ふくよかなサウンドで引き立つ、柔らかさと優しさの匂い──塩入冬湖、“言葉の力”と向き合うソロ作『程』
「2020年の上半期にこの作品を作ることが私の拠り所になっていた」と語るように、その作品はいまの彼女の思いが詰め込まれている。ロック・バンド、FINLANDSでの活動をはじめ、adieu(上白石萌歌)への楽曲提供、そして最近ではラジオ番組のパーソナリティを務めるなど、さまざまな活動で注目を集める塩入冬湖。そんな彼女が、今度はバンドでのリリースではなく、ソロとしての作品集『程』をリリースした。今作は、自宅待機期間に全編宅録で制作され、鷲見こうた(ズーカラデル)、合月亨(Ao、オトノエ)、じょうざき まさゆき(ミスタニス、ZOOZ)、こまけんガッツ(KAWAI JAZZ、神々のゴライコーズ)の4人のゲスト・ベーシストをはじめ、FINLANDSのサポートを務める澤井良太(EMPTY)が参加。ソロとして4作品目となる今作を完成させた塩入冬湖へのインタヴューをお届けします。
全編宅録で完成されたソロ4作品目
INTERVIEW : 塩入冬湖
「『UTOPIA』では「壮大な孤独」を歌っていたけど、いまはその感覚をひとつ超越して、『孤独です。だからなに?』みたいな感じになっている。2019年の私の一大変化の果てにその感覚があったのかもしれないですね」。これは今年(2020年)4月、FINLANDSのシングル「まどか / HEAT」をリリースした際に塩入が語った言葉だ。
それから約5ヶ月、彼女からソロ作品集『程』が届いた。コロナ禍の影響でバンドとしての動きをストップせざるを得なくなったタイミングで制作された今作は、ピアノやシンセを多用したふくよかなサウンド・アレンジや力の抜けた歌声によって、これまで以上に柔らかさと優しさの匂いがする作品となった。宅録で制作され、ソロ作品ならではのシンプルな音の構成の中で、彼女の歌、言葉がより一層際立つ。これまでもありきたりな表現ではなく“自分の言葉”で歌い続けていた彼女が、その言葉の可能性を信じ、向き合った作品でもあるという。
この作品を聴いてまず感じたのは、「これは、彼女自身のために歌った作品だ」ということだった。これまでコンセプチュアルな作品をリリースすることが多かった塩入の作品の中で、ここまで自分に向き合った作品はなかったと思う。そうして制作された作品に現れているのは、決して上から目線で言葉を送る姿ではなく、あくまでリスナーと対等な目線で言葉を綴る姿だ。生活の中のさまざまなことに変化が生じた2020年。コミュニケーションの形も変わっていくなかで、やはり“言葉の力”を信じたいと感じた彼女がいまだからこそ紡ぐことができた今作について、話を訊いた。塩入冬湖のさらなる変化の形がここにあるはず。
インタヴュー&文 : 鈴木雄希
ソロは趣味とか実験の延長線上
──今作は4月以降のライヴができない期間で制作された作品なんですよね。
そうです。今年はFINLANDSのリリースやライヴなど、バンドとしていろいろな予定が詰まっていたのでソロ作品をリリースする予定は一切なかったんです。FINLANDSとして作品作りをしていたんですけど、コロナ禍の影響でそれがいったんストップせざるを得なくなってしまって。「今年はもういろんな活動をすることが難しいからこっちも振り切って考えなきゃいけないな」と感じて、今作を作りはじめたんです。
──2017年に初のソロ作品『特別になる前に ep』をリリースしましたよね。そもそもFINLANDSとしての活動をしつつ、ソロ作品を作りはじめたのはなぜ?
家で曲を作っては宅録をしてということがもともとすごい好きで、ソロという名目もなく曲を作り続けていて。それがある程度たまってきたタイミングで、いまの事務所(サンバフリー)が「リリースをしよう」って言ってくれたのがはじまりでした。だから当時は気合いを入れて「ソロをやるぞ!!」という感じではなくて、いままでやってきたものが形になったという感じでしたね。
──FINLANDSの活動とは別に、ソロとして出したいものができたタイミングでリリースしていた?
