2013/07/31 00:00

2013年4月、突如として音楽シーンに現れた天狗集団、this is not a businessの素顔に迫る!! 5週連続特集の第2回目はツイン・ギターのひとり、木須利茶(キスリチャ)にインタビューを行った。

前回の陣下須と同様、学生時代に一気に大舞台までのぼりつめ、まさに「天狗になっていた」という木須。その天狗の鼻を折られても音楽をやめられなかった彼に、いまthis is not a businessに懸ける思いを訊く。

インタビュー : 前田将博
写真 : 外林健太

>>第1回 陣下須(ジンシモズ)(Ba)<<

本当に流れでここまできちゃって、まわりがバンドをやってるから自分もやろうとか

――木須利茶さんが音楽をはじめたのはいつごろですか?

木須利茶(Gu) (以下、木須) : 1番最初にはじめたのは、小6のときですね。兄貴の影響でアコースティック・ギターの教室にかよっていました。兄貴がやってるのを見てたら、僕もやりたいなって。

――お兄さんも音楽をやっていたんですね。

木須利茶 : 兄貴は2個上なんですけど、そのくらいの歳になるとギターに興味を持つ人が多いじゃないですか。ちょうどGLAYとかが流行っていて、GLAY弾きたくてギターを買ったんです。中学校に入ったら結構そういう楽器仲間が多くいたので、バンドを組みました。

――それはどんなバンドでしたか?

木須 : TRICERATOPSとかがすごい好きだったので、そのコピーですね。当時はハイスタ(Hi-STANDARD)がはやってたんですけど、僕はTRICERATOPSとかBRAHMANとかをすごく聴いていたんです。

――そのバンドでは、オリジナルはやらなかった?

木須 : 高校のころは、ほぼRage Against the Machineみたいなオリジナルをやっていましたね(笑)。

木須利茶(Gu)

――高校に入ってからも、そのバンドは続いていたんですね。

木須 : 高校時代は地元のライヴ・ハウスが頻繁に呼んでくれて仲良くさせてもらっていたので、学校さぼって月に2、3本はライヴをやっていましたね。地元が埼玉なんですけど、北浦和KYARAとか、いまはもうない大宮Heartsでやらせてもらってました。

――かなり頻繁にライヴ活動をしていたんですね。

木須 : CDも出したんですけど、まわりの仲のいいバンドが集まってみんなで出した自主音源1枚だけですね。流通させるというよりは、手売り用に作った感じです。

――長くやっているとなると、それなりにお客さんもいたんじゃないですか?

木須 : いや、全然です。このバンドは高校卒業後に入った専門学校の1年くらいまで続いたんですけど、結局人気がなくて辞めちゃったんですよ。英語でラップするミクスチャー・ロックみたいなことをやってたんですけど、うまくいかなかったですね。

――専門学校に入ったということは、音楽で生きていこうという思いがあったのでしょうか。

木須 : そうですね… とりあえずなにも考えてなかったですね(笑)。高校もほとんど行ってないしどうしようかと思っていたので、とりあえず音楽の専門学校にみんなで行ったんですけど、結局1年で辞めちゃいました。本当に流れでここまできちゃって、まわりがバンドをやってるから自分もやろうとか、みんなが就職しないから俺も就職しない、みたいに。でも、ギターは好きだし音楽をやりたいなっていう思いもありました。それで、学校を辞めてから1年くらいプラプラしてて、ライヴ・ハウスに遊びにいったりしてたんですけど、そのころに北浦和KYARAでたまたま対バンしたバンドに誘われて入ることになりました。

こんな状況になってやっと気づきましたね。あ、俺は天狗だったんだなって。

――そのバンドには、どうして入ろうと思ったんですか?

