伝説のレコード『ウルトラマン大百科!』誕生秘話──藤田純二が語る、歴史を動かしたマニアの熱意

1978年に発売され、ウルトラマン音楽商品の歴史を切り拓いた伝説のレコード『ウルトラマン大百科!』が、復刻・SACD化(OTOTOYでは24bit/192kHzのハイレゾにて配信)を果たした。手がけたのは、のちにキングレコードのアニメ・特撮レーベル「スターチャイルド」の礎を築くことになるディレクター・藤田純二氏。本インタビューでは、マニアたちとの出会いから生まれた前例のない企画、10万枚を超える大ヒットの舞台裏、そして『ウルトラマン大百科!』が後の特撮・アニメ音楽文化へ与えた影響まで、貴重な証言とともに振り返る。
『ウルトラマン大百科!』復刻配信
INTERVIEW : 藤田純二

今回SACDとして復刻・発売となった『ウルトラマン大百科!』。オリジナルのレコードの担当ディレクターは、当時キングレコードの社員だった藤田純二氏である。氏は、この作品の大ヒットののち、一連のウルトラマンシリーズの関連作品も担当。また手掛けた「機動戦士ガンダム」のレコードも大成功となり、キングレコード内に新レーベル、スターチャイルドを設立するに至る。そんな伝説のディレクターである氏に、この『ウルトラマン大百科!』が当時どのようにして生まれ、どのような存在となったのか、について伺った。
インタヴュー・文 : 青山通
キング社の既存音源で何かできないかと思い、「ウルトラ」に行き当たった
──このたびは『ウルトラマン大百科!』の復刻・SACD化、おめでとうございます。
藤田純二(以下、藤田):ありがとうございます。まさか昔自分が作ったものがSACDになってよみがえるとは、思ってもみませんでした。このような商品を手掛けることができたのは、本当に幸せなことだと感じています。感無量です。
──まずかなり遡ったところから伺いますが、藤田さんは子どもの頃は、どのような音楽を聴いていたのでしょうか?
藤田: 小学校の頃は兄の影響で、ラジオでアメリカン・ポップスを聴いていました。テレビでは日本人歌手が洋楽の日本語カバー曲を歌っていて、それも好きでした。1950年代の後半くらいです。中学に入ると、学校で吹奏楽団が演奏してくれていたマーチが好きになりました。また、学校の充実した音響設備で聴くオーケストラが素晴らしく、クラシック音楽を好きになりましたね。ボロディン作曲の「だったん人の踊り」に夢中でした。
──かなりジャンルが広範だったんですね。すると高校生の頃は1960年代後半、ちょうど『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』と、第1期ウルトラシリーズが初回放送された時期にあたります。
藤田: そのあたりは、名前は知っていましたが、番組を観たことはありませんでした。高校生の頃は、あらゆる音楽を本格的に聴きまくっていましたね。音楽鑑賞部に入ると、2年先輩に小松一彦さんがいらしたんです。のちに『交響詩ウルトラマン/ウルトラセブン』の指揮をお願いすることになる方です。
──なんと、高校生の頃からのお付き合いだったんですね!
藤田: 本当にしょっちゅう家に遊びに行って、いろいろなことを教わりました。私の高校は大学の系列校だったのでそのまま進学できたんですが、彼は音楽家の道を志し、桐朋学園大学の音楽学部に入学したんです。「こういう生き方があるんだ!」と、私にとっては衝撃でした。
──いっぽう藤田さんは、系列の大学に進学したんですね。
藤田: とはいえ、私も音楽の道に進みたくて、レコード会社への就職を目指しました。音楽も独学で学んだんです。限界はありましたが、スコアを見て頭に音楽は鳴らないまでも、楽曲のある程度の様子は掴めるようになりました。

──そして、無事キングレコード(以下、キング)に入社され、同期では唯一ディレクター職での配属となる。
藤田: 試験の成績も良かったみたいですね(笑)。担当は、民謡純邦楽のアシスタントディレクターです。大ヒットを排出した先輩が、レコードを年間100枚も作っていて、そのアシスタントから始まりました。先輩の担当商品の書類を清書しまくっているうちに、文字が先輩の筆跡にそっくりになっていったんです(笑)。
──かなり早い時期から、ほかのジャンルの音楽も手がけていらしたと聞いています。
藤田: キングはわりと鷹揚で、「若いんだから民謡ばかりでなく、いろいろやったら」という雰囲気がありました。それで、歌謡曲、童謡、学芸ほか、さまざまなジャンルを担当しましたね。
──オールジャンルの音楽を聴かれていたことが、活きたかたちですね。アニメや特撮、といった分野もすぐに手掛け始めたのですか?
藤田: いえ、キングはその分野は他のレコード会社にくらべて弱かったので、もどかしい手さぐりの状態が続いていました。新規のものはなかなかむずかしかったので、自社の既存音源で何かできないかと思い、毎日赤い表紙の過去の総目録を見ていたんです。
──そこでウルトラに行き当たったのですね!
藤田: はい、「ウルトラマン」とか「ウルトラセブン」とか、いっぱいあるじゃん! と。1970年代の後半に入った時期でしたから、シリーズは「ウルトラQ」から「ウルトラマンレオ」まで、7作が放送されていました。その主題歌、挿入歌を合わせると、20曲前後になることがわかりました。





















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