REVIEWS : 041 VTuber(2022年3月)──森山ド・ロ
毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー、REVIEWS。今回はVTuberをメインに活動するライター、森山ド・ロが登場。様々なジャンルにまたがったVTuberによる楽曲のなかから、9作品をセレクト。
OTOTOY REVIEWS 040
『VTuber新譜(2022年3月)』
文 : 森山ド・ロ
長瀬有花 『a look front』
「だつりょく系アーティスト」をコンセプトに独自の世界観でVtuberシーンを席巻する長瀬有花。狙っているかはわからないが、現代のポップスと90'sをうまく調和させた、いろんな意味で今風を極めに極めたナンバーが総花的に詰め込まれた作品となっている。初のオリジナル楽曲「駆ける、止まる」リリースの時点で、表現者としての根本的なポテンシャルを叩きつけられた気持ちにさせられた記憶が新しい。全ての楽曲を通して「情景は違えど歩くテンポは同じ」という一貫したこだわりを感じることができる。楽曲自体のテーマやテンションはバラバラながらも、どことなくマイペース。「a look front」は、ファースト・アルバムながらも長瀬有花が謳う「だつりょく系」の真髄がハイクオリティなポップ・ソングとしてパッケージされた1枚だろう。
スラヲ 『ReAction』
Vtuberのシーンに括ってしまえば、間違いなく名盤に分類されるほどの完成度を誇るが、そこまで話題になっていないのが不思議な1枚。スラヲという人物がコンポーザーとして何者なのかが最初から最後まで不透明で、本質を掴めないまま曲を聴き終えてしまう。樫野創音、93poetryといった客演陣のチョイスも大雑把に言えば抜群にセンスがいい。声色で楽曲に大きな変化をもたらしている「最高の食卓」、スラム街の一端に入り込んだような不穏なトラックに驚異的な親和性を見せる93poetryの力量が光る「反応」、そして筆者が個人的に大好物な、誑かすような妖艶な歌にハイビートのバンドサウンドとのアンバランスさが最高な「わがまま」といったキラーチューンが連なっている。ダイナミックではないが、曲の節々に練りこまれた妙技を感じることができる中毒性の高い1枚だ。
sumeshiii a.k.a.バーチャルお寿司 『#SUSHISONGS 1貫』
シンガーとしてもコンポーザーとしても幅広く活躍するsumeshiii a.k.a.バーチャルお寿司。あくまでお寿司がテーマというのは揺らぐことがなく、自身の楽曲では一貫してお寿司を優雅にメロディアスに歌い上げる。聞き取りやすく伸びのある歌声に、軽快なシンフォニックジャズの相性は抜群で、「寿司ルーティーン!」といったネタ多めのコテコテのポップスもsumeshiii a.k.a.バーチャルお寿司が歌うだけでどこかお洒落で質の高い楽曲へと変貌する。また、「メリ!クリ!スシ!」では、寿司の季節感への概念を覆しており、季節を問わない寿司のポテンシャルも感じることができる。楽曲の持つ明るいポジティブ性に、お寿司というテーマが自然すぎるほど融合した圧巻のアンソロジー。
花奏かのん 『LowMidNight』
バーチャル・ベーシストとして、Vtuberの音楽シーンの黎明期から活動する花奏かのん待望のファースト・アルバム。楽曲や歌詞の雰囲気含め、全体的な世界観はアンニュイで生活感が綺麗に表現されている。総じて聴きやすさを追求したような、サビの盛り上がりから言葉遊びが各楽曲に散りばめられている。リード曲である「ラストダンスは求めないで」を筆頭に、コンピレーション・アルバム『ADVENTUNE3』収録曲「君はプレデター」、「シュレティンガーのねこ」など彼女の音楽性を全て詰め込んだ1枚となっている。ピアノの旋律が心地いい「LowMidNight」やギターポップ調の「ゆらゆら」、そして「Sunny」はシティポップぽく仕上がっており、曲調はそれぞれ色濃く表現されているものの、どれもが花奏かのんの曲だと納得できる完成度はさすがとしか言いようがない。