し過ぎず、レコードの音の面白さを理解した上で、2010年に再提示している!
やけのはら : 旅人君は分からないけど、自分に関しては、今の2010年にこれをやったら面白いとかっていう意識は確かにあんまりないですね。リバイバルとか、流行ってるからこれやってみようって意識はないというか。ダンス・ミュージックのインストだったら、ある程度現代性を取り入れないと繋げられる前後の曲もないから意味がないと思うけど、ラップを中心に考えてたので、自分の中でのポップ・ミュージックを作ったって意識が強いです。単純に良い曲を作ろうって気持ちがあったから、無理に音に衣を着せようとかも考えなかったんです。ラップや曲の方向性から逆算していって、ただそれが良い曲になるように頑張って進めました。今はもう、新しいとか古いって無い気がするし、その価値すら無くなってきてるじゃないですか? 情報の伝達が信じられない位のスピードで早くなってきて、音楽も知らないうちに消費されてたり、世界中にフォロワーがいたりっていう所で自分は戦おうって気持ちは全くなくて。今はどこでも色んな情報が手に入れられるから、逆にレアなものがレアじゃなくなってる気がするんですよね。だから音楽でもそういう面白さは追わずに、ただ純粋に曲のクオリティをあげてくことだけを考えたんです。
——出来上がったのを聞いてみて、どう思いました?
やけのはら : 怖くてまだあんまり聞き返してないですね。マスタリングの日に家に帰って1回聞いた位ですね。長距離マラソンを走り終わって今はまだ汗をかいてる感じです。
——結局どれくらいの制作期間があったんですか?
やけのはら : どれくらいかなぁ… 2008年の夏にはもう殆どの曲の歌詞はできてましたね。そう考えるとかなりかかってますね。
——!!!。この作品は、やけ君にとって大作なのか、日々の軌跡なのかどっち?
やけのはら : 大作ですよ!(笑) 今ある全精力をかけて作りましたよ! 最後の方は「明日事故で死んじゃったらまずいな、なんとかこれを形に残さなきゃ」って思ってました(笑)。これを作るまでは、なんかずっと宿題をやり残したみたいなモヤモヤしてる感じはあったんですが、作ったことによって、一つの区切りみたいのができて良かったです。
——では、今どういうモードに?
やけのはら : 何のモードにもなって無いですよ!(笑)。だってマスタリング終わったのだって最近ですもん(笑)。次のモードになるのも自然の流れでなるんじゃないっすかね。
これは押さえておきましょう!
サイプレス上野とロベルト吉野 / WONDER WHEEL
「HIPHOPミーツallグッド何か」を座右の銘に、「決してHIPHOPを薄めないエンターテイメント」と称されるライブ・パフォーマンスを武器にサイプレス上野とロベルト吉野、通称「サ上とロ吉」が再び降臨、旋風を巻き起こす!
ZEN-LA-ROCK / THE NIGHT OF ART
注目のプロデューサーBTBのトーク・ボックスを軸としたトラックを多数収録し、ヘッズ達もニヤリとさせるオールド・スクール・ヒップホップ、ソウル、ファンクへの限りない愛情と同時に、近未来まで感じさせ(!?)。しかし、マニア向けに止まらないポピュラリティも完璧に搭載。アルバムの一枚としてのまとまりを一番の主演に配した、ZEN-LA-ROCK渾身の一大コンセプト・アルバム『THE NIGHT OF ART』!
S.L.A.C.K / WHALABOUT
「シーンのルールに興味はない。これが俺だ。」前作デビュー・アルバム『My Space』から一年も経たないだろう。S.L.A.C.K.がまた何かを完成させた。セカンド・アルバム『WHALABOUT(ワラバウト)』。前作に比べ、RAP、TRACK共に、更に独自のゆるさと鋭さが共存している。もちろん大半のTRACKメイクを自らが手掛ける中、お馴染みMonjuから16FlipがTRACK提供。フューチャリングに仙人掌。そして、Jazzy Sportから話題を呼んでいるBudamunkyのL.A仕込みのビートも興味をそそる。
やけのはら PROFILE
2003年エレクトロ・ヒップホップ・ユニット、アルファベッツでアルバム『なれのはてな』リリース。その後、イルリメ、STRUGGLE FOR PRIDE、サイプレス上野とロベルト吉野、BUSHMIND、「ビューと吹く! ジャガー」ドラマCD等、50作を超える作品に参加。NHK〜SSTV番組の楽曲制作も手掛ける。DJとしても「RAW LIFE」、「SENSE OF WONDER」、「ボロフェスタ」など数々のイベントや、日本中の多数のパーティーに出演。MIX CDも多数発表している。近年では、バンドyounGSoundsにサンプラーとボーカルで参加。
Rollin' Rollin'発売時のインタビューは、こちら
LIVE & DJ info
OATH presents EXCLUSIVE LONG SET SERIES vol.7 -summer baby
8/14@shibuya OATH
start : 22:00 / change : free
DJ : やけのはら
Hold on me ! 4
8/21@江ノ島OPPA-LA
start : 22:30 / charge : 2500yen(with1d)
Live : SIAMES CATS、枡本航太、NONCHELEEE、DORIAN、neco眠る
DJ : やけのはら、太田裕、置石
やけのはら&ドリアン&イルリメ トリプル・アルバム・リリース・パーティー
8/28@宇都宮CLUB惑星
open : 22:00 / HP予約 : 2500yen(1d)
Live : やけのはら+ドリアン、ドリアン、イルリメ、dotama
DJ : やけのはら、ミッツィー申し訳
宇田川町独演フェスVol.1 〜夏休み最後の弾き語り祭り〜
8/31@渋谷CLUB QUATTRO
open : 17:30 / 前売り : 3500yen、当日4000yen
Live : 曽我部恵一、おおはた雄一、七尾旅人、双葉双一、ラキタ
DJ : やけのはら