辻井くぬえ、EP『汽水域』で鳴らす新しいJ-POP──ロックとエレクトロニカ、その境界へ

2002年生まれ、辻井くぬえがEP『汽水域』を発表した。
2022年より活動を始動し、昨年は〈出れんの!? サマソニ!?〉を勝ち抜いてSONICMANIAへの出演も果たした辻井。生音と電子音、そしてロックとクラブ・ミュージックが緩やかに溶け合う様子を「汽水域」というモチーフに重ねて提示した本作では、淡水と海水が混じり合うがごとく混濁している辻井の作家性が惜しげもなく強調されている。
今回は辻井に自身初となるロング・インタビューを敢行。BUMP OF CHICKENに端を発した音楽的ルーツから最新作に詰め込んだ洞察に至るまで、その脳内を赤裸々に語った。
自由な発想でジャンルを横断する、新たなJ-POP
INTERVIEW : 辻井くぬえ
2002年生まれ。2022年に本格的に活動を開始。
ロック・シンセウェーブ・ハイパーポップなどの様々な音楽ジャンルをJ-POPに取り入れたサウンドが特徴。
自然由来の電子音を多用して壮大な世界観を確立している。
2025年、〈SUMMER SONIC〉への出演を懸けたオーディション〈出れんの!? サマソニ!?〉を通過し、〈SONICMANIA〉へ出演。
映像、アート、プログラミングなど幅広い知識を持ち、音楽以外の芸術面での才能も持ち合わせるマルチ・クリエイター。
取材・文 : 風間一慶
BUMP OF CHICKEN、米津玄師から受け継ぐJ-POPの軸
──そもそも、辻井さんってどんな環境で育ったんですか?
東京に引っ越す前はゴルフ場の近くに住んでいたんです。森があって、川が家の隣に流れていて、みたいな。
──最初に音楽に触れたのはいつ頃ですか?
父がベースを弾いていて、その関係で小学2年生の頃にギターを買ってもらったんです。ただ大人用のサイズだったので全く弾けず、代わりにおばあちゃんがくれたおもちゃのキーボードをたまに触っていました。
その後、6年生の頃に3DSでYouTubeを見ていたらKANA-BOONさんと出会って「このフレーズ、弾けるぞ」って思ったんです。それで「ないものねだり」や「フルドライブ」を耳コピしてみたんですよね。ギターを本格的に弾き始めたのはその頃です。
──KANA-BOONからバンドを聴くようになったんですか?
いや、3年生の頃に『ドラえもん』をテレビで観ていたら映画の主題歌だったBUMP OF CHICKENさんの「友達の唄」が流れてきたんです。数十秒のCMだったんですけど、そのフレーズを家の中でずっと歌っていて。そうしたらTSUTAYAへと連れて行かれ、シングルを借りることになり……でも、家に戻ってCD棚を見てみたら「友達の唄」より前のBUMP OF CHICKENさんのアルバムが全部置いてあったんですよね。そこで親がBUMP OF CHICKENさんのファンであることが発覚するんです。「全部繋がった!」みたいな(笑)。なのでKANA-BOONさんに出会う前はひたすらBUMP OF CHICKENさんを聴いていました。
──「友達の唄」で出会ったということは、アルバムだと『RAY』が最初のBUMP OF CHICKEN体験になるんですね。
そう、まさに『RAY』がリリースされる直前に出会って。『RAY』の全国ツアーにも行って、とにかく低音に感動したんです。もう身体の震えがすごいというか。それから家でスピーカーを抱えて音楽を聴くようになりました。
──それで6年生の頃にギターを覚えると。自身で曲を作り始めたのはどのタイミングなんですか?
中学2年生ですかね、その頃にWindows XPの「Domino」っていうソフトで作り始めて。でも最初はオーディオ・インターフェイスすら持っていなかったんで、高校に入ったタイミングでパソコンを含めて全部買い揃えたんです。それから理想の音を探してたまに触る、みたいな時期が高校まで続きます。
──バンドをやろうとは思わなかったんですか?
学期末の学芸会ではコピバンをしていました。KANA-BOONさんとかゆずさんとか、あとは米津玄師さんですね。一時期は『diorama』ばかり聴いていました。それで高校も軽音部に入ったんですけど、いきなり楽器の上手いバンド経験者が集まりすぎて部内が気まずくなってしまって(笑)。それで辞めちゃったんですよね。
その後、最初に高校に入ってすぐに組んだバンドで、外部のコピバンのライブに入れてもらって、そこで他校のバンドと一緒に活動するようになります。ヨルシカ周辺のバンドをコピーをしていました。
──コピバンと並行して、家ではDTMも。
そうです。同じ高校にillequalっていうDJがいて、彼からエレクトロニカを教えてもらったんです。それまでバンド以外をちゃんと聴いたことがなかったのでビックリして、初めて自分たちの世代のアンダーグラウンドな音楽を探すようになったんですね。その後に作った「Labradorescence」はアンダースコアズとか、その流れで聴くようになったKabanaguさんとかの影響がモロに出ています。
──「Labradorescence」が収録されている最初のEP『月の川』が2023年発表なので、それまでに色々と作り貯めていたというか。
高校3年生から大学に入るまでの時期ですね。制作を始めた頃はあまりエレクトロニカを聴いていなくて、米津玄師さんの「海の幽霊」やサカナクションさんの「ナイロンの糸」を聴いて「海っぽい曲が好きなんだな」ってぼんやり考えていたんです。それからアンダースコアズに出会ってhyperpopっぽくなっていくという。
──当時から日本語詞で作曲していたのでしょうか?
そうですね、J-POPをやりたい気持ちがありまして。 クラブ・ミュージックに寄っていくと英語の方が言葉を乗せやすくなっちゃうんですけど、日本語で乗せるからこそ面白いメロディとかがあるんじゃないかって思うんです。BUMP OF CHICKENさんがほぼ日本語で歌っていて、子供の頃の僕もそのまま歌えたように、日本語で歌を作りたいんです。
──なるほど。先ほど挙げた米津さんもBUMP OF CHICKENからは多大な影響を受けていますし、ポップな曲への向き合い方という点では綺麗な直線で繋がっているようにも見えます。
まさに、僕はその軸と共にあるんだと思います。J-POPを作っているのは必然なんです。
































































































































