斎井直史による定期連載「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第18回──豊作! この夏、オススメの新譜!
梅雨という梅雨もないまま、あっという間に本格的な夏に突入! 今年の夏は長い夏になりそうな予感! 今月も「パンチライン・オブ・ザ・マンス」始まります! 先月はこの夏のサマソニでの来日も控え、ドレイク、ケンドリック・ラマーといったビッグ・アーティストもラヴ・コールを送るUKの新星R&Bシンガー、ジョルジャ・スミスの初アルバム『Lost & Found』を取り上げました。今月は豊作な新譜の中からいくつかの作品をピックアップ! ぜひこの夏はこちらの作品たちをチェックしてみては??
第18回 豊作! この夏、オススメの新譜!
夏が近づくと、夏っぽい曲がチラホラと出るじゃないですか。それらを拾いながら、今年の夏を断片的に妄想したりしません? 今、自分はその最中ですが、昨年は海や山が似合う明るい曲が多く、今年はクールな都会の夜を思わせるサウンドが多いように思います。まず1発目。個人的には今のとこ今年イチです。
先月の記事に組み込まなかったんですが、丁度1ヵ月前に突然MVが公開されたこの曲が、7月4日にリリースとなりました。3Houseと名乗る彼の情報は沖縄出身で、South Catというクルーに所属している事しか公開されていません。低音をダイナミックに効かせつつ、繊細な音を散りばめた楽曲も素晴らしいですが、それを演出するシルエットを基調としたビデオ、口ずさむような彼の声の出し方から、アーティスト自身の情報の少なさまで、全てにおいて一貫して魅せ方の上手さとセンスを感じます。女性を描写する言葉が実は少ないのに、官能的な曲を仕上げる3Houseという彼には過剰な期待を抱いてしまいます。
というのも、そのSouth Catのメンバーは今注目を集める若手のアーティスト、Yo-Seaだからです。今年3月にBCDMGから「I Think She Is」でデビューした彼はインタビューでSouth Catはラッパー3人の他、デザインや楽曲制作ができる8人のコレクティヴとだけ説明しています。まだキャリアが浅い事自体が信じられない程、卓越したメロディ・センスと、それに溶け込む英語の歌詞は、Yo-Seaの中性的な声の美しさを一層引き立てています。おまけにこの清潔感ある端正な顔立ちですよ。
そしてYo-Seaと3Houseの両者に通じるのは、トラックの音の少なさと、それを感じさせない彼らの表現力の高さです。楽曲のシンプルさを補うのではなく、楽曲にシンクロするセンスが高い。「Purple Rain」と「I Think She Is」及び「Dreaming City」のインストを想像してみてください。もし自分がそれを手渡されて曲を作るならば、自分の声とセンスが丸裸になる恐怖が先立って頭が真っ白になりそうなほど。自分はそれに気が付いてからは、聴けば聴くほどに彼らの早熟さと、アーティストとしての質の高さをひしひしと感じます。
派生ですが、このシンプルな構成の上手さで連想したのはYe Aliでした。駆け足で紹介させてください。
上の曲が収録された『Trap House Jodeci』は2年前の作品で、これがそこまで話題にならなかったけど今だに聴ける名盤です。しかし、このアルバムには彼の名を広めた「Ring 4x」が収録されていません。「Ring 4x」については2つのヴァージョンが存在し、Dutchboyとのタイトな方が個人的にはお勧めです。ジャケが「指輪4x」と可愛い誤字の方も探してみてください(本当に指輪と電話のベルを掛けてるかもしれないけど)。「Ring 4x」でサンプリングされているChloe Martini「Temptation」も音数を絞りながらも、ジャケ同様に荘厳さすら感じさせます。これがもう5年前って事も驚き…。
Yo-Seaに話を戻すと、DJ HASEBE御大のOLD NICK名義による『natsuco』というアルバムでも「Be My Baby」という曲で参加しています。こちらはヒップホップ・クラシックで使われたネタをリバイバルさせた懐かしいビートの上で歌っていて、Yo-Seaが90年代にタイムスリップしたかのような感覚を楽しめます。
次! 女子を酔わせるような甘いラップを男がする一方で、並みの男じゃ絶対勝てない女性2人がシーンの中心に居る事も事実。AwichとNENEです。この2人の共通点は、流行には微動だにしなそうな芯の強さを持ちながら、デビューした時点で最先端に君臨している事でしょうか。インタヴューを読むと、作品の作り込みに際しての自分との向き合い方が非常にストイックな事も似ています。近寄りがたい存在です。
まずはAwichのシングル「What You Want feat.IO」。短髪でアイシャドウを濃く塗ったビデオの中のAwichはとても妖艶ですが、その妖艶さにも理由があると訴えかけてきそうなこの始まり方が素晴らしい。
Why you price down? Why you leveling your shit with these rundowns?