木須 : そのバンドのメンバーは4個上で先輩なんですけど、地元のガストに呼ばれたのでなんだろうと思って行ったら、「おまえなんでもいいから一番高いやつ頼めよ」って言われて。向こうは先輩だったから気をつかって目玉焼きハンバーグを頼んだら、「いや、遠慮しないでいいから」って言われて、結局一番高いステーキを頼んだんです。仕方ないから食べたんですけど、そのあとに「おまえギターやれよ」って言われました。当時そのバンドのメンバーは3人で、ギターが1本だったんですけど、活動していくなかでギターがもう1本欲しいと思ったみたいで。僕はステーキも食っちゃったので断るにも断れなくて、2つ返事でOKしちゃいました(笑)。

――そのバンドでは、どんな活動をしていたのでしょうか。

木須 : すごい波に乗れた感じはありましたね。僕らの先輩にあたる有名バンドさんとたまたま知り合いだったんですけど、同じ事務所でCDを出させてもらって。1stアルバムを出したのが19のときだったんですけど、僕が入って初ライヴがいきなりSHIBUYA-AXだったんです。まだ入りたての何ヶ月かしか経っていないのに。

――陣下須さんはいきなりZepp Tokyoでやったとおっしゃっていましたが、今度はSHIBUYA-AXなんですね!

木須 : でも、そのライヴはわけわかんなくなっちゃって、棒立ちで全然客席も見られなくて散々でした(笑)。

――でも、いきなりAXでライヴをやったとなると、いよいよ音楽で食っていけるんじゃないかって思ったんじゃないですか?

木須 : トントン拍子に話が進んでいきましたからね。CDも1stが1番売れて、1万枚ちょっと売れたんです。僕はまだ10代だったので、本当に天狗になっちゃって、これで食っていけるなって思いました。当時からバイトもやってたんですけど、天狗になっていたので遅刻とかもしまくってまわりにいっぱい迷惑をかけて… 。僕はずっとコール・センターを渡り歩いているんですけど、あまりにも勤怠が酷すぎてクビになったところもありました。そのくらい舐めてましたね。

――その後、バンドはどうなっていったんでしょうか。

木須 : 2ndも1stと同じくらい売れたんですけど、3枚目くらいから6~7000枚くらいになって、そこからは右肩下がりな感じで売り上げが減っていく一方でした。で、こんな状況になってやっと気づきましたね。あ、俺は天狗だったんだなって。

――状況が悪くなってはいるものの、そのバンドはいまでも続けているんですね。

木須 : 途中で1回辞めたんですけどね(笑)。気持ちの浮き沈みというか、モチベーションの浮き沈みが激しくて、どうしようもなくなっちゃって売り上げも下がっていって、音楽でやっていくのはもう無理だなと思いました。これじゃあ、いつまでたっても食えないだろうと。

――バンドに対する情熱も薄れてしまったと。

木須 : そのときはプライドがどんどん削られてボロクソになって。結局それも自分次第なんだっていまなら言えるんですけど、そのころは自暴自棄になって本当に酷かったです。それで、「俺は才能もないしギターもうまくないし、音楽をやっていく自信がない」って言ってバンドを辞めて、レンタカー屋に就職しました。

――バンドを辞めていた時期は、完全に音楽も辞めてしまっていたんですか?

木須 : いや、なんだかんだで友だちとスタジオに入ったりとかしてたんですよ。やっぱりやりたいなって思ったし、それならやればいいのかなって思って。

――なんだかんだで、辞めたあとも弾いていたと。

木須 : それで、辞めたバンドのメンバーに「結局おまえしかいないから、またやればいいじゃん。お前もやりたいんでしょ? 」って言われて、またもとに戻りました。僕もそのときは、やっぱり音楽をやりたいなって思っていたので。

――バンドを離れてたことで、もう一度音楽をやりたいって思えたんですね。

木須 : バンドを辞めて半年正社員で仕事をしてみて、やっぱり違うなって思ったんですよね。仕事も結構厳しくて、打ちのめされて辞めちゃったんです。結局半年でもとのバンドに戻って、仕事ももとのバイトに戻って、全部半年でもとに戻ったっていう(笑)。

いまの僕らなら、行けると思います

――それで、いまに至るというわけですね。this is not a business結成の話が出たのは、いつくらいなんでしょうか。みなさん、飲み友だちだったということですが。

木須 : もうひとつのバンドを辞める前くらいから、加藤小判から「こういうバンドをやりたいんだよね」って話を訊かされていたんです。だから、バンドを辞めるってなったときにも小判に報告をしたんですけど、「続けた方がいいよ」って言ってくれて。僕はそれも振り切って辞めちゃったのに、結局また戻ったっていう経緯があるので、僕はもうthis is not a businessには呼ばれないのかなって思っていたんです。

