いつの局面もそばにいてくれた、言葉にしづらいニュアンスを“翻訳”してくれた人たち

見汐:ギターについても聞いてみたいと思っていたんですが、岡田くんは小学生の頃にギターに触れて、そこから今までずっと続けているじゃないですか。ギターのどんなところに魅力を感じていますか? というのも、私も27、28歳くらいのときに同じ質問をされたことがあって。当時はあまりにも日常的に弾いていたから深く考えたことがなくて、明確に答えられなかったんですよね。
岡田:うーん、なんだろうなぁ……。僕自身、あまりプレイヤーとしての自覚は薄くて。たまたま子供の頃に手に取ったのがギターだったから続けてるという感じですかね。ギターを弾くことが目的で音楽やってるわけでもないですし。
ちょっと話変わりますが、テクニックとクリエイティブの部分って別ものだと考えてるんです。やればやるほどその区別が曖昧になっていく気がしていて。そこの境界が曖昧になっていくことも必ずしも悪いことというわけではないのですが。これはキース・ジャレットも言っていたことなんですけど。彼は「テクニックとクリエイティブの間には”微妙な”差がある」みたいな良い言い回しをしているのですが、ここ最近の関心のあるトピックのひとつでそういうことをずっと考えていて……、見汐さんはどう思いますか?
見汐:うーん……、質問に答えられているかわからないけど、自分の中から生まれてくるアイデアも含め、具現化する為には最低限のテクニックは必要なんじゃないかとは思います。言い方が難しいんだけど、“(私にこれは)出来ない、じゃぁどうするか”から派生するクリエイティブなもの、偶発的な発見もあると思っていて。プレイヤーとして今やろうとしている音楽を演奏しながら自分のアイデアを即座に表現できる知識やテクニックは欲しいから、学びながら練習するの繰り返しだけど。録音は特にそれらを試す時間でもあるし、テクニックとクリエイティブ同時に自分の中の“のびしろ”を見つけていく行為でもあると思うからどちらも区別せず曖昧でいいような気もするし……。岡田くんはテクニックとクリエイティブ、どっちも持っている人だよね。
岡田:そうありたいですけどね。ひとことでテクニックと言っても、演奏の技術だけじゃなくて、いろんなテクニックがあると思うんですよ。歌唱のテクニック、作曲のテクニック、プロダクションを作るうえでのテクニック……。たとえば譜面のなかでサビに向かうテンション・コードの指定があったとして、それを譜面通りに弾けるのはもちろんテクニック。そしてコードとコードの間にクッション材のようなテンション・コードを選択する際に理論的なテクニックで選ぶことも出来る。キャッチーなメロディも美しい音響もテクニックで構築する事も可能です。じゃあクリエイティブはというと、これも”微妙な”感覚としてそこに介在する場合もある。
ただ、プレイヤー的な志向が強くなるほど、このクリエイティブについての意識は薄れていく傾向にあるように思います。二択の問題が提示された時に第三の答えが例え見つからなくても、そこへのアプローチを模索する事がクリエイティブだと思っています。
そのバランスをうまく取るのが理想だけど、音楽が仕事になればなるほど、この辺りの感覚は顧みられないように感じます。自分は音楽的な知識は現場と独学で身につけてきた“野良インディー育ち”だけど、バイブスさえ通じ合えばインディー・ロックのバンドの中にも入れるし、アカデミックな人とも話せる。必要であればその両方のタイプのいいところをつなぐ接着剤のような役割ができたらいいなと思ってますね。
見汐:岡田くんは楽典的な勉強ってしてましたか? 譜面って読めてた?
岡田:もともとは読めなかったですよ。前は現地で急に譜面を渡されて弾くようなセッションが多かった時期もあって、そういうのは大変でした。楽譜読めないのにそんなこと言えないから、現場にいないタニえもん(谷口雄/鍵盤楽器奏者。森は生きているの元メンバー。柴田聡子や優河をはじめ、様々なアーティストのサポートを務める)に電話して「C7-5って何?」って聞いたりしてました(笑)。本当に迷惑な野郎ですが……。
見汐:その感じわかるよ(笑)。私は、ちゃんと楽典を学んでいる人ではじめて出会ったのが千葉さん(千葉広樹/ベーシスト、作曲家。蓮沼執太フィル、優河、スガダイロートリオなどで活動。多数のレコーディングにも参加)だったんだけど。2010年くらいかな。同じく野良育ちの私からすると譜面が読めて、ヴァイオリンもベースも弾ける千葉さんが天才に見えて。人間的にもすごく優れた人で、年下なのに「見汐さん、ここはこうするんですよ」って優しく教えてくれるのも沁みたな。勉強になりました。
