ヒップホップの現在へと接続する100の名盤を紹介する──書評『ヒップホップ名盤100』
オトトイ読んだ Vol.28

オトトイ読んだ Vol.28
文 : 河村祐介
今回のお題
『ヒップホップ名盤100』
小林雅明 : 著
イースト・プレス : 刊
出版社サイト
OTOTOYの書籍コーナー“オトトイ読んだ”。今回はヒップホップのディスクガイド本、その名も『ヒップホップ名盤100』。単なるガイドブックではない読後感。100枚のヒップホップの名盤で、その歴史を追走するこの本に関して、編集部、河村が書きました。
現代ヒップホップからの距離感によるセレクト
──書評 : 『ヒップホップ名盤100』──
文 : 河村祐介
本作はタイトルとおりヒップホップの名盤を100枚を集めたディスク・ガイドとなる。ここ日本も含めて、いまや世界中、各地にローカライズされたカルチャーが存在するジャンルといえるが、取り扱うのはその誕生の地、アメリカのみ。
いわゆる名盤を列べたディスク・ガイド本(でもある)だが、読後の感想としてはさらに濃い体験が残る本だ。私はいわゆるヒップホップに関しては熱心なリスナーではないし、現代のヒップホップに関しては門外漢といっていいだろう。それでも本書を読むと、最近の作品を聴いてみようと思わせる、そんな読後の感想を持った。もちろん、現在のヒップホップを熱心に聴いている人々にとっては、いま聴いてる音楽がどこからきた、なにものなのか、その理解に大きな助けになってくれる本になるだろう。
ストリートでなんらかの音楽的要素が生まれ、ヒップホップという音楽のゲーム・チェンジの要因となる。それがある社会的要請によるものなのか、ローカルな遊びのなかから生まれたものなのか、それともあるひとりのアーティストのひらめきなのか。そうして生まれた要素が継承され、逆になんらかの要素は忘れ去れ……と、1枚1枚を通じて作品が積み重なり、ひとつのカルチャーが作られ、歴史の層となっていく。どうして現在のヒップホップというカルチャーができたのか、その構成のプロセスが追体験できる、そんな感覚が本書を貫いている。また、もちろんそこにはアメリカ社会史も大きく介在していく。
著者のまえがきにもあるように、あくまでも現在の視座からの選盤となっているため、当時の評価軸とはまた違った部分も含めて選出されているという。いわば本書の選盤や解説の方針には現在のアメリカのヒップホップというカルチャーの存在、そこからのパースペクティヴが色濃く反映されていると言える。現在へと続く通史が強く意識されているディスクガイドともいえるかもしれない。とはいえ、通史と言っても前述のようにもちろんそれは単線的なものではなく、それぞれ起点があり支流が無数に伸びて併走や消失を繰り返しつつ、メジャー、アンダーグラウンド、アメリカのさまざまな地方から生まれ、そうした各作品が持つ歴史が束になってできた大きな流れとして描いている。どこからはじまり、どうスタイルが分岐し、トレンドとなり、各ローカル産の特徴となる音楽性と混ざり、方やメジャーで消失したスタイルがアンダーグラウンドで醸成され……と、そして現在へと至ったのか、その理解を促してくれる。そうした視点で選ばれた作品群と言えるだろう。
もちろん掲載されていない「名盤」というのもあろうだろうが、それを指摘して揚げ足をとるのは全くもって本書の「筋」の読み違えになってしまうだろう。そういう性格の「網羅」だけが目的のディスク・ガイド本では決してない。むしろそうした未掲載の「名盤」が、掲載作のどの系譜に位置する「名盤」なのか考えるという楽しみ方のほうが建設的な本書の使い方ではないだろうか。
各ディスクの紹介は、これまでの著者が行ってきた評論活動と同様、ヒップホップのラップと音楽性、それを取り巻くアメリカ社会と、包括的な解説がなされていて、簡潔ながらそれでいて鋭い。リリックの意味はもちろん、押韻技術、語彙の方向性やスラングの意味、先達のヒップホップ作品の引用や当時の流行の言葉などなど、そしてそれが生み出された各シーンや地方の文化的・社会的背景、影響を及ぼした思想やグループなどについても詳しい(重要な要素は別途コラムも設けられている)。
さらには音楽性に関する解説もまた充実していて、その作品を生み出した機材の特性、その特異な使い方によって生み出されたサウンドの特徴、当時の各地のフロアでヒットしたローカルなサブ・ジャンルの隆盛なども解説されている。
いわば言葉、音、その背景と、なぜその流れのなかで重要だったのかがよくわかりとても解像度が高い。
現代ヒップホップにおける、メインストリームはもちろん、ある種のオルタナティヴも提示されていて、そのあたりの多様なる並列はとても興味深いものだ。そしてそうしたオルタナティヴがメインストリームになったり、消滅、突如として復活したりというのが繰り返されていることを本書はまた1冊の選盤で教えてくれている。
本書の構成は、各見開きに1枚、さらには「PUT THAT RECORD BACK ON!」と題された関連作の小枠コラムが掲載されている(ということは200枚を紹介している)。どこか連想ゲームのようにルーツや継承、果ては正反対の音楽性のものを引いてくることで、さらに多様な広がりを持つヒップホップという音楽の懐の深さを感じることもできるようになっている。
本書一冊を経るとヒップホップという音楽を聴く耳と、そしてその各地点で変わる価値観を理解する頭を作り上げるとでも言おうか。ある範囲の音楽文化を聴くリスナーへの「教育」的側面も持ち合わせていて、それは「名盤」を網羅するための単なる穴埋め用リストではないのが本書の特徴といえるだろう。
ちなみに本書は同出版社が展開するシリーズこれまでに『日本語ラップ名盤100』『20世紀ジャズ名盤100』と、こちらのヒップホップで3冊目とのこと。














































































































































































































































