――では、最初はあまり参加するつもりではなかった。

木須 : そもそも、1回辞めて戻ってきた人間を呼んでくれるとは思わなかったんです。でも、バンドに戻ってからも普通に小判とは飲みに行ったりしてたんですけど、彼はその度に「一緒にやろうよ」って誘ってくれて。結局、「じゃあお願いします」って、やることになりました。

――this is not a businessは、「いままでバンドで芽が出なかったけど諦められない」とか、「とにかく自分たちの音楽を広めたい」という思いから結成されたとうかがいました。

木須 : まさにそうですね。やっぱり、有名になりたかったんです。

――いままでのバンドで、それが実現できなかった理由はなんだと思いますか?

木須 : 単純に、なにも考えてなかったんですよね。ただギターを弾いてバンドをやっていればいいやって思って、売れることに対して自分から頭を使って考えていなかった。そのまま流されるままにツアーをやって、CDを出してって感じだったんです。

――どうすれば自分たちの音楽を広められるかを、あまり考えていなかった。

木須 : そうですね。自分が納得できるようなかっこいいギターを弾いて、かっこいい曲を作れたらなっていう、そこだけを考えていました。

――このバンドは、結成当時にライヴや音源を発表する前にYouTubeでMVをアップして、それが再生回数25万回を超える大きな反響を得ています。そういう戦略的な部分にも力を入れていますよね。

木須 : 間違いないだろうと思いますね。おもしろいことをやる。それこそ、今度のアルバムの1曲目を「MAN」、2曲目を「WITH A MISSION」にするところとか(笑)。注目してもらえないと楽曲を聴いてもらえないので。

――天狗を被って演奏することに抵抗はありませんでしたか?

木須 : それも含めておもしろいと思いました。全然抵抗はなかったですね。

――いよいよ1stアルバム『10 goods』が完成しましたが、今回のアルバムには木須さんがメインで作った曲も収録されているんですよね。

木須 : 8曲目の「burn」は、僕が高校時代にやってたミクスチャー・バンドの曲をベースにして、また新たに作り直した曲ですね。

――へヴィーなギター・リフが印象的な曲です。

木須 : ギターに関しては、本当に1曲1曲、自分の納得できるように弾けました。あとは、いろんなおもしろい曲や独特な曲があって良い意味で統一性がないので、すごくおもしろいアルバムだと思います。

――もうひとりのギターの否戸田雲仙さんとは、それぞれどういう役割で弾いているのでしょうか。

木須 : 否戸田は、バンドではバンマス的な位置にいるので、まわりをよく見ていますよね。あとは、ステージングとかも含めて、魅せ方がすごくうまくて、派手なギター・リストだと思います。だから、否戸田が外に対して動いているとしたら、僕はバンドのなかでのちょっとした動きとかバランスを考えてステージを作りたいなと思っていますね。逆に、ギターでは奇抜な音を出したりとか、僕も精一杯主張していきたいと思っています。

――これまでに2回ライヴをやっていますが、どのような感触がありましたか?

木須 : 1本目は少し力を出し切れなかった気持ちがあったんですけど、2本目はすごい楽しくて、これはいけるなって思いましたね。お客さん反応も良かったです。

――では、結構手応えがあった。

木須 : そうですね。でも、まだ改善できる部分はいっぱいあるので、そこはバンド・メンバーと話して変えていきたいです。ドラムが生じゃないぶんパンチが足りないと思う部分もあるので、音のバランスなんかも考えながら話し合っています。

――木須さんが、このバンドで実現させたいことを教えてください。

木須 : ベースの陣下須も言ってたけど、やっぱりデカいところでライヴがしたいですね。まずはZepp Tokyoのステージでやりたいです。

――そこまで行ける自信はありますか?

木須 : 行きたいです。いまの僕らなら、行けると思います。

>>次回、序鬼間(Prog)のインタビューは8月7日(水)公開!!<<

PROFILE

this is not a business

加藤小判(Vo) / 否戸田雲仙(Gu) / 木須利茶(Gu) / 陣下須(Ba) / 序鬼間(Prog)

俺たち、
負け犬(天狗)バンド
this is not a businessでgood !!!

>>this is not a business Official HP
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