京都エレクトロニカ・シーンのベテラン、Ken'ichi Itoiが放つ『EXN』、ハイレゾ配信開始
京都を拠点に、エッジーなエレクトロニカ~電子音楽をリリースし続ける老舗レーベル〈shrine.jp〉(傘下には、ダンス系の派生レーベル〈MYTH〉もある)。主催は、京都のエレクトロニカ~電子音楽シーンの第一人者として活躍してきたPsysEx(サイセクス)こと糸魚健一だ。これまでインディ・ペンデントに地道に活動を続け、自身の作品を含めてさまざまな作品を重ねてきたが、このたびついにレーベルはその発足から20周年を迎える。そんなレーベルからリリースされる作品は、これまで糸魚が使ってきたメインのプロジェクト名、PsysEx(サイセクス)ではなく、Ken'ichi Itoi名義、つまり本名名義のリリースとなる。アルバム・タイトルは『EXN』。これまで長らくPsysEx名義にてリリースしてきたため、初の本名名義でのフル・アルバムだ。電子音の粒子とカリンバをはじめとする生楽器の穏やかな響きが交差する極上の電子音楽だ。
24bit/44.1kHzハイレゾ配信中
Ken'ichi Itoi / EXN(24bit/44.1kHz)
【Track List】
01. Keggon
02. Zinew (Zinem OVAL Remix)
03. Enzso
04. Sigle
05. Auhm
06. Qizen
07. Eiew
08. Cotin
09. Engue
10. Zinem
【配信形態 / 価格】
24bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC
単曲 324円(税込) / アルバムまとめ購入 2,700円(税込)
INTERVIEW : Ken'ichi Itoi
糸魚健一はPsysEx名義などでリリースを重ね、定期的にイベントなどを開催、レーベル〈shrine.jp〉を20年に渡って運営、またインタヴュー中にもあるように、15年にわたって京都のオルタナティヴ~クラブ・シーンの中心地のひとつであるメトロで裏方として働くなど、まさに京都のアンダーグラウンドなエレクトロニカ~電子音楽シーンを体現してきたアーティストでもある。 そんな彼が、その代名詞と言えるPsysEx名義を横におき、レーベル20周年目の節目の年に、本名であるKen'ichi Itoi名義でリリースしたのが『EXN』である。「縁(えん)」をテーマに作られたという本作は、どこかそのタイトルを想起させるように、電子音を中心とした音の粒子たちが、それぞれ影響しあいながら結びつき、楽曲を構成していく。心地よいカリンバのサウンドや暴力的なまでに響く低音、電子音のパーカッション、それらが連なりひとつのイメージを作り出す。またアルバムには、つい先ごろ6年ぶりのフル・アルバム『popp』をリリースした、ジャーマン・エレクトロニカ・シーンの重鎮、OVALもリミックスを1曲提供している。 さて本作に関して京都在住の糸魚健一にメールにて尋ねた。
取材 & 文 : 河村祐介
縁(えにし)をメインテーマに20年の感謝の思いがコンセプトになっています
――サイセクス名義ではなく、本名名義の作品というのはレーベル20周年という節目も関係しているのですか?
サイセクスの活動ではポリリズムという大きなテーマをベースにしていました。制作時の自身の手法の変化や趣向の反映、それぞれの質を高めるような、言って見ればプロジェクト全体をヴァージョンアップしていく、それぞれのフェイズの変化を示すようなリリースを続けてきました。そんななかで、自分の作品としては、前々作にあたるサイセクス「x(テン)」で、10フェイズ目をアルバム作品にまとめサイセクスの活動としては最終章の意味合いがあります。
そしてアナログとデジタルのメディアを横断した前作"Apex"のシリーズは、名義としては「Ken'ichi Itoi a.k.a. PsysEx」でのリリースでした。"Apex"のシリーズは、それもあってリアル・ネームとサイセクス名義の中間に位置する作品になります。 それで今作、20周年ということでレーベル・プロデュースという意味でも何か企画したいと思いと本人名義での作品制作が重なっというわけです。
――すでに長い間、ご自身のレーベル、そしてアーティスト活動を続けられていますが、その秘訣とはなんでしょうか?
レーベルの継続に関しては、立ち上げた当初思い描いていたこと、レーベルとしての理想をかなえたいという一心でやっています。 それは新しく感じる自由な音楽性、定期的にリリースすること、しっかり流通させること、続けることです。 なかなかそういったことが実行できなかった時期もあって、その反動もあると思います。
――その反動でここ数年はレーベル運営をコンスタントにできているということでしょうか?
