巷で“レジェンド”と呼ばれるアイドル・SSW、小日向由衣って?─未発表曲を含む独占音源配信開始
眉村ちあきと共に活動し、彼女も一目を置くアイドル・シンガーソングライター、小日向由衣。彼女がこれまで発表してきた楽曲をまとめた作品『配信ほいほい歴史』がOTOTOY独占にて配信スタート! ストレートなポップスからロック・ナンバーまで、バラエティ豊かな楽曲が揃った全16曲を収録、そしてボーナス・トラックには未発表曲も! OTOTOYでは今回そんなまだまだ謎に包まれた彼女が一体どんな人物なのかに迫ったインタヴューを公開。また、彼女のホームともいうべき阿佐ヶ谷家劇場にて今作の購入者限定イベントも開催決定! こちらは応募は先着順なので詳細は下記をチェック!
OTOTOYのみのボーナストラック「ステージ」を収録!!
『配信ほいほい歴史』購入者限定イベント
【対象者】
小日向由衣『配信ほいほい歴史』をOTOTOYにて購入された方から先着40名
【イベント内容】
会場 : 阿佐ヶ谷家劇場
日時 : 6月12日(水)19時開演予定
内容 : トーク / ライヴ / ゲーム
【応募方法】
https://ototoy.jp/contact/ より「プレゼントの応募」を選択し、「小日向由衣イベント応募」と記載のうえ、
・小日向由衣『配信ほいほい歴史』を購入した際使用したアカウントの、メールアドレスもしくはTwitterアカウント名
・予約または購入時のキュー番号
(「XXXXXXXXX」XXX点 ¥XXXXXX(税込) 購入完了のお知らせ(000,000)←この数字です)
・お名前
・連絡先
・ご意見、ご感想
をご記入の上お申し込みください。
【応募締切】
6月10日(月)23時59分まで(定員に達し次第受付終了)
INTERVIEW : 小日向由衣
失敗を繰り返し、伝説的なエピソードを作ってきたことから「レジェンド」と呼ばれるようになったアイドル・シンガーソングライター、小日向由衣。電車に乗り間違えることは日常茶飯事で、実際に取材の日も真逆の方へと向かう電車に乗っていたという。そんな強烈なキャラクターが注目される一方で、彼女がひっそりと更新しているnoteには、壮絶な家庭環境や愛されたい思いが、まるで小説のように丁寧で繊細に、断片的につづられている。また、そんな彼女自身がつむぐ楽曲は、驚くほど名曲揃いなのだ。
いったい小日向由衣とは何者なのか。なにが彼女を「レジェンド」にさせたのか。家族やこれまでの活動のほか、憧れという絵恋ちゃんへの思い、親友・眉村ちあきとの関係など、すべてを語ってもらった。このインタビュー、そして配信が解禁された楽曲たちから、彼女の魅力をおおいに感じ取ってほしい。
インタビュー&文 : 前田将博
写真 : 大橋祐希
愛されたいっていう気持ちに、ケリをつけた
──出身はどちらなんですか。
田舎の方なので、まわりは畑ですね。
──子供の頃からレジェンドの風格があったそうですね。
そうなんですよ。運動会で走って2〜3歩で転んだりとか。一番恥ずかしかったのは中学校の時でしたね。一番端っこの席で椅子をガタガタやってたら、でんぐり返しみたいになって、スカートがめくれ上がってパンツが丸見えになったんです。みんな振り返ってたんですけど、パンツを隠す方が恥ずかしい気がして、しれっと戻しました。
──家では母親とお姉さんの他に、おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に住んでいたんですよね。
お姉ちゃんは、しゃべるのやめたら死ぬ病気なのかなってくらいしゃべるんですよ。しょっちゅう怒ってるし。私はそれを、ただ聞いてるっていう立ち位置でしたね。しゃべれないから、何考えているかわからないって家族に言われていました。あと、お姉ちゃんは渡り廊下がうまいんです。
──…世渡りがうまい?
そう(笑)! 親を丸め込むのがうまかったんです。門限が厳しかったから、1分でもすぎると鍵がかかってるんですよ。でも参考書がどうとか、勉強に関する言い訳をして、だいたい入れてもらえてた。私はそういうのがダメで、なにを言ってもバレちゃう。だから門限をすぎたら、どうせ帰っても怒られると思って、公園や友達の家で朝まで遊んだりしていましたね。それで不良だと思われてた。
──じゃあ結構、姉妹で性格が違ったんですね。
お姉ちゃんは世間にどう思われるかとかも、すごく気にするんですよ。いつもグループに所属していて、誰が無視されたとか、大変な思いをしている印象があって。だから、つまんなくないのかなって思っていました。私はあんまり、そういうのに属さずに生きてきたから。
──お母さんやおばあちゃんも、性格はお姉さんに近かった?
