斎井直史のヒップホップ連載「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第15回──初の映画特集! 『大和(カリフォルニア)』
新年度、新学期、新生活が始まる4月も中盤ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 少しお待たせしてしまいましたが、今月も「パンチライン・オブ・ザ・マンス」お届けいたします! 先月は奇抜な格好や行動で〈Soundcloud Rapper〉の1人として話題を集めまくるラッパー、6ix9ineとは一体何者なのか!? ということでピックアップいたしました。(デビュー・ミックステープは新曲を一曲追加した新たなパッケージでこちらにて配信中です!) そして、気になる今月は…連載初となる映画を特集です! 斎井がチョイスした映画とは一体?
第15回 初の映画特集! 『大和(カリフォルニア)』
今月はいつもと違い、映画をご紹介します。宮崎大祐監督、韓英恵主演の『大和(カリフォルニア)』。最近までこの映画のことを、大和市を舞台にしたラップの映画でNORIKIYOが出るらしい、という浅い認識でした。たしかに米軍基地のある大和市とラップはこの映画を語る上で避けられない要素ですが、例えばボクシングに興味が無くてもロッキーに感動できるように、『大和(カリフォルニア)』はラップに慣れない人でも、米軍基地に関心が無くても、まったく問題なくストーリーに没入できます。てなことで、ラップと米軍基地には深入りせずに『大和(カルフォルニア)』をオススメしたいと思います!
映画の主人公であるサクラ(韓英恵)は、アメリカのヒップホップに憧れるギリ未成年のフリーター。見るからに愛想が悪く、家に帰れば家族にも悪態をつき、居心地が悪ければバイトへ逃げるもののバイト先は臨時休業ばかりで居場所がない。だから大和市をスクーターで徘徊したり、棄てられたキャンピングカーに篭もる毎日です。そんなサクラの枕元には使い込まれた分厚い辞書があったり、キャンピングカーの窓にもリリックに種と思われる付箋が沢山張ってあるところから、サクラはつねに自分のラップを模索としていることが見て取れます。
……が、映画『8mile』のエミネム扮するラビットのようにすでにラップが巧いかというと、違う。この映画のスタートはサクラのラップから始まりますが、これが酷い。「相模オリジナル」とはじまるラップは、誰かの曲を言い換えただけのようなリリック。それを力無くボソボソと呟くサクラ。次のシーンでは路上の即興ラップに勇ましくカチ込むも、言葉が詰まってやり込められてしまい、挙げ句の果てに苛立ってギャラリーを殴りかかるシーンです。アメリカのラッパーに強く憧れるサクラから見れば、ダサく見えるラッパーが無性にイラつくのでしょう。そこまでギラギラした志を持ちながら、自分も自分の住んでる世界も理想から絶望的に遠い。自分は「死んでないだけの人生」を送っている数多の中の1人なのでは、と焦りを募らせるサクラの心情を察するに、ラップや米軍基地の知識は無くても大丈夫です。
そんなサクラの家に滞在することになるのが、アメリカ人のレイ。女の子らしくて勉強もでき、日本語も上手で人当たりも超良いというサクラとは正反対な存在です。極めつけにレイは、サクラが知らないアメリカのラッパーを勧めてきます。最初はレイに対しサクラは無視を決め込むものの、レイの強引な誘いに渋々スクーターで町へレイを連れ出すことに。このとき、レイはサクラが流すNORIKIYOに反応し、カッコいいと褒めるのですが、その時サクラはNORIKIYOを「地元の先輩」と少し嬉しそうに言うんですね。その後NORIKYOのライヴをふたりで観に行くものの、ライブ中に目の前でクラブから追い出されるサクラ達を一暼すらしないNORIKIYOの様子から、恐らく2人に面識が無いことがわかる。サクラとNORIKIYOを繋ぐのは同じ相模エリアというだけなのに、「好きなラッパー」と言わず「地元の先輩」と微妙に盛った答え方をしてしまうサクラの心は、想像に難くないです。サクラは自分が何者でも無いことを、少しでも隠したいと思っている。それは恥ずかしいけど、誰でも経験があることだと思うんですよね。
もっと言うと、映画の冒頭にサクラがラップするリリックには「平屋に暮らし食べるのはうまくもまずくもない惣菜」とあるのですが、家に帰ると母がカレーを作って待っています。しかし、サクラはそれを食べない。何年ぶりかの寿司が届いても、ふてくされて箸に取った玉子を眺めるだけ。群れずにひとりでいるようにも見えますが、冒頭でサクラが突然殴りかかったギャラリーの女の子も、実は昔の友人だったことが後半に明らかになります。彼女らも音楽に興じているので本当はサクラの友達になり得たのに、ダサい事が許せないサクラにはそれができない。
つまり、サクラは憧れのラッパーに自らをハメ込もうとして、彼女自身を見失っている。その現実を突きつけるのが…さて誰でしょうか。そして最終的に、サクラのラップはどんなスタイルへと変化するのか。続きは劇場にて! DVD化されるとは限らないぞ!
