ロードオブメジャーとしての過去を誇り、さらなる未来を照らす──けんいち9年ぶりのアルバム『いちご』リリース

ロードオブメジャーのメンバーとして一世を風靡し、現在ソロで活動をしているけんいちが9年ぶりにリリースした『いちご』は、彼自身の生活のなかで生まれるさまざまな感情を綴った日記のようなアルバムだ。歌詞において多く用いられているのが、「ありがとう」という言葉。身の回りのあらゆる存在の大切さに気づき、心からの感謝が込められている。この「ありがとう」に至るまでには、9年間でのさまざまな出会いや気づきが関係しており、今回のインタヴューではその過程をたっぷりと訊くことができた。これは、人生の旅路と懸命に向き合い続ける、けんいちという人物の物語である。
いちごの花言葉「尊重や愛情」をテーマに、日記のように綴られた10曲
INTERVIEW : けんいち

けんいち
高校生からバンドを始め、2002年にテレビ番組の企画にてボーカリストとして選出され、「ロードオブメジャー」が誕生。 デビューシングル『大切なもの』はミリオンヒット、2003年リリースのアルバム『ROAD OF MAJOR』はインディーズバンド初のオリコン初登場1位を記録。この記録は現在もまだ破られていない。
その後も数々のヒット曲をリリースするが、2007年7月に惜しまれつつも「ロードオブメジャー」は解散。現在は、けんいち名でソロで活動し、毎週月曜23時のインスタライブ配信、ファンコミュニティ「きたがわ家」での発信、2024年にはアイドルグループ・ふぇありーているず!へ『この素晴らしき』の楽曲提供を行うなど、精力的に活動している。
2024年12月、2年ぶりに出したシングル『ブラックペッパーと栗』を皮切りに、25年1月に『ピサンザプラ!』、2月に『愛してる』を配信リリース。3月に9年ぶりとなるアルバム『いちご』をリリースした。
けんいち公式SNS : note、Instagram、YouTube、X、TikTok
真っすぐな歌声で紡がれる“この空の下 同じ星見上げて 悩む僕らは 夢をにぎったまま 泣き笑い支えあい信じてく”というフレーズを、どこかで耳にしたことがある人は多いのではないだろうか。この「大切なもの」という曲を、ロードオブメジャーのメンバーとして伸び伸び歌い上げていたヴォーカリストこそ、現在はソロで活動しているけんいちだ。
大きな舞台で華々しく脚光を浴びていた彼だが、バンド解散後のキャリアは決して順風満帆とはいえなかった。アルバムを4枚リリースしたものの思うような結果を出せず、一時期は音楽活動から離れていたほどである。しかし、現在エージェントを担うコルクの代表である佐渡島と出会い、彼の人生が動き始めた。バンドとして活動していた頃を「音楽は伝えたいことを届けるための手段だった」と振り返りながら、「今は音楽が楽しくてしょうがない」と言い切るまでになったのだ。3月12日にリリースされた『いちご』は、そんなヘルシーな状態で作られた1枚。果たして、今作に至るまでの9年間で彼に何が起こったのか。フラットな素顔で語られた言葉をお届けしたい。
取材・文 : 坂井彩花
写真 : 大橋祐希
「好きなもの何?」から始まった作曲のリハビリ活動
──『いちご』は約9年ぶりのアルバムですが、この9年間はけんいちさんにとってどのような期間でしたか。
けんいち:勉強することが大事と知った期間でした。それまでは、「こういう音楽ができるようになりたい」とか「こういう人間になりたい」というのはなかったんですよ。
──それは、ロードオブメジャーとして活動している時代もですか。
けんいち:あの頃は何もわかってないなかで、「なんで世の中こうやねん」と沸々と沸き上がるものがあって、それを音楽で訴えたい気持ちでやっていました。音楽もライヴも好きでしたから、音楽で何か表現しようとしていたんやと思います。
──ソロで活動し始めてからも、同じようなマインドでしたか。
けんいち:僕にとって、ヒットすることは「思っていることが理解してもらえた」という解釈でした。だから、ソロ活動を始めたときには、自分のなかの考えがある程度受け入れられたように感じて、満足しちゃったんですよね。承認欲求を満たした感じに近いのかな。今になって思うと、訴えたいことは言えたので、ソロになってどうしたいか? と問われることに苦しんでいたところがあります。

