斎井直史「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第23回──アリアナ・グランデ「thank u,next」
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2018年もいよいよ残りわずか、今年のヒップホップ・シーンも目まぐるしく動いていった1年でしたね。斎井直史による「パンチライン・オブ・ザ・マンス」、先月は東京とLAを拠点にじわじわと話題を集めるユニット、CIRRRCLEから分かる、ネット時代の新たなプロモーションの形について取り上げました。今月は夏にアルバムを出したばかりのアリアナ・グランデの最新シングルをピックアップします。彼女と一時期は交際、そして今年惜しくもオーバードーズにて命を落としてしまったマック・ミラーに捧げた1曲に込めた、今の彼女の思いとは?
第23回 アリアナ・グランデ「thank u,next」
悲しい映画の、エンドロールのよう。
11月、夏にアルバムを出したばかりのアリアナ・グランデが新曲「thank u,next」とリリースしました。歴代彼氏の中でも関係が最も長かった(であろう)マック・ミラーの急逝と、その後の新恋人との婚約破棄が話題だったタイミングで出した曲が「thank u,next」。これを恋多き歌姫の早すぎる開き直りソングと思う事なかれ。この曲が当コーナーの今年の締めくくりです。ガーリーで、メタメタにアメリカのポップ色が濃いビデオですが、まずはどうぞ。
このビデオが映画のパロディであるとか、誰が出演しているとかはゴシップ系サイトに任せるとして、この曲を軽快と評す紹介文をいくつか見かけました。確かにリズミカルなメロディーと、シンプルなフックがこの曲をポップに仕上げてますが、この曲はまだ影をどこか残していて、そこが本当の魅力。例えばアリアナの武器である歌唱力は今回抑え目だし、ヴォーカル抜きで聴くとダウナーで切ないサウンドが、アリアナはまだ立ち直ろうとしはじめたところなのかなと思わせます。そして、極めつけは歌詞。この曲は全てがパンチラインなので全詞訳どうぞ。
Thought I'd end up with Sean But he wasn't a match
ビッグ・ショーンと結婚かと思ったけど、結局マッチしなかった
Wrote some songs about Ricky Now I listen and laugh
バックダンサーのリッキーに書いた曲もいくつか。今聴いたら笑っちゃうね
Even almost got married And for Pete, I'm so thankful
婚約が破棄になったとはいえ、ピートには本当に感謝してる
Wish I could say, "Thank you" to Malcolm 'Cause he was an angel
できるならマルコム(マック・ミラー)に「ありがとう」と伝えたいけど、彼は天使だから(亡くなったから)
One taught me love One taught me patience
愛を教えてくれた人。我慢をする事を学ばせてくれた人
And one taught me pain Now, I'm so amazing
辛い経験もさせてもらって、私は素敵な女性になった
Say I've loved and I've lost
言ってみれば、愛した人を失った
But that's not what I see
だけど、それだけじゃない
So, look what I got
だから私を見て
Look what you taught me
あなた達があっての今の私だから
And for that, I say
だからこそ歌うわ
Thank you, next Thank you, next Thank you, next
ありがとう、次
I'm so fuckin' grateful for my ex
元カレたちにクソ感謝してるわ
Spend more time with my friends
友達と前よりも一緒にいる時間が増えた
I ain't worried 'bout nothin’
なんにも心配事なんてない
Plus, I met someone else We havin’ better discussions
それに新しい人に出会い、その人とは深い話もしてね
I know they say I move on too fast
切り替えが早すぎるって言われてるのは知ってる
But this one gon’ last
でもこれが最後になるよ
‘Cause her name is Ari
だってその人の名前はアリアナ
And I'm so good with that
すごい仲良くやってるよ
She taught me love She taught me patience
彼女は愛を、忍耐を教えてくれた
How she handles pain That shit's amazing Yeah, she's amazing
どうに辛い事と向き合うか、教えてくれた ほんとに彼女は最高だよ
I've loved and I've lost
愛して、失った
But that's not what I see
だけど、それだけじゃない
‘Cause look what I've found
何を学んだのか、見て
Ain't no need for searching, and for that, I say
もう思い悩む必要なんて無い だから…
Thank you, next Thank you, next Thank you, next
I'm so fuckin' grateful for my ex
One day I'll walk down the aisle Holding hands with my mama
いつかママの手を取ってウエディングロードを歩くよ
I'll be thanking my dad 'Cause she grew from the drama
パパには感謝してる。波乱に富んだ人生がママを育てたからね(アリアナの両親はアリアナが幼少のころに離婚)
Only wanna do it once, real bad
本当に辛い事は一度きりにしたいね。
Gon’ make that shit last
こんな事、もう終わりにしよう
God forbid something happens
これ以上悪くなるはずない
Least this song is a smash
少なくともこの曲はヒットね
I've got so much love Got so much patience
とても愛された事もあれば、酷い我慢を強いられた事もあった
I've learned from the pain I turned out amazing
辛い経験から学んで、私は素敵な女性になったのよ
Say I've loved and I've lost
そう、愛し、失った
But that's not what I see
けど、単にそれを経験しただけじゃないの
‘Cause look what I've found
成長した私がわかるでしょ
Ain't no need for searching And for that, I say
もう迷う必要なんて無いから歌わせて
Thank you, next . Thank you, next . Thank you, next
I'm so fuckin' grateful for my ex
Thank you, next . Thank you, next Thank you, next ...
この歌詞を読んで思い出したのはビヨンセの『Lemonade』でした。
“When life hands you lemons, make lemonade.”
(レモンを渡されたなら、レモネードを作りなさい)
アルバム・タイトルの元となったこの慣用句、酸っぱいレモンを甘いレモネードへと変えるという言葉が、辛い経験を強いられ生きてきた黒人女性達を守る魔法の言葉で、そうして彼女たちが産み出した文化の一端がR&Bであるならば、「thank u,next」はまさにそれをR&Bを体現した曲ではないでしょうか。アリアナ自身もまた、マック・ミラーが薬物を断ち切れなかったり破局後に交通事故を起こしたのはアリアナが見放したせいだ、と非難され続けてきました。それに対しての謙虚さの伴う回答ともいえるこの曲。まるで悲しいストーリーの映画のラスト、主人公が最後に希望を見出しかけたエンディングみたい。
嬉しいことに先日、グラミー賞のノミネート作品が発表され、中にマック・ミラーの遺作となってしまった『Swimming』も名を連ねていました。鬱と薬物の深淵へと沈んだマックが泳ぎだすという意味のタイトルですから、アリアナへの喪失感と自己愛のせめぎ合いを歌う「Self Care」ばかりが話題になりますが、一番印象的だったのは美しい出だしを飾る「Come Back To Earth」から「Hurt Feelings」の繋ぎ。美しいメロディーで歌う歌詞は、
“My regrets look just like texts I shouldn't send. And I got neighbors, they're more like strangers. We could be friends”
(送らなきゃった良かったメッセージのように、友達になれたかもしれないのに他人のままで終わった周りの人々のように、沢山の後悔が残っている)
…寂しい。その寂しい言葉を彩るメロディーが美しくフェードアウトし、2曲目の「Hurt Feelings」のキックが心地よく鳴る時に重なる、微睡んだようなアナログ・シンセ音が本当に気持ちよかった。ぜひ聴いてみてください。
にしても! 今年はラッパーの訃報が多かった。若者達の憧れの対象で、返しきれないほどの愛をファンから受け取っても、当人としては悩み、苦しみ、その人なりの地獄を背負ってると何度も思った気がします。来年はもう少し、甘い1年になりますように。
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