「J Dillaの曲を演奏してた人たち、やばくなかった!? 」
ヒップホップにおいて「やばい」っていう言葉の範囲は広い。病的なビートだけでなく、ソウルフルな曲にも「やばい」って言う。
死後もなお愛され続ける伝説的プロデューサー、J Dilla。先日の彼の追悼イベントを実弟Illa J、muroやDJ SARASAなどの豪華すぎる面子が盛り上げた。しかし、彼らが登場する前の24時。代官山UNITのフロアを観客が埋めていた。彼らが熱中していたのは、origami PRODUCTIONのアーティスト達。毎月laidbookという名義でCDをリリースしているクリエイター集団だ。そして特筆すべきは、CD不況となって久しい2010年において、laidbookの曲は配信をしない事である。時代の流れに乗らずとも、ここまで人を引きつけている。それは単純に、彼らの音楽が「やばい」からに決まってる。
そのorigami PRODUCTIONから、ベーシストのShingo Suzuki、ドラマーのmabanua、そしてジャズ・ギタリストである関口慎悟の3人によるOvallのファースト・アルバムが完成した。既にネットで、店頭で、ラジオでレコメンド枠が設けられている。しかも日本だけでなく、世界で。 そんなホットな彼らが、どのように音楽と向き合っているのかを語ってくれた。
インタビュー&文 : 斎井直史
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求めてるものがスタジオでの作業とは違う
——Ovallだけでなく、laidbookでも話題のorigami PRODUCTIONですが、二つの住み分けはどういったものですか?
Shingo Suzuki(B,Vo.以下、Suzuki) : Ovallはバンドですが、laidbookというのはバンドではないんですよ。origami PRODUCTIONには、mabanua、Shingo Suzuki、45 a.k.a. SWING-O、渥美幸裕(thirdiq)というアーティストがいて、その4人が集まって毎月パッケージを作るコンセプト・アルバムの名前です。毎回テーマを決めて、それに沿った音をつくる。そして手に取りやすい1000円という価格で、ペインターのDRAGON等がアート・カードをつけたパッケージ商品になってます。テーマは毎回変わっても、メンバーがドラム、鍵盤、ベース、ギターと揃っているので、各々がプロデューサーになり一曲ずつ作ります。
——毎月ミニ・アルバムをつくるって忙しくないですか?
Suzuki : 忙しいといえば忙しいけど(笑)、効率良くやっているからそれほどでもない。
mabanua(Dr,Vo) : レコーディング自体は一日で数曲、長くて3、4日で終わっちゃうんで。 というのも、求めてるものってのがスタジオでの作業とは違うんですよ。「サビの後の間奏をどうしようか?」っていう曲作りの過程じゃない。イメージのやり取りをしてる。例えば、「日本の農家がフランスで畑耕している」「オッケー」みたいな(笑)。
Suzuki : バンドとかソロとかって、自らのアイデンティティーを示す方法でもあると思うんですけど、laidbookはもっとラフに楽しんでる。テーマに沿って「今月はアコースティック・イシューだからアコギでやろっか」なんて制限してから始めたりする。
——Ovallの結成の経緯はどのようなものだったのですか?
Suzuki : Ovallは10年ほど前に僕が始めたバンド・プロジェクトです。メンバーの変遷があり、また僕が渡仏したりと一時は火が消えそうになりました。フランスから帰国した当時、今から3年ほど前ですが、東京では新しいグルーブの感覚をもったミュージシャンがクラブなどに集まっては夜な夜なセッションをしていました。Jamのムーブメントがあったんです。そんな中でmabanuaと関口君に出会いました。僕たちは次第にジャム・セッションのホスト・バンドをするようになって、それが現在のOvallの原型になったんです。二人はそれぞれが固有の、何か特別な音を持っていて、僕のOvallに対するモチベーションは高まりました。サウンドがイメージできたので二人をOvallに誘い、バンドを再開し現在に至ります。そこからこのアルバムまで一気に突き進んで来た感じですね。ちなみに、アルバムにフィーチャリングされているラッパーのOl' K(オーケー)はOvall始動時から一緒に音楽を創ってきた朋友です。
——メンバーそれぞれソロのイメージも強いですが、それ以前の経緯などを教えていただけますか?