以前、15年の間、京都メトロで働いていて、店長のときはレーベルはコンスタントに動かすことができなかったと思います。その分、続けることやコンスタントに対する思いが大きくなりました。また15年の間、毎日のように現場にいたので、違うジャンルのアーティストからアイデアを得たり、すぐにライヴやパーティで、思いついたアイディアなどを試すことができて、試行錯誤を重ねる事ができきました。現場で、いろんなつながりが出来たことも、レーベルやアーティスト活動を続けられた秘訣になったと思います。
――そうした現場での出来事で、レーベルやあなたの活動にとって、最も印象的な出来事はなんでしょうか?その理由も教えてください。
自身で手がけた〈patchware on demand〉というイベントがあったのですが、そのイベントがエレクトロニカの海外アーティストがジャパン・ツアーをする際の京都公演の窓口になりました。とくにここ数年で他界された、クラスターの故ディーター・メビウス、故ミカ・ヴァイニオ(ex パンソニック etc)の出演はかけがえのない経験になりました。また、ラスター・ノートンとして日本公演を行う前に、カールステン・ニコライの京都での単独公演を開催したことも印象深いです。国内のアーティストや、京都の若いアーティストと出会えたことももちろん。普段耳にしてこなかったジャンスからの刺激も大きかったと思います。
――レーベルのコンセプトがあればお教えください。もともとのものでなくても、20年の間変化してきた、いま現在更新されたものでも結構です。
なかなかモチベーションを持続することは大変ですが、制作やライヴの様に、レーベルの運営も自身の表現のひとつととらえています。
これまでの名義ではやらなかったこと
――本作のテーマ、コンセプトを簡単に教えてください。
縁(えにし)をメインテーマに20年の活動の、感謝の思いがコンセプトになっています。過去には音楽で何かを表現したりということはしてこなかったので、涼音堂茶舗の共同プロデューサである星憲一朗さんにいくつかキーワードを投げてもらってアルバムとしてのコンセプトや曲毎のテーマを決めて行きました。そこで、縁(エン)という意味を込めてEXN(エン)と名付けました。「エクシクルジーブ」という意味で「PsysEx」であるとか、過去の作品の「psx」シリーズ、「x」「Apex」からの流れもあり、「EXN」としています。 曲それぞれに意味があります。仏語から引用されたものも多いですが漢字での表記は以下になり、その言葉の意味を曲毎のテーマにしています。例えば、3曲目の円相(Enzso)は、禅における書画のひとつで、図形の丸(円形)を一筆で描いたもの。悟りや真理、仏性、宇宙全体などを円形で象徴的に表現したものとされていて、その解釈は見る人に任されるというものです。また、「己の心をうつす窓」という意味でもあります。こんな風に、楽曲制作の初動として作曲しはじめる為のキーワードがあり、そこから曲のテーマを練りました。ちなみにアルバム全体ではこんなキーワードになっています。
1. Keggon (ケゴン / 華厳))
2. Zinew (Zinem OVAL Remix) (ジニュウ / 自涌、ジネン/ 自然・オヴァルリミックス)
3. Enzso (エンソウ / 円相))
4. Sigle (シグレ / 時雨)
5. Auhm (アウン / 阿吽)
6. Qizen (キゼン / 機前)
7. Eiew (エイエウ / 栄耀)
8. Cotin (コタン / 枯淡))
9. Engue (エンギ / 縁起))
10. Zinem (ジネン / 自然)
──サウンドメイキングに関して、エレクトロニカ的な手法といってもかなりリズムを主体に作られていますよね?
僕はメロディを書くことができない。書いてもちっとも良くないので(笑)。ずっと、リズムやポリリズムあるいはワントーンが継続するドローンの不協和音を組み合わせて制作しています。今回もクラブ・ミュージックの様なリズムは存在しませんが不協和音の実験的取り組みであり、揺らぎの重なりあいをポリリズム的に表現しています。
──カリンバが印象的なんですが、なぜカリンバを使おうと思ったんでしょうか?
テーマが決まり、本人名義での作品ということで、サイセクスでやらなかったことをしました。カリンバにかぎらずアコースティックな音色を意識して多用しました。リバースやフェイドアウトなど、今までさけてきた事を積極的に使いました。
──他に使っているアコースティックな楽器は?
特に多いのはピアノやストリングス、またそのリバース音、ベースのほとんどはウッドベースです。パーカッション系もグラス系やメタル系、よくあるものですし、フィールドレコーディングも使いました。
──ちなみにこうしたアコースティックな楽器にフォーカスしたのはなぜでしょうか?
いままで、活動そのものがコンセプチャルで、そのコンセプトに即したプロジェクトの表現しかしてこなかったので「それ以外のことをやってみるという」くくりを外すことでリアルネームでの作品の意味にしようと思いました。使用音色でいいますと、電子音、シンセやDPSで生成される音しか使わないと決めてきていたので、そのカウンターに当たると思いアコースティックな音色を使いました。
──話はそれますが最近のモジュラー・シンセの流行についてはどう思いますか?
手法のリバイバルでとても興味深いですし、先鋭的なモジュラーもたくさん出てきて面白い世界だと思います。僕としてはMIDIで環境を構築していた時代からリアクターやMaxにであってソフトウェア・モジュラーに移行したことに、感覚としては似ていると思います。ユーザーインターフェイス、操作感や出音はどちらにも長所や短所となるところがあると思います。
──サイセクスと本名義での違いが明確にあれば、それぞれ教えてください。
サイセクスでは手法や音質の先鋭性にこだわっていましたが、感情の表現をしました。
──ミックスなど音響的に意識したところはありますか?
