REVIEWS : 009 ジャズ(2020年10月)──柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回はアップデーテッドなジャズ+αに切り混む、好評シリーズ“Jazz The New Chapter”の監修を手がける音楽批評家、柳樂光隆が登場。
Ron Miles『Rainbow Sign』
コルネット奏者で作曲家のロン・マイルスは長い間、NYでもLAでもシカゴでもなく、デンバーで活動している変わった人だが、ビル・フリゼールとのコラボレーションなどで地道に作品をリリースしていて、シーンではリスペクトされている。その作風は戦前に演奏されていたビバップ以前のジャズやフォークやカントリーからの影響も消化したサウンドで、そのアメリカ(音楽)史を巧みに織り込んだ音楽はいまこそ聴かれるべきもの。ここではフリゼール、トーマス・モーガン、ジェイソン・モラン、ブライアン・ブレイドと、現代ジャズのマエストロによるオールスター・バンドで即興演奏によるコミュニケーションで楽曲を紡ぐ音楽としてのジャズ、その究極形のような演奏を聴かせる。ロンは本作に関して、アメリカ屈指の作家ジェームズ・ボールドウィンの名著『The Fire Next Time』からの影響を公言していて、そもそもこの本がスピリチュアルソングの名曲「Mary Don't You Weep」からのインスピレーションで書かれたものであることを考えても、そのノスタルジックにさえ聴こえるサウンドに込められたものはとても奥深い。ちなみに本作はこのバンドの2作目。作曲・構成の巧みさが圧倒的に増していて、個々の楽曲の展開を即興成分たっぷりで描くストーリーは圧巻。
Joel Ross『Who Are You?y』
2019年に〈ブルーノート〉からリリースされたデビュー作『KingMaker』が出る前、「NYにすごいやつがいる」とジャズ・シーンの話題をさらっていた新鋭ヴィブラフォン奏者、ジョエル・ロスが早くも2作目を発表。めっちゃくちゃ複雑なことをやっていても、それを複雑に聴かせない作曲家としての特異さがあって、様々なことが起きているのに流れるような展開でストーリーを紡ぎ、尖っているのに滑らかささえ感じさせてしまう。本作は前作の延長にあり、ブラッシュアップだ。それぞれのメンバーが特別に浮き上がることなくひとつの有機体のように動き、いつの間に役割が入れ替わっていたりするさまは更に完成度を高めた。複雑に入り組んでいてスピーディーな変拍子のリズムの上で、異なるタイム感でゆったりと演奏するウワモノがあったりする曲をスムースに聴かせたり、メルドーやマーク・ターナー的なコンテンポラリージャズとも、スティーブ・コールマン系譜ヴィジェイ・アイヤー経由のMベースのジャズとも通じるところは持ちつつも、全く違う鳴らし方と聴かせ方をするジョエル・ロスの新たな感性は既に完成されているように思う。
Immanuel Wilkins『Omega』
ジョエル・ロスの盟友で彼のバンドのメンバーでもあるイマニュエル・ウィルキンスもジョエルに続いて〈ブルーノート〉からデビューした。ジョエルの音楽が抽象的な部分もかなり含みながらもどこか滑らかで洗練されたまとまりがあるのに対して、イマニュエルのジャズはかなり尖っていて、めちゃくちゃエモーショナル。ジョエル・ロスと同じコミュニティにいるのがわかるような作曲されたコンセプトのある楽曲を演奏しているし、その中で繊細に反応し合っているコレクティブな音楽でもある。ただ、その中で演奏者が自由になる時間やスペースがあり、そこではシステムやルールよりも、その楽曲が求める感情や質感やムードが重視されていて、時にはフリージャズを思わせるように思いっきり抽象的に演奏することもある。ただ、それが必然であるのがわかるのと、それがそれまでの展開から自然に発生し、それに合わせてバンドの演奏も変化し、激情的な演奏さえもナチュラルに楽曲の一部として機能し、ストーリーの一部として流れるように進行していくのが面白い。明らかにアウトしたり、ノイジーだったりして、それが迫ってくることが当然のことにように思える構成がある。強いて言えば、アンブローズ・アキンムシーレやハリッシュ・ラガヴァンらと通じる感性はあるのかも。
Gregory Porter『All Rise Thackray』
