対談連載『見汐麻衣の日めくりカレンダー』
本音で作る音楽の現場、磨かれた“音の翻訳術”とは──ゲスト : 岡田拓郎(音楽家)

シンガー・ソングライターの見汐麻衣が、いまお会いしたい方をゲストにお迎えする対談連載、『見汐麻衣の日めくりカレンダー』。「大人になったと感じた時のこと」をテーマに据え、逆戻りの「日めくりカレンダー」をめくるように、当時のあれこれを振り返ります。
残り2回となる本連載の第7回ゲストは、音楽家の岡田拓郎さん。大学在学中に結成したバンド「森は生きている」は、日本のインディー・ロックに新風を吹き込み、一躍注目を集めました。その後も柴田聡子や優河など様々なアーティストのライブ・サポートやプロデュースを手がけ、日本の音楽シーンに欠かせない存在となっています。
2025年11月19日(水)に配信リリースされた、見汐さんのニュー・アルバム『Turn Around』では、共同プロデュースを担当しサウンド・デザインで大きく貢献。その制作をきっかけに、今回の対談が実現しました。
順風満帆に見える岡田さんのキャリアには、一度大きな挫折があったといいます。その経験が、後の制作姿勢にどのように影響したのか。音楽をはじめるきっかけとなった小学生期のギターとの出会いや、感性を育てた中学時代の読書体験などを交え、じっくり伺いました。そして最後には、音楽のあらゆる表現で“いちばんやりたいこと”についても語っていただきました。
岡田拓郎との共同プロデュース。いまの見汐麻衣を鮮やかに位置付ける、決定的な一枚
対談連載『見汐麻衣の日めくりカレンダー』
過去の記事はこちらから
【第7回】ゲスト : 岡田拓郎(音楽家)

文 : 石川幸穂
写真 : 安仁
共同制作は、「その水色ってどんな色?」を確かめ合う作業
見汐麻衣(以下、見汐):この連載で自分より年下の方をゲストにお迎えするのは、岡田くんが初めてです。企画のテーマとして大人になったと感じたときというのがあってですね、これまでは自分よりも長く生きてらっしゃる諸先輩方との対談が主だったんですね。岡田くんと『Turn Around』のレコーディングで一緒に作業しながら、同世代の人と話している感覚が時折あって、ナチュラルに色々な意見をやり取りしながら、意思の疎通という部分で不思議と楽な感じがありまして。今回、岡田くんがこれまでどんな人生を送ってきたのか聞いてみたいと思ったの。
このひと月、完成した作品を最低でも1日1回は聴いているんですけど……、こういったことは初めてでして。自分が毎日でも聴きたいと思える音楽を作れたんだということが、私にとって(音楽の在り方として)理想でもあったので、それが具現化できたことは自分にとって結構大きなことだったんだよね。
岡田拓郎(以下、岡田):自分の作品を聴き返さない人も多いけど、「自分でも聴きたい」と思える作品に関われるのは嬉しいですね。
見汐:これまでは完成した作品を聴きかえす都度、自分の実力不足も相まってもっとこうすればよかったな、ああすればよかった……ということばかり気になって、なかなか繰り返し聴くことがなかったんだけど。今回は他所様の作品を聴いているような感覚があって、新鮮な気持ちで聴けることが嬉しくて。
岡田くんと出会ったのは随分前になるけど、その時の印象は寡黙な方という感じだったんですよね。ただ、交流を持つようになってからの印象は全く異なるもので、感受性が豊かで繊細なんだけれど、理知的な部分と情動的部分のバランスがやけに優れた人だなぁという印象に変わっていきまして。あれ……私なんかより全然……大人じゃねぇすかと思いまして。レコーディング期間中も、形容し難い感覚的な部分を重要視してくれているという感じがして嬉しかったんだよね。
感覚的なことって、理屈じゃなく直感的なことだから余計に、それを言葉にして説明しなければ相手に伝わらないこともあるじゃないですか。以前よりはマシになってはいると思うけど、それが本当に不得意で、例えば「水色っぽい音がいいです」みたいな抽象的な言い方をしても、岡田くんは「え? どういうことですか? 具体的に言ってください」とか「ちょっと何言ってるかわかりません」なんて否定はせずに「あぁ、わかるような……だとしたらこういうことですかね」「とりあえずやってみましょう」って言う、フィーリングを無下にしないでこちらのアイデアをもっと面白くしてくれる具体的な提示をしてくれることがすごく楽しかったし、モチベーションを上げてくれる人だなと思った。
