斎井直史による定期連載「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第16回──“Type Beat”文化について
GWもあけ、5月も半ば! 第16回目となる「パンチライン・オブ・ザ・マンス」今月もいきますよ! 先月は初の映画特集ということで、神奈川県大和市を舞台にした映画『大和(カリフォルニア)』をピックアップしました。今月は、日本ではまだあまり耳慣れない“Type Beat”という文化を紹介します。いつもより内容濃いめでお届けです!
第16回 “Type Beat”文化について
ちょっと今回は変則的な導入から。時々YouTube等で“Type Beat”とタイトルに入った動画を見かけませんか。
これらの楽曲はお金を払い、使用の際には製作者のクレジットを明記すれば、曲中の音のタグを抜いたデータが使用できます。大抵は学生でも手が届く値段なので、若いアーティストを中心にこうした“Type Beat”文化は急速に広まりました。事実として“Type Beat”から生まれたヒットは多く、Desiigner「Panda」は元々「Meek Mill—Ace Hood “Type Beat”」として売っていたものと、プロデューサーのMenaceはインタヴューに答えています。他にもBryson Tiller「Don't」、Young M.A「Ooouuu」のトラックだって元々はネットでの売り物。笑い話のようですがA$AP Rockyは「A$AP Rocky Type Beat」と検索して「Fine Whine」のビートを見つけたと語っています。ちなみに国内で言えば「Cho Wavy De Gommenne」のビートは今でも2ドルで売られています。
SoundClickやBeatStarsに代表されるロイヤリティ・フリーの楽曲を販売するサイトをディグってみてください。質が高すぎて革命的ですらあると自分は思います。加えて、タイトルに有名アーティストの名前を含める“Type Beat”というアイデアが斬新。探す側にとってサブ・ジャンル名などのタグ付けよりも、確実かつ早く求めるタイプのビートを探す事ができます。駆け出しのアーティストにとって大きな助けになるこのシステム。ネットで誰でも作品を発表できる現代にフィットしています。かつては、オリジナルの楽曲が欲しければビートメイカーと知り合いになるか、自分でビートメイクするかの二択でした。そうなると現実的に楽曲の質には拘っていられませんが、その妥協点を過去のものにしました。個人的にはアーティストだけでなく、広告デザインやゲーム製作、YouTube動画など他分野にも取り入れられる事を願います。
この流れを存分に取り入れたのが今月リリースとなったDJ CHARI&DJ TATSUKIによる『The First』。勢いのある若手達を全国から集め、今までに無い組み合わせを試み、それにマッチするビートを探して提供して1枚のアルバムを仕上げました。これが出来るのは、2010年代前半から現場を盛り上げまくってきたプロップスと、過去のプロデュースの成功があってこそ。
『The First』に加えて紹介したいのは最近リリースされたWeny Dacillo「Dance Floor feat.SAKURA」。この曲はDJ CHARI&DJ TATSUKIの名前をプロデューサーとして広く知らしめた「ビッチと会う(feat. Weny Dacillo, Pablo Blasta & JP THE WAVY)」とセットで聴くと歌詞にシンクロする部分が多く、まるでとある1夜を描写しているかのようです。例えばSAKURAの「視線浴びるTwerkライカRihanna」という歌詞は、Pablo Blastaの「まるでRihanna」と否が応でも繋がる、WAVYの「Weny、ビッチに酒買って飲んでる」とSAKURAの「おいしいシャンパン誘われバーカン」もリンクしていて想像を掻き立ててくれる。他にもこの2曲には沢山の繋がりが発見できますので、想像力を働かせて吟味してみて下さい。おじさん三十路過ぎたけどあの子に後ろ髪引かれるその心、わかる。 『The First』のCDブックレットには楽曲製作者の名前が明記されているので、お気に入りの曲のプロデューサーを調べてるのも楽しいと思います。
次に紹介するのが、Febbが最初に名前を知られる事となったSPERB、C.J.CAL、DJ SCARFACEとのグループ、Cracks Brothersによる『03』です。『03』…こんなにシンプルに東京を表せます? この2桁の数字だけで彼らの感覚の鋭さやクールさ、東京の無機質さやドライさすら勝手に感じてしまう俺は、冷静なレビューができません。「DOWN WIT US」はトラックもFebbなだけでなく、Febbのラップの入り方がFebbらしい。硬派で、渋くて、派手な上に鋭い。トラディショナルなサンプリングを基調にしながらも攻めたドラムの打ち方は『L.O.C -Talkin’ About Money-』を思い起こさせます。他にも「SILENT TREATMENT」や「DANCE IN AN ANGEL」のように、都会の夜が似合いそうなドラムの上に、温かみの溢れるソウルを引っ張って来るのもFebbの得意とするスタイル。キックをノイジーなまでに歪ませてから戻すアウトロが超カッコいい「NATION IS LINK」などもお勧めです。もっとFebbの実験的なサウンドを楽しみたいならインスト集『BEATS & SUPPLY 2』もどうぞ。こちらはAraabMuzik『Electronic Dream』を思わせる「Dream」や、8bitサウンドを使った「Told」など、Febbのラップ・アルバムでは聴けなそうなビートが多く収録されています。もちろん、大ネタをサンプリングした曲も多く収録され、ヘッズとしては喜ばしい限り。上の2枚は5/23にリリース予定です。彼はもう新しく音楽を産む事は無いけど、まだ彼の未発表音源が残っている事を期待しています。
おっと、原稿を書いている最中にこんな音源もSNSで回ってきました。
Chaki ZuluとFebbの組み合わせはもっと聴きたかった。本当にFebbのラップは誰と組んでもその個性が際立ちますね。
さて、話を最後に“Type Beat”に戻します。散々褒め称えた“Type Beat”の文化ですが、誰もが無意識に感じる弱点があります。それは“**Type”と銘打つ限り、楽曲のオリジナリティが犠牲になる事です。現実的にカッコいい音楽かどうかを判断する上で、誰が作ったかなんて不問です。それに“Type Beat”が没個性的だとしても、それを個性的な曲に仕上げるアーティストだって沢山居ます。
ただ、TypeBeatに頼りすぎるアーティストには少しだけ違和感が無いでしょうか。少し前に公開されたGeniusの記事"How “Type Beats” Have Changed Hip-Hop Production(“Type Beats”はいかにヒップホップの制作を変えたか)"では、“Type Beat”を使って有名になったBryson Tillerによる「For However Long」のリリックと、本人による歌詞の注釈を紹介しています。
Running through 'em, looking for a down bitch.
