いまも問いかける男─初期エレファントカシマシを聴く
OTOTOYでは2024年2月より、洋楽、邦楽ともに、〈ソニーミュージック〉のカタログのロスレス音源(16bit/44.1kHz : CDと同等音質のデータ)のダウンロード販売がスタート。
〈ソニーミュージック〉ロスレス配信記念特集として豊富なアーカイヴの数々から、いまこそこれを聴くべきというアーティストや作品の数々をピックアップ。第1回となる今回はデビューからアルバム『東京の空』のリリースまで〈Epic/Sony Records〉に在籍していた日本を代表するロック・バンド、エレファントカシマシの初期作品の魅力に迫ります。
いまも問いかける男──初期のエレファントカシマシを聴く
文 : 岡本貴之
〈おまえはただいま幸せかい〉。エレファントカシマシのライヴのアンコール最後に度々披露される“待つ男”で、宮本浩次は這いつくばりながらこう歌い、ステージを後にする。
2023年3月21日にデビュー35周年を迎え、不動のメンバー4人(宮本浩次(Vo.Gt)、石森敏行(Gt)、高緑成治(Ba)、冨永義之(Dr))で活動を続けるエレファントカシマシ。近年、バンドのみならず宮本がソロ活動等でテレビ出演することも多く、その破天荒なパフォーマンス、瞬時に人を惹きつける人物像がクローズアップされたことをきっかけに、これまでエレカシを意識してこなかった人々が彼らの音楽に触れる機会が増えた。そうしたリスナーが最初に耳にしたのは、昨年の『第74回NHK紅白歌合戦』でも披露した“俺たちの明日”や、“悲しみの果て”、“今宵の月のように”などの代表曲だろう。宮本の力強い歌声とシンプルなバンドの演奏で届けられる〈さあ がんばろうぜ! 負けるなよ そうさ オマエの輝きはいつだってオレの宝物〉(“俺たちの明日”)、〈悲しみの果ては素晴らしい日々を送っていこうぜ〉(“悲しみの果て”)といった歌詞は、どんな世代にも刺さる説得力を持っている。
そんなエレカシの音楽を遡って聴いていくとやがて辿り着くのが、ファースト・アルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』から7枚目のアルバム『東京の空』までを発表した〈Epic/Sony Records〉時代の作品たちだ。デビュー当時テレビで見かけたエレカシは、多くの個性的なバンドのなかでも見るからに異端な存在だった。ブカブカなスーツ姿でわめくように歌う宮本と、寡黙に熱く演奏する3人。宮本がエレキギターを弾いて歌うときは椅子に座っているのも不思議だった。昨今のテレビでハッピーな暴れっぷりを見せるミヤジやシブくてカッコイイ石くん、せいちゃん、トミとは違って、相手にされそうにない愛想の無さは画面越しに怖さすら感じた。曲にもそういう雰囲気があって、ファースト・アルバムのオープニングを飾る“ファイティングマン” や“星の砂”といった反体制的な尖った曲、〈友達なんかいらないさ 金があればいい〉と歌うデビューシングル“デーデ”など、共感や感情移入をする以前に人を寄せ付けない迫力があった。『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』になると、スローナンバー“土手”、アコギのストロークに乗せて切々と歌う“サラリ サラ サラリ”のように音数が少なく宮本の独特な浪曲のような歌いまわしが目立つ。突出しているのが、最後の“待つ男”だ。豪快なギターサウンドをバックに、〈ぼーっと働くやからども おまえ こういう男をわらえるか〉と問いかけて、あげく〈だれも俺には近よるな〉と歌う。そう言われてしまったら、離れざるを得ない。エレカシは、世の中のバンドブームからも距離を置いた存在になっていた。
サード・アルバム『浮世の夢』から、その作風はさらに異端ぶりを極めていく。“珍奇男”は曲調にノリや親しみやすさはあるものの、どこにも類似性がない文字通り珍しく奇妙な歌だ。文学好きな宮本らしく歌詞はどんどん抽象的になっていく。次作『生活』はその極みだ。キャッチーさや売れ線なロック、ポップスとはどんどん遠ざかっていく若手バンドによる、理解されない孤独さと諦念的にすら感じる曲たちが木彫りの仏像のように並んだ数年間の記録。だが、そこがいい。その孤高の存在感こそが初期エレカシの魅力である。誰でも気軽に何かを発信できる現代だからこそ、真のアーティストが迷い自問自答しながら生み出した、簡単には共鳴できない作品を読み解き味わえる喜びがここにある。
傑作『東京の空』を残してレーベルを離れポニーキャニオンに移籍して、再デビューともいえるブレイクを果たし、孤高のバンドから国民的なバンドへと変化を遂げていったエレファントカシマシ。それでも、今もライヴの最後に演奏するのは、〈Epic/Sony Records〉時代の“ファイティングマン”であり、アンコールの“待つ男”(もしくは“花男”)だ。溢れる情報や流行りに右往左往する我々に、宮本は今日も問いかける。〈そういうやからに俺はひとつ言う おまえはただいま幸せかい〉。