狂おしいまでの音楽愛に導かれた、伝説の日本人ラテン・シンガーによる半生記
オトトイ読んだ Vol.3
オトトイ読んだ Vol.3
文 : 河村祐介
今回のお題
『YOSHIRO 〜世界を驚かせた伝説の日本人ラテン歌手〜』
YOSHIRO広石 : 著
焚書舎 : 刊
焚書舎販売ページ
OTOTOYがビビッときた本、マンガを紹介する「オトトイ読んだ」。音楽関係はもちろん、それをとりまく時事ネタなノンフィクションやアート本などなど、音楽関連のもの、さまざまなトピックの書籍を紹介していきます。今回は生きる伝説、ラテン・シンガー、YOSHIRO広石の半生を描いた自叙伝『YOSHIRO 〜世界を驚かせた伝説の日本人ラテン歌手〜』をお届け。
舞台は1960年代のラテン・アメリカにはじまる
ラテン・ミュージックの日本人シンガー、YOSHIRO広石。これまで15カ国以上でレコードがリリースされ、その活動は1960年代から世界を舞台に多方面にわたる。本作は、その驚くべき国際的な活躍とその裏に横たわる波瀾万丈な人生を描いた自叙伝である。まだまだ海外旅行も珍しかった1960年代に単身、南米へと飛び出し、さまざまな国を巡り活躍、そして日本へと帰国、その後、現在においても現役で活躍するラテン・シンガー、そんな音楽人の半生記である。
その名前はラテン・ミュージックの好事家以外では、やはりOTOTOYをご覧のみなさんには、2017年の「レコードの日」にリイシュー・リリースされた、「いとしのエリー」のラテン・カヴァー7インチ「Elly Mi Amor」、さらにはそのリリースに際して行われたコチラの強烈なウェブ・インタヴューで知ったという人も多いのではないでしょうか。ちなみに、7インチ・リリース、そしてインタヴューの仕掛け人は、思い出野郎Aチームのパーカッショニストにして、DJとしても活躍するサモハンキンポーこと松下源。そして本作も松下による編集で、彼の出版社〈焚書舎〉からの刊行となる。
1940年、第2次世界大戦中に生まれ、大分で送った幼少期、そんな彼を魅了したのは戦後に花開いた流行歌の数々、そしてサーカス団員が浴びるスポットライトのまばゆい輝きであった。いつしか、歌手への道を志した彼は東京へと拠点を移し、米軍クラブや数多のジャズ・クラブ、ダンスホールで舞台に立ち始める。冒頭では一部、彼がそのキャリアをはじめた1960年代、東京の夜の街の芳醇な記憶が綴られている(三島由紀夫や美輪明宏との邂逅など)。そんななかで彼の人生を導いたのはブルースの響き、ジャズ、そしてラテン・ミュージックだった。とある大物ラテン・シンガーの来日公演での出会いから、彼は一念発起して単身、ベネゼエラへと飛び立ち、いきなり現地のテレビ・ショーに着物姿で出演することになる…… しかも、彼が憧れた、数多の有名ラテン・シンガーたちと肩を並べて、成り行きから「日本の大スター、ヨシロー」として(若干偽り)出演することになる。
本作の前半から中盤を占めるのは、ベネゼエラにはじまあり、メキシコ、コロンビア、アルゼンチンなどなど、スペイン語圏のラテン・アメリカを中心とした彼の海外での活躍譚が展開される。「世界を舞台に歌手で身を立てる」というマインドだけを抱えて、片道切符は当たり前の綱渡りのような渡り鳥生活。まさに手に汗握る展開──ゲリラが暗躍する政情不安定なコロンムビアでのドサ回り、また彼を開放した快楽の数々、そしてまさかのマフィアとのトラブル(しかもその後、東京もまで追っかけてくるという顛末も)……などなど、ちょっとした山っ気を出したばっかりに陥った危機的状況から、「歌」に救われた歓喜の瞬間まで、そして気になるギャラの話まで包み隠さず語り尽くす、まさに山あり谷ありがありすぎるジェットコースターのような熱い日々が綴られている。
後半は、そんな破天荒な日々でいつしか彼の身体を蝕んでいった東京での病魔との戦い。そして回復後、1980年代、若きラテン・ミュージックの使徒たちとともに組んだ新たなバンド、東京サルサボールでの活動、再度海外での演奏も行う復活の日々を回想する。そして本作の終盤には、憧れの地、キューバでの演奏と、かの地の至宝とも言えるシンガー、オマーラ・ポルトゥオンドとの共演と交友録が。
また前半のめくるめくラテン・ミュージック・シーンの様子は、当世のラテン・ミュージック名鑑のような感覚もあるので、戦後のラテン・ミュージック探訪のガイドブックにもなる内容だ。もちろん本著の紹介でわりと話題になりやすいのはどうしても前半だが、しかし「苦しみ」で始まる後半、そしてそこからの音楽による「救い」をセットが、やはりその壮大な人生を描いた味わい深い魅力的な1冊にしている。そこには音楽の楽しさとともに横たわる、ある種の人生の苦しみも包み隠さず綴られている──そう包み隠さず、ということで言えば、冒頭と結びで語られる、ある種のジェンダーの多様性への思いは自身の葛藤の末の言葉、それは本著の重要なメッセージのひとつと言えるだろう。
人生は楽しく、でも苦しい、いやだからこそやっぱり音楽は楽しい、音楽への強力な、狂おしいまでの愛に満ちた1冊。年末年始にその歌声とともにいかがでしょうか?
YOSHIRO広石の作品はOTOTOYでも配信中
「いとしのエリー」、スペイン語ラテン・カヴァー・ヴァージョンも収録