2023/12/27 17:00

豊かさで示す声の現在地──長谷川白紙 「Wonderful Christmastime」

長谷川白紙がApple Musicのクリスマス特集「Carols Covered 2023」の収録曲として、ポール・マッカートニーの名曲 “Wonderful Christmastime” のカヴァーをリリースした。長谷川白紙の音楽活動初期から接点を持ち、レコードディグ漫画「ディグインザディガー」やイベント〈自然の中で起きている美しい現象すべて〉などで活躍するアーティスト、駒澤零によるレヴューをお届けする。

長谷川白紙 「Wonderful Christmastime」

文 : 駒澤零

Apple Musicのクリスマス特集では、毎年さまざまなアーティストによるクリスマス・キャロルのカヴァーを限定配信している。2021年の浦上想起による “White Christmas” のカヴァーに続き、今年はSSW・長谷川白紙がポール・マッカートニーの名曲 “Wonderful Christmastime” をカヴァーした。ローラ・マヴーラの “Can't Live With the World”、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの “Ombra mai fu”と、たびたび外国語詩のカヴァー曲をライヴで披露してきた長谷川だが、音源化されたのは『夢の骨が襲いかかる!』収録の “ホール・ニュー・ワールド” 以来、二度目である。

近年の音楽シーンでは男女ともに技巧派のシンガーが支持されている。多くのタイアップや実績とともに歌ひとつで頂点に上り詰めたAdoをはじめ、King Gnuの井口理や中村佳穂のように圧倒的な音域と表現力で聴衆を圧倒するシンガーが支持され、「カラオケでみんなに歌われること」のような歌唱感の共有は二の次になった。2018年頃からOfficial髭男dism、Mrs. Green Apple、Novelbrightなどを中心に男性のハイトーン・ボイスがヒットするようになり、KANA-BOONやSEKAI NO OWARIが一躍有名になった2014年頃よりも、より曲は難解に、そして高い音域であることが是とされるようになってきた。

長谷川白紙や君島大空、笹川真生といったSSWのヴォーカルは2018年ごろからのパワフルなハイトーンボイスからさらに打って変わって、それまでの「中性的」という言葉以上に男性にも女性にも聞こえるようなかたちのなさがあり、それはソフィーやアルカが確立したクィア的な発声の先にあるものであろう。彼らがみなボーカロイドの発展以後にその名を轟かせるようになったというのも興味深い。

〈Maltine Records〉より2017年にリリースされたファーストEP『アイフォーン・シックス・プラス』では実直だった長谷川白紙の歌い方は、音域の拡張や言語にならない声を武器として取り込むことで進化し、絶対的に豊かな表現を獲得した。〈Brainfeeder〉からリリースされた最新曲 “口の花火” では、ハイトーンのヴォイスに載せてさまざまな生き物たちの発声が蠢き、這いずり回り、解体された音や声たちはもはや知識や言葉で分類することの無意味さを示唆しているようですらある。既に〈フジロック〉や主催ライヴで披露されている “✨🦴🔔” や “📮🛳🔥” などは重低音やすこし耳障りにハイが鳴いてみたり、過去作よりもわかりやすく声が重なり、より言葉ではない純粋な喉の鳴りの表現へと向かっている。

一方で『夢の骨が襲いかかる!』に代表されるような弾き語りでは、全身をリズムとして躍動させるようなシンプルなピアノの伴奏で、歌そのものの魅力を聴衆にぐんと近くで聴かせてみせる。長谷川の弾き語りほど声の豊かさを間近で感じさせられるものはない。外国語詞の曲は以前からかなりの高音域のものがセレクトされることが多かった。“Wonderful Christmastime” でもそれは変わらず、日本語訛りが混じった発声が耳朶を心地よく撫でる。鼻声っぽく反響し、倍音交じりでよく響く歌声はより進化し、おそらく長谷川の作品では初であろう明瞭なオートチューンの使用が、君島大空 “˖嵐₊˚ˑ༄” のような朴訥でエモーショナルな効果をもたらしていて、そこに “ユニ” に引き続き徳澤青弦が担当するチェロ演奏とストリングスがスリリングに入り込む。クリアに聴こえる息遣いとミニマルなトラック、そして長谷川の魅力たる千変万化する声の、どれもが楽しめる名カヴァーだと言えよう。

駒澤零

東京都出身。アーティスト。触れられそうなほど切実で内省的な感情と、天使や夢といったアウラを線に込めて制作を行う。代表作にレコードディグをテーマにした日常系漫画「ディグインザディガー」、「マンガで学べるrekordbox」(イケベ楽器) など。主宰するネットレーベル〈KAOMOZI〉はBandcampの日本のDeepCutレーベル10選に選出された。米澤柊との共催イベントに〈自然の中で起きている美しい現象すべて〉など。

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リリース情報

長谷川白紙「Wonderful Christmastime」

リリース日 : 2023年11月1日
配信 : Apple Music限定

PROFILE

長谷川白紙

日本を拠点に活動する音楽家。
2017年フリー・デジタルEP『アイフォーン・シックス・プラス』を発表し、2018年10代最後にEP『草木萌動』でCDデビュー。翌2019年に1stアルバム『エアにに』、2020年に弾き語りカヴァー・アルバム『夢の骨が襲いかかる!』をリリース。2023年7月にLAを拠点とする〈Brainfeeder〉との契約が発表され、第一弾シングル「口の花火」をリリース。
知的好奇心に深く作用するエクスペリメンタルな音楽性ながら、ポップ・ミュージックの肉感にも直結した衝撃的なそのサウンドは、新たな時代の幕開けを感じさせるものに。

Official Site : hakushihasegawa.com
X (Twitter) : @hsgwhks
YouTube : HAKUSHIHASEGAWA

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