2020年の悲しみに重ねて──映画『ブラックパンサー』最新作予告編とケンドリック・ラマー“Alright”
ライター、斎井直史による連載〈パンチライン・オブ・ザ・マンス〉。前回のMOROHA初の武道館に寄せたアフロとの往復書簡から7ヶ月ぶり、第36回となる今回は、公開を間近に控えたマーベル最新作『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の予告編とそこで起用されているケンドリック・ラマー“Alright”について。
第35回(2022年3月掲載)はこちら
最新作予告編と“Alright”
マーベルのヒーロー映画といえば、個性的なヒーロー達と、その個性にマッチした映画監督、そしてヒーロー達のクロスオーバー。「いや、最近はカメオ詐欺ですね」そんな嫌味を言いたくなる程、今年のマーベル作品はサプライズ・ゲストでファンの気を引くばかりで、肝心のキャラの魅力が深めらません。アベンジャーズ・シリーズで全作品がクロスオーバーした大成功に、ファンも制作側も呪われているかのようです。
しかし、11月11日に公開が差し迫った『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』には、確信めいた期待を寄せています。今作は不必要なクロスオーバーでお茶を濁すことはしないでしょう。なぜなら、この予告動画が素晴らしかったから。上の予告編で気になるのは、やはりケンドリック・ラマーの“Alright”ではないでしょうか。2018年の前作『ブラックパンサー』でも使われなかった2015年リリースのこの曲が、なぜいま使われるのでしょうか。ケンドリックは前作『ブラックパンサー』サウンド・トラック監修を行うなど深い関係があったにも関わらず。その意図を考察するならば、監督が2020年に味わった心情を作品に反映させているのではないでしょうか。
2020年は、アフリカ系アメリカ人にとって誇りとすら言えるNBA選手、コービー・ブライアントの訃報から始まりました。続いてコロナ・パンデミックと都市封鎖。これにより増加した失業率はアフリカ系が抜きんでて高く、白人と比べると2倍近い数値を雇用統計が示しました。そんな中で起きた5月のジョージ・フロイド事件。無抵抗にもかかわらず氏は警官により獣の如く拘束され、本人や周囲の懇願むなしく命を落としました。その映像が拡散されると同時に〈Black Lives Matter〉運動は激化。2020年、かねてよりBLM運動でプロテスト・ソングとして使われていた“Alright”が米国外でも鳴り響いた記憶が呼び覚まされます。
BLM運動の昂りが冷めやらぬなか、同年8月にブラックパンサーを演じたチャドウィック・ボーズマンは突然この世を去りました。彼は癌との闘病を家族にのみ明かしていたので、その衝撃は非常に大きかったはずです。北米興行収入歴代6位でタイタニックより上に位置する『ブラックパンサー』は“ブラックムービーは売れない”というハリウッドの常識を覆したレガシーがあります。また売上のみならずヒーロー映画としては異例のアカデミー賞3冠、作品賞も初ノミネートを果たすほど示唆に富んだストーリーでした。そのヒーローが現実世界で命を落とし、マーベルを傘下に持つディズニーも敬意を評して代役を立てないとしているのですから、喪失のショックはファンのみならず大きかったはずです。また当時は米大統領選挙を控えて分断していた真っ最中のタイミングでもあり、前作終盤での彼のセリフが多くの訃報ニュースにも引用されていました。それは〈In times of crisis, The wise build bridges while the fool build barriers.(危機に瀕した時、賢者は橋をかけ、愚者は壁を建てる)〉というもので、愚者としてメディアに扱われていたトランプ大統領に対して、ヒーロー然としたボーズマンの存在を更に際立たせたでしょう。ボーズマンは過去に初のアフリカ系MLB選手ジャッキー・ロビンソン(『42 〜世界を変えた男〜』)や、合衆国最高裁判所初の黒人判事サーグッド・マーシャル(『マーシャル 法廷を変えた男』)を演じるなど、歴史に残る挑戦をした黒人を演じる事が多かったため、その凛々しいルックスや慎ましい人柄と合わせて彼は本当に愛されていました。