(どうして下げるの? なんでレベル低い子たちに合わせるの?)
あの子たちにはまだわからない 欲しくても深いとこまで掘れない
昨年の「Who R U?」やKojoeの「BoSS RuN Dem」の時の彼女のパンチラインにも通じる"自分vs雑魚"感が一貫してて最高! というのは半分はジョークですが、本当に自分がゾクっとしたのは、
They don’ t make them like you no more nowadays
(あなたみたいな人はきっとどこ探してもいないよ)
なのにそんなに簡単にあげちゃうのはなぜ?
出会い 別れ 泣かせ そんなのただの流れ
I know you want to go deeper
(もっと深く行きたいでしょ?)
いいよ 私の中で
この最後の一文は男を愛する女性としての矜持、覚悟すら感じますよね。これがセクシーさの理由かと、"あの子たち"との違いを見せ付けられる気持ちになるわけです。ビデオではちょっとこのシーンだけ露骨すぎるショットで少し笑ってしまいましたが(笑)。昨年も同日の7/7にビデオを出し、8/8にアルバム『8』をリリースしていますので今年の8/8にも期待がかかります。
「ここはどこ?」とか「私、誰」とか やめてくんない? 雑魚はGood Night
しかし、これが今月のパンチラインとして書きたかった!
正直な事を言うと、前作『Mars Ice House』が絶賛の嵐になる中で、自分はそこまで興味を持てませんでした。多分、アルバム全体に漂う独特の浮遊感や、ラップでありながら全く新しい彼らのスタイルに自分が適応できてなかっただけなのでしょう。それが正直、悔しくもありました。しかし『Mars Ice House II』は、前作で夢として見ていた世界に移住してしまった人の音楽、にすら感じます。言い換えると、異世界に住んでても地に足が着いている。そう感じたのが、今月のこの一文でした。「ここはどこ、私は誰」タイプの、地に足の着いてない世界観のラップは近年多いわけです。それに対して、これ以上無く冷たい一瞥。しかも、彼女は先述のタイプの人間とは違う世界に立っている。強えぇ。
先述のとおり、ゆるふわギャングを理解できなかった自分としてはKID FRESINOの「Ryugo Ishidaのone lineに救われた 俺も”大丈夫”だって思った」という「Easy Breezy」のリリックに、(当時話題になった方向性とは全く別の意味で)困惑したものです。今となればそれもわかる。前衛的でフレッシュなスタイルへと年々変容していくKID FRESINOが、遂にゆるゆわギャングと接点を持ったこの「Arcades」。彼のリズムの取り方も次のフェーズへと進んだ事を感じます。これが〈Dogear Records〉から出ている事も、シーンがどんどん溶け合って新たなフェーズへと入る予兆な気がしてなりません。
だからこそ、この1枚が余計にカッコよく見える! この首の振り方! 彼がシーンに現れれば、その入場曲のように鳴り響く硬いドラムとラップ。最高です。個人的には『Boy meets world』での「Bottles Up」が特にキレを感じました。ギターの弦が張る緊張感と、その場に走る緊張感がシンクロしたようなリリックが頭の中に映像を映し出します。そして、この曲は何の目線をイメージして書かれた事に気がついた瞬間、寒気と共にニヤリとしてしまうはず。息が詰まる現実をファンタジーにしてくれるラップも最高だし、息が詰まる現実を描き出すラップも最高です。
残念ながらOTOTOYでの配信も無ければ、YouTubeは日本で再生できず、SoundCloudも無いのでインスタグラムでの紹介になってしまうのですが…。9th WonderによるJamla Records所属のプロデューサーE.Jonesがインスト集『Deadstock Vol.2』をリリースしました。
上は元NFL選手として活躍し、引退後はテレビの司会業で活躍しているアンソニー・アダムズのインスタグラムから。仙人掌のように王道のヒップホップを好む人にはこの流れで聴いて欲しいだけでなく、ブーンバップでもポジティブな1枚として紹介したい。何故なら、近年ブーンバップといえばイルで職人気質で、トラップの対義語としてしか使われていない気がするので…。明るくグルーヴィーなコーラスを多用したサンプリング・ビートで一貫された今作は、懐かしくもあり、上のような意味で新しくもあります。昔は結構、こうゆうの多かったんですけどね。
以上、ちょっと長めになってしまいましたが個人的にお勧めな音源の紹介でした。
最後の最後にちょっと一言。先日、突如他界してしまったXXXTENTACIONですが、彼が半年前に行ったインスタグラムのライブ映像を紹介して終わります。
