「眺め」から「歩み」へ、ベテランDJが歩み出した、新たな表現のほとりにて──COMPUMAの新たな『horizons』
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長らくDJとして、そして最近ではDJポッセ「悪魔の沼」としてもクラブやダンス系のフェスでも活躍するCOMPUMA(コンピューマ)。レコードバイヤーやDJとしての活動と並行して、1990年代後半からこれまでに、Asteroid Desert Songsやスマーフ男組などのユニットの一員として、この国のアンダーグラウンド・シーンにおいて重要作となるエレクトロ偏愛+αに満ちた名作をもリリースしてきたアーティストでもある。ギタリストの竹久圏(KIRIHITO、GROUP、田我流とカイザーソゼなど)とのデュオなどを経て、ついにソロ名義で2022年には『A View』を発表、さらには昨年秋にはソロ2枚目のアルバム『horizons』をリリースするなど、意欲的なソロ・アーティストとしての制作活動もスタートさせている(昨年は夏目知幸のSummer Eyeのリミックスも)。3月6日(木)には、音響に内田直之、映像に住吉清隆を迎えた、渋谷〈WWW〉でのリリース・ライヴ『COMPUMA『horizons』Release ONE-MAN』の開催など、ソロ・アーティストとして新たな領域を見せつつある彼にインタヴューを行った。
3月6日(木)@渋谷WWWでワンマン・ライヴ開催
"COMPUMA『horizons』Release ONE-MAN"
3月6日(木)@渋谷WWW
出演: COMPUMA(音響:内田直之、映像:住吉清隆)
Opening Act : ANJI
前売りチケットなどの詳細は以下、WWWの公式サイトにて。
https://www-shibuya.jp/schedule/018698.php
ハイレゾ版配信中
コチラらロスレス(CDと同等音質)版も配信中
INTERVIEW : COMPUMA
ゆるやかなダウンテンポのミニマルなヴルーヴの上で淡い色彩で景色が変わってく、穏やかに変化していくエレクトロニック・ミュージック──自身の地元、熊本市の江津湖畔での「散歩」を電子音で描き出す、2024年の夏の終わりにリリースされたCOMPUMAのソロ2作目『horizons』(昨年末にデジタル配信もスタート)。アルバムは2023年に自身のBandcampにてデジタル・オンリーのリリースとなった「horizons EP」を発展させた作品で、タイトル・トラックをひとつのモチーフとして、ヴァージョニング+αで構成されている。
電子音のうねりが澄み切った空の広がりと湖の景色を横目にゆったりと歩いていく様を表したような1曲目から、歩みのなかの内省にフォーカスしたような、よりミニマルなリズムと電子音の戯れへと絶妙な塩梅で変化させていく中盤、そして続くアルバム後半には、この流れにあってはたゆたう湖面を彷彿とさせる、前作『A View』からのリミックス・トラック “view 2 electro”。そしてアルバム・ラストにはフィールドレコーディングによってそぞろ歩く水辺の気配をまとったノンビートの“horizons 5”へと至る。その流れはまるで前半部の歩みが淡い記憶として拡張されていく様を描いているかのようだ。個人的な感想を言えば、どこかクラフトワークの『アウトバーン』を思わせる作品で、かの作品はアウトバーンが走る西ドイツの田園風景をミニマルな電子音による書き割りで描いたわけだが、本作もどこか「散歩」の情景を電子音にて描いているようにも思える作品でもある。とはいえ『アウトバーン』と違うのは、歩みのなかでの内省へも踏み込んでいくような中盤の要素もあり、アルバムを通してさまざまな(心情も含めた)景色を見せる、そんな作品となっている。シーンの潮流たるマクロな視点で言えば、昨今の環境音楽リヴァイヴァルやアンビエント・ミュージックの一般化のなかでの、DJやレコード・バイヤーとして、そうした音楽を長らく紹介してきた彼の新たな回答とも言える作品でもある。
A.D.S.、スマーフ男組、さらには竹久圏とのデュオ、そして長年、DJとして歩んできたCOMPUMAの新たなスタートとなった『A View』に続く、『horizons』。『A View』ではじまったとも言える、そのソロ・アーティストとしてのキャリアは間違いなく次の段階に進んだ作品なのは間違いない。
写真 : 塩田正幸(SOMETHING ABOUT提供)
インタヴュー・文 : 河村祐介
『A View』から次のなにかに繋がっていくような
──『A View』は舞台の劇伴からスタートしていて、なにより脚本ありき、さらには先方のリクエストからスタートしたもので、それに対して今回の『horizons』は、全くはじまりが違うというか、ある意味ではじめてのオリジナル作品といえなくもないのかなとも思います。その楽曲制作のスタートに関して、ご自身の地元の湖、熊本市にある江津湖畔での散歩がひとつイメージの起点になっているとのことですが。『horizons』を作り始めたきっかけとはどんなことなんでしょうか?
