強靱なグルーヴが描く、壮大でアグレッシヴな第3幕──D.A.N.の傑作サード・アルバム
再生ボタンを押す、ブロークン・ビーツじみたドラムが助走するように回りはじめる、1分後、疾走するシンセ・リフとともにアルバムは重力を振り切って、軽快な足取りで走り出す。気づけば一気にラスト、幕引きを図るピアノの音色でふと我に返る。
端的に言って、D.A.N.のサード・アルバムは傑作だ。躍動する強靱なビートの感覚もある、そして新たに獲得したある種のサイケデリックで壮大なコスモロジーもある。楽器、ヴォーカル、スケールともに表現力を増したサウンドはバンドの新たな姿を示しつつ、成熟へと向かっている様を端的にしめした作品となった。あえて言おう、傑作の誕生だ。
キレキレのビートが支配し、壮大なコスモロジーが広がる名盤誕生。
こちらリリース日に公開された、アルバム冒頭を飾る「Anthem」のMV
INTERVIEW : D.A.N.
D.A.N.のサード・アルバム『No Moon』は、のっけから軽快なブロークンビーツ〜2ステップ的なグルーヴの“Anthem”に驚かされ、小林うてなが呪術的に囁くコズミック・ダンスホール“Floating in Space”、彼ららしいメロウネスにエレクトロ・ファンクのグルーヴが身体を打つ“The Encounters”、さらにはUKガラージのようなブレイクスが目くるめく上昇していく“Overthinker”と、ダイナミックに揺れる、生き生きとしたリズムの快楽が本作かはらダイレクトに身体に響いてくる。前作“Sundance”などで展開したグルーヴとも、“Tempest”や“SSWB”といった楽曲の感覚のさななる進化したその先とも言えるような音楽性がまずは印象的なアルバムである。もちろん前作で培われたバンドとしての繊細な表現もそこに加わることで、より壮大な景色を描いて見せていると言えるだろう。
本記事ではその参照元となった音源をセレクトしたプレイリストを水先案内人に今回のサウンドに関して話を訊いた。
インタヴュー・文 : 河村祐介
写真 : 作永裕範
サウンド的にはビートから構成していくものが多かった
──既発のシングルは「Bend」「Aechmea」、YouTubeで期間限定で公開した「Take Your Time」の3曲になるのかな。残りを昨年の11月から、今年の6月ぐらいまでの時期に作ったという話をさきほどちらっときいたんですが。アルバム全体を聴いた感想としては、特に新録になるほど全体的にアグレッシヴなビートの曲が多いかなと。前作はわりと、メロディとか歌がシンプルで、バンドの演奏にフォーカスされていた感じに比べて、もう少しビートとか作り込んだのかなと。みんなで方向性は話し合ったりはしたんですか?
櫻木 : サウンド的にはビートから構成していくものが多かった気がします。リズムマシンである程度作ったビートに対して生ドラムをレイヤーしていくっていうことが今回は多用されてて。そうやってできたビートに対してどういうアプローチをするのかというのが制作の初期段階で多くて、それが今までとはまた違う作り方ですね。これまでもやってはいたと思うけど、よりそっちのプロセスがメインになってた。
川上 : スタジオってほどではないですけど、まずは僕らの作業場ができたんですよ。そこでの作業で結構変わったなと思いますね。大悟がなんとなくネタとして入れてるアイディアをループして、思い浮かぶパターンをそこで入れていったりして。ドラムマシンを買ったんですがそれで打ち込んでいって、そういうのを録音して、そこからまた良いパターンだけを抽出していくという作業をやっていたので。いろんな選択肢があるなかで、その曲にいちばん良いものが適時選べてる感じですね。だから純度は高くなったという感じで。生ドラムからできたのは"Aechmea"くらいかも。あの曲はドラムマシンを導入する前の時期だったんで。
市川 : ベースの作業としては、"Aechmea"くらいから変わったんですけど。前はベース主体というか、セッションをベースに、ベースのフレーズから曲を肉付けしていくようなことがあったんだけど、そういう作り方は減って「ドラムと歌」なり「シンセのリフ」なりがすでにある状態でベースを重ねるかとか、チェロを重ねるかとかが多くなった気がします。レイヤーを重ねていく役割というか。
川上 : あと変化としては。これまでの生ドラムでシンプルにやってたら疲れちゃうようなドラムのフレーズも思いついたらいれていくという感じで。そうした制限を作らずに、その曲が良くなることを目標にガンガン作っていったというか、とりあえずいいやつを入れるというか。
──今回、アルバムに影響を受けた楽曲をプレイリスト⇒インスタのストーリーで公開してて、なんとなく『新譜放談』っぽく、そのあたりに沿って聞ければという感じです。
『No Moon』リリースに合わせて作られたプレイリスト
The Inspirations For "NO MOON" by Hikaru Kawakami
──ただ30曲あるので、全部ひとつづは追えないので、なんとなくの傾向みたいなところで追えれば。大悟くんは、ダンスホールとかドラムンベースが入っていたりとか、UKガラージ的なハウスとかとにかくUKのダンスっぽい。テルくんのもうちょっとハウスぽいのが多いのかな、そこにOvermonoとかのブレイクビーツものが、そこにこれまで通りのジャズというか。そして仁也くんはもうちょっとアブストラクトな、全体の空気感と言う感じになってて。さっき話にも出たけど、このリスト見てると、やっぱり一番興味があったのはリズムのところなんですけど、スネアの強さがブレイクビーツぽい感じになってたりという。ドラムを変えたって話があったけどそこは大きかったですか?