そうですね。特におばあちゃんがめちゃくちゃで、とんでもない人だった。例えば自分で財布をポケットに入れたのを忘れて「誰だオレの財布を持っていったやつは!」って突然怒ったりとか。そういうのは日常茶飯事でした。
──1人称は「オレ」なんですね(笑)。
はい(笑)。でも、最終的に私をかばってくれるのは、おばあちゃんだったかな。私が実家から離れていたときに入院したことがあったんですけど、「誰にも言うんじゃないぞ」って言ってお金をくれたのも、おばあちゃんだった。怒り方は自分勝手すぎなんですけどね。
──おじいちゃんは、どんな人だったんですか。
おじいちゃんはノイローゼで部屋から出てこなかった。でも、よく怒ってましたけどね。小1の頃から、3時くらいに洗濯物を取り込めって言われてたんですけど、それを忘れると湯呑とか急須がいきなり飛んでくるんです。普通、段階があるじゃないですか。注意して、聞かなかったら怒るとか。でも前段階がなく、いきなり飛んでくるんです。
──そういう環境だったからだと思うんですけど、小日向さんは子供の頃から、まわりに認められたい気持ちが強い人だったのかなって思ったんですよ。それが音楽活動にもつながっているのかなって。
強いと思いますね。特に、お母さんに認めてもらいたかった。お母さんはすごく弱くて、自分の保身にまわっちゃう人なんです。私が一番、文句を言わなかったから、お姉ちゃんと喧嘩になったときも、私が謝れば丸く収まるから謝ればいいのよって言ってくるんですよ。どっちが悪いかは関係なく。おばあちゃんにも逆らうと大変だから、言ってることが明らかに間違ってても、私に謝りなさいって言ってくる。一回でもいいから私の味方をしてよって気持ちのまま、大人になりました。
──今は入院されているんですよね。
入院先で闘病中に若年性アルツハイマーって言われたんです。去年の1月くらいだったかな。だから、もう解放されました。もう叶わないことなんだなって。
──記憶も曖昧になっちゃってるんですもんね。
別人格なんです。最初は、すごくむかついたんですよ。でももう、子供みたいになっちゃってるんです。楽しそうに折り紙を折って「こんなにきれいに折れてすごいでしょ」って見せてくるんですよ。そんなお母さんと一緒に過ごしているうちに、昔どう思ってたかなんて考えてもどうしようもないなって気づいたんです。いま一緒にいる時間を楽しまないと、もしお母さんが死んじゃったりしたら後悔するって思って。整理に時間はかかったけど、今は承認欲求よりも、与えたい気持ちの方が溢れてる。愛されたいっていう気持ちに、ケリをつけたというか。
──小日向さんは、子供の頃から詩を書いていたんですよね。
なにかあると、紙にばーって書くんです。友達と喧嘩したり、納得いかない怒られ方をしたりしたときとかに。
──そうやって気持ちを吐き出していた。
そうですね。あとは自分が主人公の妄想みたいなものを、ずっと独り言みたいに言ってました。「雨がそよそよ降ってきた」とか「空からお迎えがくるわ!」みたいな。
──作詞もその延長なんですかね。
歌詞は、私のなかの哲学的なものを表現していることが多いですね。楽器ができないので、曲は鼻歌で作っています。
私は勝手に病んでるだけで、まだなにもしてない
──音楽活動は、何がきっかけではじめたんでしょうか。
たまたまカラオケに行ったときに、私の歌を聴いた先輩みたいな人が、コピーバンドをやらないかって誘ってくれたんです。それで、どうせやるならオリジナルにしようよって言ったら、私が歌詞を書くことになった。曲は楽器の人が作るはずだったんですけど、全然作ってこないから、私が適当に書いたら、それが採用されました。
──バンドでやっていたのは、どんな曲だったんですか?
「空想少女」や「キラキラ」とかは、その頃に作った曲ですね。他にも『まとめ』に入っている曲たちは、そのバンドでやってた曲です。このバンドは2年くらい活動してたのかな。
──ソロをはじめた当初は、どんな活動だったんですか?
