「持たざる者たち」に向けて——ランタンパレード、キャリア11年目に生み出した2作配信&初ハイレゾ
万華鏡のようにサウンドと言葉が複雑に交差し煌めく唯一無二の音楽を、サンプリングを主体とした制作スタイルで生み出すランタンパレード。2015年は約2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『かけらたち』を9月に発表。また密やかに制作へと戻るかと思われたがそれから3ヶ月、早くも新作が到着した。
新作となる『魔法がとけたあと』は、4年ぶりとなるバンド編成作品。前作『夏の一部始終』とおなじく、光永渉 (ドラム)、曽我部恵一 (ベース)、横山裕章 (ピアノ)、高田陽平 (パーカッション)がメンバーとして顔を揃えた、まさに鉄壁の布陣によるバンド・アンサンブルがここには収められている。
OTOTOYでは今作をLantern Parade初となるハイレゾ配信でお届け。絶妙に編み込まれた音の粒が、より立体的に艶めき鼓膜を打つ仕上がりだ。特集では2年ぶりにインタヴューを敢行。いつになくアクティブな年を過ごした彼に話を伺った。
豪華ミュージシャンが参加したバンド編成による2015年第二作
Lantern Parade / 魔法がとけたあと
【Track List】
01. 君の頬 / 02. 救いようがない / 03. もしかしたら今も / 04. 霧雨のサンバ / 05. 時のかおり / 06. たったひとつの朝 / 07. 水たまりは空の色 / 08. たのしいしらせ / 09. 魔法がとけたあと / 10. 詩や歌のような日々を
【配信形態】
[左]24bit/48kHz(WAV / FLAC / ALAC) / AAC / MP3
[右]16bit/44.1kHz(WAV / FLAC / ALAC) / AAC / MP3
【配信価格】
単曲 200円(税込) / アルバム 1,500円(税込)
※アルバム購入いただきますと、歌詞ブックレットが付属します
独自のサンプリング・スタイルで仕上げた2015年第一作
Lantern Parade / かけらたち
【Track List】
01. はずれろ天気予報 / 02. 夜を探しましょう / 03. 帰り支度が終わらないまま / 04. 自慢の友達 / 05. すこしずつ変わるなら / 06. 目を覚まそう / 07. 今日も今日とて / 08. 正気の人 / 09. 最後みんな溶けてバターになる / 10. いつも心に / 11. かけらたち / 12. 糸 / 13. 雲の切れ目から
【配信形態】
16bit/44.1kHz(WAV / FLAC / ALAC) / AAC / MP3
【配信価格】
単曲 200円(税込) / アルバム 1,500円(税込)
INTERVIEW : ランタンパレード
ランタンパレードこと清水民尋の奏でるアコースティック・ギターを中心に据えた『魔法がとけたあと』は、ある意味オーソドックスなフォーク・ロックのスタイルに徹した作品ともいえるだろう。しかし、その背後で鳴っているコンガのリズムが南米音楽風のフィーリングを感じさせたり、ピックアップを搭載したアコギの残響が聴き手を幻想的なムードに誘ったりと、やはりその音楽性は一言で集約できるようなものでない。あるいは、今作のようなシンガー・ソングライター然とした作品と、サンプリングをメインとした楽曲制作をつなぐ共通点が、ここからは見えてくるのではないか。そこで今回は『魔法がとけたあと』の内容についてはもちろん、今年でデビューから11年目を迎えたランタンパレードのキャリアに通底するものにも迫ってみたいと思い、清水に話を訊いてきた。
インタヴュー&文 : 渡辺裕也
僕はゴミみたいな音に惹かれるところがある(笑)。あるいは「美しいゴミ」とでも言えばいいのかな
