REVIEWS : 013 電子音とディストピア(2021年1月)──松島広人
“REVIEWS”は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手が新譜(基本2〜3ヶ月ターム)を中心に9枚(+α)の作品を厳選し、紹介してもらうコーナーです(時に旧譜も)。今回はOTOTOYでも昨年後半から執筆している、注目の新鋭ライター、松島広人による9枚。ベラルーシのポストパンクから、アンダーグラウンドなロックとダンスの境界、この国のレイヴ・カルチャーからの音源、そしてラップ、さらにOPNまで横断するテーマは『電子音とディストピア』。
OTOTOY REVIEWS 013
『電子音とディストピア(2021年1月)』
文 : 松島広人
Molchat Doma「Monument」
ベラルーシのポストパンク / コールド・ウェイヴ・バンド、Molchat Doma待望のニュー・アルバム。旧ソ連圏文化とインターネット・ミーム的な要素を内包したロシアン・ドゥーマー・ミュージックの第一人者として、世界的な評価を獲得しつつある彼らの新作は、陰惨な雰囲気を失わないままダンス・ミュージックとしての要素を体得するに至った。 サイレンのように不穏なシンセ・ストリングスと80年代ニューウェイヴを想起させるシーケンスが特徴的なM1「Утонуть / Utonut'」にはじまり、脱力感とニュー・ロマンティックのような夢想感が魅力の「Обречен / Obrechen」、チープな音色で飾ったMolchat Doma流のダンス・ナンバー「Дискотека / Discoteque」からなる前半部は、彼らの新たな一面を切り取って投影したような感触だ。 一方、アルバムの後半部はTB-303系統のうねるシンセベースとラフな質感のメロディラインの調和が瑞々しいM.7「Удалил Твой Номер / Udalil Tvoy Nomer」など、Molchat Domaらしいサウンドも楽しめる。陰鬱さをあえて求めずとも、一度は聴き込みたい2020年の重要作と言えるだろう。
Oneohtrix Point Never『Magic Oneohtrix Point Never』
OPNの最新作。かつてボストンのラジオ番組「Magic106.7(マジック・ワンオーシックス・ポイント・セブン)」をMagic Oneohtrix~と聞き間違えた体験をきっかけに制作された本作は、架空のラジオ局というコンセプトのもと組み立てられている。全18曲となる大作ながら、深夜にラジオの電波をザッピングするような感覚で目まぐるしく、それでいてシームレスに1曲1曲が移り変わっていく不思議な視聴体験。音楽そのものを解体再構築し、もはや後に残ったものの正体を100%理解することすら難しい地点に到達してしまいつつも、どこか親しみやすさも感じられる。 ArcaやThe Weekndといった豪華な客演の存在も忘れてしまうような浮遊感と現実との乖離性は、かつてChuck Person名義でリリースされた『Chuck Person’s Eccojams Vol.1』(2010)のようなヴェイパーウェイヴ・ムーブメントが持つノスタルジアへの現在の彼からの解答とも受け取れはしないだろうか?
RSC『New Thunder』
東京を拠点にボーダレスな活躍を続けるコレクティブ「SPEED」からリリースされた硬派なインダストリアル・テクノ〜トランス・トラック。RSCはバンド、Waaterの一員であるAS2(AnalogueSukebe2)とVJ / DJ / 映像作家とマルチな活動を行うmt.choriのタッグから成るユニットで、アパレルブランド「run so categorize」としても活動するなど、その素性を掴みきれない変幻自在なスタイルが魅力的だ。 タイトな重低音とアシッドな音色が埋め尽くす音の洪水のような表題曲「New Thunder」はそれ1曲でレイヴの追体験を容易にし、続く「Elekitertemp」はより加速したテンポとそれを補なうシンセパッドの柔らかな残響が今どこに、どんなムードで自分が存在しているのかすら忘れさせる。SpotifyやApple Music、あるいはYouTubeなどの広大なプラットフォームの片隅に存在するバグのような音楽だ。
Blank Banshee『GAIA』
2012年の『Blank Banshee 0』と2013年の『Blank Banshee 1』、そして2016年の『Mega』の3作を以ってヴェイパーウェイヴの破壊を試み、Hardvapour/Vaportrapといったサブジャンルを生み出したうちの1人、Patrick DriscollことBlank Bansheeの4年ぶりの新作。。 1~2分台の楽曲それぞれに過剰すぎる音のインプットを施し、トラックごとの情報量が臨界点を突破、漸増的にその狂気を増していく異形さが刺激的だ。 中でもM.6「Teknofossil」はミニマルなフレーズの反復を基本としつつも、非音楽的なアプローチのノイズがアクセントとなり進行や展開が予測不可能の強烈な1曲で、わずか2分41秒の間に配置された膨大な仕掛けを浴びるように楽しめる。 全体的にトリッキーで、時にはハイパーポップ的な歪んだ重低音のアプローチを試みたり、時にはダークなトラップとアンビエントの奇妙な同居を織り交ぜてきたりと、硬質な風合いの中にシュールなユーモアさえ感じ取れる1枚として完成されている。
Tohji,Mura Masa『Oreo(Mura Masa Eternal mix)』
複数のシングルリリースやDJ CHARI『GOKU VIBES』を始めとする客演で2020年もシーンの中心たる存在感を発揮したTohji。次のアクションは、『R.Y.C』のリリースも記憶に新しいジャージー島の音楽家Mura Masaのリミックスという形で発表された。 Mura Masa来日時のオープニング・アクトも務めたTohjiだが、Mura Masa側もInstagram上で「プロペラ」に賛辞のコメントを送るなど両者の間には良好な関係性が構築されていることを予想させた。そんな彼らの、かねてから期待されたコラボレーションが『Oreo』という曲を介して行われた。 原曲のフロウやメロディは活かしつつ、楽曲全体がMura Masaの手によってスクラップ・アンド・ビルドされ、カットアップされたサンプル・ボイスやパーカッシヴなブレイクビーツ、スクリューなどが多用されつつもミニマルな仕上がりに変容を遂げている。単なるパーティーチューンに留まらず、ある種の統制された静けさすら感じられる内的な電子音楽だろう。