斎井直史のヒップホップ連載「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第10回──KOJOE4年半ぶりの新作に迫る

いよいよ本格的に冬! 今年も残り1ヶ月半、年末に向けじわじわと忙しさも増す今日この頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか? ヒップホップ・ライター・斎井直史による定期連載「パンチライン・オブ・ザ・マンス」も今月で10回目! 前回はみんなが待ちに待ったPUNPEEのアルバム『MODERN TIMES』を渾身のレヴューでお届けしました。年間のベストも出揃いつつあるタイミングですが、ここにきて強烈な作品! 今月は新潟生まれ、NYクイーンズ育ちのバイリンガル・ラッパー、KOJOE4年半ぶりとなるアルバム『here』を特集です。豪華な客演陣が揃う今作からはどんなパンチラインが選ばれるんでしょうか!?
4年半ぶりとなるオリジナル・アルバム!
KOJOE / here
【収録曲】
01. KING SONG Feat. Mayumi
02. Smiles Davis Feat. Dusty Husky & Campanella
03. PenDrop Feat. ISSUGI
04. Prodigy Feat. OMSB, PETZ, YUKSTA-ILL, SOCKS, Miles Word, BES
05. 80 Connections
06. Memory Lane Feat. DAIA
07. Tokyo City Lights Feat. Ace Hashimoto & 5lack
08. Salud Feat. MUD & Febb
09. Road Feat. Buppon
10. Mayaku
11. Cross Color Feat. Daichi Yamamoto
12. PPP
13. to my unborn child
14. 3rd "I"
15. BoSS RuN DeM Feat. AKANE & Awich
16. Day n Nite
17. here
18. Everything Feat. RITTO
【配信形態 / 価格】
WAV / ALAC / FLAC(16bit/44.1kHz) / AAC
単曲 257円(税込) / アルバム 2,057円(税込)
第8回 KOJOE 『here』
KOJOEによる4年半ぶりオリジナル・アルバム『here』がリリースされました。これまで複雑な氏の自我を題した『MIXED IDENTITIES 2.0』(2012)、主体性を失った日本に発破をかける『51st State』(2013)と、ソロ・アルバムに関してはアイデンティティをモチーフにしてきましたが、今作『here』はどう違うのでしょうか。
まずKOJOEといえば17歳で渡米し、ラッパーとしてNYゲットー・エリアで14年間生活していた人物である事は広く知られています。数多くのレジェンド級MC達を産んだ〈Rawkus Records〉の目にとまるも、レーベル自体が閉鎖…その後帰国し、キャリアをリスタートさせました。母国語のように出てくる黒人訛りの英語は勿論のこと、ビートを組めるだけでなく、肉厚で奥行きがある声を活かした歌い方も巧い。一言で説明できないアーティストですが、以上を一発で伝えているのが彼のフロウ。ソウルフルに崩した日本語を聴けば、誰もが一聴して彼の生き様を感じ取るでしょう。ゲットーで磨き上げた感覚から産みだされる音楽とスムースなフロウは、ラップというよりもラフなソウル・ミュージック。
彼の音楽には常にNYの空気が漂っています。だからこそ、彼にとって居場所やアイデンティティーとは常に自分についてまわるトピックなのでしょう。今作を含め3枚のオリジナル・アルバムは、どれも自らの存在に根ざしたものでした。ですが、コンシャスな曲はあれども、そこに神経質さはありません。むしろ、直球のヒップ・ホップ・アルバムに仕上がっているあたりに彼の人となりを感じさせます。
