再現性のない音楽をいっぱい詰めたい──長瀬有花が『Launchvox』で試みたハイブリッドな表現
2次元と3次元の間を行き来し、様々な表現を試みる長瀬有花。その最新ミニアルバム『Launchvox』が完成した。パソコン音楽クラブ、ウ山あまね、mekakusheなどのアーティストが参加した本作は、それぞれ違うアプローチからあらゆる要素を詰め込んだ7曲で構成されている。今回は長瀬に加え、サウンド・プロデューサーを務める矢口和弥氏も交えて、インタヴューを実施。『Launchvox』の由来となった「Bento Wave」というターム、初期構想について、各楽曲の制作秘話などをたっぷり語ってもらった。
要素をミクスチャーした最新アルバム
特典として、歌詞カードブックレットが付属します。
INTERVIEW : 長瀬有花
取材&文 : 森山ド・ロ
お弁当のように、いろんな素材を組み合わせて作られたような音楽
——ミニアルバム『Launchvox』完成おめでとうございます。制作を終えての率直な感想を教えてください。
長瀬有花(以下、長瀬):気が付いたらすごいアルバムができていたなと感じています。『a look front』のときもそういう気持ちだったんですけど、これほど1曲1曲の個性が強くて、それぞれが突出しているようなアルバムはないんじゃないかなと思います。アルバムって休憩ポイントのような曲があると思うんですけど、『Launchvox』では休憩ポイントがなく、全曲攻撃力が高いので、そこがすごいと思っていますね。
——なるほど。長瀬さんが思う、好きなアルバムや良いアルバムに通じる共通項はありますか?
長瀬:休憩ポイントが少ないアルバムが個人的には好きなので、聴いていて「全曲いいな」と思えるようなアルバムが好きですね。
——『Launchvox』というタイトルの由来はなんですか?
長瀬:このアルバムは「Bento Wave」という音楽ジャンルをテーマにしています。「Bento Wave」というのは、ミュージシャン、音楽評論家、YouTuberとして活動されているみのさんが提唱している新しい音楽ジャンルの名称で、名前の通り食材が豊かなお弁当のように、いろんな素材を組み合わせて作られたような音楽のことを指しています。カットアップやコラージュのように音やジャンルを切り貼りしたような、情報量の多い音楽性が特徴ですね。“プラネタリネア”というシングルの制作でご一緒した広村康平(ペペッターズ)さんの音楽をみのさんがメディアで「Bento Wave」として言及していて、長瀬有花がこれまで作ってきた音楽が「Bento Wave」と呼ばれるものと近いものがあるんじゃないかなと、サウンドプロデューサーの矢口さんが目をつけて、今回のアルバムの制作に至りました。
——「Bento Wave」というのは単純にジャンルが分かれているだけではなくて、音作りの段階でいろんな要素が混在してるというニュアンスなんですね。
長瀬:そうですね。一つの曲の中にいろんな楽曲の要素があるみたいな感じです。
——「Bento Wave」を題材にして、作品を出している人は少ないと思います。この1枚を通してのテーマは何でしたか?
矢口:長瀬有花が作ってきた音楽は、いわゆる「令和ポップス」的なものを頑張ってやってきたという感触があったので、今回もそのテイストのアルバムにしたいと思っていました。インターネット発のDTMアーティストって最近めちゃめちゃ増えてきているじゃないですか。長谷川白紙さんや諭吉佳作/menさん、PAS TASTAの皆さん、海外だったらルイス・コール、ジェイコブ・コリアーや、遡ったらConeliusさんといった、既存のジャンルにあまり当てはまらないような現代的な音楽をみのさんが「Bento」と表現をしていたのがすごく面白くて。「それって今自分たちでやろうとした音楽にも当てはまるのかもしれないな」と思ったので、乗らせてもらいましたね。そういう現代のミクスチャー的な音楽を、「長瀬有花」という「デジタルとフィジカル」、「今と昔」を混ぜたハイブリッドなアーティストがやることに意義があると思いました。
——「Bento」だからランチボックスなんですね。
矢口:そもそもタイトルは、「Lunchbox(ランチボックス)」の言葉遊びでつけています。それぞれ「Lunch」が「Launch」、「box」が「vox」にかかっています。「Launch」というのは「ロケットの発射台」とか、何かを「発射する」という意味で、「vox」は声とか音を意味する単語ですね。その「Lunchbox」と「Launchvox」をミーニングさせてごった煮のアルバムにしました。アルバムっていわゆる「捨て曲」の概念がどうしても出てくるというか、「捨て曲があって然るべき」という視点もあると思うんです。例えば1曲目のイントロが漬物で、2曲目が唐揚げみたいに、曲を詰め込んでいって自分の好きなお弁当を作るという制作方法なんですね。でも今回は再現性のない音楽をいっぱい詰めたいなと思ったので、1曲1曲が具材ではなくそれぞれ全部お弁当で、お弁当を7つ詰め合わせてもっと大きいお弁当を作ったようなイメージになりました。
——例えが適切かわからないですが、「日替わり定食を1日に全部頼んじゃう」みたいなニュアンスですか?
矢口:そうです。今回7曲しか入ってないんですけど、聴き終わった後に10曲ぐらい聴いた気がするような、胃がもたれちゃって胸焼けもするようなアルバムを目指しました。
——それが「攻撃力」という言葉に通じるわけですね。
矢口:そうですね。
——なるほど。このアルバム自体の構想は、連続リリースを始める前からあったんですか?
矢口:“プラネタリネア”の制作が構想を決めるトリガーになりました。作曲していただいた広村康平さん(ペペッターズ)は、Spotifyで偶然見つけて、「やばい曲を作っている人がいる」と思ってその日のうちにメールを送ってオファーしました。僕らも広村さんと“プラネタリネア”を作り終えたときは「今までにない曲を作れたな」という共通認識が生まれました。
——運命的な出会いだったんですね。
矢口:Spotifyさんありがとうございますという感じです。制作中にペペッターズさんの音楽を『Bento Wave』としてキュレーションしているみのさんの記事を拝見して、もしかしてそこに我々がやろうとしていることも入るんじゃないかという話になりました。そこから“プラネタリネア”以降のシングルはそっちに寄せた方向性にしました。もともとそういう音楽を作ろうという話はしていたんですけど、明確に言語化されて腑に落ちた感覚はありました。
——そんな弁当的なアルバムの中に、長瀬さん自身のこだわりが反映されている点はありますか?
長瀬:シューゲイザーが好きだったので、そういった要素を少し入れられたらなと思っていました。なので“宇宙遊泳”でそういう要素を入れていただきましたね。
——こだわりを取り入れたい時は打ち合わせで話し合うんですか?
矢口:そうですね。今回はごった煮のアルバムを作りたかったので、打ち合わせで、取り入れたい要素をヒアリングしました。シューゲイザーだったり、Eテレ感のある音楽が好きと聞いたので、その要素を曲に散りばめました。
——なるほど。じゃあ好きな「弁当」を聞いたということですか?
矢口:はい。好きな具材を取り入れさせていただきました。
——他にこだわりポイントはありますか?
矢口:今回はどの曲も歌うのがすごく難しい曲ばかりで、歌い手としてかなり注力してもらったと思います。「舞台はしっかり作ったので、あとはあなたがそれを作り上げてください」という感じでしたね。どの曲も1回聴いただけじゃ歌えないような曲ばっかりなので、レコーディングはだいぶ負担をかけたなと思っています。