カニエとゴスペルの関係──斎井直史「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第26回
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色々噂されております、新元号の発表も間も無くといった感じで3月も終わりが近づいておりますが今月も「パンチライン・オブ・ザ・マンス」のお時間でございます! 前回は『DIRT II』から2年半ぶりとなったKOHHと〈Sony Music Labels〉と契約後まとまったものとしては初の音源をリリースしたKEIJUの新作から考える“コンシャス”とはについてお届けしましたが、今回はその延長戦といった感じでカニエ・ウエストとゴスペルの関係性を取り上げます。
第26回 カニエとゴスペルの関係
先月の記事でカニエにも言及したせいか、書き終えた後に上の日曜礼拝(Sunday Service)を主催するカニエ・ウエストの姿を見ると、これまでと違うなと感じたんですね。私見と言われればそれまでですが、エモの次にいまのゴスペルが繋がるように思えたわけです。とゆうことで、今月は先月の続きとしてカニエにおけるゴスペルの変化の兆しについて書きます。
カニエ・ウエストとキム・カーダシアン、通称キムエがこの3ヶ月程続けているこの催事。招待制の為、断片的な様子しか把握できないのですが、カニエを中心としたがゴスペル式の…ミニ・ライヴ? セッション? の様子がわかります。聖歌隊を率いて聖歌も歌いますが、主にカニエ自身の曲を皆で楽しみ、ビートルズやマイケル・ジャクソン、SWVの曲も歌う彼らの様子が見つかっています
まず、この日曜礼拝の何が違うのかを書く前に、いままでのカニエにおけるゴスペルについて簡単に振り返ります。そもそも彼はゴスペルの要素を比較的色濃く出すアーティストです。数多くある中で代表的な曲といえば『The College Dropout』収録の「Jesus Walks」と、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』の「Power」の2曲。この2曲は大雑把に言えば似た宗教的なコーラスが印象的なサウンドでも、意味合いは全く異なる曲と言えます。
「Jesus Walks」はイントロで〈いまはテロリズム、レイシズムとの戦争の渦中だ。しかしその実、俺たち同士との戦いなんだ〉とはじめます。貧しさから罪に手を染める人々と、そういった人々を蔑ろにする人々という国内の対立を踏まえ、カニエは前者側に立ち神への救いを乞うのですが、ゴスペル的な重唱が強いエネルギーとして祈りを後ろ支えして、聴く者を鼓舞するような曲です。どんな人にでも神が付いてるぞ! と。
では「Power」はどうか。こちらはひと言でいえば、カニエが自身をコントロールできなくなってきた自身の精神を神格化させた曲ではないでしょうか。実は歌詞全体は「Jesus Walks」と同じく、混沌とある現代の対立構造についてラップにしていますが、イントロが対照的。〈21世紀に生き、意義深い事を成し遂げつつある俺。お前らが見てきたどの者よりも成功する。ヘイター達の叫び声が気持ちいいじゃないか。スーパーヒーローにはテーマソングが付き物だからな!〉と溜めておいて、あのフックに突入。アフリカンなパーカッションと宗教的なコーラスから始まり、予期せぬタイミングでブチ込むサンプリングがキング・クリムゾンの「21st Century Schizoid Man」。こいつぁはやっぱ天才だぜ…! 当時、テイラー・スイフトのVMA受賞スピーチを邪魔をした事により、世間から嘲笑を受けてハワイに籠もってしまったカニエが戻ってきたタイミングだった事も思い出し、いま聴いてもブチあがります。気持ちを落ち着けて話を戻しますと「Power」におけるゴスペルとは、神格化すらしてしまう程の自己肯定感への演出と言えます。まぁ、“Schizoid”って精神分裂病という意味ですし、アルバムの最後は冷めた拍手で終わる事を踏まえると、カニエ自身も自分がぶっ飛んでいる事に意識的ではあるとおもいますが、当時のゴシップを含めてコンセプチュアル・アートといえる1枚でした。
他にもソロ以前のキャリアでカニエによる代表曲であるタリヴ・クウェリの「Get By」や、『The Life Of Pablo』の「Ultralight Beam」などでもゴスペル調のコーラスを重ねて盛り上げたりなど、カニエにとってゴスペルとはエネルギーを太くさせる意味合いが強かったのではないでしょうか。
じゃ、以上の2曲をSunday Serviceで演奏した様子を見てみましょう。
驚くほどに、2曲を象徴するおどろおどろしさが抜け、皆で感情を共有させて解放させる喜びの場としてのゴスペルへと変化しているように感じます。
カニエが婚約破棄直後に母親の死を経験して作った『808s & Heartbreak』。そこからはじまった苦悩を原料にしてアートを革新させる意地と才能は流石だと思います。しかしながら、喪失感を補うかの如く湧き出る顕示欲を不器用に振り回すカニエに、当然ながら冷ややかな現実。それを受けて更に精神を患うカニエは、苦悩を糧にすばらしい作品を作り上げて戻ってくるのですが、またもや物議を醸しだす言動で更に苦境に追い込まれるというサイクル。これを何度か見ているせいか、『Ye』に対して諸手を挙げて褒められない。躁鬱をスーパー・パワーと捉えるのは凄いと思うし、休めと誰かが言っても休む気も無いのかもしれないから、どうになったらカニエはもっと幸せになるのか想像できなかった。
だからこそ活き活きとしたカニエの姿を見ると、エモ的な音楽が限界を超えて新たな境地にたどり着いたような進化を期待してしまいます。Sunday Serviceは毎回ある程度固定された楽曲を演奏している様子で、もしかしたらいつかのお披露目の為の練習も兼ねているのか? と思ったり。個人的に新作『Yandhi』はいつになってもいいですけど…。KOHHが入ってたら本当にすごいですね!
最後に駆け足で今月オススメの新曲を!
沖縄出身のYo-Seaがリリースした待望のファーストEP『7878』より「Me&You」。欧米的な歌唱力や、詩的な表現で色気を出すタイプの男性R&B歌手は国内に居ても、メロディだけで清潔感あるセクシーさを表現できる人ってこのYo-Seaと同郷3houseくらいしか自分は思いつきません。先行してリリースされた曲も多かった中、発売まで聴けなかったこの曲がいちばんYo-Seaの持つ魅力が詰まっているように感じます。触れずとも相手の体温が伝わってくる、一線を超えた距離とその瞬間。そんな甘美なセクシーさが伝わってきます。スーパーマリオとは、何の暗喩なんでしょね。
斎井がSpotifyにて公開中のプレイリスト「下書きオブ・ザ・マンス」はこちら
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