岡田:千葉さんは僕がセッション仕事をやり始めた頃に優河ちゃんのバンドで出会いました。すごく優しいし、アカデミックな知識が豊富にある上で、DIY的なマインドも並行してある人だから、僕みたいなトンチンカンな音を出すタイプでも受け入れてくれて。人と違うことを楽しんでくれて、それを褒めて伸ばしてくれるタイプだし、ちゃんと厳しい時は厳しいですし。
見汐:そうそう。否定しないでくれるんだよね。もし「こんなのもわかんないの?」って言われてたら、今の自分はきっと違ったと思う。
コードの概念を知らなくても、最初は耳でFとかCとか主要なコードを覚えていくじゃない?埋火の『ジオラマ』(2011年)の曲を作っていた時も、全てのコードを理解しないまま作っていましたし。歌にとってまずは旋律が重要で。気持ちのいい響きを探しながらあてていくというか。
岡田:あ、そうだったんですね。あのアルバム、セブンスとかテンション・コードとか、結構凝ったことやってますよね。
見汐:そこはベースの須原さん(須原敬三/ベーシスト。山本精一 & THE PLAYGROUND、埋火、他力本願寺などで活動)が理解してくれて、「その響きを使いたいならそうしよう」って言ったうえで、「ただ、それはこういうコードだよ」って後から教えてくれる人だったの。「本来ならそのコード進行はおかしいとか、音の積み重ね方にとらわれる前に、自分が出したい音を優先しよう」という考え方に共感してくれる人で本当によかったなと思う。
静寂のなか波紋のように広がる歌の世界。埋火のサード・アルバム
岡田:僕たちは、千葉さんや、見汐さんにとっての須原さんみたいに、自分が「こんなふうにありたい」と思える人たちにその都度会えてきてると思うんですよね。僕も、ああだこうだ散らかった話をしていても、「それってこういう事だよね」とか「分かるけど自分はこういうふうに考えるかな」と、受け入れつつも静かに正してくれるような人ばかり周りにいたので。柴崎さん(柴崎祐二/評論家、音楽ディレクター。単著に『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす 「再文脈化」の音楽受容史』他)や増村(増村和彦/ドラマー、パーカッショニスト。森は生きているの元メンバー。GONNO × MASUMURA、岡田拓郎、見汐麻衣 with Goodfellasなどで活動)もそうです。
見汐:増村くんはね、本当にありがたい存在。岡田くんに紹介してもらって、この2年間一緒に過ごす中で「この人すごいな」って思うことが何度もあった。人間的にも凄くいい人、尊敬してます。
岡田:彼は本当にメンターですよね。視点もおもしろいし、ずっと一緒にいたいくらい。
そういう人たちが若いときから自分の周りにいてくれたおかげで、たとえば見汐さんの録音でも「この音は水色のイメージです」と言われても、その感覚を共有しながら作業できたんだと思います。言葉にしづらいニュアンスを翻訳してくれるような人たちが、常にそばにいてくれたんだなって思います。
見汐:ほんとうに、そう思います。最近は年下の子に自分の知らないことを教えてもらうことが多くて、未来を教えてもらってる感覚に近いんだよね。「こういうのもあるんだよ」って自分の知らない音楽を教えてもらうことも含めて、そういうときに素直に楽しめる自分でいたいなと思う。
岡田:僕も最近は自分より若い世代のミュージシャンと一緒になることが増えて、今は自分のプロダクションで一緒にやっている海老原颯くん(ドラマー。細野晴臣、岡田拓郎などで活動)や小西佑果さん(ベーシスト。菊地成孔、塙正貴、岡田拓郎らと共演)は20代なんですけど、彼らから学ぶことも多いです。小西さんは僕と違ってライブで微塵も緊張しないみたいで(笑)。ふとした瞬間にすごく大胆な動きをするのですが、そういった動じなさがとても新鮮ですね。海老原くんは文脈をしっかり捉えた良いドラマーですが、ソフトロックもすごく好きだったりもして。ちゃんとソフトロックが好きなドラマーに会ったのは増村以来で(笑)。
見汐:そういえばちょっと前、増村くんとひっさしぶりにソフトロックの話しをした! ちょっと照れ臭そうに話すのがよかった(笑)。岡田くんっていろんな活動をしているけど、いちばんやりたいことはあったりしますか?
岡田:いちばん好きなのはレコードを作ることなんです。A、B面40分の時間をどんな時間にするかを探すこと。それが自分のやりたいことなんだと思います。

