立ち並ぶブティック。窓の外に広がる夜景。行き交う男女。今谷忠弘率いるホテルニュートーキョーが鳴らすのは、その名の通り、東京という都市に暮らす者達のためのサウンド・トラックだ。たゆたうリズムの上で打ち鳴らされるスティール・パン、あるいは至るところに散りばめられた管楽器の音色から聴き手が喚起するのは、雑然としているのにどこか洗練を感じさせるような、かつて思い描いていた東京のイメージそのものだ。『ガウディの憂鬱』『2009 spring/summer』という2枚のアルバムを経て、今谷は改めて自身のバック・グラウンドを顧みる作業に臨んだ。その最新の経過報告として届けられたのが、この『トーキョーアブストラクト スケーター ep』だ。今回のインタビューでは、このスタイリッシュで夢見心地なサウンドの背景に見える、山谷のルーツに焦点をあててみた。キーワードは「井上雄彦」、「スケート・カルチャー」、「オルタナティヴ」、そして「ガス・ヴァン・サント」。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
自分のルーツを掘り下げる作業が必要
——井上雄彦さんを追ったドキュメンタリー番組を観て、作品の着想を得たそうですね。もともと彼の作品が好きだったんですか?
特にそういうわけではないんです。周りのみんながジャンプで「スラムダンク」に熱狂している時、僕は「魁!!男塾」を読んでいました(笑)。割と硬派だったので、青春モノには手を出さなかったんですよね。みんなが「スラムダンク」とBOOWYに夢中になっている時、俺は男塾とコブラ(大阪出身のOiパンク・バンド)だったんです。
——当時「スラムダンク」は読んでいなかったんですか?
読んではいましたよ。でも、今になってそのドキュメンタリーを見て、いいなと思ったんですよね。「わかるわかる!」みたいな感じで。あの人は漫画のストーリーを何十軒も喫茶店を回りながら考えていくらしいんです。制作に関わる人はたくさんいても、最終的なストーリーの部分は一人で考えていくんですよね。ホテルニュートーキョーって、僕のソロ・ユニットみたいになっていますけど、実はそうじゃなくて、昔から気心の知れた仲間達と一緒に作っているんです。でも、このバンドの世界観は僕が一人で決めていかないといけない。バンドがひとつの強力な個としてぶれないためには、一人の人間が考え抜いて決めていかなければいけないんです。そういうところでリンクしたのかもしれないですね。そのドキュメンタリーの中で、井上さんが「漫画家になるために漫画を書いているわけじゃない」「年齢や国籍も関係のない、誰もが持っている普遍的なものを描きたい」と言っていて、それがすごく印象に残っているんです。僕も生活の為に音楽をやってるという意識はないんです。でも百万人の人に聴いてもらいたいとは思う。そこで僕は井上さんの言葉を勝手に解釈して、作品のクオリティを上げていくためには自分のルーツを掘り下げる作業が必要だと感じたんです。そうする事によっていつか百万人に届くものが作れるじゃないか、という道筋を勝手に立てたんですね。もちろんそう簡単に辿り着けるとは思っていませんよ。自分のルーツを探って、それを見せていった時に共感してくれる人がいてくれたら嬉しいんですよね。
——では今谷さんがそのバック・グラウンドを培った時期とは具体的にいつ頃なんでしょうか?
高校生の辺りから20代前半までかな。初めてモスコミュールを飲んでみた頃から、モヒートが分かるようになってきた辺りまでですね(笑)。吸収力がハンパじゃない時期というか、よくわかってないんだけど、なんだか楽しいっていう感覚の時期ですね。飲んじゃいけないものを、飲んじゃいけない場所で飲む時の、あの赤裸々な感じです(笑)。毎日レコード屋さんに行って、聴いてみてもよくわからなかったりするんだけど、それが楽しかった。その吸収しまくってる時の感覚は今でも残ってますね。
——作品のキーワードとして「オルタナティヴ」という言葉も挙げていますよね。今谷さんがおっしゃっているオルタナティヴな音楽とはどのようなものなのでしょうか?
ざっくりと言えば、90年代の音楽。つまりモスコミュールからモヒートの時代に聴いていた音楽のことです。自分で言っておいてあんまり知らないんですけど(笑)。でも、エンジニアの方とのやりとりでよく「ここちょっとオルタナ感が足りないね」という言葉がよく出ていたんですよね。「あ、今のはオルタナ感出てたね」みたいな(笑)。そんなやりとりは当時をリアル・タイムで過ごしていた人同士じゃないと出来ないですよね。だから、当時感じていたものを今また求めているということなんだろうと思います。
——つまり今谷さんが当時触れていたカルチャーの中で流れていた音楽ということですか?
