友田オレ×清水遊(brooks)、笑いと音楽のあいだの妙味──初アルバム『陽動』で結実する幼馴染タッグの現在地

保育園からの幼馴染であり、高校時代にはコピー・バンドを組んでいた友田オレと清水遊(brooks)。友田がお笑いの道を本格的に志すなかで、ネタ楽曲の制作を清水が担うようになった。『R-1グランプリ2025』優勝をきっかけに広く知られることとなった「ないないなないなない音頭」「辛い食べ物節」も、いずれも清水が手がけたもの。そんなタッグが、2026年5月リリースの初アルバム『陽動』で本格的に結実。サウンドと珍妙な歌詞のギャップが生むおかしみや役割分担、そして今後の展望について語ってもらった。
初アルバム『陽動』より先行リリース!
シティ・ポップとエッジの効いた歌詞が生む妙趣
INTERVIEW : 友田オレ×清水遊(brooks)

友田オレが『R-1グランプリ2025』を史上最年少&最短芸歴で制してから、はや1年。今年のR-1開催を目前に控え、再び注目が集まる前年度王者が発表したのは、なんと本格的な音楽活動、初のアルバム『陽動』のリリース(5月予定)だった。歌ネタのインパクト、面白さはもちろん、その美声による見事な歌唱の評価も高い友田だが、その楽曲のクオリティを支えているのが、幼馴染みでbrooksのギタリスト・清水遊の存在だ。先行配信曲「身を粉 /MIWOKO feat.ku-ten」のリリースに合わせて、2人にアルバムの制作、音楽活動への思いを聞かせてもらった。
取材・文 : 岡本貴之
撮影 : 大橋祐希
高校では一緒にコピバン、上京もほぼ同時期に
――この記事が公開されるのは『R-1グランプリ2026』決勝当日ですが、前年度王者が1年後に音楽アルバムのリリースを発表するというのは予想外の展開な気がします。
友田オレ(以下、友田):自分の中では、1年以内に音楽のプロジェクトを発足させたいという思いがあったんです。というのも、自分の強みはいい意味で“芸人っぽくない”ところにあると思っていて。芸風や佇まいも、王道から少し外れている感覚があるんですよね。R-1優勝をきっかけに、そのオリジナリティをさらに広げていけたらいいな、というのが根本にありました。
――なるほど。今日は清水さんとお2人でのインタビューですが、お2人は幼馴染なんですか?
友田:そうですね。仲良くなったのは中学・高校ですが、実は保育園も一緒で、割と長い付き合いです。大学進学のタイミングもほぼ同じで、一緒に上京しました。
――R-1で披露した『ないないなないなない音頭』は、清水さんと一緒に作ったんですよね。
友田:まさにそうです。替え歌だと「人の曲を使うのはどうなんだ?」という気持ちもあって、ネタで使う楽曲もオリジナルにしたいと思っていて。音楽をやっていた清水に声をかけたのがきっかけです。
――清水さんは、友田さんのR-1優勝やその後の活躍をどう見ていましたか?
清水遊(以下、清水):正直、本当に優勝するとは思っていなかったです。
友田:あ、そうなんだ(笑)。
清水:自分としては、最初は「ちょっと手伝うよ」くらいの感覚で、あくまでサポートのつもりだったんです。まさか決勝に進むとは思っていなくて。決勝進出の時点でかなり驚きました。
友田:決勝のときは清水もスタジオに来てくれていたんですけど、関係者ばかりの中で一人にさせてしまって(笑)。
清水:誰も僕のことを知らないので、みんなチラチラ見てくるんですけど、どうすることもできなくて、壁のほうで直立していました(笑)。
友田:敗退して落ち込んでいる出場者と清水だけ、みたいな時間もありました(笑)。

――学生時代は一緒にバンドをやっていたそうですね。
友田:基本的にコピバンだったんですけど、自分たちで曲を作って演奏することもあって、気楽にやっていましたね。文化祭とか年に数回あるライブ・イベントに向けて、数週間だけ集中的に練習するような感じでした。
清水:一緒にカラオケに行ったりして、友田が歌が上手いのは知っていたので、歌ってもらいたいと思って。彼がベース・ボーカルで、僕がギターやキーボードを担当していました。
友田:僕らが通っていた高校は勉強に力を入れていて、軽音部もない中で楽器をやっていた清水はちょっと異色の存在というか。僕もお笑いに興味があったので、そういう部分で自然と仲良くなった感じですね。
――高校卒業後は2人とも上京されていますよね。清水さんは音楽家を目指して上京されたんですか?
清水:いえ、高校の時点ではそこまで意識はなくて、「東京に行けばいろんなアーティストのライブが観られる」くらいの気持ちで上京するために大学に進学しました。
――では2人とも明確にそれぞれの道を目指して上京、という感じではなかったんですね。
友田:そうですね。

──5月にはアルバム『陽動』がリリースされますが、これはどういった経緯で?
清水:2025年3月に友田がR-1で優勝して、所属事務所の方々と飲む機会があったんです。そのときに「音楽をやりたいんです」と話したら協力してくださることになって、そこで「アルバムを作ろう」と決めました。
友田:なので、R-1前だったら絶対に実現していなかったと思います。人とのご縁もそうですし、自分の中に少し余裕が生まれていたこともあって、いろんな要素が重なって実現できたというか。運も大きかったなという感覚ですね。
――制作はどのように進めていったのでしょうか。
清水:まず僕が一通りデモを作って、仮で鼻歌を入れたものを送ります。それに対して友田からフィードバックをもらいながら歌詞を詰めていく、という作業を繰り返して、最終的に8曲作りました。
友田:だから本当にネタとは逆のプロセスというか。ネタの曲では僕が細かい構成まで考えて、清水に曲を作ってもらう形なんですが、アルバム制作では清水から曲が来て、「じゃあこんな歌詞はどう?」と乗せていく。同じ2人で作っていてもやり方が変わると新鮮で、すごく面白かったです。



























































































































































































































![高野寛ライヴ音源DSD独占配信&インタビュ—『Live at VACANT [ONE, TWO, THREE]』](https://imgs.ototoy.jp/feature/image.php/20121009/6.jpg?width=72)

















































































