【REVIEW】大森靖子「音楽の魔法」を証明するーー「神」をテーマにした新アルバムをリリース
大森靖子が3rdアルバム『kitixxxgaia』を3月15日にリリース。メジャー第3弾となる同作は様々なアーティストとのコラボレーションに特化した作品に。人気のシングル曲、fox capture planをゲストに迎えた「ドグマ・マグマ」、DAOKOが共作した「地球最後のふたり」など、1曲1曲が濃密な全13曲を収録。また、大森自身が℃-uteに提供した「夢幻クライマックス」の歌詞をあらたに書き直し、ピアノで弾き語った「夢幻クライマックス かもめ教室編」も収録。聞き応え抜群の「神」をテーマにした本作を、前田将博による濃厚レヴューとあわせてお楽しみください。
大森靖子 / kitixxxgaia
【配信形態】
AAC
【価格】
単曲 257円(税込) / アルバム 2,200円(税込)
【収録曲】
01. ドグマ・マグマ / 02. 非国民的ヒーロー / 03. IDOL SONG / 04. JI・MO・TOの顔かわいいトモダチ / 05. 勹″ッと<るSUMMER / 06. 地球最後のふたり / 07. ピンクメトセラ / 08. POSITIVE STRESS / 09. 夢幻クライマックス かもめ教室編 / 10. オリオン座 / 11. コミュニケイション・バリア / 12. 君に届くな kitixxxgaia ver. / 13. アナログシンコペーション
あらゆるカテゴリを取っ払ったすべての存在を肯定しようとしたアルバム
「音楽は魔法ではない」と長らく歌っている大森靖子が、2016年末に行ったカウントダウン・ライヴで「音楽で魔法が使えることを2017年は証明します」と言い放った。そのときの会場がライヴハウスだったため言葉が聴き取りづらかったのだが、そう言っているように自分には聴こえた。年が明けて2017年1月1日に「疑って疑って疑って向き合って裏切られて疑って疑ってそれでも信じ抜いた者だけが音楽の魔法が使えると2017年は証明したいものです」と本人がツイートしているので、ライヴ中に言いたかったことも、おそらくこういうことなのだろう。
それから3ヶ月ちょっと経った3月15日に、大森靖子はメジャー3枚目のアルバム『kitixxxgaia』をリリースした。「神」をテーマにしたアルバムで、タイトルはキチ(基地、聖地)+ガイア(女神)から成る造語だという。1曲目を飾る「ドグマ・マグマ」の冒頭では「私だよ私、神様だよ」というセリフが収められている。彼女は、神様になろうとしているのだろうか。たしかに神様になれば、魔法が使えるどころか、きっとなんだってできてしまうのかもしれない。
「神」をテーマにしながらも、このアルバムには「ドグマ・マグマ」以外に「神」という歌詞はほとんど出てこない。それどころか「魔法」という言葉も、アイドルの自己紹介やキャッチフレーズを並べた「IDOL SONG」以外には皆無。代わりに多く目に付いたのは「愛」「夢」「幸せ」といったワードだ。これらの言葉は、もしかしたら世間的な大森靖子のイメージとは少し離れたものかもしれない。でも一見ありきたりなように見えるこれらの言葉たちは、いまの彼女にはとてもしっくりくる。
大森靖子ほど「愛」が溢れている人はそうそういない。道重さゆみをはじめとした好きなアイドルたちに対しては言うまでもない。その結晶が道重への尊敬の念をこれでもかと詰め込んだ「ミッドナイト清純異性交遊」であり、さまざまなアイドルへの愛情を無差別的に封じ込めた今回のアルバムに収録されている「IDOL SONG」。彼女の作品はいつも、そんな愛情で溢れている。これまで愛してきた音楽やアーティストへのリスペクト、そしてファンに対しての「私信」がふんだんに盛り込まれているのだ。そんな彼女のまわりに集まってくる人も、自然ととびきり鋭利な愛情を持った人たちばかり。それは大森靖子自身が、どんな愛情も受け止めてくれる器の大きな人だからなのだろう。
そんな愛情を武器に、彼女はさまざまな「夢」を叶えてきた。でも大森靖子がインディーズ時代から語ってきた夢は、まったく夢とは思えないようなものが多かった。それは現実離れしすぎているからというわけではなく、逆にリアリティを感じるものばかりだったからだ。実際に当時から彼女が憧れの対象として名前をあげてきた人たち、例えば銀杏BOYZの峯田和伸や、道重さゆみ、小室哲哉、つんく♂といった人たちと邂逅し、共演を果たし、ともに作品を作ったりするような関係になった。2013年11月に「ミッドナイト清純異性交遊」を最初に音源化してから、たった3年ちょっとで道重本人に楽曲提供するまでになってしまった。しかしきっと当時から、多くのファンの人たちはこうなる未来をなんとなく予測できていたのではないだろうか。
大森靖子は2014年の8月に結婚した。彼女は結婚して以降、「幸せ」になることを恐れなくなった気がする。もともと「どうせ27歳ぐらいで死ぬ」と思い、結婚することも考えていなかったそうなので、世間一般的な幸せの価値観には最初から自分を当てはめていなかったのだと思う。でも結婚をすることで「幸せ」になることを躊躇しなくなったとでもいうのだろうか。「日経DUAL」に本人が寄稿した文章に「私は好きな音楽をずっとやってきて、十分幸せだった」と書いていたけれど、音楽以外の部分もふくめて幸せになることを自分に許容したというか。そもそももうこの時点で、どんなに自分の状況が変わっても霞まない個性と自分の音楽に対する絶対的な自信を彼女は手にしていたから、そうなれたのかもしれない。実際、大森靖子は結婚、出産をしていから目に見えて笑顔が増えた気がするし、なによりもそういう「幸せな自分」を積極的に外側に発信するようになった。幸せを発信しているというよりは、それがありのままの彼女であるというだけなのかもしれないけれど。でも、これは以前なら考えられなかったことだと思う。
