作曲家・伊藤 忠之と声優・藤田 咲が解き明かす、リアル脱出ゲームの音楽の秘密──ファン待望のサントラ第2弾『“REAL ESCAPE SOUNDS”2』

740万人以上が体験し、老若男女を問わず、様々な熱狂を巻き起こし続けている体験型ゲームイベント「リアル脱出ゲーム」。そのサウンドトラックアルバム第2弾『REAL ESCAPE SOUNDS2』が発売。このアルバムには、原田郁子(クラムボン)が歌唱を担当した「FINAL FANTASY XIV」とのコラボ・イベントのテーマソング“カケラ“やファンから音源化の要望が多く寄せられた楽曲など、リアル脱出ゲームの各公演のために制作されたテーマ曲やBGMなど15曲を収録。過去、イベントに参加した人はもちろん、まだしていない人も楽しめるサウンドトラックの枠を超えたアルバムに仕上がった。
今回、本作の制作を手掛けた作曲家・伊藤忠之と、1曲目のリード・トラックに収録されている楽曲“全身全霊脱出少女“の歌唱を手掛けた、初音ミクのキャラクター・ボイスを担当する声優・藤田咲との対談を実施。リアル脱出ゲームの音楽の制作秘話から、仕事に対する想いを語っていただきました。
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(「謎」が仕込まれた歌詞カードデータ付き)
【トレイラー】リアル脱出ゲームサウンドトラック『“REAL ESCAPE SOUNDS”2』【トレイラー】リアル脱出ゲームサウンドトラック『“REAL ESCAPE SOUNDS”2』
「リアル脱出ゲーム」とは
実際に参加者がある空間に閉じ込められ、謎を解き明かすことで脱出を目指すインタラクティブなゲーム・イベント。マンションの1室、夜の遊園地や東京ドームなど、様々な場所で開催されている。 2007年に初開催して以降、現在までで740万人以上を動員。日本のみならず全世界で参加者を興奮の渦に巻き込み、男女問わずあらゆる世代を取り込む、今大注目の体験型エンターテイメントである。
INTERVIEW : 伊藤 忠之 × 藤田 咲

作曲家と声優。どちらも音にまつわる仕事でありながら、そのアプローチの仕方は大きく異なる。だが、伊藤忠之と藤田咲にはひとつの共通点がある。それは、「ゲームが好き」という気持ちを追い求めていった結果、いまいる場所にたどり着いたということ。ふたりにゲームや音楽にかける熱量と、今回のアルバム『“REAL ESCAPE SOUNDS”2』の制作秘話を語ってもらった。
インタヴュー&文 : 飛田 恵美子
写真 : 大橋 祐希
「誰かと間違えてるんじゃないかな」と思った
──『“REAL ESCAPE SOUNDS”2』の1曲目には、“全身全霊脱出少女”が収録されています。なぜ藤田咲さんに歌ってもらうことになったんですか?
伊藤:この曲は「新曲であること」以外の縛りがひとつもなかったんですね。でも、普段は作品に合わせて作曲しているから、自由すぎると発想のとっかかりがなくて、かえって難しくて。それで、「誰が歌うか」を最初のよりどころにしようと思いました。できれば、リアル脱出ゲームが好きな人にお願いしたい。うーん、と悩んで、5秒ほどで藤田さんが思い浮かびました。声優さんって役になりきって歌うから、歌手の歌とは全く違う魅力や楽しさがあって、そういうエッセンスがほしかったんです。
──藤田さんはオファーを受けたときにどんな感想を抱きましたか?
藤田: 「誰かと間違えてるんじゃないかな」と思いました(笑)。歌のお声がけ頂いたのが予想外すぎて「なんで私?」って戸惑いましたけど、SCRAPさんからのご依頼ならば、断るという選択肢はなかったです
伊藤:そう、藤田さんって、キャラクターとして歌うことはあるけど、本人として歌うことってあんまりないじゃないですか。だから、聴く人に新鮮さを感じてもらえるだろうと思ったんです。
OKをいただいてからは、「藤田さんの声だったらどういう曲にするとハマるだろう」という点と、「アルバムの中にないカラーを入れよう」という点と、2つの軸から逆算して曲を作っていきました。ドラムンベースにして、洋楽ルーツのジャンルだけど日本ナイズドされた感じに落とし込んでいこう、リアル脱出ゲームの公演と同じような流れの構成にして脱出している感じを出そう、と。1日2日でメロディができて、歌詞をSCRAP代表の加藤隆生に依頼して、それもすぐに上がってきましたね。

