周囲からの期待や認識のギャップに多くの表現者が頭を抱える中で、なぜ彼女だけがここまで頑なにまっすぐでいられるのだろう。前作『Out』以来、3年ぶりとなる小谷美紗子の新作『ことの は』。取り巻く環境の変化には誰よりも敏感なのに、自身のステイトメントだけは一切揺らがない。だから彼女の発する言葉とその声はいつでも、共感と言った生易しい感情を超えて聴き手に突き刺さるのだ。ピアノ、ベース、ドラムによるトリオ編成のアンサンブルも、相変わらず滑らかで力強い。本作が世に出たのを機に、この比類なき存在感をもう一度確かめてもらいたい。ここまで誠実で衒いのない歌を届けてくれる人が、彼女の他にどれだけいるというのだ。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
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申し訳ないけど、ご希望には添えない
——今回の作品はどういった思いから『ことの は』というアルバムタイトルに至ったのでしょうか?
最近は略語とか、ギャル語とか色々な流行り言葉が、昔より更に個性を出してきている気がしていたんです。それを否定はしない上で、日本語の持つ元々の美しさを大事にするという意思表明がしたかった。今回、すべて日本語の歌詞で歌っているのはそういう意味も込められています。今の若い人が使わないような言葉もあえて使いました。そういう所にこだわりながら歌詞を書いたので、最終的にタイトルをこれに決めました。だからと言って、特に心境の変化があった訳ではないので、今後は英語で歌わないという事ではありませんよ。
——若い人が使っている言葉で、最近気になるものはありましたか?
「そんな風に略すの? 」という新鮮な驚きはよくありますよ。面白いと思うし。でもそれだけになったら嫌だなという気持ちはやっぱりあるんですよね。私たちが70、80歳になった時に、日本国民の約8割が「私は」じゃなくて、「私わぁ」になっていたりとか、アルファベット頭文字に略したりしていたら嫌だなとは思います。その時生きている人が困っていなければそれでいいんでしょうけど、自分の言葉が若者に届かなくなっていくのは残念ですよね。だから、新しい言葉を尊重しつつ、私は本来誰もが使える標準的な言葉を使って、その美しさを表現したいと思っています。
——全体的に「始まり」を感じさせるような、あるいは背中を押してくれるような言葉が目立つ中で、「青さ」という曲からはまた違ったムードを感じました。
私の考える「青さ」とは、清さ、純粋さの事です。私にとって透明に近い色ですね。
——「幼さ」もそうでしょうか?
そうですね。大人になる前の清さ。それは誰もが持っている感情と同じだと思います。「もっと純粋だったよね」とか「余計な事を考えずに、もっと正直に話せたよね」とか、そういう大人になって無くしてしまったものを絶対に忘れないと、私はデビューの時からずっと歌い続けています。それが色んな曲に形を変えてるんです。「青さ」もそういう曲だと思います。
——「日めくり」で聴ける抑制させた歌い方は、これまでの小谷さんの作品にはあまり見られなかったものですね。
サビがすべてファルセットというのは、確かにこれまでなかったかもしれないですね。だからといってそういう歌い方に挑戦してみたかったという事ではないんです。演奏全体の雰囲気で聴かせたかったから、歌詞がどんどん前に出てしまうのを避けるために、あえて抑えた感じで歌ったんです。「日めくり」に関しては、雰囲気やリズムで感情を表す事が重要だったので、ドラムから作っていったんです。10パターンくらい短いリズムを録ってから、一番イメージに合うものを選んで、曲にしていきました。
——確かにミニマルな感じですよね。
言葉と一緒にリズムも遊んでみたかったんです。オーソドックスなリズムに聴こえるのに、「これ、何拍子? 」みたいな感じにしたくて、ピアノとドラムが食うところをわざと外して半拍遅らせたりとか。そういう事をやってみたんです。
——今回の5曲はすべて同時期に書かれたものなのですか?
「青さ」と「手紙」は結構前に書いたもので、その他の3曲は比較的最近ですね。
——「言葉を届ける」という作業において、ライヴと音源制作では意識が変わるものなのでしょうか?