It's like looking for them hitters on SoundClick.
Hoping someone else ain't already killed it.
Wait up, for real, you exclusive? I found it.
「ビッチ達を掻き分け、ヤレる女を探す。それはSoundClickで曲を探すようなもんさ。既に誰かのものになってない事を願って探す。待てよお前、エクスクルーシヴって。その曲はSoundClickにあるよ」
この歌詞を本人はこう解説しています。
「「Don't」を最後に今後SoundClickのお世話になる事は無くなった。このウェブサイトを使わなくても良くなった事を神に感謝するよ。ここに至るまでは大変なことだし、俺の言ってる事は皆が理解してくれると思う。君は「Damn,このビートが誰かに獲られてませんように!これは俺が使うんだ!」ってな感じだ。特にビートが高くて買えない時なんか、プロデューサーに「このビートはタダでいいよ」と言われるくらいに自分を見せつける事ができたら、と思ったりね。女性に対しても同じ事さ。君は誰とでも出かけちゃうような人は探してないんだ。」
余談ですが、「Don't」でヒットしたBryson Tillerは、J-Louisという波打つサブ・キックと綺麗なメロディーが特徴的なプロデューサーをオフィシャルDJに迎えました。個人的にはJ-Louisは2014年頃から今に至るまで、世界で最もセクシーなトラップを作る人だと思います。
最後にGeniusの記事は“Type Beat”文化が生み出したヒットやアーティストを称えながらも、“Type Beat”プロデューサーの将来について以下のように語っています。”彼らには3つの将来が待ち構えている。「Panda」を作ったMenaceのように有名プロデューサーの仲間入り果たす事。もしくはその対極で、永遠と無個性なビートを生み続ける存在になる事。3つめはその中間で、時折ヒットに恵まれるも、“Type Beat”の世界からは脱却できないキャリアだ(意訳) 。
自分はここでもう一つのキャリアとして、Boonie Mayfieldの例を挙げます。彼は約10年前、MPC1000を使った動画で注目を集めました。その後もオーセンティックなセンスと技術が急速に成長してゆく様子をアップし続け、徐々にファンを集めました。
次第に彼はサンプラーやMIDIキーボードだけでなく、ギターやローズのキーボードを演奏するようになり、他には無い深みと個性が宿るようになります。ちなみに2009年頃、彼は自身のビートをオンライン上で販売しますがタイトルに「Jay-Z would kill this shit」のように有名ラッパーの名前を取り込んでいました。今思えば“Type Beat”の先駆けです。
現在の彼は楽曲を売るだけでなく、自身が演奏する音楽をサンプリング・ネタとしてプロデューサー向けに販売しています。(ビートメイク全般のハウツーを紹介するMASCHINE MASTERSにて)また、楽曲製作の様子をドキュメンタリーとして動画にしたり、ショート・フィルムを製作するなど、多岐に才能と個性を活かした活動をしています。
YOUTUBE:uNErcEzFmkk:center<>caption=Making LoFi Boom Bap Beats Using Maschine MK3
今をピーク時の人気と比べたら、彼は少し落ち着いてしまったのかもしれない。だけど、ファンを楽しませ続けるにも、シーンでアーティスト達からリスペクトを得る存在であり続ける為にも、一番大事なのは個性なのかなと考えさせてくれます。それとも将来“Type Beat”という言葉が無くても楽曲が売れるようになれば、状況は変わるのかな?
RECOMMEND
今回紹介したCracks Brothers『03』
レーベル Cracks Brothers.co,Ltd 発売日 2018/05/23
01. 02. 03. 04. 05. 06. 07. 08. 09. 10. 11.
※ 曲番をクリックすると試聴できます。
同時発売となるFebb未発表ビート集『BEATS & SUPPLY 2』
レーベル TROOP RECORDS 発売日 2018/05/23
01. 02. 03. 04. 05. 06. 07. 08. 09. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17.
※ 曲番をクリックすると試聴できます。
※両作品ともに5/23(水)より試聴可能および配信開始となります
「パンチライン・オブ・ザ・マンス」バック・ナンバー
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