そうですね。基本的にFINLANDSでの活動を主体で考えているので、ソロの方は柔軟に。割と趣味とか実験の延長線上にある感じですね。
──なるほど。今回は全7曲が収録されていますね。
そうですね。今回はかなり前に作って温めていた曲も収録されていて。“ラブレター”は2014年くらいにはじめて宅録をして作った曲です。『特別になる前に ep』を出す前、宅録をはじめたばかりの頃に、5曲入りの宅録作品を作ったことがあって。それは50枚も作っていないんですけど、“ラブレター”はそこに入れていた曲なんです。
──そうだったんですね。新たに作った曲で最初にできたのは?
“SCRIPT”ですね。この曲も最初はリリースすることも考えないで、実験的にやっていて。ある程度曲ができてきた段階で、ガッツ(こまけんガッツ)にベースを弾いてもらったらおもしろくなるんじゃないかと思ってお願いして。そこからベースを入れて戻してもらったらすごく良かったんです。こんなに曲がむちゃくちゃ良くなるんだったらしっかりと形にしてソロ作品を作りたいと思って、そこからほかの曲にも着手しました。
──この曲ができたことでソロ作品のリリースを考え出したんですね。作品としてのコンセプトが見えはじめたのはどのタイミングだったんですか?
“Arrow”とか“残花”を作ってるときに、ミニ・アルバムとしてリリースしようと思ったので、たぶんそのあたりから見えてきたのかな。
この作品を作ることが救いになったのかな
──FINLANDSの作品でもそうですが、塩入さんの作品には明確にコンセプトがあるものが多いですが、今作は塩入さん自身の気持ちを整理するための作品でもあるのかなと感じました。
2020年の上半期にこの作品を作ることが私の拠り所になっていた部分が大きくて。今回のように、日常がいったん停止したときは、やっぱり自分が動き続けるしかないと思うんですよ。ほかに趣味とかがあれば別かもしれないけど、私は趣味もなかったし、音楽を作るしかなかったんです。だから今回はコンセプトがあったというよりも、この作品を作ることが救いになったのかなと。そこから、このコロナ禍で感じたことだけじゃなくて、いまなにを思っているのかなということを逆行して考えていきながら、『程』にどういう意味をつけていきたいかということを探っていきましたね。
──この作品が塩入さんにとっての拠り所になっていたということは歌詞からも感じて。家にいる時間も多くなってコミュニケーションをとること自体も減っている中で今作ではより言葉を大事にしているなと。
不毛な争いがいろんなところで起こっていたり、生活に対する悲観的なことがあったりするけど、言葉だけで全部を伝えるのは絶対できないし、だからこそ対面して直接触れ合うとか、話し方、相槌みたいなものでお互いがわかり合っていたんだと思うんです。それってすごく人間的だったと思うんです。でもいまそれらを取り上げられてしまったときに、言葉だけで伝えるってとても難しいなと感じて、絶望的だと思ったし、だけどなんかそれに興奮したんですね。いままでの作品はコンセプトという答えを出したうえで、自分でひとつひとつ答え合せをしながら作っていたんです。だけど、「言葉がどこまでやれるか」ということをわかっている人間なんてひとりもいないし、「言葉とは一生付き合っていかないといけないことなんだろうな」と思いながら作っていったんです。だから、上から「こういう感じです」って歌うのではなくて、「私はこう思うんですよね」ってリスナーと同じ目線で歌えているんじゃないかなって思います。
──塩入さんの書く歌詞にはありきたりな表現がないし、自分の言葉で歌うことをすごく意識している気がしていて。ソロ作品のシンプルな音の構成の中だと、そういう言葉の表現がより一層際立ちますよね。歌詞を書くうえで特に意識していることはありますか?