今思えばね。でもその時は意識してないですからね。当時はイベントに行ってバカなことばっかりやってたんです。高校生の頃、王子の【3D】っていうクラブでやっていた<スクランブル・クロッシング>というイベントでよく遊んでて、その時に始めてモスコミュールを頼んだんです(笑)。ここで言えないような事もたくさんあったし、すごかったですね。そのクラブは中にスケート・ランプがあるんですよ。そこでスケボーをやってた人が突然DJやり始めたり、バンドで演奏し始めたりして、それがすごく衝撃的だったんですよね。そこに出演していたのが、コークヘッド・ヒップスターズ、キミドリ、シャカゾンビ、スーパー・ステューピッド、ハイスタンダードとかで。あの頃にああいうものを見ていたのは大きかったですね。
——確かにあの時期のバンドって、音楽はもちろん、服装とかライフ・スタイルにもすごく影響を与えていましたよね。
引っ張られている感じがありましたね。ひとつのカルチャーの中にいるっていうのをすごく感じてた。
——スケボーはやってたんですか?
なんとなくですけどね。ムラサキ・スポーツに行って、高校生になるとみんなスイサイダル・テンデンシーズのバンダナを巻いてね(笑)。そのバンダナが本物か偽物かで言い争ったりして、大変でしたね(笑)。「渋谷に売ってるのは偽物だ!」みたいなね。その本物の違いって言ってもちょっと色が薄いぐらいなんですけど、それを買いにわざわざ鵠沼まで行ったりして。あのこだわりが最高でしたね(笑)。
「このオルタナ感ハンパねぇ!」
——いつからそういうシーンと距離を置くようになったんですか?
実際にそういう激しい音楽のバンドをやっていたんですけど、大学生の辺りで「俺、こんなにテンション上げてやってるけど、そこまで不満感じてねえよな」と気づいて(笑)。そこでやめちゃったんです。あと、ヴィンセント・ギャロのライヴをオーチャード・ホールで観たんですよ。そこで座って歌い出した姿を見て「このオルタナ感ハンパねぇ!」と思った(笑)。あの人もひとつのカルチャーを提示している人だったし、そこら辺のミュージシャンに負けない知識と演奏力があって。
——彼の映画作品も観ていましたか?
好きでしたね。周りでも流行ってたから、雰囲気で観ている人がほとんどだったと思うんだけど、僕はそれはそれでいいと思ってました。例えば僕は映像の中でイエスとかキング・クリムゾンが流れてくるタイミングにやられたりしてましたけど、それとは別にスタイリッシュな雰囲気を楽しんでいる人達も大勢いて、そういう感じがよかったんです。それこそ百万人に繋がると思ったんですよね。僕はそういうカルチャーを感じるのが好きだし、勝手に共通認識を生んでしまうものが面白いと思うんですよね。
——ガス・ヴァン・サントに惹かれたのもそんな感じですか?
彼にも「この人は自分のルーツを探っているんだな」と思わされる作品があって。そこに共感もしつつ、それだけで終わらない作品を出しているから、やっぱりすごいなと思った。ルーツがしっかりしていることを知っているから、中にはいまいちな作品もあるんだけど、それでも彼が作品を出したら必ず観ようと思うんですよね。
——特に好きな作品があれば教えてください。
「パラノイド・パーク」が好きですね。それにもスケーターが出てくるんです。そこで使われていた曲が、今回カヴァーしたエリオット・スミスの「The White Lady Loves You More」なんです。
——エリオット・スミスに対しては、特別な思い入れがあったんですか?
もう大好きですね。であのどうしようもない感じとか、抜けない感じの歌い方とか。そこであの映画を観た時に、また感じるものがあったんです。「パラノイド・パーク」で流れていたエリオット・スミスにも、ストーリーや背景も含めたトータルで惹かれたんですよね。
——今回のEPでは前作の「a man & rooster」「let me turn you on」がセルフ・リミックスという形で取り上げられていますね。
いつも何ヴァージョンか出来るんですよ。そこからアルバムの中での位置付けを考えていくんですけど、あの2曲は方向性が今回の作品にぴったり合ったからピックアップしたんです。だから前作の別ヴァージョンというよりも、独立した1曲として成り立っている感じです。
——バンドでの曲作りはどういった行程なんですか?