けんいち:一方で、ロードオブメジャーというくくりがなくなったことで「メンバーの好みを考えなくていいんや」と気楽にもなりました。自分の好きなことをただただ音にするのが楽しくて、曲をぶわーと作って、録って、リリースして。ソロになってアルバム3作目までは、1年に1枚ずつアルバムを出していたんじゃないかな。
──ここまでのお話からすると、ソロで楽しく活動しているように思えますが、4枚目のアルバム『BROWN』(2016年)のリリース後には、音楽から離れていますよね。
けんいち:自分のやりたいことを表現した作品が、あまり売れなかったんですよ。それが、しんどくなっちゃって。好きなことをやってるのに最終的に辞めようと思ったのは、才能の無駄遣いをしてはいけないと思ったから。
ずっと同じサポート・メンバーと制作しているなかで、「こんなに才能ある人たちの力を借りているのに、人に聴いてもらえない音楽を生み出している俺ってなんなん」と自責にかられて。『BROWN』を出したときには、「よくやったわ。もういいやろ」と晴れ晴れした気持ちもありました。
──音楽から離れていた1年半は、どのような期間でしたか。
けんいち:幸せやったんですよ。ただ、将来みなさんが年金をもらってゆっくりしだす頃に、僕は働かなあかんやろなと思いながら、ぼーっと過ごしていました。
──そんな状況から、再び音楽をするに至ったのは何があったんですか。
けんいち:今ぼくのエージェントをしてくれているコルクの代表である佐渡島庸平さんを、ひょんなことから紹介してもらったんですよ。そのときに、「嫌になったら辞めていいから、1年だけお試しで一緒にやってみませんか?」と声をかけてもらって。正直なところ、「もう1回やるの? 最近は歌ってへんけどな」と思ったんです。でも、「東京に来るとなれば交通費も出しますし」とぼくには何の損もないことをも言ってくれたので、「それやったら」と始めました。再開した当初は、長く続けるつもりはなかったんですよね。
──曲作りは、どのようにしてリスタートを切ったのでしょうか。
けんいち:佐渡島さんとご飯へ行ったら「好きなもの何?」って訊かれて。「妻と犬とファンのかたっすかね」みたいに話したら「じゃあ、その方々に手紙を書きましょう。それを見せてください」と言われたんですよ。その書いてきた手紙を見せてフィードバックをもらって、曲にしたのが始まりでした。
たぶん「曲を作ろう」という提案だったら、僕もしんどくなっていたでしょう。「好きなもの何?」が起点だったから、曲にできると思えた。そこから、1ヶ月で1曲作るリハビリが始まっていきました。
──佐渡島さんとの出会いによって、けんいちさんの思考が変わっていったんですね。
けんいち:そうです。佐渡島さんと話すことで僕の考えが本当に変わって、音楽が大好きになりました。最近では、家で音楽を作りながら踊ってるんですよ(笑)。ちょっと気持ち悪い感じもしますけど、ひとりで踊ってるくらいじゃないとあかんなとも思ってます。

──何か踊るようになるきっかけがあったんですか。
けんいち:アレンジも自分でやり始めたら、踊るようになってました(笑)。たとえば“楽しい”という感情ひとつをとっても、いろんな“楽しい”があるじゃないですか。今まではメロディーや歌いかただけで表現していた“楽しい”を、コードの鳴りかたでも表現できる。それが、すごく気持ちいいんですよね。詳細な日記をつけられるようになったというか。
──たったひとつの音が入るだけで、気持ちよさが変わったりしますもんね。
けんいち:セブンスをいれるか、いれへんかといったことも。ロードオブメジャーの頃もアレンジはやっていなかったので、今まで考えたことがなかったんですけど「これでこんなに変わるんか」と(笑)。今は自分の感情をパッケージングすることの面白さにハマってます。アレンジをするようになって、さらに音楽の楽しさに気づきました。これを、多くの人は楽しんでたんやなと気づきました。
──それに気づけたことにより、アーティストとして生まれ直したくらいの変化があったのではないですか。
けんいち:もうガラッと! だから、アレンジされて戻ってきた自分の曲を聴いて、むっちゃ感動したりするんですよね。「なんでわかってくれたん、これ」とか「そうやねん、ここはリズムいらんねん」とか。すごくありがたくて「好きー!」ってなっちゃう。アレンジをすることで自分のやりたい方向性を提示できるようになったからこそ、アレンジャーさんの凄さが細部までわかるようになった。僕にとってすごく大きなことでした。
──最近は、音楽を通して意思疎通する喜びを感じてらっしゃるんですね。
けんいち:正直なところ、作ることで満足しちゃってます。たくさんの人に聴いてもらえたら、もっと喜びも大きいのでしょうが。
──アーティスト本人が満足している作品だなんて、それだけで最高だと思いますよ。
けんいち:でも、そういう音楽の聴きかたをする人って少なくないですか。その曲を作ったアーティストが本当はどういう人間で、どういうことを思っていて、どういうふうにパッケージして……まで含めて、音楽を楽しんでくれる音楽ファンって、そんなにいるのかな。そう考えているので、パッケージする意味もあまりわからなくて。Spotifyのようなサブスクリプションでアルバムを聴くってなったときに、1曲目から全部を聴くことって珍しいじゃないですか。