監督であるライアン・クーグラーは、彼の死を受けて「この仕事から離れるところだった」とエンターテイメント・ウィークリー誌に漏らしています。そして、こう続けます。「悲しみや激しい感情が波となって押し寄せるアイデアを思いつきました。時に人は、その波に飲まれて戻ってこれないこともあります。自分では泳いでいると思っていても、そうとは限らない。そう水は気づかせてくれます」とインタビューで今作のアイデアを明かしました。ジョージ・フロイド事件と同様の警察の暴力を描いた『フルートベール駅で』でデビューしたライアン・クーグラー監督ですから、2020年のジョージ・フロイド事件とチャドウィック・ボーズマンの喪失は、監督にとって大きな怒りや悲しみを感じた年だったはずです。「映画監督として結局のところ、私たちが行う選択は、自分にとって真実であると感じられなければなりません」と、監督は自身のモットーを語りました。
前作のサウンド・トラック『Black Panther The Album』
この言葉を踏まえてもう1度予告編を見返しましょう。火が放たれた王室に静かに佇む妹シュリは、狼狽えているようには見えないので意図しているのか、もしくはワカンダと心中を図っているのかもしれません。泣き叫ぶシュリのカットもあった為、兄を失った妹が暴走してしまったとも予想できます。続いてワカンダ国王の親衛軍が、ワカンダのためなら命すら捨てる将軍オコエと睨み合いになるシーンも気になります。そして母ラモンダの力強くも、怒りすら伝わるスピーチ。妹シュリは生きているにも関わらず「家族全員がいなくなった」とは、感情の昂りから大げさに話しているだけなのでしょうか。考えの違いからシュリは母ラモンダから縁を切られたとも考えられます。もしくは、本当にシュリは亡くなったと思われている可能性もあるでしょう。ブラックパンサーの力を得るには、仮死状態に陥る儀式が必要だったからです。だとすると、最後にケンドリック・ラマーのラップが〈Uh, and when I wake up.(そして俺は目覚めた)〉と始める瞬間に新生ブラックパンサーが爪を出す終わり方は、妹シュリが仮死状態から、もしくは自暴自棄の怒りからの”目覚め”たストーリーを予感させます。
ケンドリック・ラマーの“Alright”は、自然発生的にプロテスト・ソングとして使用されるようになったものの、制作陣にその狙いはありませんでした。しかし、ケンドリックは南アフリカに趣き、ネルソン・マンデラが収容されていた刑務所を訪れた経験からこの曲のインスピレーションを得たと公言しています。反アパルトヘイト運動で終身刑となり、27年も監獄で強制労働を強いられながらも釈放され南ア大統領にまで就任したネルソン・マンデラ。長く理不尽を耐えて実を結んだ人生から着想を得た曲“Alright”が、意図せずプロテスト・ソングとして歌われるのは自然に思えます。そして、〈We gon' be alright(俺たちは大丈夫だろう)〉と叫ばれた2020年を想起させる予告編から、今作は近年アフリカ系アメリカ人が経験した分断と喪失を踏まえた作品となるのでしょう。
思えば前作『ブラックパンサー』も、ブラックパンサーをマーティ・ルーサー・キング・ジュニア、敵役はマルコム・Xと重なり、1950〜1960年代の公民権運動の歴史を踏まえているのは明らかでした。だからこそ、キャラクターが実在の人物のような魅力をもって描かれます。今作の劇場版ポスターは、ワカンダと対立する水棲人類の王国が、水鏡で対になっている構図です。おそらく前作同様に、敵は主人公の鏡のような存在で、敵もまた正義を貫くがゆえに衝突する人物でしょう。アフリカ系の人々に起きた現実を重ね合わせることで、現実のメタファーのような没入できるストーリーとなっている…のか。”期待しなければ失望しない”。そんなスパイダーマンのガールフレンドの口癖を胸に、劇場へ望みましょう。
“Alright”を収録したアルバム『To Pimp A Butterfly』の配信はこちら
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