──RPGを思わせるような歌詞ですよね。
伊藤:そうなんです、「脱出している感じで」とオーダーしたのに、上がってきたものはRPG風で(笑)。加藤曰く、藤田さんのブログを見ながら、藤田さんの気持ちになって書いたと。本当に、藤田さんありきなんですよ。作曲も、藤田さんの歌を片っ端から聴いて、「音域はこのへんかな、でもちょっとキツイくらいのほうが雰囲気出るから、それより少し高めに設定しよう」と進めていったので。
藤田:収録のときに加藤さんから、「あなたゲーム好きでしょう、この曲の主人公はあなたですから」と言われたんです。事前に曲をいただいて歌っていた時は、いまよりかなりフラットな歌い方をしていました。みんなが歌の主人公になれるよう、共感しやすいニュートラルな雰囲気を想像していたんです。でも、「主人公はあなた」と言われて、「じゃあ我で行こう」と。
伊藤:藤田さんに我として歌ってもらったら、イメージに一発で近づきました。キャラクターのようなものがそこに立ち上がって、一気に歌に命が吹き込まれたように感じて。そこから先はスムーズでしたね。
──先ほど「藤田さんの音域の少し高めを狙った」ということでしたが、そのあたり藤田さんは大丈夫でしたか?
藤田:音域は気にならなかったけど、言葉数が多いので、リズムの乗せ方が難しかったですね。仮歌を聴いても、「あれ、ここの運びどうなってます?」となって。
伊藤:ちょっと独特なリズムの乗せ方をしている曲ですね。元々はもう少し大らかなメロディラインにしていたんですが、加藤の書いた詞が言葉数の多いものだったので、それに合わせて調整したんです。加藤は「ちょっとした実験をしたかった」と言ってました。声優さんだからたくさんの言葉を入れ込んだ曲を歌いこなせるだろう、と。
藤田:早口になるので、みんなにちゃんと音が聞こえるように声を出す、というところに気を配りました。
伊藤:そう、藤田さんは大事なポイントを外さないんですよ。僕も言葉のリズムと、音がちゃんと乗って聴こえるかを一番重視していたので、さすがだな、と。予定の半分の時間で録り終えて、その分を間奏の掛け声などに使いました。「藤田さんならでは」の箇所なので、時間をたっぷり使えてよかったです。

「ベタ」と思われることを怖がらない
──“全身全霊脱出少女”のほかにも、アルバムには多様な曲が収録されていますね。ファイナルファンタジーとのコラボ公演で使われた楽曲“カケラ”は、クラムボンの原田郁子さんの歌声が印象的です。
伊藤:エンディング・テーマの依頼だったので、大きな包容力のある歌にしたいというか、“旅の終わり”感を出したかったんです。そこでピンと来たのが原田さんでした。2002年に<ボロフェスタ>という音楽イベントをはじめたんですが、その第1回にクラムボンが出てくれたんです。僕たち本当に知名度のない頃で、得体のしれない手作りのイベントに出てくれたことがすごく嬉しくて。どこかでまたご一緒したいなとずっと思っていました。原田さんの声に、僕なりのFFのイメージを乗せてできた曲ですね。
──通常の楽曲とリアル脱出ゲーム用の楽曲と、作り方に違いはありますか?
伊藤:アニメや映画の劇伴音楽と比べると、リアル脱出ゲームはメロディラインの強いものが多いですね。初期のリアル脱出ゲームは美術がシンプルで、「ここはお城です」と言われても「うーん……会議室だな」と思ってしまう感じだったんです。だから、音楽で過剰なくらいに演出する必要があって。どこかで聴いたことがあるような感じに、新しい要素を加えて仕上げています。このアルバムでいうと、「宇宙怪獣からの脱出」や「あるオークション会場からの脱出」の曲なんかはベタの極みですね。
──作曲家としては、「ベタだな」と思われるのは怖くありませんか?
伊藤:それは全然なくて、むしろ嬉しいかな。短時間で作品の世界に没入してもらわないといけないから、わかりにくい音楽は絶対ダメ。そもそも公演中はみんな謎解きに集中しているので、印象の薄い音楽にすると消えてしまう。かなりベタで濃い音楽にしてようやくうっすら脳裏に残る程度になるんです。このさじ加減はほかのメディアの音楽にはない独特のものですね。
──「忘れられた実験室からの脱出」は、最後に泣き出してしまう人が続出したと聞きました。テーマ曲“きみとぼくのうた”も、音源化の要望が多かったそうですね。