手法としても、ポピュラーなことをさけてきましたので、今回はリバースやフェイドを多用しています。ハイファイなことに徹してきましたが、そういうことではない、人の聴感に素直なサウンドを目指しています。いままでの作品のなかで最も音の悪い作品だと思います。しかし、サウンドがなすべき、もっと大事な表現ができたと思っています。
──また話が逸れますが、例えばPAのサウンドシステムもここ20年ほどに解像度において、飛躍的にその性能があがりました。そうしたオーディオ的な表現の技術向上があなたの音楽表現に影響を与えるということはありますか?またはもし与えているとすればどんなところでしょうか?
音の良さの進歩は、設計段階でコンピュータが介入した事でより高効率な製品の進化によるところは大きいと思います。直感的にもっと大きいのはUI、操作性の利便性は特に飛躍した事だと思います。より簡単で短時間に何度も試せる事は20年前の環境では実現出来なかったです。ただ、こうなれば良いのにということがそうなってきているので、作業環境の向上と共にある意味では、『EXN』の制作も自然な時代的なことだったんだと思います。
OVALリミックス曲と他のオリジナル曲も共に研ぎすまされていきました
──ここ最近で気になっているアーティスト、もしくはコンセンプトがおもしろいと思った作品はありますか?
自分のレーベル(サブレーベルも含む)でリリースするアーティストはもちろんですが、Velveljin、genseiichiは同日にリリースでうれしかったです。媒体でよく目にするアーティストも最近のストリーミング・ミュージック・サービスのおかげで気軽に耳にできるので、参考にしたく思って聴いてみて、それぞれ凄いと思うのですが、自分ができることをしようと再認識します。
──OVALに今回リミックスをしていますが、かれとはどのような出会いで今回一緒に作品をだすことになったんでしょうか?
はじめて見たのは、90年代だったと思うのですが、マウス・オン・マーズとミクロストリア名義で来日した時にライヴを見て、ポップさを実験音楽に取り込んでいて、感動しました。サイセクスで活動と重なることもあって、オヴァル名義で考え方を作品テーマに置く手法に共感を覚えました。その後、オヴァル名義での来日時の京都公演でフロントアクトを努めさせていただいているうちに認識していただいたと思います。
──OVALのリミックスはいかがでしたか?
今回の制作コンセプトを話したとき、おそらく賛同して下さったんだと思います。ただリミックスのファイルが帰ってきただけでは無く、彼なりのタイトルまでつけていただいたり、アルバム全体になじむものに、仕上げて下さったと思います。こちらの制作過程を初期の段階から確認してくれて、リミックス曲と他のオリジナル曲も共に研ぎすまされて行きました。
──今後のレーベルについてなにかみえている予定などがあればぜひともお教えください。
8月にkafuka、10月にOUTATBERO、時期は未定ですが12月にはAubeの7CD BOXをリリースします。ダンス・ミュージックに特化するサブ・レーベル〈MYTH〉で、〈shrine.jp〉の自由さとは逆にジャンルに収まる表現をしています。7月にはdapayk soloのEPをリリースします。
RECOMMEND
1990年代実験的なテクノをさらに推し進め、2000年代初頭の爆発的なエレクトロニカの広がりを用意したマーカス・ボップ。彼の中心的なプロジェクト、OVALのカットアップ&ペーストがポップに痙攣する目下の新作。
電気グルーヴのサポートなどで知られる牛尾憲輔によるソロ・プロジェクトの3rdアルバム。具体音、電子音などがさまざまなフェイズで音響をかたち作っていく。
Inner Science / Assembles 5-8(24bit/48kHz)
インナー・サイエンスによる、メイン・プロジェクトとは少々趣の違った電子音コラージュ作品集。
PROFILE
Ken’ichi Itoi a.k.a. PsysEx
エレクトロニカファンクネスを再定義しつづける日本におけるマイクロスコピックの雄。PsysEx(サイセクス)名義でのアルバムリリース、コンピレーション作品への参加、リミックス、プロデュースや、積極的なライブ活動を経て、国内外で高い評価を得ている電子音楽家。更に関わるユニットも多岐にわたり、トラックメーカー、DJ iToy、ノイズユニット、avant-gals、ドローンラップトップデュオattic plan、空間系ジャムバンドplan+e等がある。京都にて電子音楽パーティpodを主催し、現在の京都電子音楽シーンにつながる礎を築いた。 97年発足の電子音響実験音楽レーベル〈shrine.jp〉を主宰し、2011~2013年にかけて月刊でCDをリリースし、京都の新鋭アーティストの窓口となった。現在も不定期にCDをリリースすると同時に2014年iTunes Storeを使った新シリーズを始動させ日本の新しい実験音楽の一端を世界に向けて月刊で紹介している。老舗でありながら今最も動向を注目されるレーべルである。そして「電子文化の茶と禅」をコンセプトに活動する電子音楽レーベル涼音堂茶舗を星憲一朗氏と共に主宰し、新たな空間のための音楽、郷土文化との融合を構想している。
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