関口慎悟(G,vo.以下、関口) : 14歳くらいでギターを始めました。中学で洋楽のロックに出会って、大学でジャズに出会うっていう流れがギターを演奏する人には多いと思うんですけど、僕も全くその通りで。大学からジャズを始めたんですけど、同時にR&Bやヒップホップを聴いたり演奏し始めたりしてました。大学卒業してからは、ギター・トリオから始まり、後にトランペットやピアノが加入したvusikっていうバンドをやって、去年はアルバムも出しました。その活動をコツコツ続けながらも、サポートやセッションの仕事もしていたり。もともとは卒業後就職するつもりが、学生の時に音楽活動が本格化してきて、こっち(音楽の世界)に気がついたら引きずり込まれていたって感じですね。
Suzuki : 僕も同じで学生の頃から音楽をやってて、大学ではジャズ研に。その当時はピアノ・トリオでウッド・ベースを弾いていました。曲は作っていたのですが、楽譜に書いて、ライブを録音する程度。大学卒業後にAKAIのDPS16というMTRとMPC2000XL、RodandのRD600などを購入して、デモ・テープを作り始めました。卒業後はフランスの工業ガスの会社に入り、音楽活動も続けていました。それなりに充実していたのですが、徐々にすべてが中途半端に思えてきて、次第に息が詰まってきたんです。自分自身で高い柵を作り、囲い込んでいくような、そんな感じでした。ある時、すべてをまっさらな状態にしたくなり、会社も音楽活動も辞めて、外国に移り住もうと思ったんです。自分の知らない場所で、ゼロからスタートしたかったんです。そして、どこに行こうかとなったとき、以前からフランスに興味があったので、パリに行く決心をしました。パリでの生活はしばらくはバカンスのような、気楽な放浪生活だったのですが、音楽が好きだったので、次第にパリのセッション・シーンにベースを持参して行くようになりました。そんな中、次第にミュージシャン、ビート・メイキングの仲間ができたりするとやっぱり「音楽がやりたいんだな」って事がわかり始めたんです。そして「どうせなら自分の国で」って思ったのが5年位前。帰国後、東京で音楽活動し始めた中で、Tsushimaさん(origami PRODUCTION)に出会いました。origamiに参加 することになって... ソロとして『The Abstract Truth』のリリースに至りました。
mabanua : 俺は高校の時にバンドにのめりこみましたね。だけど、学校が進学校だったんですよ。当然赤点とって。教頭に親が頭を下げてるのに「帰ってドラム叩きてぇ... 」とか考えてたり(笑)。それで高校も中退して、通信制の高校を卒業しました。学校に通いながらバイトして音楽をやる生活を16歳から20歳くらいまで続けてましたね。その間に技術を養ってはいたけれど自分のスタイルはまだ確立してなかったです。当時は、セッションがとても流行っていて、そこに遊びに行ったら誘われて、今のOvallになったんです。
——mabanuaさんは、一人で全てをこなすビート・メイキングの様子(左上)をYouTubeにアップして、多くの人を驚かせましたね。あの動画もその頃のものですか?
mabanua : いや!あの動画はもっと最近ですね。Ovallに入ったのは3、4年前なんですけど、ビートはまだ作ってなくて。その頃は簡単なデモを作ってて、それを聴いたTushimaさんと出会い、mabanuaとしてデビューが決まって、ファーストを出す前に、「ちょっとやってみれば?」ってTushimaさんに言われて撮ったんですよ。
Tushima(A&R 以下、t) : あれも「ハイ」ってヴィデオ渡して、自分でやってもらったもの。撮影も編集も自分。ウチは全部Do It Yourselfのレーベル(笑)。
Suzuki : 今回もマスタリング以外は全部自分達でやったしね。
——みなさん何に音楽的な影響を受けましたか?
関口 : Keith Jarrettかなぁ。ギタリストっていうよりピアニストが好きで。彼はケルン・コンサートとかのソロが有名なんですよ。でも僕はトリオの方が好きです。3人で眼で会話して、楽しんで演奏してて。あと、キースは演奏中にピアノの下にもぐりこみそうになる。初めて見るとちょっとびっくりするかもしれないですよ(笑)。
Suzuki : Sadeはとても好きです。バンドとしてもすごい好きだし、貫いてる感じがする。僕にとって、滋養の音楽です。あと、Meshell Ndegeocelloも好きですね。そのサウンドは体の芯までしみ込む中毒性があり、唯一無二。常に進化していて圧倒されます。そしてその世界観に圧倒され、いつも新しい発見があります。ベーシストはPaul Jacksonとか、ファンクネスをもったプレイヤーが好きです。
mabanua : やっぱ音楽のほんとの根本はThe Beatlesとか、Led Zeppelinとか。黒いほうになるとArrested Developmentが入り口で、16歳くらいですね。
——今回のアルバムでも様々なアーティストをフィーチャリングしていますね。彼らはどのような経緯で参加が決定したのですか?
