バーチャル・アイドル、月ノ美兎はどんな夢をみるのか──最新アルバムの魅力にレヴューで迫る!
「にじさんじ」に所属するライバーの中でもトップクラスの人気を誇るVTuber月ノ美兎。多様なカルチャーをエンタメ化する聡明さと物言いで、唯一無二の存在感を放っている彼女がファースト・アルバム『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』をリリース!デビューシングル『それゆけ!学級委員⻑』を手掛けたササキトモコをはじめ、ASA-CHANG&巡礼、いとうせいこう is the poet、大槻ケンヂ、 ⻑谷川白紙、広川恵一(MONACA) 、堀込泰行、TAKUYA(ex.JUDY AND MARY)、NARASAKIなど豪華なクリエイターが楽曲を提供して話題を集めている今作。OTOTOYではレヴューで、その魅力に迫りました。多角的な視点から、月ノ美兎が作り上げた今作のおもしろさを、ぜひ感じてください!
『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』ハイレゾ配信中!
彼女の歩んできた3年間の集大成
文 : 森山ド・ロ
“もし委員長がアルバムを出したら”と以前軽く考えたことがある。月ノ美兎の1stアルバム『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』の作家陣を初めて見たとき、その時の忘れられた記憶がかすかに蘇った。大槻ケンヂ、長谷川白紙、いとうせいこう、ASA-CHANG&巡礼、堀込泰行、TAKUYA(ex.JUDY AND MARY)といった作家たちを目の当たりにした時、従来のファンからすれば「これぞ月ノ美兎」と謳うだろうが、知らない人からすれば新旧サブカルポップロックの詰め合わせのような作家陣、そして歌い手はバーチャルな存在である16歳の少女ということで情報過多に陥る可能性がある。僕自身、「これぞ月ノ美兎」と謳った側だが、アルバムを通して聴いてみると、異種格闘技的なお祭り感というより、それぞれが全く切り離された、短編小説のような印象を抱いた。
そして、待望の1stアルバムと聞くと、アーティストの新たな一面を期待することが多い。確かに、新しい月ノ美兎を感じることもできるが、そもそも彼女は活動において常に新しい顔を見せてきた。同じ顔を見せないと言った方が正しいのか。なので、『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』はそれよりも彼女の歩んできた3年間の集大成を感じてしまった。これまで行ってきた歌配信やライブ、投稿してきたカバー曲を見てきたファンからすれば共感してもらえるかもしれない。それでも、彼女はあくまで配信者であり、VTuber、自分の好きなことを全うするエンターテイナーだ。名だたる作家陣との共演を果たすことをメインに活動してきてはいない。だが、歌配信で南波志帆や絶望少女達、小島麻由美をカバーする姿を見ている時から、他のVTuberとは違う毛色の作品が出来上がるんじゃないかと内心ワクワクしていたのも事実だ。
先に訂正するべきことがある。ここまで読んで、「月ノ美兎はどれだけサブカル女なんだ」と疑問を抱く人が現れるかもしれないが、彼女自身サブカルを主体とした活動はしていない。確かに雑談配信の異次元の体験レポや「みとラジ」など、彼女の活動の道筋を辿っていけば、サブカルチャーへの造詣が深いことがわかる。どちらかというと、VTuberの世界で彼女は、常に新しいムーブメントを起こしている先駆者だ。では、「これだけの作家陣とのケミストリーを実現できるなんてどれだけのアーティストなんだ」と思うかもしれないが、彼女は歌が抜群に上手いわけではないし、とんでもない表現力を持ち合わせているわけでもない。
しかし、アルバムを通して聴いてみると、自身が作詞を担当した“月の兎はヴァーチュアルの夢をみる”を皮切りに、彼女自身が表現したかった無数の世界観が楽曲や作家陣を通して絶妙に混在している。デビュー曲である“それゆけ!学級委員長”をはじめて聴いた時と同じ感覚だ。短編小説のようなと表現したが、かすかに新しさと懐かしさの融合体という一貫したモチーフを全楽曲で感じることができる。それは彼女が普段配信や文章内で公言してきた好きなものと照らし合わせることで、紐解かれていくのと同時に、それがこのアルバムの真髄なんじゃないかと思ってしまう。彼女は16歳のままあらゆる時代を駆け巡っている。
月ノ美兎を語る上で、“本質の見えなさ”という個人的に感じている魅力もアルバムを通して上手く表現されている。月ノ美兎が何者なのか、活動を重ねるほどわからなくなってくる。どの動画が、どのライブが本当の彼女なのか、シンプルに可愛いと感じるアイドル的な側面もあれば、ぶっ飛んだ企画や逆張りを多用したトークの振れ幅から狂気じみた側面も感じ取ってしまう。前者で言えば“それゆけ!学級委員長”、“ウラノミト”などが当てはまるだろうが、“光る地図”、“NOWを”などは彼女特有の美と狂気を垣間見ることができる。それは、作家陣の癖の強さが彼女の本質をカモフラージュしているような気もするし、逆に彼女の全てを取りこぼすことなく表現しているような気もしてしまう。
作家陣がどういうバックボーンがあって今回参加することになったのかはわからないが、少なくとも彼女の作りたいものを実現させるという意味では必要不可欠な存在であったことはわかる。サブカルチャーなアルバムを作ろうとして作られたものじゃないということも。月ノ美兎という存在が歩んできた道筋を辿った時に、それに共感し、共感できなくても世界観を共鳴させることができるメンツが自然と集結したと言った方がしっくりくる。以前、僕がふと考えたアルバムが今の形と当てはまるのかはわからないが、彼女が普段の活動から散りばめてきた無数のコンテンツがパズルのピースとなって、アルバムを基盤に組み立てられた1つの作品のような気がしてならない。彼女は一体いつから16歳なんだろうか、という疑問が残るのもこのアルバムの良さなのかもしれない。
森山ド・ロ
ライター。1988年生まれ、長崎出身。ゲームの記事書きながらVTuberの記事を執筆。Clairoとラブリーサマーちゃんが好き。