——今から2年ほど前に取材させてもらったとき、清水さんは「サンプリングの音楽制作でつかっている機材は、昔からずっと変わってない」とおっしゃっていて。そのあたりの環境に関して、あれからなにか変化はありましたか? 今回リリースされるのはバンド録音の作品なので、いきなり本筋とは違う話になっちゃうんですが。
そこは、今もあのころとぜんぜん変わってないですね(笑)。あいかわらず同じサンプラーとハードディスク・レコーダーを使ってます。というのは、いま持っている機材だけでも、僕は十分に事足りてるんですよ。それこそ「めちゃくちゃ豪華なスタジオで録りたい!」みたいな欲求も特にないし。それにクリアな音がもっとも正しくて優れたものなのかっていうと、必ずしもそうではなかったりするじゃないですか。
——もちろん。くすんだサウンドのよさも当然ありますからね。
そうそう。ちょっとこもっていたり、粗かったりね。たぶん、僕はゴミみたいな音に惹かれるところがある(笑)。あるいは「美しいゴミ」とでも言えばいいのかな。あ、これは今回のようなバンド録音の作品とは別ですよ? あくまでもサンプリングで音楽をつくるときの話ですけどね。
——でも、今の「美しいゴミ」という言葉は、ランタンパレードの音楽を表現する上で、とてもしっくりくるように感じました。今回のアルバムにしても、サウンド自体はすごくリヴァービーで夢見心地な雰囲気なんだけど、そこでうたわれている内容はものすごく現実的な描写だったりするじゃないですか。そのコントラストが、ランタンパレードのおもしろさだと僕は思ってて。
僕が書いてきた歌詞って、多分ずっとそんな感じだったと思うんです。昔からそこは変わってないんじゃないかな。というのも、いま「夢見心地」とおっしゃっていましたけど、それこそ夢って支離滅裂なものじゃないですか。お花畑のような雰囲気のなかにいたかと思いきや、そこに現実的なことが脈絡なく現れるのも、夢だったりする。電話ボックスに入ってる王貞治とかでてくるじゃないですか。僕がやりたいのは、多分そういうことなんですよね。それに、たとえばマーヴィン・ゲイの「ワッツ・ゴーイン・オン」とかも、そういう曲じゃないですか。サウンドはものすごくきらびやかなんだけど、実際にあの曲で歌われているのは、思いっきり現実のことだったりするわけで。
僕はそういう「新しい」と呼ばれるようなものに対して、けっこう懐疑的なところがあるから
——たしかに。では、新作の全編で聴こえてくる、あのピックアップ付きのアコギにリヴァーブを深くかけたサウンドは、どんなイメージのもとに作ったものなんでしょうか。
うーん。特になにかイメージがあったわけでもないんですけど、ちょっとサイケ感を求めていたのかな… って、リヴァーブをかければサイケになるのかっていうと、そこは異論もあるでしょうけど(笑)。というか、自分の場合は音楽をつくるときに「今回はあんな感じのものをやってみよう」と意識しても、結局それとは別モノになっちゃうんですよね。たとえば今作の〈たったひとつの朝〉を作っているときなんかは、CANの曲のリズムとか、同じくドイツのEMBRYOのある曲のノリをちょっとだけ意識してたんですけど、結局そういう曲にはなってないので(笑)。作り終わったものを聴き返してみたときに「けっこういろんな影響が滲んでいるな」と気づくことは、わりとしょっちゅうあるんですけどね。
——あとになってから気づいた影響源って、たとえば今作だとどんなものがありましたか。
今回のアルバムだったら、ティム・バックレーなんかはそうかな。あと、ニーナ・シモンやミシェル・ルグランが自ら歌ってるアルバムの影響も、どことなく滲んでいるような気がします。でも、今回のアルバムって、一言でいうとフォーク・ロックじゃないですか。そういう意味では、特に新しいものでもないと思うんですよ。というか、僕はそういう「新しい」と呼ばれるようなものに対して、けっこう懐疑的なところがあるから。
——サウンド面での目新しさは、特に求めていないということ?