僕が大体のデモを作るんですけど、大概はそのデモとはほど遠いところに辿りつきますね。そのデモも曲の始まりと終わりも決めていないようなゆるいもので。そういうやり方だから何バージョンも出来ちゃうんでしょうね。
——さっきの「オルタナ感」じゃないですけど、メンバーと曲を作る上でそういう言葉のやりとりは頻繁に交わされるんですか?
そういう言葉でイメージを共有できる人達とやってるから、そこはスムーズなんですよね。もう10年以上の付き合いがほとんどだから、一緒に過ごした時間がそうさせているんでしょうね。
今でも東京はやっぱりアブストラクトなんですよ
——今谷さんは東京のどういったところにアブストラクトな部分を感じているのでしょうか?
なんか掴めそうで掴めない感じというか。流行っていなさそうで実は流行ってるとか。「あれ、俺ってけっこう人気者?」と思っていたらそうでもなかったりとか(笑)。そういうひとつの側面だけでは語れない部分が、東京という場所は特に多いような気がして。自分が変化しているのか、他の人達が変化しているのか、街が変化しているのかわからなくなる。
——僕のような地方出身者からすると、東京でずっと生活をしている方はどんな風に自分のルーツを辿っていくのか、すごく興味深いんですよね。
大学で地方から来た人達と出会った時にすごいパワーを感じたんですよね。僕達はもう地元に友達がいるし、ちょっと冷めてるんですよ。だから大学で面白い事をやってる奴らって、地方から来た人の方が多くて、意識が自分達と全然違うんですよね。そのエネルギーってどこからきているんだろうと思ってた。最近は昔の雑誌を読んでみたりするのも面白くて。今になって 10年くらい前の物を読み返すと、改めてその時の時代がどうだったかわかるし、当時はぼんやりしていたものを、今の視点から探っていくのが楽しいんですよね。
——その90年代に培ったものを鳴らしているという意味で、他のア—ティストにシンパシーを感じる時はありますか?
同じ時代を一緒に過ごしてきた人達には感じますね。例えばtoeの山嵜君は、高校の時に僕が代々木の【チョコレート・シティ】でやっていたイベントに当時彼が組んでいたバンドで出てもらっていた頃からの付き合いなんですけど、僕から見ると山嵜君も当時からやってる事は変わっていないんです。自分の根底にあるものを表現している感じですね。だから自分もそういう風にやりたいと思っています。
——今回のEPでルーツを辿ってみて、また次に向けた展開は見えてきましたか?
こうやって自分のルーツを掘り下げてみたら、もう切りがないくらいいろんなものが出てきてまだまだ終わらないので、その作業は続いていきそうですね。今回は時間の関係でここまでって感じなんです(笑)。
音を操り情景を表現するクリエイター達
For Long Tomorrow / toe
『New Sentimentality ep』以来4年ぶりとなる本作は、原田郁子(クラムボン)をフィーチャリングしたリード・トラック「After Image」、フジ・ロック・フェスティバル07で好評を得た土岐麻子バージョンの「グッドバイ」、そして朋友千川弦(Ex.Up and Coming / Pre.Dry River string)をゲスト・ボーカルとして迎えた「Say It Ain't So」を含む全13曲を収録。新たなフェーズへと突入したサウンドに、ただ圧倒されるばかりです。
My Wave / SPENCER
ここ数年、プロデュース作業、映画音楽制作などを中心に活動していた大谷友介(Polaris / ohana)が、ソロ・プロジェクトSPENCERを始動させ、6月22日(火)にドイツと日本を渡り歩きながら制作した渾身の作品『My Wave』を放ちます!とにかく素晴らしい! 聴こえてくる音の幅の広さ、そしてダイナミクスを、存分に感じ取ることができます。大谷友介の才能に触れてみてください。現在予約受付中。
division e.p. Vol.5 100 years of choke / world's end girlfriend
「完成形の楽曲とは違った視点から音世界を楽しもう」というコンセプトのもと、world's end girlfriendの名作『hurtbreak Wonderland』を大胆に分解する『division』シリーズ。ウワモノ部やリズム部に分解された各「division」は、それだけで楽曲として成り立つよう、ミックス&マスタリングしなおされ、新たな楽曲として生まれ変わっています。正直、分解されたのにこれほど美しく響くものなのかと溜息が出てしまう代物。
“LOOP SENSATION”
2010.06.27@代官山LOOP
open 17:00 / start 17:30
adv ¥3000 / door ¥3500
live : ホテルニュートーキョー / COMBOPIANO+中原昌也 / 9dw