最初はオリジナル曲をオケで歌えると知らなくて、楽器がないとライヴができないと思ってたんですよ。それで、私のバンドをやってくれるような人を見つけるために人脈ができればと思って事務所の面接に行ったら、なぜか演技やモデル歩きのレッスンをさせられました。あのときは、本当に馴染めなかったですね。
──じゃあライヴもほとんどできなかった?
そうです。そこから知り合いづてにライヴを見に行ったら、オケでカバー曲を歌ってる人がたくさん出てたんですよ。そのまわりをおじさんたちが、列車みたいに「おい! おい! おい!」って言いながら走る儀式みたいなことをしてるし、「なんじゃこりゃ」って思いましたね。でも、これなら私もできるじゃんって思って、そこに出させてもらうようになりました。
──オケはどうやって作ったんですか?
調べたら、ボイトレの先生に書いてもらった譜面とイメージ曲を茶封筒に入れて送ると、オケをつけて返してくれるサービスを見つけたんです。ただ安いから、できたものに注文はつけられない。『まとめ』の曲は、その茶封筒がアレンジしたものですね。
──ライヴはどうでしたか?
全然だめでした。儀式ができない曲だったからだと思う。そもそもオリジナル曲をやってる人が他にいなくて、アニソンのカバーを歌っている人の方が盛り上がるようなイベントだったんです。
──界隈としては、すでに地下アイドルに近い場所ですよね。
私としてはアイドルとしてやっているつもりはなかったし、まわりの人たちが地下アイドルってことも知らなかった。最初はチェキもなくてCDだけ売ってたけど、まったく売れませんでしたね。オタクに言われてチェキを売るようになりました。
──当時はカバーも歌っていたそうですね。
カバーをやれば盛り上がるんだと思って歌いました。服も普通だったので、まわりの真似してバニーちゃんやメイド服を着てライヴをやるようになりましたね。そしたらチェキは売れるようになったけど、どんどんずれていっちゃったんですよね。私は何をやりたいんだろうって。私がやりたかったことはナース服を着て「君の知らない物語」や「ハート型ウイルス」を歌うことだったのかなって。その頃に体調を崩して、1カ月くらい入院しました。初めて音楽を辞めようかなって思いましたね。
──それが2016年1月頃ですよね。
体調不良がきっかけで休んだんですけど、そこからメンタル的にも死んでいって、あまり家から出なくなりました。その頃にTwitterで絵恋ちゃんの存在を知ったんですよ。だんだん気になるようになって、YouTubeで「就職しないとナイト」を聴いたんです。そこで「就職しないと気まずい!」って歌ってるの聴いたら、刺さっちゃったんですよね。「きみが展覧会を開いても」を聴いたときも泣いちゃって。
──どっちも、すごく刺さる曲ですよね。
そこから絵恋ちゃんを好きになって、掘りました。そしたらちゃんとオリジナル曲を歌ってて、その積み重ねで今に至ってるってことがわかって。みんなが知ってるからって安易に「甲賀忍法帖」を歌ったところで、オリジナル曲を聴いてもらえるわけがない。そんな簡単なことに、やっと気づいたんです。
──絵恋ちゃんを知って気付かされたと。
過去を振り返ったら、絵恋ちゃんも私と共演しててもおかしくないようなイベントにも出てたんですよ。「ウタ娘」とか。紙一重のところにいたのに、絵恋ちゃんはちゃんと活動してて、私は勝手に病んでるだけで、まだなにもしてないなって。辞めるにしても、せめてオリジナル曲をちゃんとやってから辞めようと思って、復活しました。
私の音楽が好きだって言ってくれている人がいる限りは、続けたい
──現在も親交の深い眉村ちあきさんとも、この頃に出会ったそうですね。
出演者が10組以上出るような対バンイベントに一緒に出ていたんです。私がオリジナル曲で活動するにあたって、眉村の存在も大きかったと思いますね。眉村は当時からオリジナル曲をやってたし、私がカバー曲の方が盛り上がるイベントで悩んでいた「カバーは誰にでも歌えるけど、オリジナルはレジェンドにしか歌えない。唯一無二にならなきゃダメなのに、やりたいことやるのが一番だよ」って言ってくれて。めちゃくちゃ背中を押されていますね。
──活動を再開したのは2016年9月ですよね。当時のブログでも報告しています。