多分そうなんでしょうね。でも、人ってそういうムーヴメント的なものが好きだったりするじゃないですか。それこそ、ボサノヴァの語源だってそういう意味だし、ニューウェイヴとか、ニューミュージックなんて、まさにそうじゃないですか。あるいは近年だと、ジュークやダブステップみたいなものが「新しい音楽」として世に出てきましたよね。一方で、ハイフィーとかもうあまり話題になってないじゃないですか。人はどこか「新しいムーブメントノリ」に浸るのが好きな傾向があったりするけど、僕はそういうのに惑わされたくないです。だから、僕はそういう音楽を聴いてると「本当にそれって新しいのかな?」「じつは過去に似たようなものがあるんじゃないのか」みたいなことを、つい思っちゃうんです。それこそ、ここ200年ほどの間だけでも、本当にたくさんの人たちが世界中で音楽に情熱を注いできたわけじゃないですか。人が聴いて心地よいと感じるような和音や旋法、あるいはリズムとかって、そのあいだにある程度は出尽くしてると思うんです。それを無視して「新しさ」を謳うことに、僕はちょっと抵抗があるというか。「新しい=よい」とはかぎらないし…。
——なるほど。では、清水さんは自分のつくる音楽に対して、「新しさ」ではなく、何を求めているのでしょうか?
僕は、過去の魅力的な音楽の要素がしっかり息づいたものをつくりたい。それでいて、過去にはなかったような音楽がやりたい。それに、僕はリスナー気質がものすごく強い人間だから、なにかをつくれば、おのずとそこには過去に聴いてきた音楽からの影響が出ちゃうんですよね。それはもう、意識しようがしまいが、そうなっちゃうんです。
自分と同じような、富もなにもない田舎者を「おれもやったるぞ!」と思わせるような音楽
——では、現在の清水さんはどんな音楽にリスナーとして興味を惹かれていますか。それが今作に関わっているのかどうかは、ひとまず別として。
これは最近というわけでもないんですけど、欧米モノとはまた違った魅力がある作品として、杉本喜代志というギタリストの『バビロニア・ウィンド』(1972年作)というアルバムを、気にいってよく聴いてました。エレクトリック・マイルスあたりの影響がちょっとありそうな音なんですけど、それが欧米の影響は受けつつも、模造品にはなっていないんですね。むしろ海外にはないもの、日本人にしかできないものを感じさせる音なんですよね。あと、宮沢昭さんの『木曽』(サックスプレイヤーの宮澤が1970年に発表した作品)も、どことなく日本らしさが感じられて、すごくよかったな。どちらも何気に海外にはないもの、日本だからうまれた作品というのを感じさせる音なんですね。それは日本人が作ったということを意識して聴いてるので、バイアスかかってるかもしれませんが。あと、そういえば前々からおもしろいなと思ってることがひとつあるんですけど、坂本九の「SUKIYAKI」って曲があるじゃないですか。あの曲って、日本語詞であることはもちろん、特になにか和っぽさを打ち出してるわけでもないのに、海外で大ヒットしたじゃないですか。まあ、当時と今では時代背景がちがうにせよ、それってものすごく興味深いことだと思うんですよね。逆に、欧米からの目を意識したようなオリエンタリズムって、僕はあまり好きじゃないから。
——というのは?