うーん…… むやみに人を励まさないことはずっと思っていますね。万人に向けて励ましの言葉を歌ったところで、私がその人を知らなければ、その励ましも嘘になるんですよね。誰かが辛い思いをしていたとして、その人に「どんなにつらくても生きていかなきゃいけない」っていっても、私にはその人のつらさがわからないし。励ますとか、元気付けるってよくあることだと思うんですけど、そういうことを曲ではしないようにしています。そういう意味では自分本位なのかもしれないけど、自分の作る曲にはどこかに違和感を感じてほしいなと思っていて。曲を聴いて「なんか聞きやすいな」とか「なんかいいな」と思う人が増えれば増えるほど“売れる”ということに繋がるし、私もそうしていきたい気持ちもあるんです。だけど、曲を聴いてくれた人の中に、なにか腑に落ちない違和感とか不愉快さがちょっと残ればいいなと思っていて。私は言葉を使って、そうやってちょっと引っかかるものを感じてほしいから、言葉はすごく大切ですね。
──そういうことでいうと、普通だったらひらがなにするような言葉を漢字で書くこともちょっとした違和感がありますね。
そうですね。普段使っている言葉の漢字を調べるのが好きで。調べたときに難しすぎてピンとこないやつもあるんですけど(笑)、「重力の嵩張った」(“SCRIPT”)の「嵩張る(かさばる)」とかは漢字で書いた方がかっこいいし、“かさばってる感じ”がするじゃないですか(笑)。そういうものは採用していますね。
──歌詞を伝える音としての言葉はもちろん、文字としての言葉も意識しているということですよね。今作は「嘘」や「偽り」ということもテーマにあるのかなと思いました。
世の中には言葉の嘘だったり、存在の嘘だったり、定義の嘘だったり、いろいろあると思うんですけど、基本的に嘘って自分がなりたいものとか憧れているものに対して使うことなのかなと。だから嘘をつくことにそこまでネガティヴなイメージはないんですよね。ちょっと悲しくてかわいいなっていう思いすらあって。ついた嘘の中に、本当はなりたいものがあるからこそ、嘘をつき続けているんだろうなって思うんです。恋愛とかでも優しい嘘をつく人もいるじゃないですか。そういうのって、言っている言葉は嘘だとしても、その優しさは嘘じゃないと思うんですよね。最近ひとりで考えている中で、嘘に対してネガティヴなイメージがなくなったんです。だから、嘘ということに対して柔らかい気持ちでできた感覚のある作品なのかなと思いますね。
いま作りたいのは“頑張らなくても聴ける音楽”
──サウンド面では、今作はシンセやピアノの音も多用していますね。
さっき話したように、ソロ作品は趣味とか実験の延長線上にあって。いままではギターで曲を作っていたけど、これをピアノに置き換えたらどうなるんだろうって試してみたり、ピアノでコードを探しながら曲に置き換えて打ち込みの音を入れたり、そういうものの繰り返しで作っていくんです。シンセとかだと音が無数にあるので、その中から心地よい音を入れていくので、出来上がったらそれがすべてという感じなんですよね。
──ギターで作ってピアノに置き換えた曲というのは?
“Arrow”と“SCRIPT”くらいですね。ピアノというか、名前も知らないコードを弾くくらいですけど(笑)。
──ギターだとしっくりこなくてピアノに置き換えてみる感じですか?
うーん…… この十数年ずっとギターで曲を作ってきたので、単純に使い慣れない楽器を使うのが楽しくて。気分転換くらいの気持ちでやってますね。昔、ギターをはじめて何年かしてからカポを手に入れたんですけど、カポをつけるだけで音域が変わることに感動して、「こんな魔法みたいなものがあったらいくらでも曲ができる!」と思ったんですよ(笑)。ピアノもシンセもそれとおんなじ感覚で使っていますね。もっときちんと練習したいなって思っています。
──曲を作る方法の選択肢としてピアノやシンセが増えたんですね。これまで以上に優しい匂いがする作品だなと思いました。
これは私のイメージですけど、ピアノが持っている柔らかさとか懐の深さみたいなものは“Arrow”にすごくあっていたなともいますね。ギターだと、曲の高まりは作りやすいんですけど、その高まりが激しめになってしまうことが多くて。でもピアノだとその優しさの部分がすごく素直に表現できるんですよね。作り終わってから、“頑張らなくても聴ける音楽”を作りたかったんだな、と思いました。最近なんかもう頑張りたくなくて(笑)。
──あはははは!
