幾多の“ポップスの形”を自在に表現するシンガー・ソングライター
——金子麻友美の全国デビュー作を、限定ライヴ音源とともに配信!
2011年の自主制作盤『金子麻友美』発売から、自身の創作活動とともに、映画の劇伴からアイドル・ソングまで幅広いシーンに楽曲提供をしてきた金子麻友美。彼女が今回、初の全国デビュー作『はじまるマジカル』をリリース。ロック、合唱曲、はたまたアフロ・ビートなどなど、多くのアレンジを駆使して奏でられたポップ・ソングは、まさに彼女にしか到底作れないサウンドに満ちている。OTOTOYでは本作を、11曲にもおよぶ限定ライヴ音源とともに配信! ぜひ、ミュージシャンとしての懐の深さを、本作、そしてインタヴューとともに感じていただきたい。
OTOTOY限定のライヴ音源付き
金子麻友美 / はじまるマジカル
【Track List】
01. ゆるふわポップさん / 02. 魔法 / 03. 二人の夏休み / 04. 優しい人 / 05. マジカル木の実 / 06. 作り続ける / 07. 無防備天使 / 08. わがまま / 09. はたして、サンドウィッチは / 10. 雪の下 / 11. 容れ物 / 12. 夜の足音 / 13. 私たちは話していた
〜独占ライヴ音源(2015.8.8@新宿百人町カフェアリエ)〜
14. 雪の下(Live ver.) / 15. 優しい人(Live ver.) / 16. 無防備天使(Live ver.) / 17. 魔法(Live ver.) / 18. ゆるふわポップさん(Live ver.) / 19. 夜の足音(Live ver.) / 20. 二人の夏休み(Live ver.) / 21. 容れ物(Live ver.) / 22. かけがえのない君(Live ver.) / 23. 私たちは話していた(Live ver.) / 24. わがまま(Live ver.)
【配信形態】
WAV / ALAC / FLAC(16bit/44.1kHz) / AAC / MP3
>>ファイル形式について
【価格】
単曲 154円(税込) / アルバム 2,002円(税込)
INTERVIEW : 金子麻友美
最初に金子麻友美を知ったのは、インディーズのシンガー・ソングライターとしてだった。だからその少しあとに、まったく違うシーンで活躍する個人的に大好きなメジャー・アーティストの新譜に作家として参加していることを知り、とても驚いた。そこから気になって調べてみたら、さまざまなアイドルや映画への楽曲提供や、あの岩下の新生姜のCMソングをアレンジして競うコンテストでグランプリを受賞するなど、数々の輝かしい経歴が… ! ちなみに岩下の新生姜の社長は金子の受賞曲について、「世界中に自慢したい」と絶賛している。
金子自身の歌が収録されたアルバム『はじまるマジカル』も、当然のごとく良質なポップ・ソング揃い。アルバム収録曲はもちろん、他人に提供したものも含めて、彼女の曲はどれも流行とは少し離れた場所に存在していて、派手さはなくとも深く心に響くようなものばかり。時代や世代を超えて愛される音楽とは、きっとこういう曲のことをいうのだろう。そんな金子の夢は、自分自身が大きなステージに立つことではなく、紅白で自分が作った曲が歌われることだという。彼女が考えるスタンダードとは。これまでの活動をなぞりつつ、たっぷりと語ってもらった。
インタヴュー&文 : 前田将博
お金がない感じの音楽がしっくりきたんです
——金子さんが音楽をはじめたのは、いつ頃なんですか。
3歳くらいからピアノ教室に通いはじめて、辞めた期間もありつつ高2くらいまでやっていましたね。あと中2の誕生日に、中二病でアコギを買ってもらいました(笑)。中古で1万円くらいのやつですけど。でもうまく弾けなくてしばらくしまってあって、高1で軽音楽部に入ったので引っ張り出してきました。
——なにを弾きたくて、買ってもらったんですか?
「神田川」(かぐや姫)ですね。お金のない感じのフォークが小6くらいから好きだったので。あと、ピンクレディーも好きで、小学校の友達と一緒に踊っていました。
——金子さんの世代だと、まわりに似たような趣味の人はいなかったんじゃないですか?
