誰からも注文されていない『TOSS』を受けて──トクマルシューゴ、6thアルバム配信
近年は舞台、映像作品の劇伴なども多く手がけ、まもなく初日を迎える高畑充希、門脇麦主演のミュージカル『わたしは真悟』(原作 : 楳図かずお / 演出 : フィリップ・ドゥクフレ)の音楽も担当するなど、引く手数多なトクマルシューゴ。そんな彼が「誰のために作るわけでもないアルバムが、逆に現時点でようやくできたのかもしれないです」と語るフル・アルバム『TOSS』をリリースした。
そのアルバム内容は、工事現場のドリル音をモチーフに作られた「Taxi」や通常の譜面とはまったく異なる“図形楽譜”から作られた「Hollow」、生オーケストラ録音から、オープンリールやカセットテープMTRの機材を使用した録音など、収録曲それぞれに途方もないほどの濃密なアイデアと制作過程が織り込まれた全11曲。前作から4年を経た月日のなかで、トクマルはどのような音楽制作を行ってきたのか。アルバム配信と共にインタヴューをお届けする。
それぞれに濃密なアイデアと制作過程が織り込まれた「コンセプト・ソングブック」!
トクマルシューゴ / TOSS
【Track List】
01. Lift
02. Lita-Ruta
03. Taxi
04. Route
05. Cheese Eye
06. Hikageno
07. Dody
08. Hollow
09. Vektor
10. Migiri
11. Bricolage Music
【参加ミュージシャン】
グレッグ・ソーニア(Deerhoof)、上水樽力チェンバーオーケストラ、鳥居真道(トリプルファイヤー)、小林うてな、遠藤里美(片想い)、谷口雄(ex. 森は生きている)、田中馨(ex. SAKEROCK)、イトケン(相対性理論)、三浦千明、岸田佳也
【配信形態 / 価格】
16bit/44.1kHz(WAV / ALAC / FLAC) / AAC / MP3
単曲 257円(税込) / アルバム 2,057円(税込)
INTERVIEW : トクマルシューゴ
トクマルシューゴは奇才だ。追求するサウンドは常に進化し、我々の想像を超えてくる。だから僕らは彼の作品を待ち望むし、インタヴューしても解説を読んでもワクワクしっぱなしである。「最近の音楽、単純でまっすぐで、おもしろくないっすよね。こんなのどうですか?」って差し出されたかのような作品は、1曲目にして「そうそう、芸術なんだよ、音楽って!」と音楽のあり方を再確認するのに充分だった。このインタヴューの隅から隅まで、クリエイティブのあり方で埋め尽くされている。
インタヴュー&文 : 飯田仁一郎
編集 : 岩澤春香
アルバムを1個作るくらいの気持ちで1曲1曲を作りたいなっていう思いがあった
──「アルバムにしよう」と思ったタイミングはいつだったのですか?
曲としては作りたいアイデアがあっていろいろ作り続けていたんですけど、4年くらい前から「アルバムを作りたい」っていう強い気持ちには全くならなくなったんですよね。でも自分の作ったものをいろんな人に聴いてもらう手段としてはアルバムを出すのがベストであって。で、そのアルバムを聴いてもらってライヴに来てもらう。でもどうにかその循環から逃れたいっていう思いもどこかにあって。
──でも音楽だけでご飯を食べていくには、その循環に乗っていないと難しくないですか?
いやぁ、循環に乗ることの退屈さといったらなくて(笑)。僕ができるのは1つ1つ曲を作っていくことだなと思ったんです。アイデアを出して自分でそれをなんとか形にして聴いてもらいたい。でもそうやって1曲1曲作っていくと、「もっとこういうのができるんじゃないか」っていうのを延々と繰り返してしまって、終わりがないんですよね。だからそれだけ時間がかかりました。時間があるなら本当に一生やっていたかったです。でもやっぱりツアーもしたいし、ライヴもしたい。ライヴに来てくれる人も新しいものを求めるようになるだろうし、自分も飽きてくるし。その「新しいものを生み出し続けたい」っていう気持ちが、結局アルバムを作る原動力になったのかもしれないです。
──今回のアルバムでは1つ1つの曲に対してチャレンジしていたように思えたのですが、それは意図的ですか?
