矢井田 瞳 × Yaffleが語る、理想的なミュージシャンの姿とは?──ミュージシャンとプロデューサー、二つの視点が交錯する対談

矢井田 瞳の最新アルバム『DOORS』は、デビュー25周年を迎えてもなお“新しい扉”を開き続ける挑戦的な姿勢が色濃く表れた作品だ。ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』主題歌「アイノロイ」では、矢井田自身の希望によりYaffleがサウンド・プロデューサーとして参加。矢井田は、初めて顔を合わせた日から仕上がりへの確信を抱いたという。本対談で、ふたりは「アイノロイ」の制作でも使用したYaffleのスタジオにて再会。数年間の空白を感じさせない軽やかなやり取りのなか、楽曲の下書きからレコーディング、アレンジまでの制作過程や、矢井田の歌をどのように音に落とし込んだかを追う。さらに、ミュージシャンとプロデューサーという立場を超え、音楽活動を続ける上で大切にしている信念にも迫る。
矢井田 瞳、デビュー25周年の新境地
INTERVIEW : 矢井田 瞳 × Yaffle

矢井田 瞳のニューアルバム『DOORS』は、サウンドプロデューサーにJIN INOUE、中⽥裕⼆らを迎え、これまでにない楽曲へのアプローチもありながら、長年愛されている “ヤイコ節” の変わらぬ歌声にそれぞれの月日を重ねつつ、グッと心を惹き寄せられる作品となっている。“新たな扉”をテーマにした今作の中で、「アイノロイ」で初めて矢井田とコラボしたのがYaffleだ。プロデューサーとして数多くのアーティストの作品に携わり、時代を代表する音楽家のひとりとして常に注目を集めるYaffleから見た、アーティスト・矢井田 瞳とは?Yaffleの制作スタジオにて、「アイノロイ」の制作エピソードを中心に、お互いについて語り合ってもらった。
取材・文 : 岡本貴之
撮影 : 大橋祐希
ミュージシャン・シップが光る、矢井田 瞳の楽曲
――2023年の 「アイノロイ」 リリース時に矢井田さんは、Yaffleさんについて「いつかご一緒したかったので願いが叶ってとても嬉しいです」とInstagramに思いを綴っていらっしゃいました。Yaffleさんとコラボしたかった理由を教えていただけますか。
矢井田 瞳(以下、矢井田):いちばん最初にYaffleさんのお仕事に触れたのは、2019年頃の尾崎裕哉さんの作品だったと思います。曲を聴いて、とっても素敵なサウンドだなって。それから藤井風さんをはじめ、いろんな方の曲で浴びるようにYaffleさんの音楽を聴くようになりました。
――どんなところに魅力を感じていたのでしょうか。
矢井田:Yaffleさんが作る音って、すごく新しくて、初めて聴く音みたいなドキドキ感があるんです。前衛的でありながら圧迫してこないような安心感も感じていました。でも、どの曲で誰とやっても歌っている人のルーツや人間性をすごく引き出していて。いつかご一緒したいとずっと思っていたんです。
「アイノロイ」を作ることになったときは、すでにドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』の主題歌になることが決まっていて、スタッフやチームもいつも以上に気合が入っていたんです。そこで、「今までご一緒したことのない方にサウンド・プロデュースをお願いする」という意見が私とスタッフ陣で一致して、Yaffleさんにお願いすることになりました。
Yaffle:僕は高校のとき、軽音楽部で矢井田さんの曲をカバーしていたんです。自分が音楽を始める前から大アーティストとして活動されていたから声が掛かって、ちょっと現実味がなかったですね。「ああ、こういう世界線もあるんだ」みたいな(笑)。でも、実際にお会いしたらすごく優しくてびっくりしました。
矢井田:私もYaffleさんに初めてお会いしたときに、すごく優しいオーラの人だなと思って、うれしかったです。あったかい人だなって。