グレゴリー・ポーターの久々のオリジナル・スタジオ・アルバム。ナット・キング・コールゆかりの曲を取り上げた『Nat King Cole & Me』、ライヴ録音の『One Night Only (Live At The Royal Albert Hall)』とオーケストラとの共演が続いて、それらのアレンジを名アレンジャーのヴィンス・メンドーサに委ねてきたグレゴリーが本作ではローラ・マヴーラやエミリー・サンデなどを手掛けるトロイ・ミラーがアレンジャーに。ジャズやクラシックをバックグラウンドに持つヴィンスから、ローラ・マヴーラ『Sing to the Moon』やベッカ・スティーブンス『Regina』などのポップス寄りの名プロデューサーのトロイに変えた効果はそのストリングスの使い方で、エレクトロニックな時代に映えるオーガニックな響きを使いつつ、ポップでキャッチーに仕上げている。それがグレゴリーの音楽のノスタルジックでやわらかい魅力を残しつつも、これまでになかったフレッシュな魅力を加えている。チップ・クロフォードやエマニュエル・ハロルドら最初期からの仲間たちによるバンドもグレゴリーの魅力を引き出すいつもの演奏なのになぜかほんの微かに新鮮。普段着なのに洗練もあり、フレンドリーな本作はキャリアの中でも屈指の一枚になるのではないだろうか。
Butcher Brown『#KingButch』
ヴァージニア州リッチモンドを拠点に活動し、自ら〈Jellowstone records〉を運営するUS現代ジャズの人気インディー・バンドのブッチャー・ブラウンがメジャーと契約した。ドラマーのコーリー・フォンヴィルがクリスチャン・スコットのバンドのドラマーだったり、鍵盤やミックスをこなすデヴォン・ハリスがホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトのバンドに起用されたり、DJハリソン名義で〈ストーンズ・スロウ〉と契約して、ビートメイカーとして人気が出ていたりと、個々のメンバーが既にシーンで大きくなっていたのもあり、ようやくブッチャー・ブラウンも華やかな場所に顔を出した印象もある。彼らは演奏や楽曲の良さだけでなく、録音やミックス、それぞれの楽器の音色やテクスチャーなど、その録音作品としての面白さがシーンでも突出している。その多くはリッチモンドのデヴォン・ハリスのスタジオで作られるが、アルバムごとに録音方法が異なり、アルバムの中でも曲ごとに響きも質感も全く違う徹底ぶり。これまではアナログレコードやカセットテープなどを思わせるローファイな質感が印象的だったが、本作はハイファイな質感の中でPファンクからロニー・フォスターからエムトゥーメイまで時代もテイストも異なるファンクを現代的に解釈しつつ、それぞれにふさわしい響きで録音している。レアグルーヴ好きな人にも聴いてほしい新しい音楽、だと思う。
Lionel Loueke『HH』
アフリカのベニン出身のギタリストでリオーネル・ルエケはもともとアメリカの名門〈ブルーノート〉に所属していたが、近年アメリカの最先端アーティストと次々と契約し、急成長しているイギリスのレーベルの〈エディション・レコーズ〉と契約した。そして、リリースしたのがリオネルがずっと共演しているハービー・ハンコックのカヴァー集。リオネルのギターと声でハンコックの数々の名曲を演奏するのだが、こんなカヴァーは想像できなかったの連続。リオネルと言えば、アフリカみたいなイメージがあるが、そのギターのプレイはテクニックだけでなく、弦のミュートを駆使した特殊な奏法やエフェクターの使用により、ギターとは思えないサウンド聴かせるし、そのヴォイスも2010年代屈指のヴォーカリストと言ってもいいほどに完成度も高く個性的で、アフリカ云々ではなく、単純にあらゆる能力が突出した音楽家だ。それらの組み合わせで、聴き慣れたハンコックの名曲が生まれ変わる。ロバート・グラスパーを始めとして、ハンコックを取り上げるミュージシャンは後を絶たないが、自分の色に完全に染め上げることでハンコックが曲に込めていた音楽的な可能性をハンコック本人の意図以上に引きずり出してしまうここまでの剛腕っぷりは前代未聞。とりあえず聴いて驚いてください。
John Hollenbeck『Songs You Like a Lot Down』
