ヒップホップ・ライター斎井直史による定期連載──「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第7回

東京は亜熱帯になってしまったんでしょうか? 嫌な湿気と暑さですっかりバテてきてる感じですが、まだまだ暑さは続きそうです。ですが今月も「パンチライン・オブ・ザ・マンス」は元気にいきますよ! 先月は「気持ちのいい夏の始まりのイメトレに適した3枚」ということでAlfred Beach SandalとSTUTSによる共作ミニ・アルバムと神奈川を拠点とするヒップホップ・グループ・CBSの初CD作品、そして話題のフィメール・ラップ・デュオ・chelmicoのメンバーである鈴木真海子のソロ作をピックアップしました。気になる今月は音源に加えて、雑誌も1冊紹介してくれるみたいですよ! Don't miss it!
第7回 夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書
8月に入っても梅雨みたいな天気が続き…なんて書いていたことが懐かしくなる事を祈ってます。先月膨らませた夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書を1冊セレクトしました!
まず、1枚目。VLUTENT ALSTONES『2017』。Playboi CartiやMetro Boominなど、少ない音数でも表現力豊かなヒップホップが好きな人には自信を持ってお勧めしたい1枚です。当てはまる方は「Vlutent Year」「LOOK」「Cycle」あたりを早速試聴してみて下さい。以下、ずっと彼らを追いかけてきた自分としては今作を単に"格好いい"と評するだけでは納まりきらない理由を書きます。
さて、名前の通りオールスター作品なので、アルバム解説の前にVLUTENT RECORDSの紹介を。過去、リリースの度に自分が特集を組ませていただいていたレーベルですが、大好きになったキッカケはAIR BORYOKU CLUB『ABC』というアルバムでした。ラッパーのVOLOとpiz?によるユニットで、ホラーコアめいた世界感が不気味だけどシリアスさを醸し出さないビートに乗っている。病んでるのに不思議と聴きやすいアルバムを作った2人の感覚に惚れ取材をさせてもらって以降、ずっと目が離せないレーベルです。
その後も、コミカルかつナンセンスなラップが不思議な中毒性を持つGAMEBOYS、piz?が旧友と結成したイルな世界観のVanadian Effectとリリースが続きます。レーベルを代表するVOLOとpiz?も、その後それぞれソロ・アルバムを完成させました。そしてVLUTENTを語る上で外せないのが、あべともなり。2012年に突如YouTubeに出した「ヨルナンデス(pro.jjj)」で現われた怪物です。最近は遂にアルバム『大地讃頌』をリリースしました。彼のラップはパンチラインというレベルを超えていて、「牛! 牛! 牛! 馬!馬の大群ちんこでかい!」とか言うんですよ。(Vanadian Effect「V.A.K.A. feat.Tomonari Abe」より)釣り鐘を突く撞木の如く、避けようがありません。
ここで一通り全員のリリースが終わった今、このキワモノ揃いのレーベル・メイトが全員集合です。VOLO(プロデュース名義はJZA)による音数を絞った奇妙なノリのビートとラップに、Vanadian Effectのイルな世界が広がる。その中に登場するGAMEBOYSは、まるでサイコな世界観に登場したお茶の間アニメのキャラのような印象です。これが意外にアガるんですよ。異なる作品の世界が繋がって産まれたユニバース作品を観ている時に通じるものがあります。サウンドも隙間の多いトラップ以降の今っぽいビートと言えるでしょう。ただ釘を刺しておきたいのは、このアルバムの曲は2015年末にはライヴで披露していた事。常に新しいヒップホップを貪欲に消化している時間が長いからこそ、出来上がったものが現行っぽい響きに至るのだとおもいます。
で、このアルバムについて最も熱く語りたい事があります。それは、GAMEBOYSの片割れ、会長が覚醒し、会長を裏で支えてきたレーベルのボス・VOLOと同等に目立つラップをしていることです。GAMEBOYSはアルバム『1.5』においては正直、相方のCHAPAHが目立ち、会長がその土台を固めるスタイルでした。次にリリースした『P.A.R.X.』ではそれが半々の印象になっています。これはVOLOによるディレクションによりCHAPAHは会長に寄せて作ったとのこと。
ラップ自体はCHAPAHより会長の方が表現がプリミティヴで、天然まる出しなのですが、それを以前からべた褒めしていたVOLO。今までキャラとして持っていた味が、完全にラップに乗ってます。ミュータント達が群雄割拠するチームの中、地味めなメンバーが実は凄かった的な展開についに到達! この間何年かかったか…熱い!