アルバムを1個作るくらいの気持ちで1曲1曲を作りたいなっていう思いがあったんです。コンセプト・アルバムではあるけど、それを1曲の中でやる。本当は1曲ずつリリースしていきたかったくらいです。
──今回はシングルみたいな特別なリリースの仕方はしていないですよね。
DVD付きだったり、段ボール・レコード・プレイヤーを作ったりという形ではしていますね。アルバム以外の形態があるならそれで出したいという気持ちもあったし、もしくはそういうメディアが新しく生まれるような気もしていたのですけど、やっぱり日本だとアルバムをメインに世の中が動いてるところは大きくありますよね。
──CDであるとか配信であるとか、媒体の大きい変動が前作のリリース以降であるんじゃないかと思っていた?
思っていました。思っていた展開と違って失敗しました(笑)。
音楽を全くできない人が音楽に参加できる手段を探したかった
──そうなんですね。ここで楽曲について聞いていきたいのですが、10曲目の「MIGIRI」はカセットテープ・マルチトラック・レコーダー(以下、カセットMTR)で録音されていますよね。今いろいろな録音方法がある中で、このカセットMTRが1番良いと思ったのはどういうところだったのでしょう?
カセットMTR自体のそのままの録音状態がすごく良かったんです。この機材で出せる録音の限界の音というか、もうそれ以上の音は出ないですよね。多分ハイレゾっていうものが存在するのは、パソコンの可能性がまだまだあるからだと思うんです。でもこのテープだとはそれが限界なんですよ。その限界の良さっていうのがあって。多分アナログのレコードもそうなんですけど、限界まで挑戦している音っていうのは何にせよ素晴らしいと思うんです。だから逆に、多分パソコンの音源ってすごく可能性があるし、まだまだ発展の見込みがあるのですごく楽しみですね。
──「HIKAGENO」はオープンリールで録音したとのことですが、オープンリールの良さというのはどこにあると思いますか?
まず音が好みなんですけど、やっぱりやり直せないっていうのが1番大きいと思います。使えば使うほど、人間と同じように疲労していく感じ。1番初めのテイクがいいよねっていう部分がすごく出るのが良さだなってすごく感じます。そこにかける情熱が湧き上がってくるのがすごくいいなと思うんですよね。ジャズとかパンクの人がオープンリールを愛していたのがよく分かる気がします。
──今回、最後に出来た曲はどれでしょうか?
「Bricolage Music」ですね。これはギリギリまでアプリで音を募集して、その音たちを入れる作業をしていったので。
Shugo Tokumaru's BRICOLAGE MUSIC プロジェクト
2016年8月5日に立ち上げたれた「BRICOLAGE MUSIC」のWEBサイト、およびスマホアプリにて、ユーザー自身が奏でた「一音」を自由に投稿することができ、それらがリズムに乗ってアトランダムに再生され、無限の組み合わせの音楽が生成されていく様子をみることができた。また、ユーザーから投稿された音はトクマルシューゴの手によって再構築され、新しいアルバムへ収録されることもアナウンスされていた。(WEBサイト)
──このプロジェクトはおもしろいですよね。これを立ち上げた理由はどういうところにあるのでしょう?
誰かの出した音を源に曲を作る、っていうアイデアをよりシンプルにわかりやすく具現化できないか考えていたんです。それを、今この2016年に残しておきたかったんです。多分今後もっとおもしろいものを作り出す人はいるとは思うんですけど、WEBサイトやアプリで集めた音を使って曲にするアイデアは、今だからできることだと思うんですよね。システムを構築してくれたRANAGRAMさんの協力あっての楽曲です。
──これは世界中から音を集めて、その中からトクマルさんがチョイスしているんですよね。応募はすごく多かったんじゃないですか? 200個くらいあった?
いや、1000以上ありました。
──1000以上!?
できるだけ全部使えるようにはしたんですけど…。
──そこには平和への祈りだったり、何かアティチュードはあるんですか?
いろんな人の素材が集まって音楽になる瞬間を見てみたいっていう思いがあったんですよね。その瞬間に感動したかったし、それがやりたかった。本当に何のアティチュードもないんですけど、こういう音楽のあり方があってもいいんじゃないかなって。
──でもそれがアティチュードですよね。
そうかもしれないですね。あと、音楽を全くできない人が音楽に参加できる手段を探したかったっていう思いもあるんですよね。それは本当に難しいことなんですけど、どんな音でもいいから何とかして僕が音楽に落とし込んでみたかったんです。
素材だけ録ったので、グレッグはどんな曲になったのか、多分1曲も知らないと思う
──もうひとつ、アイデアという部分で驚いたのが「Hollow」の楽譜なんですよね。図形楽譜を使ったとのことですが、トクマルくんが書いたんですか?