対談を終えて
10年程前からですがワタクシ、「〇〇語録」というノートをつけています。〇〇には友人や知人、諸先輩方の名前が入ります。仕事中や、酒の席含め会話の中で相手にそのつもりはなくともぽつりと吐いた言葉、心に残る言葉など、聞いているこちらが「ハッ!」とする言葉を書き留めているのですが、そこに今回岡田くん語録も加わりました。特に録音中の彼の発言はアドバイスのつもりなんかないにしろ、私には至言に等しいものも多く、今回もこうして話しながら(当たり前ではありますが)全く異なる考え方や発言の中に「はっ!」とする言葉がありました。大切なことを伝えようとする時、きっと無意識だと思うのですが言葉の優しさとは対をなす鋭い眼光も含め、音楽を愉しむこと前提で、そのコアに潜む厳しさも経験してきた人なんだろうと改めて思うなどしました。彼から学ぶことは多いです。ありがとうございました。(見汐)
フォトギャラリー
撮影 : 安仁
PROFILE:岡田拓郎

日本のミュージシャン、音楽プロデューサー。
2012年にバンド「森は生きている」を結成し、『森は生きている』(2013年)『グッド・ナイト』(2014年)をリリース。2015年に解散。2017年10月、ソロ名義 岡田 拓郎 Okada Takuroとしてデビュー・アルバム『ノスタルジア』をリリース。
ギタリストとして、柴田聡子、優河、never young beachなどのライブやレコーディングに参加。プロデューサー/ミキシング・エンジニアとしても、柴田聡子、優河、South Penguinらの作品を手がける。
2025年11月リリースの見汐麻衣『Turn Around』では共同プロデュースを担当。また、自身のニューアルバム『Konoma』を同月21日にデジタルとLPでリリースした。
■X : https://x.com/outland_records
■Instagram : https://www.instagram.com/okd_tkr
■bandcamp : https://hitujiotoko22.bandcamp.com/album/konoma
PROFILE:見汐麻衣

シンガー / ソングライター
2001年バンド「埋火(うずみび)」にて活動を開始、2014年解散。2010年よりmmm(ミーマイモー )とのデュオAniss&Lacanca、2014年石原洋プロデュースによるソロプロジェクトMANNERSを始動、2017年にソロデビューアルバム『うそつきミシオ』を発売後、バンド「見汐麻衣 with Goodfellas」名義でライブ/レコーディングを行う。
ギタリストとしてMO'SOME TONEBENDER百々和宏ソロプロジェクト、百々和宏とテープエコーズ、石原洋with Friendsなど様々なライブ/レコーディングに参加。また、CMナレーションや楽曲提供、エッセイ・コラム等の執筆も行う。2023年5月、初のエッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』(Lemon House Inc.)、2025年5月『寿司日乗 2020▷2022東京』(Lemon House Inc.)を発売。
2025年11月、8年振りとなるニューアルバム『Turn Around』をリリース。
■HP : https://mishiomai.tumblr.com/
■X : https://x.com/mishio_mai
■Instagram : https://www.instagram.com/mai_mishio
■note : https://note.com/19790821
■Bluesky : https://bsky.app/profile/maimishio.bsky.social
見汐麻衣 ライブ情報

Mai Mishio “Turn Around” Release Tour 2025
●大阪公演
2025年12月5日(金)
梅田Shangri-La
GUEST:山本精一&The playground
予約:e+ 10/11(土)10時~
https://eplus.jp/sf/detail/4417170001-P0030001
Lコード:52595
Pコード:311-573
●名古屋公演
2025年12月6日(土)
金山ブラジルコーヒー
GUEST:ミラーボールズ
予約:Peatixまたは会場10/11(土)10時~
https://peatix.com/event/4620252/
会場予約メールアドレス:nqlunch@gmail.com
●東京公演
2025年12月9日(火)
渋谷WWW
GUEST:Shohei Takagi Parallela Botanica
予約:ローソンチケット10/11(土)10時~
【Lコード:72570】https://l-tike.com/mishiomai/




























































































