川上 : ドラムを買った話は単純に気分で。割と力入れようと思ってるアルバムだったから、なんとなく新しいドラムで録りたくて。タイミングよくいいやつがあったんで買って、スネアも買ってという。それよりもドラムの音色としてはミックスをやってもらったエンジニアの高山さんの処理が特徴的なんじゃないですかね。傾向としては、それぞれの音をどうしたいかがはっきりしてる。全体的にハイはしっかり出す感じなんで、そこの処理がいちばんでかいんじゃないですかね。
──それはリクエスト?
川上 : 僕は高山さんがやりたいことを尊重して、気になるところはめちゃくちゃ言いましたけど。なるほどねって思いながらやってましたね。
──今回のプレイリストで言うとハウスの曲、Omar-Sとかもドンシャリ感の強いドラムっていう感じで。
川上 : Omar-Sとかは大悟に教えてもらいましたね。いろいろそうやって聴いてましたね。リファレンスみたいな感じです。なんとなく、"Anthem"を作ってた頃は、Omar-S聴いてましたね。でもリズム的には、いままでの"Sundance"とかにも通づるテンションかなあ。
──自身でキーになった曲はここにあげてるのでいうの何かある?
川上 : Omar-Sは超好き、めっちゃサンプリングみたいなテンション感が。スケプタとかもね。あとここで上げたモーゼス・ボイドはドラムの処理の感覚かな。生っぽいプレイに対してレイヤーとかしてて。そう言うのはかなり参考にしましたね。他のはその時期に聴いてたものを選びました。
──今回生のドラムじゃない曲も?
川上 : "Fallen Angle"はほぼリズムマシンですね。キックとスネアだけ生のテクスチャーをレイヤーしたくらいで。今までだと生ドラムに対し電子音をレイヤーしたけど、電子音に生音をレイヤーするっていう真逆のバランスだとは思ってます。
──他は基本的にはテルくんがドラムのループを作ってそこを膨らましていたという曲が多いってことですね。今回大悟くんがあげてくれたやつで言うと、傾向としてはダンスホールぽかったりスローモー・ジャングルみたいな、UKガラージみたいなのだと思うんだけど、このへんの曲が頭にあったって感じ?
櫻木 : 単純に好きなものに影響されていてという感じですね。そこは3人でなんとなくは共有してたと思うんですけど。自分のなかではレイヴ感だったり、ロックダウンの時にしこたまレゲエトンを聴いていて。あとはPearson Soundがやったレゲトンとかダンスホールは結構聴いてて、音作りもエレクトロな感じも好きだったし。UKGとかジャングルとか、チャラいんだけど渋いっていうバランスが良くて。
The Inspirations For "NO MOON" by Daigo Sakuragi
──前と比べて違うのはドラムンベースとかジャングル、Foul Playを聞いてたりとか。
櫻木 : Foul Playは知らなくて友だちに教えてもらったのがきっかけで。ああいう乾いててエッジがたった音が、好きだなと思いつつ。
──"Overthinker"はまさにそういうUKぽいブレイクビーツっぽい感じ。
櫻木 : " Overthinker"は完全にUKGのアプローチを生ドラムでやるっていうか。元々ジャングルとかUKGとか、アーメンブレイクとかをどれだけ面白くサンプラーでエディットするかという手法だと思うんですけど、今回の僕たちはそこに影響を受けながらも、元々のドラム・サンプル、その生のドラム音自体を自分たちで作るという方法で作っていく感じですね。ドラムの音は、わざとテクノぽい固い質感だったりとか、高山さんはゲートとかを入れてより人間らしさを削いでいくプロセスをやっていて。だけど上物自体はポップでっていう音源にしてて、それは完全にそう言うタイプの音楽の影響でこういう音になったという感じですね。
──ビート感のあるものはみんなで共有してたと。今回あげてたなかのR&Bぽいボーカルものはこの辺なんかあったのかなあと。
櫻木 : このへんは単純に好きということぐらいですかね。H.E.R.とか、River Tiberとかもそんな感じで。
──じゃあ、今回のプレイリストの部分で新しいアルバムに対してアプローチとして大きかったのは、UKのベース・ミュージック由来のビートとかダンスールってことですかね。
櫻木 : そうですね。単純に自分が衝撃受けて吸収したかったジャンルでしたね。
──それはロックダウンでゆっくり腰を落ち着けて色々聞いて?
櫻木 : 僕はたまたまロックダウン直前にロンドンに遊びにいく機会があって。DJのCHANGSIE(編集注)さんに教えてもらってパーティーに遊びにいく中で、音楽とかもいろいろと教えてもらって。とにかく彼女のDJもすごく好きだし。結構CHANGSIEさんの影響がめちゃくちゃあって。Omar-Sとかも、レゲトンとかドリルとかハウスとか、Foul Playとかいっぱい教えてもらって。そういうのがイケてるんだなって、そこからみんなで共有したというか。
編集注 : CHANGSIE
拠点を東京から現在はロンドンへと移して活躍するDJ。ダーティなハウスやテクノ、ヘヴィーなダンスホール・レゲエやヒップホップ、ベース・ミュージックなどを縦横無尽にかけめぐる、そのミックスは下記のSoundCloudで堪能されたし。
https://soundcloud.com/changsie