今回のアルバムの元になった「horizons EP」の制作は、2023年4月に行ったライヴがひとつのきっかけとしてありました。2022年6月に『A View』をリリースして、9月に〈WWW〉で初めてライヴをやらせていただいて。このライヴをきっかけに、Undefinedのサハラさんから、2023年4月に同じく〈WWW〉で行われる、こだま和文さんとUndfinedによる作品『2 Years In Silence』のリリース・ライヴでの共演のお誘いを受けました。
そのライヴに向けて、せっかくなのでパフォーマンスの際に何か新しい要素を入れたいなと思ったのが最初のきっかけでしたね。プラス、自分のなかで『A View』を作ったことから、その続きというか、そこに連なる新たな景色を何か表現できないかなという思いもありまして、新たな作品を作ってみたいなと。
2022年、ブルーエゴナクの演劇「眺め」のサントラから発展したコンピューマのファースト・ソロ。循環しながら発展していくBPM90のミニマルな電子音のフレーズが心地よいアンビエント・タッチの作品。
静寂という空気感を、そのまダブの空間表現にて捕らえて現前させてしまったかのような作品。この国のダブのイノヴェイダー、こだまと海外でも評価の高いUndefiendのコラボ作品。こちらも2022年の作品。
──『A View』を1枚作りあげたことで、共同制作者でもある、hacchi(Deavid Soul / Urban Volcano Sounds)さんとの実作業とか、「こうしたら作品が作れる」という経験値が得られたという部分も大きいということですよね。
そうですね。ホッとしたというか、一区切りつけたので、『A View』から次のなにかに繋がっていくような、そこから発展した新しい作品を出せたらという思いが生まれて。『A View』に関しては、ブルーエゴナクさんの演劇「眺め」の舞台音楽として依頼を受けたことからはじまったので、それまで経験してきた音楽制作の作業の仕方とは少し違っていて。シーンの演出としての背景の音、音楽の効果……まずは芝居ありきでしたので、そこでの音楽の役割を自分なりに考えてみたり、脚本上でのいろいろな演出や展開、各シーンの時間の動きもありましたので、そのことを考慮して、自分としてできること、できないことを判断しながら作っていって。そうやって作った要素をさらにアルバム作品として発展させてまとめたものが『A View』でした。
そこでのhacchiさんとの共同作業の経験をさらに発展させることで、新しい作品を作りたい、という思いが生まれてきた時期で。そういったタイミングでサハラさんからお誘いを受けて、改めて作品を作る必然性が生まれたといいますか。あとは、その頃、ちょうど実家である熊本に帰省する機会が増えた時期でもあって。熊本に帰省すると必ず通っているお爺ちゃん先生の中国整体の治療院があるんですが、そこに通うのに今回のテーマになった湖(江津湖)のほとりを通るんです。その治療院が早朝から昼ぐらいまでしかやっていなくて、だからどうしても朝早く、7時とか8時に受付しにいかないといけなくて。
──早いですね
でもその湖のほとりが早朝に散歩するのに最高の環境でもあって。芭蕉の木々が茂るジャングルのような場所を通り抜けたり、朝靄の湖畔を歩いていくような。それで治療院に辿り付くと、整体の待合室って、いろいろ身体のツボとか格言のポスターとかよく貼ってあるじゃないですか? 待ち時間なんかにそれらをぼっと眺めたりしていて。そのなかに徳之島の有名な昭和のご長寿レジェンド、泉重千代さんの「長寿十訓」というのが貼ってあって。おそらくもっと若い頃に見たら、なんとも思わなかったと思うんですが、自分もいい年になってきていて、やはり健康第一だなと気付かされて、あるときからその十訓の言葉のひとつがひとつが「そうだよな~、うんうん、そうだよな~」となんだか心に沁み入ってしまいまして(笑)。それ以降はなんとなく、整体からの帰り道、湖畔の景色を眺め歩きながら、それらの言葉を頭のなかで反芻したりしていて。そうするとなんだか「ハッ」と気付かされたりして。そこから、その散歩での音楽、そこで流れる音楽をイマジナリーに作ってみたいと思うようになりました。
──「horizons EP」のBandcampの説明に貼ってあった、「一 万事くよくよしないがよい / 二 腹八分めか七分がよい / 三 酒は適量ゆっくりと……」(編注1)というやつですね。