伊藤:アンドロイドの女の子が出てくる公演なのでひんやりとした質感の曲にしたくて、声を機械的に加工しました。東京に大雪が降った2014年2月に作った曲で、しんと静かな外の雰囲気を味わいながら、降り積もる雪のように音を重ねていったら自然と仕上がりました。デジタルならではの冷たさ悲しさ、熱を感じそうで感じない微妙な閾値にうまく落とし込めたんじゃないかと思っています。
──HUNTER×HUNTERとのコラボ公演 「ハンター試験からの脱出」からは、参加者が謎解きをしているときのBGMが収録されていますね。
伊藤:コラボ公演はアニメのサントラで世界観を出すことが多く、僕はスポットで足りない部分を埋める役割ですね。普段とは違う自分になるというか、サントラを聴きながら作品の世界の住人になりきって、そこにはどんな質感の音楽が流れていたらいいかを考えながら作ります。
──藤田さんも「ハンター試験からの脱出」には参加されたそうですね。
藤田:はい。でも、ハンター試験に必死で、BGMは……(笑)。
伊藤:あ、それはこちらの狙いとして成功なんです。謎解き作業中のBGMはオープニング・テーマやエンディング・テーマとは全く性格が違って、一番気を配るのは思考の邪魔をしないこと。この仕事をしていてなんなんですが、僕BGMが苦手で。BGMが鳴っていると日本語が読めなくなってしまう(笑)。でも、苦手だからこそ、思考とは別のところで音が鳴るような、絶妙なバランスのBGMが僕には作れると思っています。ただ、存在感を出さない一方で、「いまは謎解きに動く時間ですよ」ということも音楽で示したい。印象には残らないけど気分は盛り上がるように、と思いながら作りました。

藤田:“残り10分のテーマ”って伊藤さんの作曲ですか? 私、あれが苦手でしょうがないんです。「死ぬ〜!」って焦燥感を感じて(笑)。
伊藤:色んな公演で、謎解き終了10分前のタイミングで流れるテーマですね。あれは初めてリアル脱出ゲーム用に作った曲です。公演が始まる30分前に急遽作ってほしいと言われて、「じゃあとにかく怪しくて焦るやつにするわ」と制作しました。公演の色をつけてアレンジすることも多く、今回のアルバムに入っている“あるラジオ放送局からの脱出”の曲もそのひとつです。実は、“全身全霊脱出少女”にも、あのテーマが隠れているんですよ。
藤田:えっ!? ホントですか?
伊藤:収録のときは入れてなかったけど、間奏のところに。
藤田:ああ! 譜面の間奏のところに「激しい戦いがある」と書かれていて、「どういうこと?」と思っていたんですが……そういうことか!
伊藤:クライマックスにさしかかる前の間奏なので、「残り10分」の緊張感を盛り込んだんです。藤田さんに早く聴かせたいな、と思いながら仕上げの作業をしていました。
面白いものを人に伝えたいという気持ちを、止めることができない
──お話を聞いていると、藤田さんは本当にリアル脱出ゲームによく参加されているんですね。
藤田:2013年頃に始めて体験して、時間があったら公演を探して参加していますね。「興味はあるけど、1人では行きづらいな」と思っている人をリアル脱出ゲームに連れていく活動をしているんです、勝手に(笑)。自分が全く気づけなかったポイントに相手が気づいてくれると尊敬するし、「こういう一面もあったんだ」と意外に感じたりします。人を好きになれる遊びだなって思いますね。
──おふたりとも、脱出ゲームに限らずゲーム全般がお好きですよね。
伊藤:僕はちょっとヤバいくらい好きですね。4歳位からずっとゲーマーで、小学生のときには自分でゲームを作るようになって、そこから音楽の道に行ったんです。「ゲームに音楽をつけたい」という欲求がすべての源。だからいま、リアル脱出ゲームというほかにはない場所で鳴る音楽を作れる喜びに打ち震えながら仕事をしています。
藤田:私も声優を目指したきっかけは、「デジタルワールド(※ゲーム「デジタルモンスター」に出てくる架空世界)に行きたい」という夢を叶えるためでした。どうすればあの世界に行けるか考えたときに、「声優になればいいんだ」と行き着いたんですね。結果それが自分にとって、好きだし続けていけることだったというのはありがたいことだったんだなぁって、いまこの歳になって思います。「本当によかったね」って(笑)。

