「曲自体は既に存在していて、自分はそれを形にしているだけだ」という彼の言葉に、思わず首をかしげる人もいるかもしれない。でもこの『Port Entropy』という作品を一度聴いてもらえれば、きっとその言葉に偽りがない事を実感してもらえると思う。これは今まで彼しかその存在を知らなかった、異世界のサウンドトラック。彼が作品を通して僕らに見せるその摩訶不思議な光景は、どこまでも雄大で、幻想的で、何故か少しだけ懐かしい匂いがしてくる。作品を聴き終えた時にやってくる、この何とも言えない満たされた気持ち。どうやら僕はしばらくここから抜け出せなくなってしまったみたいです。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
いろんな境遇の子供や大人を遊ばせているんです
——トクマルさんの音楽には常に風景があって、それに沿って演奏と言葉が進行していくようなイメージがあります。
T : 曲を作った時点で全体のイメージは完全に出来ていて、それを具現化していくんです。つまり楽器の音や周波数で色分けされたものに、その色を出してやる作業ですね。
——使う色が多くなればなる程、楽器の数も必然的に多くなる訳ですね。
T : そうですね。後は単純に楽器を集めるのが趣味なので、それらをどんどん使っていきたいというのもあります。
——最近何か面白い楽器との出会いはありましたか?
T : うーん。あったような、なかったような(笑)。でも、「まさかこの形からこんな音が出るとは!」みたいな驚きはないですね。
——イメージにある音を探しながら「この色だけがなかなか見つからない」という事はありましたか?
T : いつもありますよ。毎回それに時間がかかっちゃうんです。今回も、まさにその音色を探すのにも時間を費やした感じでした。
——この作品は、異世界の音楽に聴こえるのと同時に、ちょっと懐かしさを感じる瞬間もあるんです。それが自分としては不思議な感じもするんですよね。僕が過去に見てきた風景とはまったく違うもののはずなのに。
T : 具体的なイメージと、まったくそれとはかけ離れたイメージの二つが常にあるんです。具体的なイメージというのは、つまりコードとか楽器、音色、構成、周波数とか、そういうものですね。もう一つは自分の中で作り出した世界、自分が居て心地よく感じる世界で、むしろそっちの方が確かなものなんです。その世界の中でいろんな人達を遊ばせたりするんです。
——その人達とは、トクマルさんの頭の中で現れてくる人達の事ですか?
T : そうです。アートワークに描かれている人達とかもそうですね。
——トクマルさんの作り出すイメージの世界には、例えば都市的な風景というのは混ざっているのでしょうか?
T : あると思います。いろんなものが混ざってるから、そこには都会的なものもあるだろうし、建物が何もないような場所や、日本では見られないような風景も入ってきています。それらがミックスされた場所で、いろんな境遇の子供や大人を遊ばせているんです。
夢の中に出てきた人達が話した言葉を引用させてもらっている
——自分のイメージを反映させるものとして音楽を作り始めたのは、大体いつ頃からだったか覚えていらっしゃいますか?
T : 曲を作り始めた頃からずっと同じやり方でやってきているとは思うんですけど…。そのイメージとは別に、「こういう音楽があったらいいな」という理想は常に持っていたかもしれませんね。「本当はこんな音楽があるんだけどな」という勝手な妄想から出発して、そこにイメージを後付けしていってるのかもしれません。
——イメージを形にする手段として音楽を始めるというのは、トクマルさんにとってスムーズな事だったのでしょうか?
T : 絵とかはまったく描けないので(笑)。これしか出来なかったんでしょうね。絵はずっと描けるようになりたかったんですけど、どうしてもだめで。
——(笑)僕も、絵だけはいつまで経ってもうまくなれる気がしないんですよね。
T : 視覚的な記憶力がない人はうまくなれないらしいですよ(笑)。目を閉じるとどんな形状をしていたかわからなくなったり、ものをちゃんと捉えられていないらしいです。
——トクマルさんの音楽は、ある意味非常に具体的だとも感じます。つまりトクマルさんが投げかけているイメージを、聴き手はほとんどの誤差なく受け取っていると思うんです。その一方で、リスナー間、あるいはリスナーとトクマルさんの間にグレー・ゾーンを演出しているのが歌詞なんだと感じます。
T : 「自分で歌詞を書いている」という感覚があまりないんです。歌詞を書くというよりは、今まで書き溜めてきた夢日記から抜き出してくる作業なんです。自分が発しているというより、夢の中に出てきた人達が話した言葉を引用させてもらっている事が多いですね。
——その夢日記はどれくらい継続しているんですか?
T : 15年くらいかなぁ。毎日付けている訳ではないですけどね。楽しいですよ。
——僕はたまに夢と現実が混同してしまって、自分でも危ないなと感じる事があるんですけど(笑)、もしかするとトクマルさんは夢日記を付ける事で、夢と現実をしっかり区分けしていらっしゃるのでしょうか?