「俺は君の夢や目標が何であれ、皆に強く伝えたいことがある。誰かに自分を印象付けようとして、お前の人生を捧げるな。自分以外の誰かになろうとしたり、皆の理想を体現しようとして惨めな人生を送ったりするな。君だって誰かの夢の為に自分の人生を犠牲にしたくないはずだろう。(中略) 俺は、皆が願望を叶えられると本当に信じている。俺たちは良い母親や父親、そして智慧を持った人たちが必要だ。馬鹿な事をする事がクールだと持て囃すのは止めよう。良い人間である事がクールだという流れを作っていこう。俺は人殺しや無意味な事がクールとされている事に飽き飽きしている。遅かれ早かれ、俺らはこれが真実だと気づくだろうけどな。だって、もし誰も俺に興味を持ってくれず、サポートもしてくれなかったら、俺は今の俺になれなかったはずだ。俺の事を信じてくれる人なんて居なかったし、そのままなら俺は何も無いままだったろう。(中略) 皆が夢を持ち、硬くそれを信じて欲しい。.夢を見て、それを実現させようと強くある事が全てだ。痛みは前進のサインだ。痛みを感じるなら、前進している証だ。」
Xって厄介者のように知れ渡っていたし、事実そういった面もありました。だけど、上のようなマインドを持つ青年だという事はそこまで知れ渡ってないように思います。彼の影響力の大きさを亡くなってからより強く感じるので、余計残念です。
今回紹介した作品はこちらにて配信中!!
※Awich「What You Want (feat. IO)」は7月20日より配信開始および試聴可能となります
「パンチライン・オブ・ザ・マンス」バック・ナンバー
第17回 Jorja Smith 『Lost & Found』
https://ototoy.jp/feature/2018061901
第16回 “Type Beat”文化について
https://ototoy.jp/feature/2018051502
第15回 初の映画特集! 『大和(カリフォルニア)』
https://ototoy.jp/feature/2018041901
第14回 今話題を呼ぶ、6ix9ineって何者!?
https://ototoy.jp/feature/2018031001/
第13回 未知なる魅力を持つシンガー・MALIYA
https://ototoy.jp/feature/2018021301
第12回 LAの注目シンガー・Malia
https://ototoy.jp/feature/2018011002/
第11回 斎井直史的2017年度総括
https://ototoy.jp/feature/2017121201/
第10回 KOJOE 『here』
https://ototoy.jp/feature/2017111501
第9回 PUNPEE 『MODERN TIMES』
https://ototoy.jp/feature/2017101103
第8回 GRADIS NICE & YOUNG MAS 『L.O.C -Talkin About Money- 』
https://ototoy.jp/feature/2017091102/
第7回 夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書
https://ototoy.jp/feature/2017081001/
第6回 気持ちのいい夏の始まりのイメトレに適した3枚
https://ototoy.jp/feature/2017071001/
第5回 JP THE WAVYとGoldlink
https://ototoy.jp/feature/2017061001/
第4回 SOCKS 「KUTABARE feat.般若」
https://ototoy.jp/feature/2017051101/
第3回 Febb's 7 Remarkable Punchlines
https://ototoy.jp/feature/2017041001/
第2回 JJJ『HIKARI』
https://ototoy.jp/feature/2017031001/
第1回 SuchmosとMigos
https://ototoy.jp/feature/2017021001/
連載「INTERSECTION」バック・ナンバー
Vol.6 哀愁あるラップ、東京下町・北千住のムードメーカーpiz?
https://ototoy.jp/feature/2015090208
Vol.5 千葉県柏市出身の2MCのHIPHOPデュオ、GAMEBOYS
https://ototoy.jp/feature/2015073000
Vol.4 LA在住のフューチャー・ソウルなトラックメイカー、starRo
https://ototoy.jp/feature/20150628
Vol.3 東京の湿っぽい地下室がよく似合う突然変異、ZOMG
https://ototoy.jp/feature/2015022605
Vol.2 ロサンゼルスの新鋭レーベル、Soulection
https://ototoy.jp/feature/2014121306
Vol.1 ガチンコ連載「Intersection」始動!! 第1弾特集アーティストは、MUTA
https://ototoy.jp/feature/20140413