REVIEWS : 087 現代音楽〜エレクトロニック・ミュージック (2024年10月)──八木皓平
"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナー。今回は八木皓平による、現代音楽〜エレクトロニック・ミュージックを横断する、ゆるやかなシーンのグラデーションのなかから9枚の作品を選んでもらいました。
OTOTOY REVIEWS 86
『現代音楽〜エレクトロニック・ミュージック(2024年10月)』
文 : 八木皓平
Taylor Deupree 『Sti.ll』
LABEL : 12K
ゼロ年代の電子音響~エレクトロニカ屈指の名盤『Stil.』(2002年)。本作を産み出した作曲家であり、レーベル〈12k〉を主宰しているテイラー・デュプリーは、この傑作をアコースティック楽器によって再現することを志した。デジタルからアコースティックへの翻案を担当したのは米NYの作曲家/マルチ・インストゥルメンタリスト/レコーディング・エンジニアでありレーベル〈greyfade〉の主宰者でもあるジョセフ・ブランチフォルテ。電子音響~エレクトロニカのアコースティック化というフレーズを聞くと、ポストクラシカルを連想しがちだ。しかし凡庸なポストクラシカルが走りがちなリリシズムやミニマリズムはここにはなく、強固なシステムがあり、構築的なアレンジメントがなされている。ドローンやアンビエントひとつとっても極めて繊細に組み立てられており、『Stil.』の素晴らしさを保ちつつ、それを違ったものにしている。テイラー・デュプリーの作曲センスがいかに際立っていたのかが、20年以上の時を経て再認識できるいい機会だ。
坂東祐大 『「怪獣8号」オリジナル・サウンドトラック』
LABEL : Nippon Columbia Co., Ltd.
本連載で初めて取り上げる日本人作曲家が、アニメ『怪獣8号』のサウンドトラックを手掛けた坂東祐大だ。米津玄師や宇多田ヒカルとの仕事はもちろん、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年)や映画『竜とそばかすの姫』(2021年)の劇伴も手掛けており、いまやジャンルを越えて活躍する現代音楽の作曲家といえる。本作では君島大空や岡田拓郎、MON/KU、石若駿、(sic)boy、LEO今井、岡崎体育、in the blue shirt、新井和樹をはじめ、数多くの著名な国内アクトが力を発揮しており、ここまで豪華な日本アニメの劇伴は観たことがないほどだ。ただ、本連載で強調したいのは、本作における坂東祐大率いるEnsemble FOVEの活躍だ。特徴的な特殊奏法をはじめ、デジタル・サウンドに引けを取らないその演奏は、本作の屋台骨になっている。『ゴジラ』の劇伴を担当した伊福部昭へのリスペクトに思えるようなサウンドも垣間見え、日本のサブカルチャーの歴史的連続性を音楽で示しているようにも思える興味深い作品となった。
Kiasmos『Ⅱ』
LABEL : Erased Tapes
キアスモスはオーラヴル・アルナルズとヤヌス・ラスムセンによるユニットで、本作が2作目だ。正直、近年のオーラヴル・アルナルズのソロ作よりも本作のほうがずっと良い。ポストクラシカル的なストリングスとミニマル・テクノ経由のビートを掛け合わせるという、シンプルな構成なのだが、このシンプルさがじつに心地いい。本作の面白さは、ポストクラシカルが持つBGM的な機能性を持つ美しさと、ミニマル・テクノのダンス・ミュージック的な機能性の相乗効果の部分にあるといって差し支えない。つまりは機能性×機能性の快楽が、なんのためらいもなく思いきりスウィングされていることの爽快さこそが胆になっているということだ。こういった掛け合わせは、ダサくなったり野暮ったくなったりすることが多いのだが、この二人はその点をしっかり押さえていて、相性もいいのだろう。絶妙なバランスでサウンドを構築している。朝霧JAM2024に出演して好評を博していたそうだが、これを野外で聴いたらそりゃあ気持ちいでしょう。