REVIEWS : 018 ダンス / エレクトロニック(2021年3月)──佐藤 遥

毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回は、OTOTOYが注目するライター、佐藤遥に国内外のダンス・ミュージックの良質な9作品を書いてもらいました。
OTOTOY REVIEWS 019
『ダンス / エレクトロニック(2021年3月)』
文 : 佐藤 遥
YonYon 『The Light, The Water』
DJにSSW、別名義でプロモーター業もこなすYonYonの1st EP。日本語、韓国語、英語を自由に行き来する詞が、ハウス、ダウンテンポなエレクトロニック・ミュージックにのせて届けられる。内省的なドリーム・ポップでありつつ、タイトなキックやベースはダンスフロアを志向しているよう。また彼女が立ち上げた日韓を繋ぐ〈The LINK〉プロジェクトと同様、本作も参加アーティストの人選が秀逸だ。「Beautiful Women feat. SARM」は、多方面で活躍するギタリストShin Sakiuraの聴いたら彼とわかるイントロから始まり、ボンゴのような打楽器が雰囲気をまとめる緻密なトラック。そこに気鋭のシンガーSARMのスモーキーヴォイスとYonYonのあどけなさを残した歌声とがマッチ。「Bridge」のプロデュースには彼女が移住した福岡からNARISKを迎え、生きづらさを感じる人々を勇気づけるメランコリックでリラックスした楽曲となっている。メッセージのやりとりを紙飛行機にたとえた「Paper Plane」はベテランgrooveman Spot(JAZZY SPORT)がプロデューサーとして参加しており、シロフォンのようなかわいらしい音と愛おしさに溢れた歌詞がぴったりだ。そして「Capsule」ではヴォーカルにDaigo Sakuragi(D.A.N.)、韓国から新鋭プロデューサーのno2zcat、UNEをフィーチャリングし、不文律にがんじがらめになった人々が住む世界をカプセルにたとえた荘厳で神聖な空気を湛えた一曲に仕上がっている。
リミックスには〈NC4K〉主宰のStones Taro、福岡のプロデューサー・ユニット、Ohnestyが参加。前者はドリーミーさを倍増したジャングル、後者は原曲の神聖な雰囲気を残したダンサブルな2ステップ〜UKガラージなリミックスとなっている。
国や地域といった垣根を越えた参加陣。愛と平和をモットーに活動を続けてきた彼女の本作は、誰かの足を踏みつけて気にしない人たちにも、分断を生み出す境界線にも疲れ切ってしまった私たちの心に栄養のように響く。
本レヴューはLIQUIDROOMとの協同企画でも掲載中
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KUČKA 『No Good for Me』
LAを拠点に活動するプロデューサー、KUČKA。4月末に〈Lucky Me〉からデビュー・アルバム『Wrestling』をリリース。その告知と共に発表されたのがこのシングル。神聖さ、エモーショナルさをぐっと抑えた、どこか不穏で悲しみさえも感じさせる内省的なエレクトロニック・ミュージック。繊細で儚い彼女の歌声が、イレギュラーだが統率の取れたビートによって際立って聴こえる。また小さな展開でフレーズがループされるため没入感が高く、リスナーの意識を自己へと向かわせる意図も感じる。本楽曲では”自分を高めてくれない人を手放す”という内容を歌っているが、これは個人的かつ誰しも経験する普遍的なことではないだろうか。実はそれこそがニューアルバムのテーマでもあるよう。歌詞は誰かの人生に置換が可能という考えの元、コンセプトを記したカードを販売しアナログで考えをシェアするという試みも面白い。しばしばFlumeや故SOPHIEとのコラボレーションを以って紹介されてきた彼女が自身で手がけたアルバムがとても楽しみだ。
玉名ラーメン 『fake ID
トラックメイカーでシンガー、詩の朗読など幅広く活動するHikamと、ヴィジュアル・アーティストである姉Hana Watanabeによる姉妹ユニット玉名ラーメン。本楽曲は鼓動のようなキックが特徴的で、ミニマル・テクノの雰囲気を湛えるトラックに、オブスキュアなコーラス、内なる声のような言葉が重なった中毒性の高い作品だ。忘れたくない瞬間を音と言葉にして残すというスタンスは当初から変わっていないようで、この作品はクラブ・エントランスの高揚感を元に制作された。MVはグリーンバックにストロボが焚かれる中、アブストラクトな画像を挟みながらHikamが踊り続けるというもの。楽曲同様ミニマルな作りで、クラブにおける記憶の断片集のような印象を抱く。前作までの浮遊感を残しつつ、本作ではより現実に視線を引き寄せたことで、その曖昧さや不確実さを暗示しているのかもしれない。社会の空気を敏感に吸収しながら、活動のフィールドを広げ続ける玉名ラーメンから目が離せない。