自分のことは歌わないと公言していた大森靖子が、2015年7月に発売した「マジックミラー」で自分の意志を明確に示した。その以降に出したシングルでも、メッセージ性が強くなっていく傾向にあるように思う。その結晶とも言える今回のアルバムで、彼女自身のなかにある「愛」「夢」「幸せ」といったワードが多く歌詞にふくまれているのは、もはや必然であるような気もする。それでいて、当たり前だが、「愛してる」とか、「夢を見よう」とか、「幸せになろう」とか、そんな使い古された表現は一切使っていない。ありふれた言葉を使おうとも、彼女らしさはまったく薄れずに、どの曲もほかのどこにもない、大森靖子にしかできない表現となっている。誰もが知っている言葉で、誰もがわかるように、誰も思いつかなかった表現をすること。多くの人の共感を得る普遍的な表現とは、まさにこういうことだと思っている。
大森靖子は、このアルバムを通して神様になれたのだろうか。このアルバムを聴いていると、彼女自身が神であるのと同時に、これを聴いているすべてのリスナーこそ神様のように尊いものなのだと歌っている気がしてならない。「ドグマ・マグマ」には「誰でもなれますGOD」という歌詞もある。このアルバムのリリース・イベントで大森靖子は「私が私のままで、みんながみんなのままでいることで、素晴らしいことができる」というような発言をしていた。昨年行ったツアーでは、各地で「あなたたちのひとりひとりの人生が最高です!」と叫んでいた。彼女にとっては、身近にいる旦那さんや大切なスタッフ、仲間たちはもちろんのこと、多くのファンも神様なのだと思う。だからこそ、音楽をとおしてその人たちを尊重し、それを受け取ったひとりひとりがその自覚を持てるようにすることこそが「音楽の魔法」なのかもしれない。
もはやファンという区切りすらないように感じる。大森靖子はメジャー1stアルバム『絶対少女』ですべての女の子を肯定しようとした。その一方で、2ndアルバム『TOKYO BLACK HOLE』には、意図的ではないのかもしれないけれど、一般的には男性の一人称である「ぼく」という言葉が多くの曲で使われていた。だから3枚目となる今回のアルバムでは、性別をふくむあらゆるカテゴリを取っ払ったすべての存在を肯定しようとしているのではないだろうか。
さらに今作では、大森靖子以外の人が作曲した楽曲がこれまででもっとも多く収録されている。コラボレーションしている相手は、当然のことながら彼女自身が多大なる尊敬の意を表しているアーティストばかり。小室哲哉、の子(神聖かまってちゃん)、DAOKOらはもちろんのこと、「アナログシンコペーション」の作曲者に名を連ねているバンド・メンバーもそうなのだろう。だからこのアルバムは、大森靖子が尊敬する神様たちと一緒に、神様のことを歌った、神様のために作りあげた作品でもあるのだと思う。
アルバムの最後を飾る「アナログシンコペーション」は、バンド・メンバーたちとのセッションから生まれた楽曲だという。「あのステージへ続く光のみち眩しくて足元よくみえない つまずいたあの日の石を拳に握りしめて強く歩いてきた」からはじまるこの曲には、「マジックミラー」にも通じる強い決意表明を感じる。もはや補足が不要なほど、いまの彼女が表現したいこと、音楽を作る意味、そしてこれからの未来、すべてが詰まっているように思う。「あなたとの違いを許せずに 向き合うことに疲れたなら 同じあの光のなかで同じ夢と向き合って それぞれ音を鳴らそう」「個性を重ねてよ アナログシンコペーション」と歌い、最後は「キラキラ」とつづられている。どうかこの曲が、ひとりでも多くの人に届いてほしいと願う。そしてこの曲を受け取った人の心にほんの少しでもなにかが残ったのなら、その人自身がきっと「音楽の魔法」を証明することになるのだと思う。
最後に、このレビューは、ただ勝手に溢れてしまった愛情でしかないので、多くの私見が含まれています。ご了承いただければ幸いです。(text by 前田将博)
大森靖子の過去作品もチェック!
LIVE SCHEDULE
大森靖子 2017 LIVE TOUR 「kitixxxgaia」
2017年6月2日(金)@仙台Rensa
2017年6月23日(金)@福岡BEAT STATION
2017年7月7日(金)@札幌PENNYLANE24
2017年7月13日(木)@大阪BIG CAT
2017年7月14日(金)名古屋CLUB QUATTRO
TOUR FINAL!
2017年7月20日(木)@東京ZEPP Diver City
時間 : 開場 18:00 開演 19:00
料金 : 前売 5,500円(税込)※スタンディング。ドリンク代別
PROFILE
大森靖子
新少女世代言葉の魔術師。超歌手。弾切れも気にせず畳み掛けるように言葉を撃ちまくるジェットコースターみたいな弾き語りや、ときにギターすら持たないアカペラによる夜のパレードのような空間制圧型ライヴの評判が広がりメジャー・デビュー直後2014年11月26日、道重さゆみさんモーニング娘。卒業、2017年道重再生するやいなや大森靖子自身体調も気分もお人柄もよく大絶賛音楽活動中。
音楽の中ならどこへだって行ける通行切符を唯一持つ、無双モードのただのハロヲタ。あとブログ。