T : 僕も完全に混ざっちゃってる時がありますよ。例えば、その日に会ったばかりの人が、夢の中でまったく違う印象を持って現れたりすると、そっちのイメージに引っ張られてしまう事がよくあります。怖い事だと思いますけど、それもそれで楽しいとも感じますね。夢の中で好きだった芸能人に怒られて、ショックを受けたりする事もよくありますね(笑)。
とにかくいいアルバムを作りたい
——(笑) 僕はトクマルさんの詞に対して、「曲の速度を落とさない言葉を選んでいる」という印象を持っています。
T : 歌詞はメロディと同時には出来ないので、曲から雰囲気を感じ取って、そこに合う言葉を見つけ出す作業はいつも難しいです。あと、夢の中だとどうしても具体的な言葉が出てきてしまうんです。例えば「パソコン」という言葉が出てきて、そこで歌詞に「パソコン」という言葉を入れてしまうと、もし10年後にパソコンがない時代になっていたら、すごくつまらないものになってしまうような気がするんです。つまり想像を働かせる幅がすごく狭まってしまう。だからそういう具体的な言葉は極力省いて、想像力を働かせる余地を残してあげたい。それは自分の為でもあるんです。例えば自分が作った1stアルバムを今聴いてみると、当時どんな気持ちで作っていたのかが全然思い出せないんです。そこからまた想像し始めるのが楽しいんですよね。
——自分がかつて作った曲から新たな想像力を掻き立てられるというのは、確かに面白い体験ですね。
T : うん。パソコンという言葉を使わずに、「白い」とか「四角い」という言葉を使った方が、後になってまた別のものに置き換わっている可能性も出てきますよね。自分の曲にはそういうやり方が一番合っているような気がしているんです。
——歌を聴いていると、言葉の意味に躓いてしまっている間に、曲の流れを自分の中で停止させてしまう事がよくあるんです。今回のトクマルさんの作品の場合は、「あ、ここいいな」と思った瞬間にはもう次に移っていて。作品に入り込ませる為に、敢えて曲中のピーク・ポイントを強調しすぎないようにしているような印象があります。
T : 全体像で1つの曲として聴かせたかったんです。1曲1曲も個人的にすごく好きなものばかりなんですけど、それをすべて通して聴いてもらった時に「全部いいな」と思ってもらいたかった。作品にピーク・ポイントを用意するのも重要ですけど、それを全体に馴染ませる作業により力を注ぎました。
——アルバム全体像のイメージはどの辺りで出来上がってきたのでしょうか?
T : それもひとつひとつの楽曲と同じで、作りたいアルバムのイメージが先に出来て、それに向かっていきました。「とにかくいいアルバムを作りたい」という一心でやってきましたね。『EXIT』を出す前までは、ただ「やりたい事をやる」という気持ちが強かったんですけど、『EXIT』以降は、「根本的にいいものを作りたい」という思いが大きくなっていきました。例えば、ある物語を思いついてから、それを元にSFの小説を書こうというより、「あるはずのものを作っておきたい」という気持ちが強くなった。自分の中で既に出来上がっている素晴らしい作品を具現化したいんです。
——既にトクマルさんの中では完成している作品を具現化していく作業こそが、トクマルさんの創作活動の根本という事ですね。
T : 子供の頃から、何でも順序立ててからじゃないと動けなかったんです。例えばどこかに旅行に出かける時も、地図がないと行きたくないんです(笑)。目指す明確な場所がないと怖くて動けない。その目的地に辿り着くまでの道筋を考えるのが好きなんです。
——トクマルさんの音楽には遊び心も感じられるし、ただ効率よく作られたようには聴こえないです。
T : もちろんそこは二面性があって。作り始める前に順序立てた計画がある一方で、入り込んで初めてわかる事もたくさんあるんです。パッと浮かんだ面白いアイデアを忍ばせる余白は残しておきたいんです。例えばコンビニに向かっていくとして、そのコンビニに行く道のりは自分の中でわかっているんだけど、その道のりを実際に歩かないとどんな景色が視界に入ってくるかはわからないですよね。左に曲がる予定だったところで、右側に気になるお店があったとしたら、そこに寄る事もあるかもしれない。ある程度の道筋は用意していきながら、そこからの余白も楽しみたいんです。たまたま見つけた面白い楽器をその場ですぐ使ってみる時なんかもそういう感じですね。
——ライヴになると、より突発的な出来事が増えるんじゃないですか?
T : 増えますね。ライヴは作品を作るのとは全く別物だと思っています。一から作り直しくらいの気持ちですね。ライヴは未だに難しいですけど、楽しめるようになりましたね。
——楽しめるところまで行くのが大変だった?
T : そうですね。元々は自分の為だけに作ってきたので、人に見せるという事を考えてこなかったから、どういう気持ちで臨んでいいのかが分からなかった。でも何が起こっても自分の基盤はブレないと思えるようになってからは、じわじわと楽しめるようになっていきました。「この曲を作った時と同じ気持ちで臨めば大丈夫だ」と思えるようになったんです。
——トクマルさんでも「ちょっと今は曲を書けるような心境じゃない」という時もあるんですか?
T : (笑)それはけっこうありますよ。作っている時間よりは考えている時間の方が長いですよね。考えながら気持ちを落ち着かせているんです。
——最近、気持ちが乱れた時ってありました?
