REVIEWS : 082 現代音楽〜エレクトロニック・ミュージック (2024年7月)──八木皓平
"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナー。今回は八木皓平による、現代音楽〜エレクトロニック・ミュージックを横断する、ゆるやかなシーンのグラデーションのなかから9枚の作品を選んでもらいました。
OTOTOY REVIEWS 082
『現代音楽〜エレクトロニック・ミュージック(2024年7月)』
文 : 八木皓平
toechter 『Epic Wonder』
LABEL : Morr Music
お気づきの方もいるかもしれないが、この連載では、〈ニューアムステルダム〉や〈イレーズド・テープス〉を筆頭に、頻繁に名前が出てくるレーベルがいくつかある。その理由は、上記のレーベルが、クラシック~現代音楽畑から出てきた音楽家たちのジャンル越境的な作品をリリースしているからなのだが、そういった音楽家たちが、いわゆるクラシック~現代音楽系のレーベルではなく、エレクトロニカ寄りなレーベルに所属しているケースもいくつかある。前々回の連載で紹介したLucy Railton 『Corner Dancer』は〈モダン・ラヴ〉からのリリースだし、ここで紹介するtoechter『Epic Wonder』は〈モール・ミュージック〉からのリリースだ。本作は、ベルリンを拠点に活動する女性トリオがヴァイオリン、ヴィオラ、チェロにエレクトロニクスやヴォーカルを絡めたサウンドを展開している。特殊奏法やピチカートを利用してメロディやエフェクトに味わいを出しつつ、デジタルなスパイスを注入したユニークなサウンドはアンビエント・ポップとしても機能しており、フレンドリーなテイストも兼ね備えている。
Alex Sopp 『The Hem & The Haw』
LABEL : New Amsterdam
yMusicのメンバーであるアレックス・ソップのデビューソロアルバムは見事な傑作となった。共同プロデューサーにはニコ・ミューリー、スフィアン・スティーヴンス、ノラ・ジョーンズ、セイント・ヴィンセント等と仕事を共にしたトーマス・バートレットを迎えているということもあり、刺激的なチェンバー・ポップに仕上がっている。サウンドではyMusicの面々を中心としたインディー・クラシックの人脈が彼女をサポートしており、サム・アミドンやソー・パーカッションのメンバーなども参加している、実に豪華な作品になっている。yMusicのメンバーのソロ・プロジェクトの中でも最もポップなサウンドになっており、アレックス・ソップはこんなヴィジョンを持っていたのかと驚かされた。エレクトロニクスの扱いも、刺々しいものではなくどこか柔らかなのも、彼女の人柄を表しているように思える。細やかな配慮が行き届いた繊細極まりないアレンジから、表現者としてのエッジを感じ、心から拍手を送りたい1枚となった。
Shards 『Byrd Song』
LABEL : Erased Tapes
近年、ますます異彩を放っているピアニストにフランチェスコ・トリスターノがいるが、彼が古楽を再解釈した楽曲を聴くと、その斬新さに圧倒される。それと同じ感覚を本作におけるウィリアム・バード解釈から受け取った。声楽隊シャーズのリーダーであるキーラン・ブラントが、16世紀~17世紀のイングランドで活躍したバードの没後400周年のタイミングで、BBCラジオの特番のためにバードの楽曲をリワークしたことがきっかけとなり、本作が製作された。ここではシンセサイザーを大々的に使用し、ヴォーカルに大胆にオートチューンをかけて、バードの楽曲に新鮮味を与えている。こんなことをしてもいいのか?という気持ちになるくらい思い切った手法で、キーラン・ブラントは、古楽の奥に潜むダイナミズムを2024年に引きずり出して見せた。これくらいやらないと、古楽の解釈などする意味はない、と言わんばかりの迫力に飲み込まれる。しかし何より感動させられるのは、それだけ強烈なアレンジを加えても、かつてのルネッサンス音楽にあった神聖さを保持し続けていることだ。