7月が誕生日だから、それまで約1年しっかりやって、CD出してワンマンもやろうと決めました。その頃に出会ったのが業者1(アレンジャー)ですね。茶封筒の時代は、自分の頭のなかに曲のイメージがあっても全然形にできなかったんですけど、業者1からアレンジも一緒に考えて作れるようになりました。今は連絡が取れなくなっちゃったんですけど(笑)。
──なんと…。
業者1はセンスはあったけど、性格に難があったんですよね。「その曲やってて、おもしろいですか?」とか言ってきたり、仕事が遅かったり。それを全部、取っ払ったのが業者2(アレンジャー)ですね。
──業者2とは、いまも一緒にやっているんですよね。
はい。「妄想するなら」から「ドッペルゲンガー」までが業者1だったんですけど、それを業者2は聴いてくれてて、「自分ならもっといい編曲にできる」って気持ちがあったみたいなんです。だからマックで顔合わせした時からすごくスムーズで、「パーティーズ」もその場で構想を話しながら作っていきました。その前に「夏の夢」を編曲してもらったんですけど、あの切ないアレンジに「天才じゃん」って思って、すぐに落ちましたね。業者2は音質もすごくいいので、もう戻れない。
──今年6月にリリース予定の初の全国流通アルバムでは、過去曲もリアレンジされてるんですよね。
業者2が作り直して、録り直しています。前のバージョンがOTOTOYで配信されるので、聴き比べてもらえたらうれしいですね。
──7月には、絵恋ちゃんが毎年生誕イベントをやっている目黒鹿鳴館でのワンマンが控えています。
ソロと組織(バンド)で出ます。これが成功したら、目標である絵恋ちゃんとの2マンを実現させたいですね。
──絵恋ちゃんとの2マンについては、たびたび発言されていますよね。
「乗っかってくるなよ」って思われたら嫌だなと思って、ずっと言えなかったんですよ。絵恋ちゃんが好きすぎて。でもそのときも眉村に「言わないと叶わないよ。そんなに好きなのに言わないと誰も気づかないんだよ」って言われて、震えながら「2マンするのが目標」ってツイートしたんです。そしたら絵恋ちゃんがいいねしてくれて、「ありがとうございます! 感激!」って反応してくれました。
──すぐに実現できそうな気もしますが、まだ正式にオファーはしてないんですか?
鹿鳴館が終わってからですね。そのときは私、死ぬのかな。
──2マンが実現したとしても、もちろん音楽活動は続けるんですよね?
長く音楽は続けていきたいですね。努力でどうにもならない部分があることもわかってるんです。それでも私の音楽が好きだって言ってくれている人がいる限りは、続けたい。他にできることがないし、音楽が好きだし、私が社会とつながれるコミュニケーションツールがこれしかないから。でも、無理はしたくない。
──どういうことですか?
そりゃ本当は音楽で食べていけるようになりたいし、「Zepp埋めました」とか「小日向由衣in武道館」とか言ってみたいよ。何枚売れないと活動できないとか言って、追い込むようなことはしたくないんです。夢を追いかけるって素晴らしいことのはずなのに、そんな状態で上に立っても苦しいじゃん。だったら10年くらいやってればそのうちゼロになるかなって在庫の抱え方でいいし、そこが底辺だとしても、ファンが5〜6人のところで健やかにのびのびと歌っていられる場所を選ぶ。
──なるほど。
音楽って生きていくうえで必要不可欠な物ではないじゃないですか。それでも聴きたいって思うのは、楽しくなりたいとか、心の支えだったり、気持ちが豊かになりたいからだと思うんですよ。それなのに、やる側が支えるものじゃなくなったら意味がないって思うから。だからできるだけ音楽をやっている時間は、無理をせず、ファンを苦しめず、楽しい状態でやっていけるような精神面を作りながら、人生かけて遊ぶから、いつでも遊ぼう! それで明日もまた元気に生きていこう!!!
『配信ほいほい歴史』のご購入はこちらから
LIVE SCHEDULE
鹿鳴館生誕ワンマンライブ~夢じゃないよ!
2019年7月27日(土)@東京・目黒鹿鳴館
時間 : OPEN 17:30 / START 18:30 チケット : ¥3,000(税込)
その他ライヴの詳細はこちらをご確認ください
PROFILE
小日向由衣
作詞作曲をし、それを業者になげて編曲してもらい歌ってます。
自身の体験や、性格をもとに曲を作ってます。
公式HP : https://kohinatayui.jimdo.com/
Twitter : https://twitter.com/kohinatayui27