多様なる人生の賛歌を──思い出野郎AチームのEP「エンドロールの後に」

思い出野郎AチームのニューEP「エンドロールの後に」──インタヴューでの本人たちの言葉にもあるようにまさに彼らの魅力がストレートに詰まった5曲収録のEP。グルーヴィーなソウル、ファンクなバンドの演奏とヴォーカル、マコイチこと高橋一の、ときに人生の幸福と、ときに人生の葛藤と、日常と社会を真正面からとらえた歌詞が並ぶ。OTOTOYでは本EPのリリース直前の7月20日に、先行視聴会および公開インタヴューを行った。メンバーからは高橋一(Trumpet, Vocal)、増田薫(Sax)、山入端祥太(Trombone)、岡島良樹(Drums)の4人を招いて開催。アーティストから直接聴きどころなどを伝えながら、プロのスタジオでも使われるモニター・スピーカーでそのサウンドを直接体感するという、来場者にはまたとない機会となった模様だ。当日のトークをギュッと凝縮した記事をお届けしよう。
ストレートにバンドの魅力が詰まった5曲入りEP
今回視聴に使ったスピーカー : ADAM Audio S3V

今回の公開インタヴュー・イベントで使用したのはスタジオで使われるプロユース向けのミッドフィールド・モニタースピーカー、ADAM AudioのS3V(もちろんペアでの使用)。ADAM Audioのフラッグシップ・シリーズ、Sシリーズの中核をなすモデルで、低域には9インチのウーファーを、ミッドには4インチのハイブリッドドライバーを、そして高域にはADAM Audioの大きな特徴とも言えるS-ARTツイーターを搭載。繊細な空気感までしっかりと描写。各帯域に専用アンプを備え、合計850Wのパワーで圧倒的なレンジとクリアなサウンドを実現。DSPによるルーム補正機能も搭載していて、部屋に合わせた調整も可能。ジャンルを問わず、音の細部まで聴き取ることができる。今回のイベントではアーティストの発言による聴き所を直接リスナーが体験できるというまたとない機会に、その音楽性を余すことなく伝えていた。
ADAM Audio Audio S3Vの詳細は以下、メーカーのオフィシャル・ページにて
https://www.adam-audio.jp/s3v
INTERVIEW : 思い出野郎Aチーム

小泉今日子×中井貴一によるカバー“ダンスに間に合う”で話題になったことも記憶に新しい、思い出野郎Aチーム。EP「エンドロールの後に」に収録されているのは、さまざまな違いを超えて多様なる人生にエールを送る5曲の賛歌だ。温かなファンク、ソウル・サウンドに乗せて、さまざまな人生の局面をストレートに歌う。その楽曲たちは、この新自由主義、そして排外主義的な流れが大きくうねる、この時代にあって、それは切実な希望のように響くのだ。
インタヴュー・文 : 河村祐介
写真 : 沼田学
機材協力 : ADAM Audio
自分たちのやりたい音像にはなってるよね