オルタナティブなジャズ・ドラマーとして知られていたが、ジョン・ホーレンベック・アンサンブルやクローディア・クインテットなど、現代音楽やロックやテクノなのどの要素も感じさせるサウンドを描く作編曲家としての存在感が強いくなっていったジョン・ホーレンベック。いまやジャズ・ラージ・アンサンブルのシーンの最需要人物のひとりとして、ヨーロッパの名門ビッグバンドのフランクフルト・ラジオ・ビッグ・バンド(HRビッグバンド)と組んで良作を発表している。中でもヴォーカリストのセオ・ブレックマンとケイト・マクギャリーを迎えて、ラージ・アンサンブルによる歌ものプロジェクトが高い評価を得ている。『Songs I Like A Lot』『Songs We Like A Lot』ではカーペンターズ、グレン・キャンベル、クイーン、シンディ・ローパー更にはダフトパンクまで様々な名曲を現代的なリズムやハーモニーで調理した。その最新作『Songs You Like A Lot』ではビーチボーイズ、ジョニ・ミッチェル、ビージーズ、ケイト・ブッシュなどを取り上げている。多くの人が知っているであろう大名曲を取り上げて、ジャズにおけるアレンジの面白さをここまで鮮やかに聴かせるプロジェクトもなかなかない。そして、ここにはジャズ・ヴォーカリストのテクニックや表現力の進化を聴くことができるのも素晴らしい。
Morgan Guerin『The Saga 3』
ドラマーでラッパーのカッサ・オーヴァーオールの『I think i'm good』やそのアルバムのリリース後の来日公演でも同行していたカッサの秘密兵器がモーガン・ゲリン。タイショーン・ソーリーやテリ・リン・キャリントン、エスペランサ・スポルディングなどの録音に参加していて、キャリアは十分。このアルバムではプロフェットやメロトロン、アープ、ウーリッツァー、ムーグなどの多数の鍵盤によるエレクトロニックなサウンドが織り成すサウンドが印象的でそれらは全てモーガンが演奏しているのだが、ギター、ベース、フルート、バスクラ、アルトサックス、テナーサックス、ソプラノサックス、EWI、ドラム、パーカッションもモーガンが演奏している。わずかにゲストも参加しているが、上記のようにほとんどすべての楽器を演奏し、エンジニアリングとミックスも自らこなし、作曲も自分でやっている。つまり自身の演奏の多重録音と編集によりほぼ自分ひとりで作ったアルバムなわけだが、その演奏のレベルがどの楽器に関しても非常に高い。実際にライブでサックス、ベース、鍵盤、ドラムと楽器を持ち変えるのを見たが、どれもそん色がない。自分の頭の中で思い描いた音楽のあらゆるディテールを自身の身体で完璧に表現できる技術があることは、この『Saga 3』の驚くべき統一感と滑らかさを聴けばすぐにわかるだろう。その掴みどころのなさと心地の良さが共存した流動的なサウンドは聴き込むほどに癖になる。
Jon Batiste & Cory Wong『Meditations』
アメリカの人気TV番組『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』の音楽ディレクターになったことで一気に有名になったのピアニストのジョン・バティステだが、この人はけっこう変な人で、現代ジャズ経由のテクニックや理論を持ち合わせつつ、ニューオーリンズの伝統をがっつり身につけた古くて新しい新星ピアニストだったはずが、いつの間にかニューオーリンズ・ジャズとR&Bなどを融合させたバンドのステイ・ヒューマンを結成し注目を浴び、かと思えばメジャーからリリースした『Hollywood Africans』では味わい深いシンガーとしての自身を前面に出したりと多様な側面を持っている。かと思っていたら、ファンクバンドのヴァルフペックのギタリストのコーリー・ウォンとのコラボで瞑想と冠したアルバムをリリースした。ピアノのひんやりかつ凛とした音色の美しさや残響、そしてオルガンの柔らかく暖かい音色を並べ、そのコントラストを活かすゆったりとした演奏をしている様からはジャズ・ピアニストのそれ以上のセンスが聴こえてくる。そこにギターの様々な音色が重なり、混じり合い、演奏というよりは響きや音色だけを取り出したような音楽が生まれている。そういえば、『Hollywood Africans』はニューオーリンズの古い教会で録音したアンビエンスの豊かさも魅力だった。ジョン・バティステは昔からここで鳴っている音楽性の一端を知らない間に見せていたのかもしれないと思った。
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