いないですね。SPEEDとかを踊っていたのに「UFO」を踊らされて困惑するみたいな(笑)。夏休みに母の実家に帰省したら、引き出しからピンクレディーとかが載っている雑誌がでてきて、レコードとかもあったので、私はこっちの方がいいなって思ったんです。
——フォークやピンクレディーのどこに惹かれたんでしょう。
当時は90年代で結構イケイケな音楽が流行っていたんですけど、そういうものはちょっと違うなと思っていたので、対極にあるお金がない感じの音楽がしっくりきたんです。
——家が四畳半だったわけではない?
いや、そんなことはないです(笑)。中2でギター買ってもらえるくらいには、お金もあったと思いますし。なんか、気持ちがしんみりしていたんですよね。当時は南こうせつさん派で、中2~中3くらいで伊勢正三さんや、伊勢さんがいた風とかも聴いていたし。イルカさんとかも掘っていましたね。高校の頃は尾崎豊も聴いていて、高校の卒論で尾崎について書きました。歌詞カードをみて一人称を数えたりとか、このアルバムから「欲望」という言葉が多いとか、そういう卒論でしたね(笑)。
——2000年代の女子高生の卒論のテーマとは思えないですね(笑)。
やばいですね(笑)。ひとりだけ、すごい分厚かったですから。でも壊したりすることは好きじゃなかったので、「ダンスホール」みたいな静かな曲の方が好きでした。
——高校で軽音楽部に入ってからは、どんな曲を弾いていたんですか?
ゆずや狩人ですね。THE ALFEEとイエモンとエックスと米米クラブとチャゲアスが好きな相方がいたんです。その子は「タカミー」ってメアドに入っているくらいアルフィーが好きだったんですけど、メタル・バンドを組むからって言って部活を辞めるまでは、ふたりでやっていました。
——当時から、すでにオリジナル曲を作っていたんですよね。
手が小さくて普通の曲があまり弾けなくて、つまんなかったんです。弾けるコードを開発して、高1くらいから曲を作っていました。でも、暗すぎて(笑)。当時、高校生向けのコンテストとか軽音楽部の大会とかがあって、審査シートみたいな紙を返してくれるんですけど、自分では一番明るいと思った曲でも「もっと明るい曲が作れるといいですね」って書かれたりしていました。
——その頃に作ったもので、音源になっている曲はありますか?
1stアルバムの最後に海で録音した「ウスムラサキ」って曲が入っているんですけど、それは高2くらいに作った曲です。でも、いまはライヴでやっていないですね。
——高校の頃に出ていたコンテストは、どのようなものだったんでしょう。
部活で先輩とかが出していたので、じゃあ出そうみたいな感じでした。
——でも、結構いい成績だったんですよね。
だいたい2番とかでしたね。絶対に1番にはなれないっていう(笑)。軽音楽部のは、南関東大会っていうのが最大でしたし。あとは、東京大会で2番とか。
「私はこういう曲を作れますよ」っていうアルバムが作りたかった
——大学に入ってからはどんな活動を?
大学はバンドのコピー・サークルに入っていたんですよ。60~70年代しかほぼやらないという。そのサークルではオリジナルをやることは非常に恥とされていたので、秘密にしていました(笑)。なので自分のライヴは年に2回くらいで、コンテストもあまり出なくなりましたね。
——では、そのあとは普通に就職したんですか?
そうなんですよ。実は、ちょっと前まで音楽関係の会社で働いていたので、そういうことを目指していたんです。
——金子さんはいろんな人に曲提供もされていますが、自分で歌うというより最初から作家としての意識の方が強かったんでしょうか。
どういう形であれ裏方でありたいっていうのはあったんですけど、もともとは音楽制作のディレクターさんになりたかったんです。でもあるとき、有名なディレクターさんの仕事を実際に見せていただいたんですけど、その人よりもその隣にいた作詞・作曲の人の方が、自分のやりたいことなんじゃないかって思ってしまったんですよ。
——それはなぜでしょう。
曲は一度作ったら、そのあともいろんな場所でその曲が使われていく機会があると思うんですよ。その曲を何年後かに誰かほかの人が歌う可能性もある。でも、ディレクターさんはそのCD1枚を作ることが仕事なので、その何十年後かにはその人が作った原盤とは違うものが使われる可能性が高いじゃないですか。曲を作ることのほうが私の中でしっくりきたんです。
——確かに、その音源がいつまで残るかはわからないですが、曲自体は知っている人がいる限りずっと残るし、どんどん広まっていきますからね。でも、そもそもなぜ最初から裏方を志していたんですか?
