REVIEWS : 070 現代音楽〜エレクトロニック・ミュージック (2023年12月)──八木皓平
"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナー。今回は八木皓平による、現代音楽〜エレクトロニック・ミュージックを横断する、ゆるやかなシーンのグラデーションのなかから9枚の作品を選んでもらいました。
OTOTOY REVIEWS 070
『現代音楽〜エレクトロニック・ミュージック(2023年12月)』
文 : 八木皓平
Third Coast Percussion 『Between Breaths』
LABEL : CEDILLE RECORDS
この連載の第1回で彼らのアルバム『Perspectives』を取り上げたが、年内にもう1枚付け加えることになるとは思ってもいなかった。それだけこのシカゴを拠点とするパーカッション・ユニットが現在のクラシック~現代音楽のシーンにおいて重要な存在だということを意味する。今作の仕事で独創的な仕事をしているのは、オーケストラやオペラを中心に作曲活動を展開しており、グラミー賞ノミネート経験もあるミッシー・マッツォーリと、かつてはバトルスで、今はソロでクラシック~現代音楽の枠に捉われず広範に活躍しているタイヨンダイ・ブラクストンだ。前者はこのユニットの精密なテクニックを活かし、躍動感溢れる野性的なダイナミックなリズムを展開させ、そこにヒューマン・ヴォイスやエレクトロニクスも編み込むことで未知のパーカッション・サウンドを切り開いてみせる。後者はミニマル・ミュージックを基盤としたリズム構造の中でアシッドな電子音や重厚なシンセ・ベースを絡めながら楽曲をドライヴさせ、11分の長尺を飽きることなく見事な作曲技術で聴かせきる様が圧倒的だ。本作は(ニジェ・ニジェ)的なサウンドとも決して遠くないものを持っているといってもいいだろう。
Sandbox Percussion, Jerome Begin 『WILDERNESS』
LABEL : BETTER COMPANY RECORDS
パーカッション・ユニットの紹介が続くが、こちらは2011年に結成されたまだ若いユニット。気鋭の作曲家ジェローム・ビギンとのコラボレーションとなる本作で見事な成果をあげている。本作はパーカッションの音響的な面白さをジェロームの手によって増幅しているサウンドが軸となっている。具体的にいえば、エレクトロニクスを使用することによってパーカッションのサウンドをプロセッシングしてゆき、ダブ的な効果を出すなど、じつにモダンなサウンド・デザインになっており、それこそダブ・テクノ的なサウンドと比較しても遜色のないようなものになっている。アコースティックな音色をエレクトロニクスで調理することで生じる音響的な魅力を再認識できる一枚だ。曲名もキック、リム、スネア、トライアングルと、楽曲ごとに、どういった部分にフォーカスを当てているかがわかるようになっている。中でも秀逸なのは「Cascades」シリーズだろう。空間を左右に駆け巡るリズムの動きの快楽を磨き上げた音色で保持しながら、同様のリズムでバリエーションを持たせるこのサウンドにジェロームの懐の深さが宿る。
Laurel Halo 『Atlas』
LABEL : AWE
ローレル・ヘイローが、そのキャリアで磨き上げてきた才覚の全てを注いで作り上げた至高のアンビエント作品である本作は、2023年のベスト・アルバム候補として挙げられることもしばしばだ。ストリングスやピアノ、サックス、ギター、ヴィブラフォンの音色をエレクトロニクスとともに練り上げて緻密に構築されたドローンは、現代最高峰の完成度を誇る素晴らしいアンビエント・ミュージックとなっている。全体的に各楽器の音色は丸みを帯びており、不安定で曖昧な音色を形成しているが、顔を出したかと思えばまたサウンドのレイヤーの中に潜っていくジャズ~ポストクラシカル的なピアノの扱いはじつに魅力的だ。キャリア当初はクラブ・サウンド~ベース・ミュージックと距離が近かった彼女が『Raw Silk Uncut Wood』でアンビエント~ジャズ~モダンクラシカルに接近し、そこから発展していった末に結実したのが『Atlas』と考えると、その道程は美しくロジカルだ。本連載としては客演に、ルーシー・レイルトンが招かれていることも注目すべき点だろう。