編注1 : 「一 万事くよくよしないがよい / 二 腹八分めか七分がよい / 三 酒は適量ゆっくりと / 四 目ざめたとき深呼吸 / 五 やること決めて規則正しく / 六 自分の足で散歩に出よう / 七 自然が一番さからわない / 八 誰とでも話す笑いあう / 九 歳は忘れて考えない / 十 健康はお天とう様のおかげ」(泉重千代の出生地である鹿児島県徳之島、伊仙町役場のホームページより)
そういった経緯の中で、中国整体への行き帰りに自分が生まれ育った上江津湖畔の景色を眺めながら歩いていていると、ふと、こういった実家近くの自然環境やそこでの体験や経験を、これまでの自分の音楽活動の中では意識して作品としてフィードバックさせたことはなかったということに気付かされて。自分のルーツみたいなものを振り返ったときに、どうしても幼少期での江津湖周辺で遊んだりしたこと──魚釣ったり虫やカエル、ザリガニをつかまえたり、ボート乗りまくったり、エロ本、エロ漫画を拾ったり……とかとか、現在の自分を形成する上で非常に重要な要素、この環境での経験がかなり占めていたことに気付いて。住んでいた当時は普通のことだと思ってたんですか、歳をとってみて、また長年その環境と離れて生活することで、あの自然や環境が本当にありがたいものだったんだなと。
自分に限らず、地方出身者の方は特にみなさんそれぞれにそういう思いにかられるタイミングがあるのかもしれませんが、自分自身も年を重ねるごとにそういった思いを強く感じるようになりました。そこからこの環境や景色への自分なりの感謝の気持ちと言いますか、恩返しというわけではないですけど、何か音楽としてひとつ表現できたらという。そういう意味で、ある種の環境音楽というか。そうした自分の中での原風景を音として表現できたらというところでスタートしたのが『horizons』なんです。
──そのあたりの思いと『A View』後の続きを作りたいという思いとか、ライヴのオファーとかともちょうど重なってというタイミングですね。ちなみにその散歩道って、どのくらいの距離感のところなんですか?
普通に徒歩で移動するだけとしたら片道20〜30分ですかね。ただ途中で道草して水鳥眺めたり茂みを探検したり、ぼーっと休んだり、寄り道すればいくらでも引き延ばせて、あっという間に小一時間とか余裕かもしれません。
──もともと『horizons』は、2023年7月にBandcampのデジタルEPとしてリリースされた「horizons EP」の延長線上にあるものだと思うんですが。
そうですね。もちろん延長線上にあります。ただEPで発表したヴァージョンと今回のアルバム『horizons』では、すべての曲で、実はヴァージョンが違っていまして、
──そうなんですね。全体的には“view 2 electro”以外、いまの話によると件のEPとも別ヴァージョンになる1曲目の“horizons 1”を、ひとつのモチーフとして使って数ヴァージョンで構成されているアルバムとも言えますが。
もともとはEPで出した“horizons”のリミックスを作るつもりで発展させていった作品なんです。というのも実はBandcampで発表した「horizons EP」は、自分にとってはなんとなく消化不良という思いがあって。まずは、2023年4月のライヴに向けてスケジュールを優先して着地させる必要があったということ、そしてBandcampにてデジタル・オンリーでシングル・リリースをするということ、それ自体これまで自分がやったことがなかったことでもあり、トライしてみたいという気持ちが強くありました。ただ、実際にリリースしてみたものの、なんとなく自分の中でいまいち新作をリリースしたという実感があまり感じれなくて。
それもあって、なんとなく宙ぶらりんな気がしていました。そういった自分の中での気持ちを整理するために、再びこの曲と向かい合ってアルバムとしてきっちり着地させたいという思いが強くあり、そこから制作に取り掛かりました。その上で、オリジナル・ヴァージョンをもとにリミックスして、さらにそこからまたリミックスして……を繰り返すことで“horizons”の新たな発展系がいくつかできあがってきて。こうしてできた楽曲が徐々につながって構成されていくなかで、ひとつのアルバムとして起承転結を帰着させることを目指しながら構築、整えていきました。