Suzuki : Hocus Pocusは僕のソロ・アルバムでのフィーチャリング以来です。ソロ・アルバムの制作をし始めた時に、フランスにいた頃、彼らの音源を聴いたらすごい良かったことを思い出しました。そこで、Hocus Pocusの ラッパー、20syl(ヴァンシール)にラップをしてもらおうと、Myspace経由でメールを送ったところ、5分後に返信が(笑)。即OKしてくれたんです。そこから繋がって、2008年に彼らの来日ツアーの際に、Ovall も同じステージでパフォーマンスが出来ることになったんです。そこで初めて直接会うことができました。音楽性も共有できるものを持ってますし、僕らと同じ空気を感じる。今回歌ってるのはギターのDavid(ダヴィッド)なんですが、ライヴで歌ってるところを見て絶対ハマるなって思い、ラッパーの20sylと一緒にフィーチャーしました。Hanahと類家心平はライブやジャム・セッションなどで顔をあわせるミュージシャン仲間です。
——あまりにも人選がフィットしていたので、それぞれの作品を聴いて声をかけたのかと思いました。
Suzuki : もちろん、こちらから声をかけたのもあります。waynaとかはMyspace聴いて声かけて。Ken StarrはmabanuaがKev Brownと共演したことがあって、繋がりが生まれたんです。
関口 : あのメールは激速でしたね。
Suzuki : たぶんそうなったのは、お互いに同じものを共有しているから、変な説明をしなくても出来るんですよ。それと、皆D.I.Y(Do It Yourself)精神でやっているから、別に特別な事をしてる感じがしないんです。
mabanua : ジョー(Jo'Leon Davenue)や俺のファーストから参加してくれている Nicholas Ray Gantと出会ったキッカケも、自分のMyspaceさえ持ってない頃に、簡単な曲をネットに上げているのをどっからか見つけてくれて知り合ったんですよね。だけど、一回も会ったこともないっていう(笑)。
Suzuki : ジョーとニコラスはずっとオン・ラインにいるよね。TwitterのOvallアカウントで「あと三日でリリース! 」ってつぶやいたら、即Re Tweetしてくれて。彼らは常に準備万端。あと最後にRemixをやってもらっているa.zは、MPCだけでビートを作るトラック・メイカー。Ovallのイベントの際に出演して貰ったり。
mabanua : 変態ですね(笑)。女の子なんですけど、変態なんです。なんでこんなドープなのを作れるん?って感じで。 Suzuki : 基本的にリスペクトできるミュージシャンに声かけて、一緒にやる。基本的には曲を作って、ファイルのやり取りを行います。あと最後に入っているOl'K(オーケー)。
mabanua : origami唯一のラッパー。今、シンガポールに住んでいます。
Suzuki : 「La Flamme」では、僕が日本語で書いたOvallの意味を彼が英訳して、ポエトリー・リーディングをしています。シンガポールで彼が録音したmp3のファイルをメール送ってもらい、エディットしています。もう一曲の「We Been」で は帰国した時に捕まえて、スタジオで一緒に録音しました。
俺は一例を示すマインドでいます
——今回ジャケットもOTOTOYで配信させていただく事になりましたが、このジャケットには、何かテーマなどはありますか?
Suzuki : アート・ワークはシュール・レアリズムをコンセプトに、東京をテーマにしました。今、ここに住んでいるリアルな音をアート・ワークの中で表現したかった。あとは、ネガティヴな気持ちが蔓延してる時代だから、陰鬱な空気をすっ飛ばす、パリッ! とした雰囲気にしたかったんです。そのアイディアをもとに、実際に手がけたのはorigamiクルーのGLOWZというデザイン・チームです。ラフ・スケッチを僕が描いてから、GLOWZに依頼しました。六本木ヒルズ展望台から東京の景色を撮影して、全部ごちゃまぜにしたんですよ。だから実在しない風景になってるんです。
——ヒップホップ黄金期のようなソウルフルな音楽のファンは、日本は多いと思います。彼らや日本の音楽シーンに響く作品をつくる意気込みなどありましたか?