今作『here』もサウンド自体は同様、王道のラップ・アルバムです。4曲目の「Prodigy Feat. OMSB, PETZ, YUKSTA-ILL, SOCKS, Miles Word, BES」では、今年急逝したProdigy(Mobb Deep)による「Keep It Thoro」と同じネタ使い。日本各地から集められたスタイルの通じるMC達のマイク・リレーも豪華ですが、名曲まんま使いかと思いきや、ブンブンと鳴る808キックが効いたビートへ切り替わった瞬間、リスナーの口元は緩むでしょう。後半はスロウでエモーショナルな展開になりますが、その中でも氏には珍しいポエトリー・ラップ「to my unborn child」も必聴。奥行きあるハスキーな声とスムースな英語が、子供に語りかけているにもかかわらず色気すら感じさせます。アルバム終盤の「here」では氏のアイデンティティ探しのひとつの到達点が感じられます。
幼い頃から転校を繰り返し、アメリカに渡り、黒人コミュニティーに居場所を見つけた彼は、母国に戻れば外国人扱い。前作『51st State』の1曲目「No Country」では力を込めて「ここはどこ、私は誰」と始めます。しかしKOJOEは、居場所や日本人であるアイデンティティを探す旅の果てに、それらから開放されたかのよう。同じリリックが「here」でも登場しますが、肩の力が抜け、声が安らぎに満ちています。続く言葉も「懐かしいフレーズに身を任せ」。今の彼にとって「ここはどこ、私は誰」という昔から繰り返されてきた問いかけは、懐かしいものなのでしょう。『51st State』以降の彼の活動は遊牧民のように自由でした。スキルフルで実力派の逆輸入ラッパーという肩書きは紛れも無い事実ですが、近年は徐々に人としての豊かさと厚みを感じさせるリリックと、そのしゃがれた声が魅力に変化しつつあります。
以上を一言で表すならば、『51st State』以降の活動から徐々に肩の力と同時にリリックに日本語が増え、よりダイレクトに伝わりやすくなった素晴らしいアルバムでしたが…どうしても今月のパンチ・ラインは今作の中のAwichから選ばせていただきます! 氏には申し訳ないが、俺は彼女のパンチを無視できない!
説得力無えなぁ 文句ばっか Yuh Nah Mek No Paper(お前全然稼いでない)
Mi Nah Badda With A Thing (私の目は節穴じゃない) ゲームに居座るなら払え家賃
「BoSS RuN DeM Feat. AKANE & Awich」より
今色々なアーティストが群雄割拠する中、おそらく今最も目立っているのは、このAwich。そんな多忙なはずの彼女だからこそ、説得力を超えて殺傷力すら感じる鳥肌パンチラインでした!
以下余談なのですが、KOJOEについて書いていて脳裏から離れなかったラッパーがいます。それは自分がアジア人というアイデンティティを強烈に意識させてくれたJinというラッパーです。
2002年、アメリカで平日夜7時から放送されていた人気番組『106&Park』では〈Freestyle Friday〉というコーナーがありました。なんとそのチャンプがJinという中国人系アメリカ人だったのです。その登場も衝撃的。6連覇中のHassanと対峙したJinに、スタジオの空気は若干苦笑いムードすら漂います。しかし、彼のライムが牙をむいた瞬間、会場は手のひらを返したようにJinを称えます。DJを勤めていたFatman Scoopは後攻のビートを回す前に「ハッサン、今すぐ、直ちに集中しろ」と真顔で異例のアドバイス。しかし、Hassanは言葉に詰まりJinがTKO勝利。衝撃的なデビューを飾ります。
その後、中国人であることをネタにする挑戦者が続くも、毎週残酷なまでに相手をズタズタに言い負かすJin。当時まだ日本を出たことが無く、アメリカにおけるアジア人の扱われ方すら知らなかった10代の自分にとって、猛者たちを倒していく彼の様子はアジア人としての誇りでした。自分にとって、彼はブルース・リー以上のヒーローです。連続防衛して殿堂入りした彼はDMX率いるRuff Ryders入りを果たし、映画『ワイルドスピードX2』にも出演。しかしその後Ruff Rydersは衰退し、Jinも発砲事件に巻き込まれる等の不運が続き、やっとの思いでリリースしたアルバムはセールスは伸びず引退をしてしまいます。ですが、今でもスタンダップ・コメディや俳優業も行う傍ら、音楽も続けているようです。懐かしいなぁ。心から応援しています。
公式ページでは最新音源やキレのあるフリースタイルを披露してくれています。以下、チャンプをチョークさせてしまった先攻です。書き起こして和訳をつけておきます。(間違っていたらごめんね)
With a name like Hassan.You should join the Taliban.