和太鼓ロックとか、ああいうやつです(笑)。だから、繰り返しになっちゃいますけど、そういうのって意識的にやることじゃないと思うんですよ。それよりも「天然感」のほうが大事というか。どっか投げやりなくらいのほうがいいと思うんですよね。それで音楽がつくれないときは、別に無理しなくてもいいんだし。微妙なところだとは思うんですが、和だとか日本ぽさを殊更強く意識したくはないということです。あくまでも天然感が大事なので。
——清水さんにも音楽が作れなくなる時期ってあったんですか。
というか、ここ最近はずっと作ってないですよ(笑)。今はこのアルバムを出す時期だし、ライヴもけっこうやっていますからね。それに、曲がつくれないってことは、別に焦ることでもないと思うし。でも、よくいるじゃないですか。「もう音楽やめます」っていう人。あれ、僕にはよく意味がわからないんですよね(笑)。音楽なんて、やりたくなったときにやればいいんだから。「音楽なんてもうやりたくない」といま思ってたとしても、人なんてわからないもんですからね。なかには、20年ぶりにアルバムを出したり、しばらく人前にでてなかったのに、ひょっこりまた歌い出す人なんかもいるんですから。
——自分のペースでやればいいじゃないかと。それにしても、ランタンパレードの場合はリリース・ペースがかなり早いですけどね(笑)。
もう20枚くらいは出してるみたいですね(笑)。でも、もともと僕はアルバム1枚だせれば、それでもういいと思ってたんですよ。あとの人生は、それを思い出に生きていこうと思ってたくらいなので(笑)。そうしたら、曽我部さんがこうしてまた作品を出す機会を与えてくれたので、それが本当にありがたいんです。自主ではなく、誰かが僕の作品を出したいと言ってくれるおかげで、僕は今こうしてやれてるわけですからね。だから、なんらかの事情でこの先に音楽ができなくなったとしても、そんなに悔いはないんですよね。やりたいことはやってこれたし、今年出した2枚のアルバムにしても、「これが作れてホントよかったな」っていう気持ちがあるから。まあ、この先につくりたいものはまだまだあるし、もちろん僕が音楽をやめることはないんですけど(笑)。今はそういう心境でもあるんです。まあ、自分の場合はプロ意識が欠けているとも言えるんですけど。
——どういうことですか?
つまり、これをショウビズとして成立させようという気概が、僕にはあまりないんですよね(笑)。僕はエンタテインメント的なものに対してぜんぜん否定的ではないし、それもそれでありだとは思うんですけど、自分にはそういう感覚が欠如しているような気がする。それはやっぱりプレイヤーというよりも、あくまでもリスナー気質ってことなんでしょうね。今こうしてライヴ活動をやってることにしても、「せっかく音楽をやってるんだから、そういうミュージシャンっぽいことも一応やっとくか」みたいな感覚だし(笑)。あと、ありがたいことに「ライヴをやってほしい」みたいな声もいただけているので、やっぱりその要望には応えたいんですよ。そこにはちょっとした義務感もあるのかもしれないけど、単純にそう言っていただけるのは嬉しいことですから。
——ある意味、それもプロ意識といえるのでは?
そうなのかなぁ…。というか、今わかりました。僕がやりたいのは「持たざる者の音楽」なんですよ。あるいは、自分と同じような、富もなにもない田舎者を「おれもやったるぞ!」と思わせるような音楽。それこそ、ヒップホップやレゲエ、アシッドハウスだって、そういうところから始まった音楽じゃないですか。僕の音楽も、そういう「持たざる者たち」に向けてつくっているところがあると思う。うん、けっこうここは確信できるところですね。
過去作
Lantern Parade / 甲州街道はもう夏なのさ
瞬く間に完売した7インチシングルが配信中! バンド編成でランタンパレード屈指の人気を誇る1曲「甲州街道はもう夏なのさ」をセルフ・カバー。カップリングにはこちらもバンド編成で、コーネリアス「スター・フルーツ・サーフ・ライダー」のカバーを収録。両曲とも原曲に忠実ながらも、生楽器ならではのグルーヴが迸り、祝祭的な様相を呈した絶妙な仕上がり。
PROFILE
Lantern Parade
清水民尋(しみずたみひろ)によるソロ・プロジェクト。ソウル、ジャズ、ディスコ、ポップスからブラジル音楽まで古今東西、様々な音盤からのサンプリングループを軸にした制作スタイルで幅広い支持を得る。2004年のデビュー以来、オリジナル・アルバム9枚、ベスト・アルバム1枚、ミニ・アルバム5枚、シングル3枚、アナログ7inchシングル2枚と、実に20タイトルをリリース。弾き語りやバンド編成によるライヴ活動も行う。
>>Lantern Parade Official Twitter