酸いも甘いも噛み分けて、吐き出す“ミドルエイジのオルタナ・ラップ”──Die, No Ties, Fly 『SEASONS』
ライター、斎井直史によるヒップホップ連載〈パンチライン・オブ・ザ・マンス〉第39回。2024年2月で7年目を迎えたこの連載ですが、今年もマイペースに斎井が気になったアーティストや楽曲を取り上げていきます! 前回は2020年解散してしまったCIRRRCLEの元メンバー、AmiideとJyodanによるユニット“Otomodatchi”のインタヴューをお届けしました。今回は過去の連載でも登場したVOLOJZA、LEXUZ YENのふたりとビートメイカー、poivreによるユニット、“Die, No Ties, Fly”をピックアップ。OMSB、Neibiss、butaji、Lil' Leise But Goldといった面々も参加した昨年2023年リリースのファースト・アルバム『SEASONS』とともにお楽しみください。(編集部)
第38回(2023年8月掲載)はこちら
INTERVIEW : Die, No Ties, Fly
はじめて“Die, No Ties, Fly”というユニークな名前を耳にしたとき、それは死して自由へと翔び立つようなイメージを想起させ、少し不吉に感じました。しかし、いまではその名前が彼らの柔らかな音楽スタイルを見事に象徴していると思います。確かに、彼らは微かな憂鬱を生々しいリリックにするセンスがずば抜けています。そして、その歌詞を載せるふたりの男の声は朴訥として哀しく、その飾り気のない悲哀を引き立てるようにビートは主張しすぎず、透き通っていて美しい。鬱蒼とした歌詞と甘美なメロディ。矛盾した要素を溶け合わせた彼らの音楽は、飲みやすく酔いやすい酒のようだと思うと、Die, No Ties, Flyという名前が妙に腑に落ちたのでした。
19歳から20年近く絶えずラップとビートメイクを並行して活動してきたVOLOJZA。ヤング・キュンと共にOGGYWESTとして活動する傍ら、ビートメイカーとしても活動するLEXUZ YEN。このふたりを誘った長崎のビートメイカー、poivre。30代後半に差し掛かる男3人によるファースト・アルバム『SEASONS』を制作した経緯を尋ねました。地に足のついた日常を誇るのでもなければ、その日常を深く掘り下げるでもなく、現実的な温度のまま音楽にした彼ら。彼らの音楽を“ミドルエイジのオルタナ・ラップ”と紹介させてください。(インタビューは2023年年末に行ったものです)
写真 : Kazuki Hatakeyama
多種多様な客演陣の参加も光るファースト・アルバム『SEASONS』
コロナがなかったら、組んでない
──Die, No Ties, Flyの結成の経緯からお願いします。
poivre(以下、p) : コロナに入ったときにオンラインで活動ができないかと思って、ずっと音源を聞いていたVOLOさんにビートを送りつづけて“2 mask on”っていう曲ができたんです。その頃にVOLOさんを通してOGGYWESTを知って、OGGYは俺も応募してた100byKSR(※)で選ばれていたので、凄いなと。それで「一緒にやらないですか」って言いはじめたのが最初ですね。
※100byKSR : 〈bpm tokyo〉などを経営する〈株式会社KSR〉による、コロナ禍でのアーティスト支援企画。interFMとSpincoasterによる音楽番組『100byRADIO -ARTIST NEEDS-』では新羅慎二と大沢伸一がパーソナリティを務め、数々の楽曲を紹介していた。
──poivreさんがVOLOさん、OGGYWESTと音楽をやりたいと思ったのは?
p : VOLOさんもOGGYも肩肘張らないし、メロディのセンスも好きですね。
──どちらのメロディーも独特の浮遊感がありますよね。特にDie, No Ties, FlyはOGGYWEST『OGGY & THE VOIDOIDZ』(2020年)の流れを汲んでいるように思います。
『OGGY & THE VOIDOIDZ』リリース時のインタヴュー
LEXUZ YEN(以下、L) : あ〜、 なんかそんな感じ、僕のなかにもありますね。Die, No Ties結成後、OGGYWESTはロックとかダークな路線になったけど、それはDie, No Tiesで歌うようになったから、OGGYは違う路線になったのかもしれません(笑)。
──VOLOさんはソロとDie, No Tiesの違いは何ですか?
VOLOJZA(以下、V) : 良い距離感で互いを尊重というか、エゴがなくやれたなって思いますね。全体のバランスを見てリリックを書くだけって感じで。3人ともビートを作るからプロデューサー目線みたいなのがあって、バランスを取るのが上手いんだと思います。
p : 皆のエゴが無いぶん、“いい音楽を作ろう”っていう意識に集中できたのかなって思いますね。毎回ダメ出しとかなく、出来上がってみて「めっちゃ良い出来だな」って思うことが多くて。
L : ユニゾンというか、3人で一つのエゴのような気がします。
──確かにDie, No Tiesって誰かが引っ張ってるわけでもなさそうですよね。
L : フラットですよね。
p : それぞれの役割をちゃんとこなしてるのが良いのかな。
V : 暗黙の領分があって、そのバランスが取れてるのが良かったなぁと思います。例えば誰々の負担が多いとか、誰々のモチベーションが高いとか、逆に低いとか、そういうバランスって難しいと思うけど、(Die, No Ties, Flyは)距離もそうだし、生活環境も違う3人がオンラインで作ってるのでそれが良かったのかなと。これが近すぎると年齢や性格でヒエラルキーができちゃう場合もあると思う。
──なるほど。昨年、コロナでメンバーが帰国してオンラインだけの繋がりになってしまい、制作が難しくなって解散してしまったというケースを聞いたので、興味深いです。真逆ですもんね。
L : 全員離れた状態で始まってたっていうのがでかいですよ。
──また、コロナ禍を経てオンラインでのコミュニケーションが一般的になったことも、大きいですよね。
L : コロナがなかったら、組んでないっすもんね。
V : そうかもしれないです。コロナの間、なにか新しい事を探していたときだったかもしれない。1度立ち止まったことで、いろいろ考えました。コロナの間、2年間くらいの空白があるじゃないですか。自分はいま39歳なんですけど、普通なら緩やかに折り合いをつけなきゃいけなかったことが、この期間にガッツリ早く変化したことも多かったなって思います。この戸惑いは、自分や周りを見ていてもあるのかなぁと思いますね。変わったなぁと思うことが多かったですね。
──凄くわかります。自分も渋谷に出るとコロナの間に取り残された現実を目の当たりにして、少し怖くなるというか。
V : そうそう。19からラップを始めたから、思えば環境の変化なんて何周も見てきているんですよ。街も自分も、もっとじわじわと変わって年齢や環境の変化を自覚していたんだけど、空白のように感じた2年間は別に時間は止まってなくて、その戸惑いというか焦りというか…(笑)。
L : VOLOさん、リリックでもその感じでてますもんね(笑)。
V : そう(笑)。例えば、すごく熱心に日本のラップについて語っていた人が喋らなくなったり、現場にいつも来る人も、就職や結婚で離れていく様子を何周も見ている。現場に出ていた時は全く気にならなかったけど、現場を離れて見ると、その変化をすごい感じやすいですよね。