――曲作りにあたって、事前に話し合って固めていたんですか?
矢井田:私はサウンドのイメージを言葉で伝えるのがあまり得意じゃないんですけど、「アイノロイ」の弾き語りの音源をYaffleさんにこのスタジオで聴いてもらって、その場でキックやリズムのイメージを引き出して、アレンジの下書きを作ってくれたんです。それも、難しい音楽用語は使わずに「軽い感じか、どっしりした感じか」といった、わかりやすい言葉で。だから最初にここで私の弾き語りを聴いてもらった日に、もう下書きができちゃったんですよね。その日からもう楽しみでしかなかったです。いい予感しかなくて、不安はひとつもなかった。
Yaffle:曲のひな型は矢井田さんが作ってくれていたので、それに合わせて僕も一緒にアレンジを加えていきました。
――お互いにリクエストしたことはありましたか?
矢井田:覚えているのは、Yaffleさんがデモアレンジのときに、一番最後のサビで「ドゥルドゥルドゥル~」って、聴いたことのないリズムのフィルを入れてくれていたんです。それが本番では外されていて、「前のアレンジに戻してほしい」ってリクエストを出しました。あとは1番と2番の間にすごく印象的な、笛のような高い音が入ってるんですけど、あれは私、絶対入れて欲しくて。あの音の正体、言ってもいいのかな?
Yaffle:全然、大丈夫です。
矢井田:あれはYaffleさんの声を処理してできた音なんです。そういう音はYaffleさんのこれまでの作品にもちょこちょこ入っているんですけど、私はそれがすごく好きで、「『アイノロイ』にもぜひ入れてほしい!」ってお願いしました。
Yaffle:(実際に入れた高音を出しながら)声、高いんですよ僕(笑)。これをギターの音に寄せて少し歪ませて入れました。
矢井田:思った以上に素材が生かされていますよね(笑)。この音が人間味があって好きだったので、入れてもらえてうれしかったです。そういうリクエストもありつつ、基本的には新しい矢井田 瞳の扉を開いてほしかったので、Yaffleさんが描いた世界に、私はプカプカ浮かぶような気持ちで臨みました。
――Yaffleさんは、学生時代から聴いていた矢井田さんの歌に対して、どんなことを考えて臨まれたのでしょうか。
Yaffle:サウンド・プロデューサーという仕事において、歌声が定点だとしたら、それに対してどこにポジションを取るかで全体の見え方が変わる、という点が面白いと思ったんです。今までの矢井田さんの作品を中心点として、自分がどこに座標を取るかで全体の見え方が変わってくるというか。新人アーティストだと軸がはっきりしていないので難しいんですけど、矢井田さんくらいアーティスト性がしっかりしていると、そのアプローチが楽しいんですよ。「ここを取ったらこう聴こえるんだ」とか。プロデューサーとして本当に冥利に尽きますね。

矢井田:うわあ、ありがとうございます。
Yaffle:それと、矢井田さんの曲って“音楽っぽい”んですよね。“歌”というより、“音楽”としての密度や広がりをすごく感じます。少し話が逸れますが、アンダーソン・パークがドミ&JD・ベックをプロデュースしたとき、自主レーベルを作ってそこから出したんです。そのときのキャッチコピーが「ミュージシャンのためのレーベル」で。これは当たり前のことのようですが、少し皮肉も含まれていて、歌を歌うだけではミュージシャンとは言えない、という意味もあるんです。矢井田さんは、“シンガー”よりも“バンド・マン”寄りというか、ミュージシャン・シップを強く感じます。「アイノロイ」や、アルバム『DOORS』全体に対してもそうですね。
矢井田:うれしいです。Yaffleさんのコーラスアレンジも、私の声をちゃんと楽器として捉えてくれていると感じました。自分では思いつかない、それこそ“歌手”だと思いつかないようなアイデアを考えてくれて、そのコーラスワークが「アイノロイ」の重要な味付けになっています。
Yaffle:これは想像ですが、矢井田さんが学生の頃の音楽家の像って、“アンチ・コマーシャリズム”的なものがかっこいいとされていたんじゃないかと思うんですよ。
矢井田:うんうん。
Yaffle:僕も昔は、音楽業界って尖った感性の人ばかりだと思っていたんです。でも実際はもっと雑多でいろんな人がいて。例えば、「君はいつも行くとんかつ屋が急に変なメニューになったら面白いと思うか?僕は常にとんかつを作り続ける」と、自分の道をとことん追求するような人もいる(笑)。アーティストでも、「こういう節回しの方が絶対売れる」と開けっ広げに方法論を語る人もいますよね。そういう世界を考えたとき、矢井田さんの態度には、僕が焦がれている音楽的なものを感じるんです。
矢井田:さっきおっしゃった“アンチ・コマーシャリズム”という感覚は、音楽を始めた当時に強く感じていましたし、音楽で生きていくには常にその狭間と向き合う必要があると思います。デビュー当時は右も左も分からず、周りのミュージシャンやバンド・メンバーがみんな先生のような存在でした。「売れるため」ではなく、根っこにある「音楽を追求したい」という思いで動く人たちばかりだったのですごく恵まれていたと思います。そこから経験を積んで、タイアップ曲と自分のやりたいことの両立ができるようになったり、自分の軸を知ったからこそ冒険できるようにもなって。でも、まだわからないことも多いですけどね(笑)。