それが一番伝わるのは「雰囲気でイカせるやばいよう」という曲。この曲の音だけでなくリリックのお間抜けなノリが最高。3回聴けば覚えられるリリックなので、ライヴの時にはフックだけでも合唱したい!少しタイプが違うけども、88rising(※)とかにピックアップされて、売れてくれ〜! と思うのですが、これ…CDでしか聴けないんです。CDリリースは8月23日。配信版は有料ティーザーくらいに考えて、CDも買うべし!
※88rising・・・YouTubeを主な発信の場とするアジア系ヒップホップを専門とするWebサイト。今まで海外から注目されずらかったアジア系ヒップホップ・アーティストの認知をインターネットを通して広め、アジア圏外からも注目が集まっている。
次は現時点で個人的に今年J-POPベストな1枚をご紹介します。一十三十一『Ecstacy』! これがあれば、例え微妙な天気の夏が来ても大丈夫!
と、今でこそ全力でプッシュしながらも、正直言うと最初はジャケの美しい一十三十一にしか興味がいきませんでした。本当のところ、あまりシティ・ポップに詳しくないのです。しかし、楽曲に対する好評の声がSNSを通して届いてくるので、この試聴ダイジェストを聴いてみたんですね。
これを聴いて曲を追うごとに、「捨て曲無いの!? 」といった具体で驚きまして、ダイジェストを聴ききる前に発注。全曲プロデュースがDorianという事も同時に知り、G.RinaやLUVRAWなどヒップホップ・シーンで活躍するシンガーが好きな自分にとっては大きな楽しみでした。
買ってみたら本当に全曲捨て曲無し。試聴して気になった曲だけを買う事も珍しくない昨今、アルバムを通して飽きずに聴きこめる経験は貴重です。そして、普段感じない幸福感に包まれまれながら何周もしていると、徐々に自分にとって耳に残る曲が育ってくるんですね。この、好きな曲が自ずと育っていく感覚も久しぶりです。今日はその個人的に大好きな2曲を紹介します。
まずは「Let It Out」。流して聴いていても脳裏に歌詞のストーリーが浮かび上がるから、多くの人の耳に残るはずです。失恋した男友達を励ます女性の視点で短いストーリーが進むのですが、この世界観を引き立てているのは、ceroのボーカル、髙城晶平が書いた歌詞です。この曲を聴くと、いつでも恋愛漫画をこっそり読んだ時の童貞みたいな気持ちになれる。タバコ一本のストーリーこと、『ハートカクテル』に収録されてそうな話じゃないですか。是非イラストレーターわたせせいぞう氏の手でリリック・ビデオを作っていただきたいなぁ。
そしてもう1曲が「Galanterie」。イントロからサビまでのパートは、"少し昔のゲームの海ステージ"で流れそうなフュージョン調のビート。これも最高に優雅で涼しいんですけど、この曲はサビの力がめちゃくちゃ強い。ドラムパンを模したようなポコポコしたチープなサウンドに、平成初期のアニメ・ソングを思わせる懐かしさがあるメロディー。このサビを聴くとキュンキュンと胸が高まるんですよね。この感情に身を任せ、ちょっとダサいダンスとか踊ってみたい…!
どちらの曲も、子供の頃に青春の恋愛を想像してはピュアな幻想や憧れの感情が蘇えらせてくれる。これって自分だけでしょうか。某辛口音楽雑誌では、全然違う事が書いてあったけど、満点を出している事にも納得の1枚。これから毎年夏になると聴かれるのでしょうね。最高です! …しかし、OTOTOYでは配信してません!!ここまでべた褒めしておいて御免なさい! なので、今作はここから今月のパンチ・ラインを選びました。
嘘でしょう 泣いているの?
