辻井くぬえ主催〈遷移帯 vol.3〉、恵比寿KATAで生まれた音楽の交差点

昨年、〈出れんの!? サマソニ!?〉を勝ち抜き、SONICMANIAへの出演を果たしたことをきっかけに、注目を集める辻井くぬえ。2026年7月にリリースされた2nd EP『汽水域』では、自身がギターを弾き始めるきっかけとなったKANA-BOONやBUMP OF CHICKENをはじめとするギター・ロック・サウンドと、高校時代に出会い、大きな衝撃とともに自身の音楽性にも影響を与えたエレクトロニカの世界観を見事に融合。異なる音楽性を自在に行き来しながら、独自の感覚で新たなJ-POPの価値観を提示し、まさにそのタイトル通り、異なるものが混ざり合う「汽水域」を描き出した作品となっている。
そんな辻井くぬえが主催するイベント〈遷移帯〉は、2025年12月の初回以降、コンスタントに開催されている。その第3回公演が、2026年8月23日(日)、恵比寿KATAにて開催された。『汽水域』で提示したハイブリッドな世界観をさらに拡張するように、Plan2+、HUGEN、illequalといった個性豊かなアーティストが集結。鼓動とリンクする肉体感のあるビートと、ジャンルや既存の価値観にとらわれない自由な精神が交差する、濃密な一夜となった。
ここでは、そんな〈遷移帯 vol.3〉の模様を、風間一慶によるレポートでお届けする。
▼ 様々な影響源が混ざり合い、新たなJ-POPの価値観を描き出す最新EP
▼ 辻井くぬえ EP『汽水域』インタビュー
LIVE REPORT : 辻井くぬえ pre.〈遷移帯 vol.3〉
取材・文 : 風間一慶
写真:近藤圭眞
2nd EP『汽水域』を7月にリリースしたSSW、辻井くぬえ。川から流れ込んだ淡水と塩っぽい海水の入り混じる間(あわい)を指す語をタイトルに冠した本作の、生音と電子音がミックスされ、ハイテンションなハイパーポップにもメロディの波打つJ-POPのようにも聴こえる摩訶不思議な質感は、アーティストとしての成長期を存分に楽しむ辻井くぬえの好奇心の裏写しとしてシンボリックに響いている。その『汽水域』の世界観およびフィーリングを表すリリースイベント<遷移帯 vol.3>が恵比寿KATAにて開催された。
これまでにも光季やriliumなど世代の近いアーティストを招聘してきた自主企画<遷移帯>。『汽水域』とも近いニュアンスのイベント名ということもあり、辻井自身はもちろん、ジャンルのような外的要因ではなく身体から発せられた内的要因によって存在を組み替えるような、そんなフリー・マインドな表現者が本イベントには集っている。
その点、最初に姿を表したPlan2+は鮮烈だった。世の中ヨナカとsuzxaによる昨年始動したばかりのベースミュージックユニット、そのアティチュードを端的に示すかのようにソロDJから始まった。ハイパーポップからたっぷりと影響を受け取ったDJプレイ、それをフロアで誰よりも楽しんでいたのは他ならぬボーカルの世の中ヨナカだった。自由なダンスの体現者として、オーディエンスにまず溶け込み、最前線で音を浴びる。
10分ほど経った頃だろうか、世の中ヨナカがステージに上がり歌い始めた。マッシブなダンス・トラックに身体一つで向き合い、伸びやかかつイノセントな歌声でフロアを掌握していく。舞台に上も下もなく、ただPlan2+がそこにいる。境界を限りなく縮める光景は<遷移帯>というイベントのコンセプトにこの上なく適っていた。プロデューサーにInuを招聘した「one + one」やsafmusic参加の新曲など、インターネットと現実世界の漸近線を探るような感触を残しつつ、劇的なステージが幕を閉じた。
Plan2+の強調する身体性をよりしなやかに、そしてよりチアフルに切り取ったのは続いて登場したHUGENだ。冒頭にボーカルのTPが「娘が3歳になりました!」と告げると、自らの声をループさせて「MAYA」が始まった。《可愛い声も足も顔も/全てを愛しているよ》という実直な詞が有機的なバンドのアンサンブルと共に響く。TPが愛する音楽、そして家族。包み込むようなフィーリングが会場に充満していく。
「Dancing Children」というズバリそのもののネーミングによる一曲では、パーカッションがグルーヴを先導しながら踊りを誘う。小編成のガムランのようにも、21世紀型のジプシー楽団のようにも聴こえる、実に多様で無国籍的な演奏だ。来るアルバムからの新曲となった「風神通り」にライブでは定番のアンセムとなった「パッピドゥ」と、歌謡曲チックな節回しをアコースティック/エレクトロニカという二つのバイパスを通して現代に溶け込ませるという越境性には、卓越したミュージシャンシップが滲んでいた。