自分があまり好きじゃないからだと思います。歌っているのも、誰も歌ってくれないから自分で歌ったって感じなので(笑)。
——1stアルバムを出したときは、自分で歌うのは辞めようと思って作ったそうですね。
大学4年のときに、もう裏方になるから自分で歌うのは辞めようって。それで1月くらいに渋谷eggmanで知り合いの人がやっているイベントに出て、しばらく活動を辞めていました。でも実際に就職したら土日が暇だったので、全然活動できるなって(笑)。だから結局ちょくちょくやっていましたけど。
——では、ほかのアーティストに曲提供をするようになったのはその頃なんですか?
2012年5月のNゼロさんの「純情サテライト」がはじめてですね。代々木公園でPV撮影みたいなことをしているアイドルがいて、カメラマンに聞いてみたら「Nゼロっていうグループだよ」って教えてくれて。それでググったら楽曲募集をしていたので、送ってみたら採用されちゃったっていう。スルースキルズさんも、募集していたのを見て応募しました。あれは去年ですけど。
——地道に応募して採用されているものが多かったんですね。そういえば、OTOTOYでやっていたBELLRING少女ハートのゴースト・ライター募集にも応募されていましたよね。
そうなんです。ベルハーが好きすぎて(笑)。そのあとに対バンもさせてもらったので、うれしかったですね。
——いまや声優の内田彩さんに曲提供したり、遊佐春菜さんや姫乃たまさんのアルバムの制作に密に関わったりと、作家としてかなり大きな仕事もしていますよね。そんななかで1stアルバム以来、約4年ぶりに金子さんが歌っているアルバムがリリースされました。
これも、自分で歌うことに重きは置いていないんです。自分の曲が入ったアルバムが作りたかったんですけど、シンガー・ソングライターとして作ったアルバムが作りたかったわけではない。「私はこういう曲を作れますよ」っていうアルバムが作りたかった感じですね。
——では自分の曲を歌ってくれる理想的な歌声の人がいたら、その人に歌わせてもよかった?
もちろんですね。
——金子さんは声を張って歌うのではなくて、ちょっと力を抜いた優しい歌い方をしていて、聴いていてとても心地良いと思うんです。自分の歌でアルバムを2枚作ってみても、やはり自分の歌をメインにしようとは思わないですか。
そういえば、あまりそういう変化はなかったですね(笑)。でも、自分の声だったらどういう曲が合うかなっていうのは考えましたね。誰かに曲提供をするときも、こういうメンバーさんがいるから、その人に合った曲を作ろうって考えるので、それと同じような感じで作りました。
——歌手の金子麻友美に、作家としての金子麻友美が曲提供している感じですね。
そうです(笑)。だから自分でもあまり違和感がなかったのかも。「ゆるふわポップさん」とか「はたして、サンドウィッチは」とかは、あまりうまく歌おうと思っていなくて、ほぼ一発録りなんです。それも「こういうのもやるんだよ」っていう作品を作りたいっていう、作家サイドの私の意見ですね(笑)。
人間性として好きなんです、偶像ではなくて、生きているって感じで
——アルバムにはいろんなタイプの曲が入っていますが、そうやって客観的に作ったものが多いんですか?
ライヴでやっている曲も入れたかったので、半分くらいはシンガー・ソングライターぽい曲になっています。残りの半分は、いろんなことを考えて作っていますね。アイドルさんに歌ってもらいたいと思って作った曲もあるし。
——それは、どの曲ですか?