──世の中には「仕事にすると辛いことも出てくるから、好きなことを仕事にしたくない」と考える人もいますが、おふたりはとても楽しそうに仕事をされていますね。
藤田:私は趣味が多くて、野球も好きだし、人狼も好きだし、リアル脱出ゲームも好きだし、それがほとんど仕事になっているんですよね。そして、仕事になっても続けている。仕事になってもいいし、仕事にならなくてもずっと好きだったと思います。好きなものを人に伝えたい、「絶対面白いから来て!」って勧めたい、そういう気持ちを止めることができないんです。声の仕事に関しては、「私にはこれしかできない」とわかっているから、ここだけは譲りません。
伊藤:すっごいわかります。僕もこの仕事以外無理ですよ。好きなことを追い求めていったら自然とそれが周りに溢れていって、生活を回すための基盤になっていきました。きっと誰にでもそんな風に、自分の武器を発揮できる場所があるんじゃないかな。藤田さんは、自分が好きなことに向かっていくだけじゃなくて周りの人の“好き”も見つけようとしているところが素敵だなと思います。そこからまた広がりが生まれるし、周囲の“好き”が、巡り巡ってまた自分を強くしてくれるんだろうな、と。
編集 : 西田 健
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前作『TADAYUKI ITO WORKS "REAL ESCAPE SOUNDS"』も配信中
伊藤忠之の過去のインタヴューページはこちら
LIVE INFORMATION
『”REAL ESCAPE SOUNDS”2』発売記念インストアライブ@TOKYO MYSTERY CIRCUS
■開催日時:2020年11月14日(土) 13:00~/15:30~/18:00~
※各回2~30分を予定。
※CD購入者にはライブ後にサイン会実施。
■会場:東京ミステリーサーカス 1F
■出演:伊藤忠之、四條美紗子(司会)
■参加費:無料
PROFILE
■伊藤 忠之
幼少期にあらゆるジャンルの音楽に興味を持ち、作曲・編曲や録音、シンセサイザープログラミングを独学。
10歳からコンピュータを使った映像音楽や効果音の制作を始める。
学生時代からフリーランスのゲームミュージック作曲家として活動し、『RPGツクール2000』などベストセラーゲームの作曲にも携わる。
現在は、体験型イベント『リアル脱出ゲーム』のほぼ全ての公演のサウンドを担当しながら、TV番組/映画/CM/舞台公演/インタラクティブイベント/企業キャンペーンなどに多数の楽曲や効果音を提供。体験者の感情を動かすサウンドデザインを最大の武器とし、活動の範囲をますます拡げつつある。
■藤田 咲
10月19日生まれ、東京都出身のアーツビジョン所属の声優。2007年8月に発売されたVocaloid、初音ミクのキャラクターボイスを担当する。代表作として「WORKING!!」の伊波まひる、「進撃の巨人」のユミル、「ゆるゆり」の杉浦綾乃、「艦隊これくしょん -艦これ-」の赤城、「キラキラ☆プリキュアアラモード」のキュアマカロン(琴爪ゆかり)などを演じている。