単純にレコーディングされたものは一生残るし、どこで誰の耳に届くかわからないから、自分の書いた歌詞のせいで誰かに嫌な思いをさせたり、傷つけたりは絶対したくはないです。発音やニュアンスで違う言葉に聞こえてしまう事もあるので、そこは神経質になりますよ。ライヴに関しては、目の前にいる人達に向かって歌っているので、何も考えずに解き放っている感じですね。
——小谷さんの綴る歌詞には、必ず受け手となる相手がいる印象を持っています。
最初は特定の相手に向けた曲を作っていくんですけど、その曲を世に出したいと言ってもらえた時は、その特定の相手だけでなく、よりたくさんの人に受け止めてもらえるように編集していきます。それはプロとしての責任ですよね。例えば“手紙”は家族や田舎に向けて歌った曲なんですけど、「同じような気持ちでいる人にも是非聴いてほしいな」という強い思いもあったんです。だからこの“手紙”というタイトルには「届かなければ意味がない」という思いも込めているんです。一方で、まったくそういう作業をしない時もあるんですけどね。「この曲は一切何もいじりません」という曲もあるし、あくまで自分が歌いたいと思う歌詞にする事は変わらないんです。例えば100人のうち理解できたのが3人だとしても、十分に理解してもらえたと感じられる場合もあるんです。「ここをあえて変えなくてもきっと届く」という気持ちに従って、そのまま我を通す事もあります。もちろん「わからない」と言われた時の責任はとる(笑)。
——今回の作品に関しては、そういった「わからない」という反応はあまり起こらないと思いますよ。
そうですね。あっ、でも「手紙」の<大統領選挙みたい>というところは、ちょっと違う言葉に変えられないかと言われましたね(笑)。もちろん私もそこで考えてはみたんですけど、自分の家族の事を思いながら書いた曲でもあるので、「そこは申し訳ないけど、ご希望には添えない」と言いました(笑)。
——小谷さんはこれまで、例えば「消えろ」みたいな、無起動にエネルギーを爆発させた曲もたくさん作ってきていますよね。
あの曲は英語詞ですけど、そもそも英語で歌うのってビジネス的に嫌われるじゃないですか(笑)。作り手としてこの曲のメロディーには英語が一番合うと思って書くんですけど、ここは日本だからしょうがないというのは理解できるので、そういう曲はカップリングとして出すようになるんですよね。でも私はそこにはあまりこだわりがなくて、自分の望める形で出せればそれでいいんです。「消えろ」はその代表的な曲ですね(笑)。日本のリスナーに向けて、届いてほしいいう言葉だけは日本語にして、「しんどい」とか「死んだら楽なのに」みたいなところを英語にした曲。あの曲に関しては、日本語に直してほしいというリクエストがなかったですね。
——小谷さんでも日本語を歌に乗せる事に難しさを感じる事はあるんですか?
日本語はアクセントがはっきりしているので、それがいい時もあれば、メロディーによってはすごく邪魔になる事もありますね。英語だとすんなりメロディーに乗るけど、それでも「ここは日本語で言いたいな」という時は、メロディーを変える作業になりますね。だから大変は大変なんですけど、やっぱり日本語は面白いですよ。英語にはない曖昧な表現も多いし、楽しみながらやっています。でも、インタビュー受けるといつも思うんですけど、基本的にあんまり細かい事は考えていないんです(笑)。感情優先で、今まで運良くやってこれたので、そこは信じてやっています。
いつも「なんでピアノなんだ」って思っている
——東京という環境は小谷さんにとってどういうものなのでしょうか?
狭い。すべてが狭いです。どこに行くにしても、距離で考えれば近いはずなのに、遠い。モノが溢れているから、真っ直ぐには進めない。だから余計に圧迫感を感じるんですよね。私は京都のかなり田舎で育ったので、東京では怖くて自転車に乗れないんです。田舎では田んぼのあぜ道を猛スピードで走っていたんですけど、東京でそれは出来ないから。まあ、今となっては愛着もありますけどね。13、4年は住んでいますから。
——やっぱり曲を書く時に沸くイメージは、京都の田舎からのものが多いですか?
そうですね。やっぱり「子供の時の気持ちを忘れない」が人生のテーマとしてあるので。子供の頃に正しいと思った事や、近所のおばちゃんに教えてもらった善悪が私は一番正しいと思っています。大人になって色んな事を学んでから知った善悪よりも、子供の時におじいちゃんやおばあちゃんから教わった善悪の方がすごいシンプルで、信じられるんです。
——小谷さんはどういう子供だったんですか?
ややこしい子だったと思います。署名運動をして、「担任変えろ」みたいな運動をやったりしてました(笑)。歌手やスポーツ選手になりたいと言ってる子に、わざわざ現実を見せ付けてくるような先生に対しては「絶対許さん! 」みたいな感じでした(笑)。
——最近では何か許せなかった事はありましたか?
家の前で道路工事が何週間も続いていたんです。黙って協力してたんですけど、その業者の人の誘導で車を移動している時に車をこすってしまったんです。もちろんお詫びを言いに来てくれたんですけど、その後に「今後その傷で発生した事故に対して、こちらは責任とりません。修理代も出せません」と言ってきたんです。まぁ、法律的には向こうの誘導が原因だとしても、こちらに責任がある事は分かっているけど、こっちは善意で協力していたんですからね。しかもその建設会社がまた、でかいところなんですよ。あーむかつく! 絶対歌にしてやるって。
——(笑)。小谷さんと言えば、やっぱりピアノですよね。ピアノという楽器はやはり小谷さんが音楽を作る上でどうしても欠かせないものなのですか?