Suzuki : いや、思うままの音楽をやってるだけです。ただ、日本らしいとかって意識してなくて、ユニヴァーサルなものを作りたいと思ってます。
mabanua : うちらとしては世界とか、日本だけとか考えてないですね。でも、例えば国内だけに響かせる事を考えて作るのと、隔たり無く人に聴いてもらいたい気持ちで音楽をつくるのでは、広がりが違ってくる可能性はあると思う。俺はその一例を示すマインドでいます。日本に、世界に、という考えは無いんで。
Suzuki : ここ数年でMyspace、Last.fm、YouTubeなどの爆発的な普及で、世界中のメジャー・インディー関係無しに好きな雰囲気を持つ音楽を見つけることが出来る。僕らにとってその環境は自然なんですよ。そう考えると、国内だけに考えるのは不自然というか。
mabanua : 「最近アレが流行ってるから、これを日本でやってみるか!」とかってのも無いですね。
Suzuki : 色々な曲を好きになる時点で、音楽に洋邦ないんですよね。その感じをそのまま音楽にすると、こうなる。同じように音楽をしても売れるかどうかの判断に敵わずに日の目を見なかったアーティストは沢山いると思う。だけど、origamiの場合はアーティスト本位のレーベルですので、売れるかどうかより音楽性先行。また世界中、様々な地域がある中で、2010年の東京に住んでる僕たちが作れる音楽がコレだから、そこに何らかの民族性から来る要素は絶対混じると思ってます。ジャケットも、今の東京のサウンドのひとつである事を表現したかったという理由もあります。しかし、それは国籍のアピールでは無く、あくまでユニヴァーサルなもの。CDの下に「オープン・マインドで聴いて欲しい」って書いたんですけど、それは日本の音楽っていう視点を持って聴かないで「感じるままでいい」という意味ですね。
mabanua : 世の中の流行りもあるし、「ああいうのいいな」って思う事もあるんですけど、実際に作ってみても、頭が空の状態で作ったほうがいいものが出来るんですよね。
関口 : それ名言。
——今後の活動を教えてください。
Suzuki : 全国ツアーと4月29日にリリース・パーティーが渋谷JZ Bratにてありまして、ライヴもします。また、それぞれソロ活動もありますし、各々で発展させていくと思います。
origami PRODUCTIONの配信が決定!
origami PRODUCTIONのアーティストのソロ・アルバムを、3月下旬より販売開始します。また、Ovall関口慎悟のジャズ・バンド、vusikの音源も、同時配信開始。どうぞお楽しみに!
origami PRODUCTION
thirdiq 『monologue』『who may find love in the imaginary axis』
45 a.k.a. SWING-O 『HELLO FRIENDS』『The REVENGE OF SOUL』
Shingo Suzuki『The ABSTRACT TRUTH』
mabanua『done already』
vusik
vusik『vusik』
Profile
スピリチュアル・ジャズ・ヒップホップ・バンドOvall(オーバル)。トラック・メーカーとしてのアルバムが世界中でヒットし話題のShingo Suzuki (B/Key)と mabanua (Dr)、そしてジャズ・ギタリストとしてアルバムもリリースしている関口慎悟によるスピリチュアル・ジャズ・ヒップホップ・バンド。それぞれのソロ・アルバムではホーカス・ポーカス、ジュラシック5(AKIL THE MC)、アレステッド・デヴェロップメント(Eshe)、モカ・オンリーやBluなどと共演。 サンプリングと生演奏のシームレスな融合で織り成すアーシーで野太いグルーヴ、カラフルなサウンド・スパイスがブレンドされ浮かび上がるユニークな音像で聴く者を別次元へと誘う “進化するアブソリュート・ミクスチャー・ミュージック”。
- origami PRODUCTION official site
LIVE SCHEDULE
- 2010/03/21 (日) Bao Bab@桐生 club BLOCK
Door 1,500 yen (No Drink)
- 2010/04/29(木) O2(オーツー)Act.2 『Ovall Release Party』@渋谷 JZ Brat SOUND OF TOKYO
Adv. 2,000 yen / Door 3,000 yen (No Drink)
- 隔月の第4木曜日 My Favorite Soul@中目黒Solfa
Door 2,000yen(w /1drink)
origami PRODUCTION主催のセッション・イベントです。
少し大人になってしまったストリート系へ、次の「やばい」を
Jamiroquai、Maroon 5など、小洒落てて「黒」くて「ファンキー」で「Grooveの効いた」サウンドがお好きな方に強力にお勧めのバンド、Excellent Gentlemenのデビュー・アルバム。しっかりグルーヴしてて、全然踊れる曲あり。グルーヴのあるドラムに、哀愁あるメロディーあり。アダルト・ブラック・ミュージック。静かな衝動が続く。
ノリノリなラップは飽きた? それなら、ゆるいイギリス訛りのフィメール・ラッパーをどうぞ。ジャズとヒップホップのバランスを心得てるPat Dのトラックと、刺々しくないラップのLady Paradoxのフローが重なる。「ヒップホップ好きなの? こわ〜い。」なんて言う文化系女子も、振り向いて君と共鳴しはじめる(かもしれない)一枚。
新居昭乃、Cocco、木村カエラ、BONNIE PINK、Chara、LOVE PSYCHEDELICO、安藤裕子や平岡恵子をゲストに迎え、制作されたカーリージラフのセルフ・カバー・アルバム。Ovall『Don't Care Who Knows That』にも絶賛のコメントを寄せていたCharaも参加しているカーリー・ジラフのアルバム。優しく、とけてしまうようなサウンドをゆっくりと聴いて、酔いしれて欲しい。彼もまた、世界に響くユニヴァーサル(普遍)なサウンド・クリエイター。「国を意識させないものにしたい」というインタビューはこちら。