そうです。誰かと一緒に曲を作りたくて、どうやってそのイメージを人に伝えたらいいか考えたときに1番伝えやすい方法が絵だった。音階ではあまり表したくなかったんですよね。発想のきっかけのための絵を描いて、さらに伝える手段としてもう一度シンプルに描きました。
──トクマルさんは通常はバンドに曲をどうやって落とし込んでいるのですか?
自分の曲に関しては完全に譜面にして、それを演奏してもらう感じです。GELLERSでは、普通のバンドと同じように、自分で作ったデモテープみたいなものをメンバーに聞かせて合わせていきます。
──トクマルシューゴの音楽の、いわゆるビートだとか空間だとかは前作よりも強烈になってきていると思うのですが、そのへんはどうやって伝えているのですか?
それは譜面に起こさなくても、メンバーがだいぶそのニュアンスを掴んでくれるようになりましたね。それは本当に長年一緒にやってきてよかったことだと思います。
──じゃあ今回は、グレッグ・ソーニア(Deerhoof)よりもイトケンさんがメインでドラムを叩いているんですか?
いや、今作のレコーディングでは岸田(佳也)くんが1曲と、グレッグのドラムがほとんどです。メロディとかを知らずに、素材だけ録ったんですよね。その時点で曲が一切出来ていなかったので。だからグレッグはどんな曲になったのか、多分1曲も知らないと思います。
──え!? どういうことですか?
例えばBPM130のクリックだけ出して、「適当に叩いて」って叩いてもらって、それを僕が家に持ち帰って合いそうな曲に当てはめる。以上です。
──それはちょっと想像を超えています。なぜグレッグだったんでしょう?
グレッグのドラムってバリエーションに富んでいて、それがすごくおもしろいんです。ニュアンスを大事にしているドラマーなので。曲作りにおいては普通のエイト・ビートをクリックぴったり叩かれても、どこにはめても同じになってしまってクリエイティヴじゃないんです。だからグレッグのドラムはクリエイティヴが刺激されるというか、イメージが膨らむんですよね。今回は他のミュージシャンもそういう録り方をしていますね。
──なるほど。歌に関していうとあまり切り貼りできる素材ではないかなと思うのですが、歌やギターはトクマルさんの世界観の中に先行してあるものですか?
いや、最後です。楽曲の構成が先ですね。初めは本当に曲でも何でもなくて、リズムだったりフレーズだったりを並べてみるところから始まります。そこからいろいろといじっていく感じですね。
──基本的にはトクマルさんはずっとその作り方だったんですか?
いや、今までこんな作り方はしたことないですね。本当は楽をしたかったんです(笑)。人が演奏したものをそのまま入れたりして。でも楽じゃなかったです。
──あはは。どこが1番大変でしたか?
やっぱり選択していく作業ですね。何がいいもので、自分にとって何が聴きたいのかを選んでいく作業。その素材自体がすごくたくさんあるので、それを聴くだけで何日もかかってしまう。それが大変でしたね。
僕がおもしろいと思っていても誰もリクエストしてこなかったものをやりたかった
──楽をしたかったと言っていましたが、5枚目までの自分の作り方に少し限界を感じていた部分はあったのでしょうか?
5枚目を作った時は、本当に体がボロボロになってしまって、先に自分の体力の限界がきてしまったんですよね。でもなんとかしておもしろい作品を作りたいと思って、まだ自分がやったことのないことはなんだろうと思ったときに、人が演奏するおもしろさを引き出すことなのかなと思ったんです。
──トクマルさんが「おもしろい作品を作りたい」と思った、その原動力になったものって何かあるんですか?
いろんな人と仕事をすることも増えてきて、自分が作らないものも作るようになったり、「こういう音楽を作ってくれませんか?」っていうリクエストがある中で、誰もリクエストしてこなかったものをチョイスしたいと思ったんです。僕がおもしろいと思っていても誰もそのアイデアを提案してこなかったもの、リクエストされなかったものをやりたかった。だから逆に言えば、誰も求めていないものをやったという感じですかね。でもそれが僕なりにはおもしろかった。
──なるほど。誰も求めていないもの。
そんなにかっこいいことじゃないですよ(笑)。そうやって発注してくれる人が僕に期待するものが、多分皆にとっても心地よい音楽であるし、皆が求めている僕の理想像なのかもしれない。もちろん僕自身すごく好きな音楽だし。でも僕が僕なりにやりたいと思っていることもあって、それを誰が求めようが求めていなかろうがやってみようと思ったんです。僕は元々そういう思想でアルバムを出していたんですね。誰のために作るわけでもないアルバムが、逆に現時点でようやくできたのかもしれないです。
──このジャケットについてもお聞きしたいのですが、これは誰が書いてくれたのでしょうか?