去年くらいから「なんで頑張り続けることがそんなに正義なんだろう?」って思っていて。頑張りたくないけど、曲を作ることは好きだからやりたいんですよ。だからいまは、聴いていて自分が背伸びをしたり見栄を張ったりしないで聴ける音楽が作りたいんです。
──より自然体で音楽を作りたいということですよね。今回は、鷲見こうたさん(ズーカラデル)、合月亨さん(Ao、オトノエ)、じょうざき まさゆきさん(ミスタニス、ZOOZ)、こまけんガッツさん(KAWAI JAZZ、神々のゴライコーズ)の4人のベーシストが参加していますが、それぞれのベースの特徴が出ていておもしろいですよね。
そうなんですよ。“Arrow”を弾いてくれた合月さんはやっぱりうまいし、宅録作品なのに生のベースが引っ張ってくれる感じが出て、それはよかったなと。
──これまでの作品でもゲスト・ベーシストが参加していますよね。
ベースってすごく難しいし、歌っているとわかるんですけど、下手なベースが入ると歌いにくいし邪魔なんですよ。私もベースが弾けないわけじゃないんですけど、自分で弾くとまさしく「邪魔だな!」って思うんです(笑)。だからいつもサポート・ベースに入ってもらうようにしていますね。
──ベースはサポートの方に任せる部分も多いと思うんですが、それ以外は塩入さんがアレンジをしている?
そうです。バンドだと7割くらいのデモからスタジオで合わせながら作っていくんですけど、ソロ作品だと、ベース以外のアレンジは最後の最後まで自分で判断をしないといけないので、永久に終わらないんです(笑)。でも最近になってやっと「いったん置く」ということを覚えて(笑)。自分が発狂しそうになったらいったん置いて、翌日新しい気持ちで考え直してアレンジを決めるようにしてます。
──ひとりで作業をしていると、終わりのタイミングって難しいですよね。
そうなんですよ! 誰かが「こっちのほうがいいよ」みたいに言ってくれると「そうか!」って思えるんですけど、誰も言ってくれないので……(笑)。でもそれが楽しいのかなとも思いますけどね。
──この作品を作り終わったことで新しく見えてきたことなどあるのでしょうか?
正直まだそんなになにも思っていないですね。今年は本当にいつどうやって世の中が終わるかなんてわからないなって思わされる年だったじゃないですか。ウイルスだけじゃなくて、隕石が地球にぶつかって世界が終わるとかもあるかもしれない。それに怯えて生きるのもバカバカしいし、そのときに備えて誰かに優しくするとか誰かを大切にするとかも違う気がするので、特に生き方も変わらないと思います。でも、この作品が最後になってもいいなってくらいの気持ちで『程』を作ったし、次のことはまだ考えられていないですね。いつ死んでもいいように生きてやろうとは思いましたね。そんなことできないですけど(笑)。
──『程』はいまだからこそ出せる音楽だし、いまだからこそリスナーに届く作品だということを改めて思いました。
2011年の大震災があったとき、私は20歳くらいだったんですけど、ただあたふたするだけでなんにもできなくて、すごいダサかったんですよ。そのときに感じたダサさとか違和感をずっと持っていて。なんにもできなかったけど、そこから世の中においての音楽のあり方というものをすごく考えていたと思うんです。2020年にウイルスの影響でこういう状況になったときに、やっぱり昔とは違うし、自分が2020年に音楽をやっていたという記録を残しておきたかった。だから、いまこの作品が出せて本当に良かったなって思います。
編集 : 鈴木雄希
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LIVE SCHEDULE
『程』発売記念程良い弾き語り配信ライヴ
2020年10月4日(日)@ツイキャスプレミアム配信ライヴ
時間 : START 20:00 料金 : 1,500円
【詳しいライヴ情報はこちら】
https://twitcasting.tv/fuyukofinlands/shopcart/27253
PROFILE
塩入冬湖
FINLANDSのVo&Gtとして、精力的なリリース並びに様々なイベントや〈RIJF〉、〈RSR〉、〈CDJ〉、〈VIVALAROCK〉等の大型フェス、全国大型サーキットライヴへの出演する。バンド活動と並行してソロ・ワークも積極的に行っており、これまでに『特別になる前に』『落ちない』『惚けて』と3枚のミニ・アルバムをリリースしている。独特の声とメロディ、歌詞の世界観が話題となり、ソロ弾き語りワンマン・ライヴも各地でソールドアウトしている。また、adieu(上白石萌歌)のデビュー・ミニ・アルバムでは“よるのあと”の作詞・作曲を担当。YouTube コンテンツ「jimoto by majime Inc.」全映像のBGMを担当するなど作家としても注目が集まっている。
【公式HP】
http://finlands.pepper.jp/fuyuko/index.html
【塩入冬湖 公式ツイッター】
https://twitter.com/fuyukofinlands
【FINLANDS 公式ツイッター】
https://twitter.com/Finlands12