「二人の夏休み」ですね。角森隆浩さんにも小悪魔っぽい詞を書いてもらいました。ベルハーのじゅりちゃんとみずほちゃんがモデルだって言っていましたね(笑)。
——「二人の夏休み」もそうですが、全体的に昭和っぽいというか、どこか懐かしい雰囲気があるのは、やはり金子さんが聴いてきた音楽の影響なんでしょうか。
自分が好きなようにしたら、自然とそうなっちゃった感じだと思います。7曲目の「無防備天使」の仮タイトルがずっと「太田裕美」だったんですけど、これは意識的に昭和に寄せました。ひとりで太田裕美さんと松本隆さんと筒美京平さんをやるっていう夢を叶えた結果です(笑)。
——昭和のアイドルというか、歌謡曲っぽさが出ていますよね。ライヴでオケをカセット・テープで流して歌っていたのも、おもしろかったです。ちなみに、一番自分自身が出ているなと思う曲はどの曲でしょう。
「容れ物」ですかね。家のカセットで録ったっていうのもあって、歌詞とかも素に近いです。これはまさにシンガー・ソングライターっぽく作っているというか、本当は誰も聴いてくれなくてもいいと思って、自分のために歌っている感じです。
——誰かに向けて作ったものではないんですね。実はアルバムのなかで「容れ物」と「魔法」が特に好きなんですけど、歌詞がほかに比べて内向きというか、とても個人的な感情を歌っている気がして共感できるなって思ったんです。
確かに「魔法」もそうかもしれないですね。こっちはバンド編成で演奏しているので、ある程度外向きではあるんですけど。以前ライヴで歌った「魔法」を復習のために電車で聴いていたんですけど、意識がそっちに行かずに、純粋に「この歌いい曲だなって」思ったんですよね。例えば尾崎が好きな人は、尾崎が自分のことを歌ってくれている感覚になることがあると思うんですけど、そういう感覚を自分の歌に感じたんです。「この人は自分のことをわかってくれている」って自分の曲を聴いていて思って(笑)。だから「魔法」は自浄効果がある曲ですね。
——あくまでも作家としての意識が強いとのことですが、最近はソロ・ライヴも多くやっていますよね。今後どんな活動を思い描いているのでしょうか。
大きな夢が3つあるんです。松本隆さんと仕事をするっていうのと、子供向け番組の音楽を作るっていうのと、紅白やMステで自分が作った曲が歌われるっていうのがあって。そのために関わりがありそうなことを、いまやっている感じですね。最終ではないけど、いまの目標みたいな感じです。
——自分が歌うということも、そのための活動のひとつであると。
そうですね。自分で歌っている人の歌が好きというのもあるんですけど。どこで息継ぎするとかフィジカルな意味もありますが、曲を作るときに歌っているっていうのは重要な気がします。楽器だけで作るのとは違うと思っているので。ライヴもお金を払っていただいている以上は、おもしろいものにしたい。それは曲を作ることとは少し違うかもしれないですけど、そもそも曲が良くないとライヴもつまらないと思うので、意表をつく曲とかもどんどん書いていきたいと思いますね。
——ちなみに、誰か曲提供したい人はいますか?