T : 意外とないですけど、やる事が山積みになってくると考えが回らなくなる事はありますね。でもそれはそれで面白い時でもあります。まあ、時間が解決してくれることも多いですし(笑)。
PROFILE
東京都出身。
2004年5月、米ニューヨークのインディ・レーベルMusic Relatedより、1stアルバム『Night Piece』をリリース。無名の日本人、日本語歌詞であったにもかかわらず、各国のメディアで絶賛を浴び、世界中から注文が殺到して初回プレス分は瞬く間に売り切れる。このアルバムは日本でも同年8月、音楽雑誌mapのレーベル、Compare Notesより発売される。
2005年、Compare Notes より2ndアルバム『L.S.T.』をリリース。翌2006年には、ヨーロッパやニュージーランドでも相次いでリリースされ、とりわけフランスでは雑誌、新聞、ラジオ等で大きく取り上げられる。同年秋、そのフランスとスペインと北欧を回る初のヨーロッパ・ツアーを敢行。
2007年10月、サード・アルバム『EXIT』をPヴァイン・レコードよりリリース。日本でも大きな反響を呼び、ロングセラーとなる。この頃より、国内でのライヴ活動も旺盛に展開。翌年には、フジ・ロック、NANO MUGEN FES.‘08といった大規模なフェスにも相次いで出演を果たす。
2008年9月、Sony / Columbia 傘下のレーベル、StarTime Internationalより『EXIT』を北米リリース。同月、初の北米ツアーを行い、出演した4公演全てがソールドアウトとなる(NYではBeirutやThe Nationalのメンバーを伴ったバンドを編成)。10月に再渡米し、The Magnetic Fieldsのサポートアクトとして2000人規模のホールツアーを行う。また、同年、萩生田宏治監督作品『コドモのコドモ』で、初めて映画音楽の作曲も手がける。
2009年4月、ミニ・アルバム『RUM HEE(ラムヒー)』を発表。同年7月にはヨーロッパ最大級の音楽フェス、ロスキレに出演、6カ国にまたがる欧州ツアーも行う。日本でも、アラバキ、ROCK IN JAPAN、SUMMER SONIC、朝霧JAM、COUNTDOWN JAPANなど、多数のフェスに出演し、ライヴ・アクトとしての評価も飛躍的に高める。
- トクマルシューゴ website : http://www.shugotokumaru.com/
異世界のポップ・ミュージック!!
stars in video game / oono yuuki
1983年、宿毛(高知)生まれ。歌、ギターの他、ドラム、鍵盤やトランペットなども演奏する。2003年、 イースタン・ユースのライブ会場で屯していた麓健一に、「歌いそうな奴に見えた」という理由で声を掛け、バンド・エーテルを結成、活動を始める。エーテル解散後、再び麓と共にメモリーズとして活動、解散。その間に麓を通して、にせんねんもんだいと知り合う。その後は2002年から続けていた宅録のみで活動を続ける。2007年、CD-Rアルバム『SENSEI ANONE』を自主制作でリリース。同年夏に春日部公民館にて初のソロ出演。その後2008年より活発にソロ出演を重ねる。2008年12月に、にせんねんもんだいが主催する美人レコードより、 CD-R作品『LEONIDS』をリリース。2009年には同じく美人レコードより『fin,fur and feather』をリリース。現在は主にソロで、八丁堀七針、高円寺円盤などを中心に活動中。
ジャイアント・クラブ / ウリチパン郡
2008年当初からウリチパン郡の新作が大変な事になってるって聴いてたけど、まさかここまでとは。持ち前の原始的な千住宗臣(PARA ex boredoms)の肉体ビートが、本アルバムで開花したオールタイチとYTAMOの歌と混ざりあい、既存のポップ・ミュージックを10年先まで進化させちゃいました。この凄さは、ウサイン・ボルトの100メートルの世界新と同じくらい凄い事。ミュージック・マガジンでも、10点満点でしたね。(text by JJ(Limited Express (has gone?)))
All in one pot / shabushabu
SHABUSHABU待望の1stアルバム。伝説のクラブ・イベントSOONDIE(スーンダイ)に始まる、決して短いとは言えない彼の音楽歴の中で、あらゆるミュージック・シーンを浮き袋片手に徹底的にシュノーケリングしてきた彼の活動の集大成。海外でのシングル・リリースやコンピレーションへの曲提供など、水面下で発表されてきた名曲は数知れず、しかし今回のこのアルバムはあくまでグローバルなダンス・ミュージックへの視点とテクニックに裏打ちされたトラック・メイキングに加え、彼の押さえきれない創造性が絶妙なバランスで結合した、文字通りの最高傑作。冒頭や途中に現れる老婆の語り、子供浪曲師を思わせる、か弱くも粘りの効いたボーカル、どこかロンリネスを感じずにはいられない多彩で奇抜なサンプル音たち、果てはミックスからマスタリングまでも骨太にこなし、そのサウンドはどこをとっても金太郎飴のごとくSHABUSHABUそのもの。