お荷物ですよ(笑)。いつも「なんでピアノなんだ」って思ってますよ。「デビューしたらきっとフル・バンドを従えて歌えるんだ」と信じて東京に出てきたのに、気がついたら弾き語りのアーティストになっていた(笑)。そうしたら弾き語りで歌うのが当たり前になってしまって、立って歌おうとすると、うまく声が出なくなってしまったんです。だからレコーディングの時はピアノが無いのにわざわざ座って歌ったりしているんです。
——ベース、ドラム、ピアノのトリオ編成での演奏を主体とするようになったのはなぜなのですか?
フル・バンドでライヴやレコーディングをやった事はあるんですけど、ピアノと合う楽器というのはどうしても限られているんです。そこで良い編成を探しているうちに、これが一番良い形だと思いました。自分の歌声は楽器がどれだけ前に出てきても絶対に負けないので、ベースもドラムもどんどん前に出していきました。普通、楽器がひとつ前に出るとうるさくなりがちなんですけど、このトリオ編成だと上手くいくんですよね。
——小谷さんは普段あまり音楽を聴かないそうですね。
本当に身が震えるぐらい感動すれば、買いますけどね。でもやっぱり自分がほしい音楽は自分で書きたいから、「なんで自分で作れるのに人の曲を買わなきゃいけないの? 」とも思うんですよね。「自分が聴きたい音楽は自分で作ってるの! 」と言いたい(笑)。
——(笑)すごい反骨精神ですね
ははは。だから何百枚もCD持ってる人って「本当に聴いてるのかな」と思っちゃう(笑)。「小谷のアルバムを聴いている」って言われても、「どうせその中の一枚なんだろうな」って。私、数える程しかCD持っていないですけど、どれも大好きなものばかりですよ。私の作品もみんなにとってそういうものになってほしいと、いつも思っています。
——建設会社への怒りもあったことだし、まだまだ小谷さんには激しい展開が控えていそうですね。
(笑)。アグレッシブにいきたいと思います。期待しててください。
PROFILE
小谷美紗子 オダニミサコ
1996年、シングル「嘆きの雪」でデビュー。これまでに9枚のオリジナル・アルバム、16枚のシングルをリリースしている。2006年にデビュー10周年を迎え、魂を揺さぶる唯一無二の歌で、音楽ファンのみならず、 多くのミュージシャンからも支持を得ている。
小谷美紗子 Trio Tour 2010 ことの は
7/20(火)@名古屋CLUB QUATTRO
開場 18:30 / 開演 19:30
前売 ¥4,500 / 当日 ¥5,000(ALL STANDING/入場整理番号入り/Drink代¥500別)
7/21(水)@心斎橋CLUB QUATTRO
開場 18:30 / 開演 19:30
前売 ¥4,500 / 当日 ¥5,000(ALL STANDING/入場整理番号入り/Drink代¥500別)
7/27(火)@渋谷duo MUSIC EXCHANGE
開場 18:30 / 開演 19:30
前売 ¥4,500 / 当日 ¥5,000(ALL STANDING/入場整理番号入り/Drink代¥500別)
メロディーの上を伝う言葉
京都で歌い始め、現在は主に東京で活動しているシンガー・ソング・ライター、ゆーきゃん。アシッド・フォーク/サッド・コアを体現するようなその声と日本語詩は、聴くものに儚くも強烈な印象を残します。今作はギターとヴォーカルのシンプルなつくりでありながら、その歌声はグッと心に染み渡る力を持っています。ギターの弦の音や呟くようなヴォーカルを、高音質HQDファイルでよりリアルに感じられます。
元はちみつぱい/アーリータイムス・ストリングス・バンドの渡辺勝、二階堂和美の才能に狂喜した渋谷毅氏がもっぱら惚れ込んでいる天性爛漫治外法権な狂喜のシンガーの登場! 矢野顕子や大貫妙子も髣髴とさせるがその中にも少女性と幼女性が見え隠れして魔性の臭いを漂わせる。曲ごとに変化する雰囲気/演技力は鬼気迫るものが。 スウィング、ムード歌謡、フォーク等の要素を完全に松倉ワールドに染め上げてるところは エゴラッピン〜小島真由美好きにもたまらないはず。
12年目のスパングル・コール・リリ・ライン、1年半ぶりの8thアルバムで上昇気流に!ふたたびの「Nanae」なのか。代表作を手掛けた益子樹との久々のコラボレーション。スパングル8枚目のニュー・アルバム『VIEW』はシングル「dreamer」のポップモードを受け継いだバラエティ豊かなフル・アルバム。2ndアルバム『Nanae』以来、8年ぶりとなる益子樹(ROVO、etc)との共同プロデュースで、抜けのいいドリーミーなバンド・サウンドに回帰。全曲シングル・カット可能なキラーチューン満載の1枚。