ハッサンなんて名前じゃ、タリバンにでも入りな。(ハッサンはムスリム系の名前)
Cause that's the only way you'll get flex to drop a bomb.
だって、自分を見せびらかせるにはボムるしかないんだろ?
When they retire me and I land in the booth.
リタイアさせられたら俺はブースに籠もる。
You'll be outside trying to shake hands with scoop.
一方お前は(Fatman)Scoopとの握手を出待ちだろ?
You got six victories? I wonder if this will hurt.
The closest you'll get to 7 is the number on ya shirt.
お前が6連覇? これ言って傷ついたらごめんね?
お前がゲットする7の数字。
それは今着てるTシャツにプリントされた7らしいよ。(つまり7連覇は無い)
Yeah I'm chinese, now you understand it.
I'm the reason that his little sister's eyes is slanted.
あぁ、ご存知のとおり俺はチャイニーズ。
俺の目はお前の妹の感じちゃってる時の目みたいに細長いだろ?
(トロンとした目とアジア系の細長い目をかけている)
If you make one joke about Rice or KARATE,
NYPD be in Chinatown searchin for your body.
お前が米や空手を馬鹿にすれば、NYPDがお前の死体をチャイナ・タウンで捜すことになるぜ。
Ask free.she'll tell you to duck down.
きいてみろよ。妹も身を潜めた方が良いって言うんじゃないか?
He thought the harlem shake was a drink from uptown.
こいつハーレム・シェイクがハーレムの飲み物と勘違いしてる。
(ハーレム・シェイクは肩を揺らすダンス)
Whacha want to do son? I'm ill when I spit.
I’m tellin you right now, yo, you aint legit.
おぅ、どうするんだ? スピットした時の俺はイルだぜ。
お前に言ってんだ、ダサいお前によ。

RECOMMEND
Awich / 8
今月のパンチラインにも選ばれた、Awichの1stソロ・アルバム。Chaki Zulu(from YENTOWN)の全面プロデュースと彼女の歌声から生み出される世界観には、トライバルな匂いも感じさせる強烈な作品。
アルバムにFebbと共に客演で参加しているKANDYTOWN所属のラッパー、MUD。同クルーであるNeetzの全曲プロデュースによるデビュー作は西海岸の雰囲気をまといつつも、今の東京を映し出した好盤。
ISSUGI / 7INC TREE Series
MONJU、DOWN NORTH CAMP所属の東京を代表するラッパー・ISSUGI。現在、7インチと配信でリリースを続ける『7INC TREE』シリーズを毎月リリース中。この止まらない活動ペースでも、クオリティが下がらない凄み。OTOTOYではロスレス音質で配信中です。
「パンチライン・オブ・ザ・マンス」バック・ナンバー
第9回 PUNPEE 『MODERN TIMES』
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第8回 GRADIS NICE & YOUNG MAS 『L.O.C -Talkin About Money- 』
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第7回 夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書
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第6回 気持ちのいい夏の始まりのイメトレに適した3枚
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第5回 JP THE WAVYとGoldlink
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第4回 SOCKS 「KUTABARE feat.般若」
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第3回 Febb's 7 Remarkable Punchlines
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第2回 JJJ『HIKARI』
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第1回 SuchmosとMigos
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連載「INTERSECTION」バック・ナンバー
Vol.6 哀愁あるラップ、東京下町・北千住のムードメーカーpiz?
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Vol.5 千葉県柏市出身の2MCのHIPHOPデュオ、GAMEBOYS
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Vol.1 ガチンコ連載「Intersection」始動! ! 第1弾特集アーティストは、MUTA
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