これはOkada Yusukeさんっていう方の絵です。ライターの松永良平さんがニューヨークのレコード屋でたまたまこの方の絵を見つけたらしくて、それを紹介していたんですね。それを見てめちゃくちゃいいなと思って、松永さんに聞いて連絡をとってみたら日本人の方で。それで何枚か絵を描いてもらったんです。僕も最近知ったんですけど、この方、T.V. not januaryの池ちゃん(池田俊彦)の友達でもあったんですよ。
──ええ! そうなんですね。
すごい繋がりですよね。
──もうひとつ、『TOSS』というアルバム・タイトルにはどんな思いが込められているのですか?
ひとつはいろんな人が紡ぎ出した音の欠片を受け取ったという意味での『TOSS』と、それをまた誰かに放り投げる意味での『TOSS』ですね。それと今作はあえて注文のこなかったものの注文に応えたような作品なので、そういう注文的な意味での『TOSS』でもある。そして今作はただ自分の直感だけを信じて作ったものなので、それが一般に受け入れられるとは僕も思っていないんです。でも僕がこれをアルバムとして出して、誰か受け取ってくれる人がいたらいいなっていう想いも込めてこのタイトルにしました。
──「Rum Hee」みたいな、メロディアスでビートもそこまで難しくない曲がある一方で、今作はビートも変わっているし、その中でトクマルさんは今後どちらを選択していくんでしょう?
元々人にリクエストされて作るものの方がすんなり作れたりして、それがすごくポップだったり聴きやすいものだったりすることが多いんですけど、やっぱりそういうものに自分の感覚が慣れてきちゃうともっと慣れないものを作りたいっていう思いになってしまう。それで、今作ができたんです。
──次にやりたいことっていうのはもうあるのですか?
はい。もうすでにありますね。今回はやりたいことを広げる発射台的なものができたと思うので、自分だけではできない音楽を扱ってみたいですね。今は舞台音楽で作る時間がないので、今年が終わったらすぐに作り出したいです。
LIVE INFORMATION
Shugo Tokumaru new album "TOSS" release tour 2016 -2017
2016年11月18日(金)@宮城arwin
2016年11月19日(土)@岩手あさ開 十一代目源三屋
2016年12月8日(木)@兵庫クラブ月世界
2016年12月9日(金)@京都磔磔
2016年12月11日(日)@東京WWW X
2017年1月12日(木)@高松TOONICE
2017年1月13日(金)@広島SECOND CRUTCH
2017年1月14日(土)@福岡ROOMS
2017年1月21日(土)@愛知伏見JAMMIN'
2017年1月22日(日)@大阪Shangri-La
2017年2月3日(金)@山梨桜座
2017年2月4日(土)@長野ALECX
2017年2月5日(日)@新潟ジョイアミーア
2017年2月12日(日)@北海道BESSIE HALL
OTOTOYで配信中の過去作
>>『Port Entropy』発売インタヴュー(2010年4月26日)
>>『Rum Hee』発売インタヴュー(2009年4月1日)
PROFILE
トクマルシューゴ
2004年、米ニューヨークのレーベルからリリースしたデビュー・アルバムが各国のメディアで絶賛を浴び、一躍世界が注目するアーティストとなる。以降、FUJI ROCK、ROCK IN JAPAN、WORLD HAPPINESSなど国内外のフェスに多数出演するほか、アメリカ、ヨーロッパ、アジアでの海外ツアーも成功させ、MVが多くの海外映画祭でアワードを受賞&ノミネート。映画、舞台、CMなど幅広い分野での音楽制作を行い、舞台『麦ふみクーツェ』の劇伴、NHK Eテレ『ミミクリーズ』『ニャン ちゅうワールド放送局』の音楽を手掛けるほか、さらにこの秋冬も、高畑充希、門脇麦主演によるミュージカル『わたしは真悟』(原作 : 楳図かずお / 演出 : フィリップ・ドゥクフレ)の音楽や、映画『PARKS パークス』(2017年春 全国公開予定)の音楽監修を担当するなど、現在進行形で話題の映画 / 舞台の音楽を次々と手がける。