岡田:あのときの制作作業って、「その水色ってどんな水色ですかね? 冷たい? あったかい?」みたいなのを確かめ合うことだったと思うんですよね。「具体的に〜」って言う人の気持ちもよく分かるけど、音楽なんてそもそも言葉にどうすれば良いか分からないものの表れでもあると思うから、抽象的な伝え方しか出来ない物事を誰かとシェアしなきゃいけないのであれば、話しながらそれを探していくしかない。
見汐:そうだったよね。ただ、一緒に作業するまでは「分かり合えないタイプだったらどうしよう……」という一抹の不安もあったんだけど、ここ数年の自分の好みのレコードと共通するサウンドや、アンサンブルを生み出せる人と一緒に音楽を作りたいという気持ちを優先して、勇気を出してオファーしてよかったです。
岡田:僕も、見汐さんの過去の音楽や作品を聴いていて、自家発電的なエネルギーの強い人と思っていたから、もし自分とは考え方が違ったら上手くいかないかもと思ったりもしました。かといって、同じ考え方だったらうまくいくというものでもないですけど。
見汐:同じ考え方をしていなくても、アウトプットの方向が一致していれば共感することはできると思うんだよね。たくさん話をするより、一緒にものを作った方が「あ、そうか」と腑に落ちることも多い。
岡田:僕も活動を始めて10年くらい、いろんなモードがあったけど、セッション仕事をやり始めた頃はその場の空気や人に合わせたり、その場に相応しいように振る舞ったりしていました。波風立てずにいかにスムーズに進められるかという事に出来るだけ貢献するといいますか(笑)。でもそれで完成したものがおもしろくなかったり、現場がうまく回っていても全然楽しくないことがたくさんあって。極端な言い方をしますが、音楽は建前じゃ作れなくて本音で作らないと何の意味もないと言いますか。
そういう経験を経て、今は考えている事が噛み合ってないと感じたら相手に聞くし、怒っている人がいたら理由を知ろうとするし、できないことがあったら一緒に考える、そういう関わりかたをしたいと思えるようになりました。そこまでしてぶつかる事があるならそれはそれで健全だと思うし、関わる人数が多くなるとどうしても共有できない部分は出ては来てしまいますが……。
見汐:岡田くんって多くを語るタイプではないけど、どんなプレイをするのかも含めて、丁寧に関わる人のことを見ているし、その人の演奏の良し悪しを毒にも薬にもなるようにある地点へ誘う感じがあって。音楽をやっている人にもいろんなタイプがあるけど、岡田くんの作品を聴いていて外因的なものが出発点になって内部に深く侵食していくような作品なのに、当たり前だけど音楽として聴いていても大変に気持ちいい曲だと思います。
岡田:多分、シャイなのが作品にも出てるんだと思います(笑)。でも、音楽を作ることを自己表現とは思ってないですね。
見汐:幼少期の話を聞いてみたいんだけど、岡田くんはどんなきっかけで音楽をはじめたの?
岡田:父親が20代くらいのころにラジオの懸賞でヤイリギターのYW-550っていうアコースティック・ギターを当てて。父はそれで吉田拓郎やジョージ・ハリスンなんかを弾いていたようですね。父が飽きてからは押し入れにしまってあったんですけど、それを僕が小学生のときに弾いてみたくなって手に取ったのが最初です。
うちは母も父も音楽をよく聴く人だったから、家ではエリック・クラプトンやビートルズ、高中正義なんかがよくかかっていました。
見汐:そうなんだ。私も14歳のときに叔父の影響でモーリスのギターを触って、高田渡を弾きたいと思ってはじめたのがきっかけでした。叔父は〈URC〉や〈ベルウッド・レコード〉なんかを聴いていた世代で。ウディ・ガスリーやボブ・ディランが好きな人だったんだよね。その影響で最初はフォークを聴くようになって、音楽への興味が広がっていきました。岡田くんはその後、どうやって音楽にのめり込んでいったんですか?
岡田:あるとき、ギターにハマってる僕を見た父が『ギター・マガジン』を買ってきてくれて。それがたまたまスライド・ギター特集号で、ブルースのミュージシャンがたくさん載っていたんです。そこでクラプトンがどうやってスライド・ギターを弾くようになったかを読んで、「どうやらクラプトンより前の時代にブルースってのがあったそうだ」と知って。そんな風に”好きな人の好きな音楽を〜”という感じで芋蔓式にいろいろ聴くようになっていきました。




























































































