サクラが遠くの世界に憧れながらも、その距離感から苛立ち迷走する日々は、まるで自分を見ているかのよう。色々な感じ方があるかとおもいますが、憧れをトレースするだけの毎日に限界を感じ、自ら考えることを始めたら新たな可能性が広がった経験をした人には超オススメの映画です。
最後に昨年初のCDアルバム『Classic Brown Sound』をリリースしたCBSが4月4日にシングル「Stay Up All Night」を配信させたので紹介します。
イントロのギターは多くの曲にサンプリングされているJones Girls「Who Can I Run To?」を弾き直したものかと思いますが、メロウでソウルフルな原曲の香りが濃く漂ってしまうところを、パーティーへと向かう夜のような静かな高揚感を思い起こさせる仕上がりです。また、フックのコーラスが綺麗なんだ。プロデュースはCBSのバックバンドとも言えるPistachio Studio。中でも最近はMaliaやiriといったR&Bシンガーに楽曲を提供しているキーボード担当のESME MORIには注目です。特にiri『Juice』収録のESME MORIがプロデュースした「fruits(midnight)」は本当に良かった。クールでハスキーなiriの声を活かしているのは美しいシンセ音だけでなく、トラップを少しだけ含ませたようなビート。ヒップホップを感じさせる手前の温度で仕上げたバランス感覚が本当に絶妙。だからこそiriのクールな魅力をそのままに、聴く者の熱を上げてくれるような曲に仕上がっている。この「fruit(midnight)」に限らずiriの言葉選びはラッパーには無いセンスで、どこかバンドっぽさを感じる点がCBSに通じます。遅ればせながら iri『Juice』は本当に素晴らしかった。彼女の事をNikeのオーディションを勝ち抜いたラップができるシンガー・ソングライターという程度で理解していた事をお詫びします…。それにしても影の立役者として存在感を増してきているPistachio Studioには注目です。Manhattan Recordsには僕が晴れて彼らにインタヴューさせてもらった記事も掲載されているので、こちらもぜひ!
Batica 7th Anniversary DAY 8 × ピスタチオ・スタジオ
2018年4月30日(月)@恵比寿BATICA
時間 : OPEN 16:00
料金 : 前売 ¥2300+1D / 当日 ¥2800+1D
出演 : Suzuki mamiko & Chicken is Nice / CBS & Chicken Is Nice ft. 高橋一(思い出野郎Aチーム) / TAJIMA HAL ft. kyoh3i (GITANS) -band set- / Kameill / Koh / Saii / Leo / J-One &more
ゲスト : Ryohu(KANDYTOWN) / 鶴岡龍(LUVRAW) / underslowjams / MATZUDA HIROMU(WONK/ShunskeG.& the peas) / 荘子it / Linn Mori
「パンチライン・オブ・ザ・マンス」バック・ナンバー
第14回 今話題を呼ぶ、6ix9ineって何者!?
https://ototoy.jp/feature/2018031001/
第13回 未知なる魅力を持つシンガー・MALIYA
https://ototoy.jp/feature/2018021301
第12回 LAの注目シンガー・Malia
https://ototoy.jp/feature/2018011002/
第11回 斎井直史的2017年度総括
https://ototoy.jp/feature/2017121201/
第10回 KOJOE 『here』
https://ototoy.jp/feature/2017111501
第9回 PUNPEE 『MODERN TIMES』
https://ototoy.jp/feature/2017101103
第8回 GRADIS NICE & YOUNG MAS 『L.O.C -Talkin About Money- 』
https://ototoy.jp/feature/2017091102/
第7回 夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書
https://ototoy.jp/feature/2017081001/
第6回 気持ちのいい夏の始まりのイメトレに適した3枚
https://ototoy.jp/feature/2017071001/
第5回 JP THE WAVYとGoldlink
https://ototoy.jp/feature/2017061001/
第4回 SOCKS 「KUTABARE feat.般若」
https://ototoy.jp/feature/2017051101/
第3回 Febb's 7 Remarkable Punchlines
https://ototoy.jp/feature/2017041001/
第2回 JJJ『HIKARI』
https://ototoy.jp/feature/2017031001/
第1回 SuchmosとMigos
https://ototoy.jp/feature/2017021001/
連載「INTERSECTION」バック・ナンバー
Vol.6 哀愁あるラップ、東京下町・北千住のムードメーカーpiz?
https://ototoy.jp/feature/2015090208
Vol.5 千葉県柏市出身の2MCのHIPHOPデュオ、GAMEBOYS
https://ototoy.jp/feature/2015073000
Vol.4 LA在住のフューチャー・ソウルなトラックメイカー、starRo
https://ototoy.jp/feature/20150628
Vol.3 東京の湿っぽい地下室がよく似合う突然変異、ZOMG
https://ototoy.jp/feature/2015022605
Vol.2 ロサンゼルスの新鋭レーベル、Soulection
https://ototoy.jp/feature/2014121306
Vol.1 ガチンコ連載「Intersection」始動!! 第1弾特集アーティストは、MUTA
https://ototoy.jp/feature/20140413