──今回5曲のEPという作品のスケール、タイミングとしてはなにかあったんでしょうか?(CDはすでに配信されている“はじめての感情”がボーナス・トラックとして1曲追加収録)。
高橋 : 最近フル・アルバムのサイズ感だとなかなか通して全部聴かれづらいということもあり、もうちょっとライトな感じでコンスタントに音源が出てたほうが良いよねという話になって。ハナコの単独公演用に“エンドロールの後に”が先にできていたので、それを軸に作りはじめて。
──レコーディングのスタイルがまた変化したようですが。
高橋 : 前回の『Parade』のときは7畳くらいのリハーサル・スタジオを月借りして、全部そこで録れるような環境を作って制作していたんですが、その後、そこは引き払って、〈カクバリズム〉の事務所の一室にある作業部屋みたいなところに機材を全部入れて新たに制作拠点にしました。同じ事務所のTill Yawuhとかceroの3人とかもそこで作業をしているようなところなんですが、僕らの機材もみんなが使えるようにして。『Parade』のときはドラムからなにから全部セルフで録ってミックスもしていて。それは楽しいし、じっくり録り音とか試せて良かったんですけど、同時に自分たちだけでやる限界も感じていて。今回は梅ヶ丘にあるhmc Studioっていうスタジオで、池田(洋)さんというエンジニアのかたにドラム、ベース、リズムギターのベーシック隊3人をレコーディングをしてもらい、その後は僕がエンジニアでリハスタとか事務所作業部屋で残りのギター、キーボード、ホーンとか足りないところを重ねていってミックスするという作業で。あとは(宮本)直明さんの生ピアノだけはやっぱり難しいので三鷹台にあるエコー&クラウドというスタジオで録って。
──人の意見が入らないと逆に煮詰まることもあるっていうのはアーティストのかたはよく言われますよね。
高橋 : まさに『Parade』のときは、自分たちで全部できるゆえにずっと試し続けてしまってなかなか決まらないことが多かったんですが、やっぱプロの人が関わることでパッとその場で経験則を元に判断して対応してくれて。
山入端 : でもそのマコイチがエンジニアとして『Parade』を作ったおかげで、僕らの作りたい音の要望とかエンジニアさんに伝えやすかったのはすごいあると思って。
岡島 : 「この帯域ね」みたいなことをマコイチが通訳になってくれて、伝える効率がすごいめちゃくちゃ高くなってた。
山入端 : それで結構自分たちのやりたい音像にはなってるよね。
──増田さんの今回のレコーディングはいかがでしたか?
増田 : 自分のホーン録りはスタジオとかじゃなくて、吉祥寺のリハスタで録ったんで、正味そんなに自分のパートの制作は変わってない(笑)。でも全体としては「こういうことができる、これはできない」っていう限界もわかって、ある程度諦めがつくようになってきて前ほど煮詰まるようなことはなくなってきたかもしれないですね。
──そろそろ1曲づつ会場のみなさんと聴きながらすすめていければと思うんですが、1曲目、すでに先行配信されていますが“人生は失敗だった”。まずは音的なところで注目してほしいところを話してから聴くとみなさん違うんじゃないかと。
高橋 : 梅ヶ丘でやったベーシック・トラックの録音日は2日用意していたんですが、初日、みんなめちゃくちゃ緊張してガチガチで(笑)。
岡島 : 特に私が緊張していて……。久々のレコーディングで、さらに直前に仕事がめちゃくちゃ詰まっちゃって練習する予定だった日が全部潰れちゃって。なので前日にめっちゃ夜中まで練習してしまって、つけ焼き刃もいいところで。
高橋 : “人生は失敗だった”と“エンドロールの後に”から始めて、ミスが無いテイクを録れてはいたけど、なんか勢いが無いというか、「こんな感じだったっけ?」となって。だけど二日目迎えたら慣れてきたのか、急にオカジの調子がすごい良くなって(笑)。他の曲を録ってもすごくいい演奏ができてるから、「いっそのこと初日にやったのも全曲録り直そう」って急遽やり直したのが、ここに入ってる“人生は失敗だった”のテイクです。
岡島 : ちゃんと寝たヴァージョンが入ってます。
──歌詞のほうですけど、「君」の存在がマコイチさんのいまということで言えば、お子さんという意味もあると思うし、聴きかたによってはパートナーや人生においてかけがえ無いの経験とかそういう意味にもとれそうだし、という。
高橋 : 子供が生まれた喜びがおおきいですね。一方で僕らは段々独自な感じのキャリアになってきていて。めちゃくちゃ売れているわけじゃないけど、日の目を見ないわけでもなく、でも音楽でメンバー全員が食えてるわけでもなく、他の仕事もしているという。年齢的にも引き返せない感じにはなっていて(笑)。新自由主義的な価値観で言ったら、俺の人生なんて「失敗」だなと、だけどそれだけじゃないでしょ、みたいなことも言いたかった曲で。そもそも人生を功績とか経済的なことだけで「うまくいった」とか「失敗した」みたいな価値観で計ること自体がちょっとおかしいよねという。
山入端 : ある日のリハで、マコイチが「次の曲は“人生は失敗だった”みたいな曲にしたいんだよね」って言ってて。その後、歌詞を仮歌入れした状態のデモが届いて、聴いたらめちゃストレートに「人生は失敗だった」が一行目にきてて(笑)。でも、聴いていくと「もう一回踊ってみたいんだ」ていう部分があったりして、結構、グッとくるんですよね。
岡島 : 私はもう仕事場で泣きました。もう「君がやってきた」っていう歌詞だけで、パソコンの前でボロボロ泣いて、マジでキモい人になってましたね。
増田 : そういえば“楽しく暮らそう”の時も「“楽しく暮らそう”みたいな曲にしようと思って」って、デモを作ってきたらやっぱり歌詞が「楽しく暮らそう」ではじまる曲だった(笑)。
今回なんか全体的にやっぱミッド・ライフ・クライシスに突入した感覚の歌が多い

──さて次は2曲目“エンドロールの後に”。
高橋 : これはハナコさんの単独公演の依頼から作った曲で、なにを書こうかって悩みまくって最終的に「これはエンドロールに流れる曲だからエンドロールのことを歌えばエンドロールに合うだろう」と。
山入端 : 当時の公演のヴァージョンとは違って録り直したヴァージョンが収録されています。コンガとかも源ちゃんがいないのでオカジが今回は叩いてますね。
岡島 : 練習したんですけど、でもあんまりうまく叩けなかったですね。
──歌詞のほうは?
高橋 : 映画を観終わった観客も、映画の中の主人公も描かれないだけでエンドロールの後の人生ってあるわけで、みたいなイメージで書いた歌詞ですね。それって我々も演奏してるときだったり、お互いに見えているところ以外にもそれぞれ人生があってという感じにも少しあてはまるなという。今回なんか全体的にやっぱミッド・ライフ・クライシスに突入した感覚の歌が多い(笑)。
──最初の曲もそうですね。最後の方のまとめで言おうと思ったんですが完全にこのEP、ライフ・ステージの変化が如実に表れているというか。さて“エンドロールの後に”はサウンド的にはどうでしょうか?
増田 : そういえば前の録音と今回の録音でホーン隊は楽器が違ってて。自分のバリトン・サックスも最近のやつから、100年前のむっちゃヴィンテージのものに変わっていまして。いまも聴きましたけど本当にいい音ですね(笑)。大学のときに買った日本のYANAGISAWAのやつだったのがアメリカのC.G.Connというメーカーのものに変わって。
高橋 : 本当に昔の音というか、アメリカの昔の乾いた音が出るよね。
岡島 : 山さんもトロンボーンが変わって。
高橋 : ドイツの最新のやつにね、アメリカ・ヴィンテージとヨーロッパ・モダンだからふたりの音が全然なじまない(笑)。まあそれは冗談で、楽器がパワーアップしたことで如実にマイク乗りが良くなった感じがありました。