本当にあの娘が好きなんだね
「Let It Out」より
こんな始まり方ズルいって! 一十三十一の息子に産まれ、同じこと言われてみたいと思うのでした。
最後にまたヒップホップに戻ります。紹介するのは、新しく創刊されたヒップホップ専門誌「FRESTA(フリスタ)」です。フリスタというタイトル、〈9sari Group〉関連ばかりの見出しからターゲット層は明らかです。
確かにMCバトルは過去に類を見ない程に人気ですが、人気が故に徐々に音楽から独立したスポーツのようになりつつもあります。だから仮にラップをやっていたとしても、バトルに興味がなければ手に取ることもないかもしれません。
しかし、しっかり読み込めばバトルの事だけを書いているページなんて、実は〈KING OF KINGS〉というUMBに代わって漢が立ち上げた大会関連のページのみ。そもそも、音楽誌って告知を兼ねたインタビュー記事ばかりなのに、本誌はそれが無い。すべてのインタビューは、それぞれのアーティストに音楽の事を語らせています。それぞれの表では言わない本人から見た事情や、その事情の根底にある音楽に対しての考え方がみっちり語られている。漢においては、その考えを具現化する為に積み上げてきた地味な工夫や経験を語っています。D.Oのインタビューを読んでから、D.Oと虫プロ社長・伊藤叡との対談を読んでみてください。
一見、「?」なこの組み合わせですが、D.Oの作品を聴く耳・見る眼が変わります。バトル・MCになることしか見えていない若い子が居たとしたら、良い啓蒙書になるのではないでしょうか。
最後に告知ですが、実は本誌の最後のほうで8ページも頂きKOKの全試合解説を書かせていただきました。ラップ・バトルの解説を書いたのは初めてです。即興なのだから押韻の為に無意味な事も言うでしょう。それを真面目に解説するのは難しい上に、ともすれば意地悪な記事になってしまわないか不安でした。
しかし、いざ試合を文字にして、足りない知識を補強しながら書いてみると、流して聴いていたライムが実は過去の闘いのサンプリングだったりするんですね。また、インタヴューを読んで初めて、なぜあの時あんな事を言ったのかが分かる瞬間がある。細かな部分まで言葉に血が通っていて何度も驚かされました。それがわかると本当に面白い。自分が打ち込んでいるスポーツを見ている感覚なんですね。その場で起きている以上の事が、見えている感覚です。本当に書いていて面白い記事でした。KOK2016の個人的ベスト・バウトは呂布カルマ対輪入道の戦いです。Ava1anchのドラッギーなベース・ミュージックに感化されたのか、両者とも自然とドラッグを彷彿させる単語を使い始めるんです。もっと語りたいこともあるのですが、続きは紙面で。

RECOMMEND
あべ ともなり / 大地讃頌
VLUTENTを語る上で外せない、あべともなり待望のソロ作。トラックは全曲JJJ、ミックス、マスタリングはイリシット・ツボイという強力な布陣はもちろんですが、何はともあれラップがイルすぎます! 必聴!
今回のコラムでも大絶賛の一十三十一新作は前述のとおり、残念ながらオトトイでの配信は無いんですが、話題のトラックメイカー・PARKGOLFの最新作に彼女が1曲参加しております。GOODMOODGOKU、おかもとえみなど他の客演陣も◎。
輪入道 / 左回りの時計 RELEASE LIVE AT 千葉STARNITE 2017.04.30
KOK2016のベスト・バウトとして今回のコラムでも挙げられた輪入道が先日リリースしたアルバム『左回りの時計』のリリースライヴを真空パックした配信限定のライヴ盤。会場の生々しい雰囲気も含め、是非ハイレゾで。
「パンチライン・オブ・ザ・マンス」バック・ナンバー
第6回 気持ちのいい夏の始まりのイメトレに適した3枚
https://ototoy.jp/feature/2017071001/
第5回 JP THE WAVYとGoldlink
https://ototoy.jp/feature/2017061001/
第4回 SOCKS 「KUTABARE feat.般若」
https://ototoy.jp/feature/2017051101/
第3回 Febb's 7 Remarkable Punchlines
https://ototoy.jp/feature/2017041001/
第2回 JJJ『HIKARI』
https://ototoy.jp/feature/2017031001/
第1回 SuchmosとMigos
https://ototoy.jp/feature/2017021001/
連載「INTERSECTION」バック・ナンバー
Vol.6 哀愁あるラップ、東京下町・北千住のムードメーカーpiz?
https://ototoy.jp/feature/2015090208
Vol.5 千葉県柏市出身の2MCのHIPHOPデュオ、GAMEBOYS
https://ototoy.jp/feature/2015073000
Vol.4 LA在住のフューチャー・ソウルなトラックメイカー、starRo
https://ototoy.jp/feature/20150628
Vol.3 東京の湿っぽい地下室がよく似合う突然変異、ZOMG
https://ototoy.jp/feature/2015022605
Vol.2 ロサンゼルスの新鋭レーベル、Soulection
https://ototoy.jp/feature/2014121306
Vol.1 ガチンコ連載「Intersection」始動!! 第1弾特集アーティストは、MUTA
https://ototoy.jp/feature/20140413