REVIEWS : 007 国内インディ・ロック(2020年8月)──綿引佑太
毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回は、京都在住のライター、綿引佑太が登場。国内インディーの良質なポップス9作品をご紹介します!
YMB『ラララ』
大阪を拠点に活動する男女混声の4人組バンドの最新作。素朴かつ強かに奏でられる確かなポップスは前作からそのまま、苦い思い出や生活の変化など彼らの内側により深く潜り込んだ歌詞世界が綴られたことで結果的に表現が外へ向けて大きく開いた、バンドの方向が定まる記念すべき1枚となった。作曲者の宮本が自戒の曲と語る“君が一番”と“若いふたり”はYMB結成からを知るファンにとって涙なしには聴くことのできない楽曲となり、そうでなくともさり気なく韻を踏んだ独特な言葉の選び方や、濁りのない爽やかなアンサンブルを受け入れるリスナーもきっと増えたことであろう。
先日行われたバンド初となるワンマン公演では、今作を完全再現したパフォーマンスを披露。YMB加入後、音源初参加となった今井涼平(Gt)の華麗なオブリガードや、ヤマグチヒロキ(Dr)の多彩なアプローチがふたりのハーモニーを引き立てた。これから多くの場所で名前を見る機会が増えるであろう彼らの自信作、一度は必ず耳に入れていただきたい。
Easycome『レイドバック』
聴き手に投げかける思いを手紙でもメッセージでも告白でもなく、“スピーチ“と題するところにこのバンドのゆかしさが詰まっている。YMBとは真逆に開けた歌詞に挑んだ結果として、バンドの内を曝け出す新たな表現を獲得した1枚で、より多くの人に音楽を届けたいと宣言した活動第2章の幕開けには持って来いのアルバムではなかろうか。
前作の雰囲気を引き継ぎながらも、モダンな音作りが耳を引く“スピーチ“や、拘りのフレーズとダヴィングで歌を彩る“タペストリー”、ベースが魅せたカントリー・ナンバー “pass you by”とハイ・ゲインのロックな一面“描いた果実”、そしてバンドの始まりの曲“crispy crispy”。
楽曲ごとに多彩な表情を持ちながら、既にEasycomeとしての世界観を確立した彼ら。今作を踏まえた上で活動第2章をどのように駆けていくのか、先が楽しみで仕方ない。
ベルマインツ「ハイライトシーン」
神戸・大阪を拠点に活動する3人組が今夏に贈る極上ポップス。氷面を滑るように盆丸(Vo)が歌い上げる丁寧なメロディー・ラインに、石若駿擁する静と動が交差した器用かつ大胆なリズム・アプローチが突き刺さる、造形美と称したくなるほどの完成度。2つのセクションが交互に入れ交わる斬新な曲展開はもちろん、バッキング・ギターのトレモロやベースのバズ音、リフの歪み具合など仕込まれた音の全てがいちいちカッコいい。さらに、曲のテンションが上がり切る一歩手前で間奏に落とし込むタイム感、最後のサビでギター・リフをシンセサイザーがなぞったりとアレンジも逐一いじらしい。美味しさを詰め込んだ強烈な仕上がり故、連発不可能なバンド渾身の一手。されど、その希少さに負けない煌き、ドラマティックの嵐。
柴田聡子『スロー・イン』
前作『がんばれ!メロディー』や、数々ステージをともにしたバンド〈柴田聡子inFIRE〉でアンサンブルの花を咲かせた彼女が、次作ではどんな壮大な作品を作り上げるのかと思っていたところ、弾き語りに+αという最小限の編成で本作が届けられた。誰かと音楽を作ることが嫌になったのか!? なんて思ったのも束の間、どうやらそうでもないようだ。エンジニアの宮崎洋一や、“in FIRE”でもお馴染みドラムのイトケン、チェロの橋本歩、コントラバスの山田章典らが制作に迎えられているし、歌詞には家族や恋人、友達といった誰かとの関係が日記のように綴られている。バンドが団体戦なら本作は個人戦。手を繋いだ温度感よりも、相手との物理的・心的な距離の間に関係を見出す視点が本作の醍醐味であり、大人数のチームで組み上げる音楽を経た彼女の最新モードがそれなのかも知れない。
ゆうらん船『MY GENERATION』