でんぱ組.incです! アイドルの中で揺るがなく一番好きなんですよね。そのきっかけになったのが「W.W.D」ってシングルが出たあとのツアーのZepp Tokyoのライヴで。あの曲はヒャダインさんが作詞されているんですけど、ほぼメンバーの実体験みたいな曲なんです。そのライヴで歌う前にメンバーさんが自分の言葉でひとりひとり思いを語ったんですけど、最上もがさんが「最初は全然ほかのメンバーを信用していなかった」って言っていて。私もあまり人を信用できないところがあって… だからひとりでやっているんだと思うんですけど(笑)。でも、それってあまり人には言っちゃいけないことだと思っていたんです。それを、もがさんはあんなに人がいる前で、曲を歌う前に話していたことにすごい衝撃を受けて。
——あのライヴは僕も観ていましたけど、メンバーも客席もみんな泣いていて、異様な雰囲気でしたよね。そのあとに「W.W.D」をやって、すべての思いを飲み込んで吐き出すようなパフォーマンスで、客席もみんな全力でサイリウムを振っていて、もう感動しすぎて自分でも大丈夫かってくらい泣いてしまいました。
アイドルって偶像として応援しているわけじゃないですか。夢とか憧れとか、かわいさの結晶として観ている人が多いと思うんです。そう考えると、これはもうアイドルじゃない、これはリアルなドキュメンタリーだと思って。だから、勝手な心の友達みたいな感じで観ています(笑)。大きなところでライヴがあるから行かなきゃなって感じで。もう自分の中で、尾崎とかと同じなんですよ。
——超わかります(笑)。僕も最高にかっこいいロック・バンドだと思って観ていました。
そういう感じですよね。人間性として好きなんです。偶像ではなくて、生きているって感じで。
——「W.W.D」みたいな曲が書きたいと思いますか?
いや、私が書きたいのは「ORANGE RIUM」みたいな曲ですね。ライヴであの曲がはじまるとき、みんな一斉にサイリウムの色を変えて、持ってない人にはあげたりして。バラードっぽい部分もあるし、みんなが待っていてくれて「よし、きた」みたいな雰囲気になるのが、すごくいいなって思うんです。そういう感動するような曲を書きたいですね。
——あれ、ライヴの一番いいところでやりますからね。でんぱ組.incとファンみんなの思いが込められたような曲で。
そうなんですよ! 「W.W.D」はでんぱ組.incの歌だと思うんです。でも「ORANGE RIUM」はそれを超えた、もっと後世に残るような曲だと思うんですよね。
——スタンダードになりたいってことですかね。紅白で歌われるような曲を書きたいっていうのも含めて。
そうですね。そういう曲を書きたいですね。
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金子麻友美 / 金子麻友美
バンド演奏はほぼ一発録りという、生々しい魅力に溢れた初アルバム。ロカルノ映画祭出品等、世界的評価を受ける空族映画『サウダーヂ』の劇伴としても使われている。
ロック・バンド、壊れかけのテープレコーダーズのボーカルとオルガンをつとめる遊佐春菜の初ソロ・アルバム。住所不定無職の頭脳、ザゾンビーズ子プロデュース作。藤井邦博(魚座)、三輪二郎、ニイマリコ(HOMMヨ)が詞を提供、金子麻友美が楽曲を提供している。厚いサウンドと凛とした歌が何よりの魅力的である。
ライヴでも圧倒的なアンセム・ナンバー「でんぱれーどJAPAN」や、かせきさいだぁプロデュース「冬へと走りだすお!」、そして金子自身がフェイヴァリットにあげる「W.W.D」を含む、でんぱ組の軌跡を凝縮したまさにべスト・オブ・でんぱ組.incと言える内容の作品。
LIVE INFORMATION
2015年10月3日(土) @横浜試聴室
2015年10月8日(木) @南青山ルナ
2015年10月10日(土)@ヴィレッジヴァンガード自由が丘店
2015年10月18日(日)@渋谷CROSSROADS
2015年10月21日(水)@高円寺ウーハ
2015年11月7日(土) @高円寺ウーハ
PROFILE
金子麻友美
1988年 神奈川県厚木市生まれ。
2005年、17歳でアコースティック・ギターソロ弾き語りを始める。
大学時代には、60~70年代ロック・フォークのコピーに夢中になりすぎたため、個人の音楽活動はほぼ休止していたが、2011年12月にアルバム『金子麻友美』を発表し、活動再開。
2012年12月、初の地方公演となる広島ヲルガン座でのライヴを行う。
2013年10月、尊敬する早川義夫さんとのツーマン・ライヴを行う。
2014年5月、「岩下の新生姜 Sing&Playコンテスト」グランプリ受賞。
2015年8月、初の全国流通アルバム『はじまるマジカル』発売。
現在では作曲・作詞・アレンジ・DAW等に力を入れつつ活動中。映画の劇伴からアイドル・ソングまで手がける。また、鍵盤奏者としても多くのレコーディングに参加。