そんな両者の間を埋めるのではなく、むしろ引き伸ばして空間的に拡張したのが辻井くぬえだった。自らの名前をフューチャリスティックなKATAの壁にライティングしたステージ、まずは一人でラップトップを触りながら『汽水域』収録の「なんで」を歌いはじめた。
背後には、どこかゲームソフト『ぼくのなつやすみ』を彷彿とさせるMVが流れている。淡い夏の記憶を覗き込むような映像と、ミニマムな電子音。その中心にあるのは、辻井くぬえの声だ。音数を抑えたトラックのなかでも決して埋もれることのない、芯のある歌声。『汽水域』という作品が持つ、生音と電子音の「あわい」は、ライブでもまず歌そのものによって立ち上がった。続く「Last Summer Bye-bye Rework」でも強調されたのはボーカリストとしての辻井の存在感だ。歌は、加工された電子音の一部になるのではなく、むしろ音像のなかから強く浮かび上がる。辻井の音楽がいかに多様なフォーマットを行き来しようとも、そこには常に「歌」がある。そのことを端的に示すオープニングだった。
そして「Pulse Wave」からはバンドセットへ。ミニマムなセットから解放されるように、とてつもないスピードのアンサンブルが走り出す。ハイパーポップの過剰性を生身のバンドが引き受けることで、楽曲はさらに肉体的なものへと変わっていく。「春を待つ風」へシームレスにスローダウンし、繊細なバラードの顔を借りながらも、バンドによる重量感には驚かされるものがある。言葉と音が持つ感情の密度そのものが、ずしりと身体へ落ちてくる。そう表現するのが正しいだろう。


「ご覧の機材量で気合が入っております」とステージ上の機材群を指しながら微笑む辻井。単なるエレクトロニカとロックの融合ではなく、歌詞や世界観といった要素によって導かれる必然性がそこに生じたからこそ、<遷移帯 vol.3>のような空間が生まれたのだ。その証左のように、「自分で立つ」ではハウスのビートをバンドセットへと持ち込み、そこへ重いベースが加わる。
「お金がないから」は、タイトルから想像する軽妙さとは裏腹に、ちゃんと切実な歌として響く。ここで重要なのは、その切実さが一人のSSWの独白に留まっていないことだ。演奏する一人ひとりがその感情を共有し、バンド全体が歌を前へ押し出していく。辻井がギターを手にした「Labradorescence」に「瑞花」と、活動の初期から披露していた楽曲は、自身のルーツであるBUMP OF CHICKENや米津玄師といったギター・ロックを下地にしたJ-POPへの憧憬が顔を覗かせているようだった。

そして最後は「27 club」。縦乗りのヘビーなサウンド、ここまでのステージを一気に別の場所へ連れていく。ここまでのステージで見せてきた、電子音と生音、静けさと爆発、個人とバンドというさまざまな境界線が、最後にはひとつの強烈なロック・ナンバーへと収束していく。そこには2002年生まれの、辻井くぬえという一人の人間としての、私性が抗い難く滲んでいる。
二つの水が完全に溶け合うことも、どちらか一方に戻ることもない。<遷移帯 vol.3>で辻井くぬえが見せたのも、まさにそんな状態だった。ハイパーポップでも、J-POPでも、エレクトロニカでも、ロックでもない。しかし、そのどれでもあり得る自由さが、その歌を中心にひとつの音楽として成立している。Plan2+とHUGENという辻井がラブコールを送ったプロジェクトの、身体的な快楽を求める様と共にアティチュードを提示することによって、そのニュアンスは十二分に体現できたように見える。盟友・illequalのDJに浸りつつ、またとない夜は更けていった。

セットリスト
辻井くぬえ pre.〈遷移帯 vol.3〉
2026年8月23日(日)
恵比寿KATA
1. なんで
2. Last Summer Bye-bye Rework
3. Pulse Wave
4. 春を待つ風
5. 自分で立つ
6. お金がないから
7. Labradorescence
8. 瑞花
9. 27 Club
編集 : 石川幸穂
▼ 様々な影響源が混ざり合い、新たなJ-POPの価値観を描き出す最新EP
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DISCOGRAPHY
PROFILE:辻井くぬえ

2002年生まれ。2022年に本格的に活動を開始。
ロック・シンセウェーブ・ハイパーポップなどの様々な音楽ジャンルをJ-POPに取り入れたサウンドが特徴。
自然由来の電子音を多用して壮大な世界観を確立している。
2025年、SUMMER SONICへの出演を懸けたオーディション「出れんの!? サマソニ!?」を通過し、SONICMANIAへ出演。
映像、アート、プログラミングなど幅広い知識を持ち、音楽以外の芸術面での才能も持ち合わせるマルチクリエイター。
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