弦や菅を交えた大所帯のポップスにせよ、ギター・ドラム・ベースで完結するロック・バンドの楽曲にしても、イヤフォンを耳から外している時に真っ先に思い出すのはどんなリズムが刻まれていたか。潮流に乗って無意識にビートを優先して情報処理してしまう自分がいたのだが、この作品にハッとさせられた。歌しか思い出せない。特別しゃがれているだとか、変わった声質というわけでもない。山を流れる清流の如く、底まで透かせるほど澄んだ内村イタルの声が強烈に焼き付けられる。
前作まではこの声を中心に緩やかなフォーク・ロックを編んでいた印象であったが、今作では“未来の国”や中盤でみせたフォーキーなサイケ感にバンドの新たな表情を伺えた。また、そんな彼の声から発せられる一人称が「俺」であることにグッと来る。
ラブワンダーランド『永い昼』
京都で活動するバンド、本日休演の岩出拓十郎を中心に結成されたラブワンダーランド。デビュー作となる今作は、バンドのコンセプト通り全曲レゲエの基本的な文法が用いられた仕上がり。しかし、よくよく聴いてみるとロックやシューゲイザーのメロディーをなんとかレゲエのリズムに落とし込んでみたというような楽曲完成までの道筋が想像され、その実験感がとても耳に新鮮であった。夏の湿度を大量に含んだぱる(Vo)と岩出の潤った声と、バンドが演出する妖しく明るいアンビエンスに奇妙な心地よさを感じざるを得ない。レコーディングがメンバー出身の大学の防音室で行われたという非常におもしろい録音環境がこのグルーヴに関係しているのかも。盆地の夏はレゲエを踊るほど呑気で心地よいものではないが、揺れる陽炎の向こうに彼らの音楽が流れる彼岸が見えるのならとても愉快だ。
macaroomと知久寿焼『kodomono odoriko』
郷愁と言わずに何と表せるかというほど崇高な歌声に、2020年のここへ来てソリッドでオルタナティヴなカッコよさを見出せるとは大変衝撃的であった。知久寿焼の声に生活音や喋り声のサンプリング、ポコポコと跳ねるビートといった最先端のシーケンスが合わさることで、紙芝居がフルCG映画になったような表現の躍進を見せつけられる。あまりの前衛的な世界観に新曲を書き下ろしたのかなと思いきや、ほとんどが知久の音楽活動30年におよぶ作品群からのセレクトで、いわば彼のベスト・アルバムと言っても過言ではない内容。自分のベストでこれほど実験的で尖った作品をしれっとリリースしてしまうとは。ずっと前からある曲なのに、まだ誰も知らない新しい音楽がここに。まだ出会ってない方にはぜひ一度聴いていただきたい。
さとうもか『GLINTS』
春のうたた寝を誘う柔らかな彼女の声で開口一番、「永遠に夏してたい」と言われたときに新時代の到来を実感した。と、思いきや今作は実家のカセットを掘り起こしたような、タイトル通りバブリーな煌めきの楽曲たちが出迎える。前作『Merry go round』で顔を覗かせていた打ち込み曲がさらにブラッシュ・アップされた“Glints”や、さとうもか流ネオアコの “オレンジ”、しっとり歌い上げるシンプルなロック・バラード“愛ゆえに”など、あの年代の音楽を現代的なエッセンスとともに全網羅したような全10曲。見事な作曲スキルが光る“パーマネント・マジック”や“Strawberry Milk Ships”など彼女らしい音楽的ユーモアも忘れずに。思い返せば、リリースを重ねるごとに楽曲から思い浮かぶ年代がだんだんと現在に近づいてきている気が。古き良きを目一杯吸収しながらいまを追い越したとき、彼女が作る音楽は一体どんなものになるのだろう。次世代ポップ・スターの行く末に注目。
RYUTist『ファルセット』
アイドルとして、作品として、ここまで透明度の高い表現をパッケージできたことに感動を覚える。結成10年目を迎える新潟のアイドル、RYUTistの通算4枚目となるフル・アルバムとなった今作は、蓮沼執太フィルや柴田聡子、パソコン音楽クラブ、Kan Sanoら豪華制作陣の発表で大きな話題となっていたのだが、その話題性に負けない、いや、そんな話題性など気にも掛けない様子の彼女たちに度肝を抜かれた。これだけ個性的な作家が作る曲なのだから当然、楽曲も曲者揃い、期待に応えようと肩肘張ることもあるだろう。が、そんな素振りも見せずに難解なコーラスをさらっと乗りこなし、あっけらかんと歌い進める。10年も芸能の道にいながら、どうすればこの透明度を保てるだろうか。しかも、メンバー全員が足並みを揃えて。もうこれは奇跡としか言いようがない。